第13話 渡良瀬彩芽

 ここに来るのは数日ぶりであり、なんとなく久しい気もしていたのだが、しかしこの部屋に来るとそんな気分はなくなり、昨日も来ていたような気分がする。まるで数行ぶりだ。



「九郎九坂くんを呼んできてくれてありがとう、彩芽さん」


「えへへ、そんなんでもないよー。ほんと、全然」



 褒められて嬉しいのか、なよなよしていた。



「渡良瀬は生徒会長と知り合いだったのか」


「うん。小学校が同じだったんだ。今は補佐官してますっ」



 補佐官? なんだそりゃ。



「正しくは生徒会長補佐、よ。あなたの任が生徒会長特別代理補佐であるように、彼女にも肩書があるのよ」


「あ、なんかふたみん、私より長くて偉そうなんですけど」


「あら、階級としてはあなたのほうが上よ彩芽さん」


「え、ほんと? やった、ラッキー」



 …………どこから突っ込んだらいいんだ。そもそも俺のツッコミ待ちか。なんで俺がそんな役回りに。



「渡良瀬は生徒会役員だったのか」



 俺は努めて冷静に質問をする。最低限の知識だけあればいい。そう考えて。



「いや、彼女は生徒会選挙で選ばれた役員ではない。九郎九坂くんと同じ、私が私の用で任命した役よ」



 私の任、私任だったのかこれ。どうりで便利に使われるわけだ。彼女の独断と偏見による、まあ一種の横暴みたいなことだった。そういうことか? なら、それならば俺は。



「俺は帰る。生徒会長の権力乱用に付き合ってたのだと知ったら、これ以上付き合う意味はないからな」



 俺は踵を返そうとする。しかし、彼女から聞いた言葉に思い留まらざるを得なくなった。



「最初に言わなかったかしら。大垣先生から私へのご提案だったって。推薦だったって。思いつきだったって。それとも、大垣先生が知ってるあなたの秘密。言ってもいいのかしら」


「知っているのか!?」


「…………さあ、何だったかしら」



 くっそ、卑怯な……。いや一番卑怯なのは先生なんですけどね。遠い親戚という立場を上手く使いすぎなんですよ、あの人は。



「そういうことで、九郎九坂くんに拒否権はないことになってるわ」



 くっそ、なんてことだ。俺は踵を返して、そう思った。


「…………ふたみん帰っちゃうの?」


「なにか相談なんだろ。ジュース買うだけだよ」






 ※ ※ ※






 買ってきた飲み物、俺はガラナ、渡良瀬にはいちごミルク、生徒会長様には紅茶をプレゼントした。プレゼントだからお金は受けとらなかったが、礼は受け取っておいた。


「このプリントをみてちょうだい」



 生徒会長様からプリントを受け取る。渡良瀬も受け取った。



「ああ、学校祭か」



 ときはあっという間に過ぎて七月。全然そんなときが経ってないように思えるが、実は経過していた。



 そこには学校祭のクラスの出し物一覧とその代表者が記されていた。大体がクラスの学級委員長のようだったが、それで何をすれば良いというのか。



「実は人気のある出し物があるのだけど、それは事前に抽選することになっているの。お化け屋敷とか、調理してなにか料理を提供するとか」



 ふーん。まあ、家庭科室は一つしかないし、レンチンのクレープだのパスタだのを出すにしても精々担当できてふたクラス。あとは大体がダンボール工作に励んで、展示会やらイベント会やらを催す。その程度だ、中学の学祭だもんな。



「そういう人気どころは概ね三年生がやることが多いの。最後の学祭だから。でも、それに不満を持った生徒がいた」


「不満?」


「二年生よ。六組、七組、八組が主に反対しているわ」



 また、二年生か。今年は問題児だらけだな。



「そこで、その、言葉はあれだけど、有り体に言って、なだめてほしいのよ、この人たち」


「誰が? ……俺が?」



 なんでまた、俺が…………というのは生徒会長特別推薦代理補佐だからなんだろうな。



「生徒会は手が足りなくて、私も含めて忙しいのよ。お願いできるととても助かるのだけど。渡良瀬さんもいるし」


「うん! 私も頑張るよ!」




 ……なんで、そんなやる気なんだよ。やることは汚れた雑巾で床を拭くみたいなことだぞ。



「渡良瀬さんと九郎九坂くんは、同じ二組だったわね」


「うん。うちのクラスは映画上映をやるよ!」


「映画上映? なにそれ、聞いてないんだけど」


「……あれ? クラスラアインとか見てない? 自分たちで十分くらいの短い映画を取ってクラスで上映会しようって。三年生とも被らないし、いいかなって」



 クラスラアインなんてものには参加していない。そもそも誘われていないしね。……あら、これって新手のいじめ?



 それにしても、自主映画制作と上映会ね。二、三週間しかない短い時間でどこまでやれるかしれないけど、まあ、いいんじゃないの。思い出? 作りとかになりそうだしな。



「まあ、うちのクラスのことはどうでもいいんだけどさ、それよりその三クラス? どうやって言いくるめるかだよな……」


「言いくるめるって! ひふみん口悪い」


「うるせぇ、元々だ。観念しろ」


「むぅ…………しょうがないな、」


「まあ、そうだな。『どうも生徒会です、各クラスの出し物は抽選により確定、決まりましたのでよろしくお願いいたします』って言えばいいかな。生徒会ってのが何か逆らえない感じしてて良い」


「それでうまくいくかな?」


「九郎九坂くんに任せるわ。生徒会の腕章なら貸してあげるから、自由に使って頂戴」



 そうか、そうさせてもらうわ。ありがとう。



 …………これつけるといよいよ俺も生徒会の人間になりつつあるんだなというか、させられているんだなって気持ちがするよ。




 

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