第10話 走ーるー雲ーの影ーをー
「「よろしくお願いします」」
球技大会、男子決勝戦が始まった。全校生徒が見てるんじゃないかというぐらい人がたくさんいた。まあ、みんな他にやることないしな。試合もないから、残りの決勝戦を見ることぐらいしかないのだろう。
「よろしく、球速ピッチャー。せいぜいカーブで空振りを取れることを祈るんだな」
ガハハ、と向こうは笑っていた。どうやらこちらのことは研究済みらしい。手の内は読まれてるってわけか。
投球練習前に国崎がマウンドへやってきた。
「前の試合、九郎九坂くんの球は百三十キロは出ていたと思うよ」
「? 冗談だろ」
「マジ。あれは野球部のエースでもなかなか出せないと思う。僕は三軍キャッチャーだから、エース投手のボールなんて受けたことないんどけどね」
彼は言った。そして続けた。
「僕、わくわくしてるんだ。楽しいんだよ、今。君と野球ができて、良かった」
「まだ終わってないだろ。これから始まる」
「そうだね、そうだった」
「……本気で投げるよ。今だけは任せとけ」
国崎は頷いて戻っていった。俺は投球練習の第一球、見せつけるように最速を放った。
バァン!
それを見て、ラインの外の外野から「ひゅー、球走ってるね」「いいぞー」「ふたみーん、頑張れー」などなど、エトセトラ。
そして相手バッターがバッターボックスに入り、構えた。
俺はやはり投手というのは孤独な生き物だと思う。孤独で、ひとりきりで、一人ぼっちな存在だと思う。野球は全員でやるものだ、バックの守備は任せとけ、安心して投げろ。そんなことは言うけど、結局ピッチャーは自分の投げた球が全て何だ。ストライクになるのも、ボールになるのも、ヒットを打たれるのも、フォアボールになるのも、デットボールも、ワイルドピッチもすべて、全部、全部。ピッチャーが投げる一球で決まる。それがスタートとなる。だからピッチャーは孤独なのだ。一人で戦わざるを得ないんだ。それなら、それなら俺は。それならば俺は、俺にとってそれは……とても都合のよい事ではないか。俺はいつも孤独だ、独りだ、一人ぼっちだ。そうであることを望み、そうあり続けようと自分自身を保ってきた。そしてそれは今も変わりない。誰に何を頼まれようが、誰になんと思われようが関係ない。変わることはない。変わってたまるものか。
「いくぞ」
初回の表。相手の攻撃。俺は内角に、渾身のストレートを投げ続けた。
※ ※ ※
走ーるー雲ーのー影ーをー追いかけて追いーかけてー。
……ジュディマリと鳥の詩が混ざった。そんな六回の裏。ゼロタイゼロで迎えた投手戦。二組の攻撃。ツーアウトランナー二塁三塁。バッターボックスにはキャッチャーの国崎。一打先制のチャンスである。「がんばれー」「打てよー」様々な声が飛ぶ。俺もその様子を見守っていた。
「ターイム」
相手がタイムを取った。さすがの野球部レギュラーでも、こうピンチでは後が無いか。内野とキャッチャーが集まり、何かを相談している。そうして解散され、キャッチャーが戻り、審判の先生に話をして、なにやら頷いていた。
「申告敬遠」
先生がハンドサインを出して、そう示す。一塁が空いているから、三軍でも野球部というのを警戒しての策だった。そしてその次のバッターは誰であろうこの俺なのだった。
この大会無安打。外野にすら飛んでいない。
「ふぅ……」
ツーアウト満塁、か。
相手の投手は野球部の先発ローテーションの一人。レギュラーだ。素行不良で、ちょっと問題児だがそれは目立たないところで見つからないようにうまくやっている策士。そんな策士の球種は三つ。カーブとフォークと真っ直ぐ、ストレート。カーブは俺と違ってあまり曲がらないらしい。その代わりフォークは落ちる。フォークは真っ直ぐ来ていたボールの軌道が高低差のある落差を持ってバッターの手元で落ちる球種。空振りを誘いやすく、バットを当ててもその回転と軌道から凡打、ゴロアウトになりやすい。厄介だ。
ちなみに英語ではスプリッターと言って、人差し指と中指を深く挟んで投げ込むフォークボールに対して浅めに挟んで変化を少なくしたものを区別してスプリットと呼ぶことがある。深く落ちるフォーク。浅く落ちて変化するスプリット。中学野球でそこまで変化球にこだわるやつはいないだろうが、しかし、変化にこだわろうと思えばこだわれる。浅いフォークか、深いフォークかはだいぶ違う。
俺は初球が勝負だと思った。何球も勝負していたら、そのうちに手球に取られてしまう。俺が相手ならそうする。そうしてしまう。だから勝負するなら、戦うなら初球だ。
そうすると、球種はフォークか。ストレートか。
俺はバッターボックスに入る前に考えてみることにした。
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