第9話 第二試合
「君が速い球を投げるエース投手か」
「そうかもな」
「お手柔らかに頼むよ」
三年生とホームベースを境に向き合い、試合前の握手をする。でかい人だった。手もでかい。バスケットボール部の主将でエースだという。バスケットボールは女子だけだから、球技大会で男子の彼は野球のヘルメットを被ることになったのだ。それは不本意なことだろうか。まあ、運動神経抜群だろうから、要注意なんだろうけど。
一回の表、三年生の攻撃。二年二組の守備。
俺はマウンドに立つ。ロージンバッグも一応置いてはあるが、そんなものは使わない。下手に慣れていないものに手を出すと良くない気がしたからだ。
一番バッターはあのバスケットボールの主将だった。打席に立つと尚でかい。存在感がすごい。一試合目にはなかった感じだ。
いくぞ。
初球、カーブ。外角低めへ投げたつもりだった。
……カキーン。
一発だった。甘く入った変化球は打たれ、その打球は、振り返ったときには既に外野の遥か向こうに飛んでいた。
先頭打者ソロホームラン。
まだ一点だったのが救いだと、そう自分に言い聞かせた。
(どんまい、どんまい!)
キャッチャーの国崎がそんなアピールをしていた。
しかし、その一発はなかなかに効いた。どこか奢ったような、驕っていたような自分がいたことを気づかせてくれてように思った。少し球が早いからってなんだ。別に一番早いわけじゃない。プロでもない。プロを目指すことはない。球技大会が終わればもう二度とマウンドで投げることはないだろう。その程度だ。
俺は曲がった球が好きだった。カーブという、婉曲した軌道を描いていく変化球が好きだった。だから投げて極めて、投げられるようになったのだ。曲がった事は好きだ。捻くれているとか最高だ。でも、やっぱりさ。やっぱり。
「基本はストレートだよな」
その試合、残りのバッターは全て三振。全てストレート。変化球無し。その鬼気迫る気迫のピッチングは、味方でさえ押し退けられるほどであった。
二年二組、二回戦突破。
※ ※ ※
それは休憩中、試合の合間に女子の試合を見に行こうぜと国崎に誘われたときだった。あまりに気軽に誘われるものだから、友達かと勘違いしてしまうほどであった。危ない危ない。
女子の試合には点で興味なかったが、しかし、先程男子の試合を女子が見に来ていたいたので、お返しに見に行ってやるのもいいかなと、気まぐれにも思ってしまったのだ。疲れていてまともに思考していなかったと考えていい。普通ならそんなことはあり得ない行為だったから。
ピー。
渡良瀬、確か名前は彩芽だったか。彼女がスリーポイントシュートを華麗に決めていた。ギリギリとか、なんとか、ではなく、余裕でポジションを決め、シュートを放って決めていた。彼女はバスケットボール部なのだろうか。その鮮やかさは、なかなか見ごたえのあるものであった。
試合が終わり、二組の女子メンバーが帰ってきた。男子の群れとハイタッチなどをしている。あれ、これ二組強いのでは。総合優勝見えてきたのでは。知らんけど。
「あら、野球のスーパーピッチャーじゃないですか」
渡良瀬が気づいて近づいて来た。っていうかなんだ、スーパーピッチャーって。
「渡良瀬はバスケットボール部だったのか」
「え?」
「いや、スリーポイントバンバン決めてたから」
「ああ、あれね。たまたまよ、たまたま。バスケ部じゃないよ、帰宅部です」
ふーん。運動部じゃないってのは俺と似たようなものか。多分全然似ても似つかないだろうけど。
じゃあね、野球頑張って。彼女はそれだけ言うと離れて居なくなった。俺もそれを機に集団から離れ、ひとりきりになった。
ひとりになった俺は考えていた。これまでのことを。生徒会長がいきなり訪問してきて、校則違反を無くすために協力を依頼され、クラスの女子にそれとなくそれを辞めさせ、そしたら今度は球技大会の投手に選ばれて、生徒会長に優勝しろと命令され、クラスの野球部のキャッチャーが相手をして、男子の連中に混ざり、一緒になって、協力して。
本来の俺ならありえないこと。あり得てはいけないこと。誰かと一緒になんて、群れて行動してなんて、一番嫌った行為だったはずだ。
「でも、妹にはああ言われたしな……」
俺はあいつにはとことん弱かった。
球技大会は次の試合が決勝戦だという。第三試合は相手チームが怪我によって試合を棄権。そのまま俺たちのチームが決勝に駒を進めた。相手はもちろん二年の六組。問題児の野球部がわんさかいるチームだ。チームメンバーの殆どを野球部で固めて勝負してくるだろう。相手も投手が野球部。しかもレギュラーの先発ローテーションの一人だという。球速は俺より早い。さて、勝てるだろうか。
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