第8話 湾曲変化球

 いつものように、というかいつかのとき以来ぶりのようにというのが正しいか。生徒会長室、もとい応接室の扉にノックをして俺は中に入って行った。


「こんにちは、生徒会長室特別代理補佐です」


「……あら、九郎九坂くん。いらっしゃい、どうぞ掛けて?」


「はあ、どうも」



 特にお茶とかは出ないが、玉座のような椅子に座る彼女を見ながら俺は質問を始める。



「それで、何の用ですか」


「九郎九坂くん。あなた球技大会で優勝しなさい」



 は?



「大垣先生から聞いたわよ。あなた投手を務めるそうじゃない。エースピッチャーだそうじゃない。すごいわね」



 何を言いふらしてるんだ、あの先生は。何がしたいんだよ、まったく。



「簡潔に言うとね、あなたの二組じゃなくて、二年六組のことなんだけど。実は六組、優勝候補で野球部が全部で十二人、一軍レギュラーも多数いる超優勝候補なの」



 じゃあ、そこ優勝でいいじゃない。俺は一回戦敗退でさっさと降板して一日を自堕落に過ごそうと思っていたところだからさ。



「でもね、今の二年生の野球部、単刀直入に言うとね、素行が悪いらしいの。そういう噂なの。態度とか、行儀とか、そういうのが良くないんだって。一部の教師も手を焼いてる。でもうちの学校って野球部強いじゃない? 全国行ったりとかして。表向きには、みんなが見ている時とか顧問が見ているときはすごくメリハリがある行動らしいのよ。でも見てないところだと……ね。いじめ紛いなことも起きつつあると聞いたことがあるわ。それは、やっぱり見過ごせないじゃない」


「それで、俺に何させようってんだ」


「あなたに優勝してもらいたいの。球技大会で。いくら球技大会だからといって、自分たちのマウンドである野球で一般生徒の素人に負けたら、それこそ格好がつかないじゃない。お灸を据えるには良いかと思って」


「それだと、根本的な解決にはならないかもしれないぞ」


「それでも、改善できるかもしれない。意外とデリケートでナイーブな問題なのよ、これ」


「そうか?」


「お願いできる?」


「……勝てるかはわからない」


「勝てないとも言わないのね。それで十分よ。期待してるわ」



 ああ。そのつもりはなかったが、できるだけのことはしてみよう。






 ※ ※ ※





 球技大会初日。第一試合。


 一回の表。二組の守備、一組の攻撃。



 第一球。内角低め、ストレート。



「ストライクっ」



 渾身の一球が決まるというのは、案外気持ちのいいものだな。



「バッターアウト!」



 三球三振。



 球速は百二十キロ後半くらい。イチニロクくらい? 中学生の球速の平均が百十キロぐらいからっていうから、若干、気持ち早めかな? 程度だと思う。野球部に入っていなくて、素人のピッチャーにしては上出来なんじゃないか。



(同じところに投げ続ける壁投げのおかげか、コントロールも荒れてないし。多少はいいゲーム作れるんじゃないか?)



 一回は三者三振、凡退に抑えた。



「やったな、九郎九坂」


「九郎九坂いいぞー」



 先生の声。



「ふたみんナイスー」



 女子の声。女子に知り合いなんていなかったと思うが。あれは渡良瀬か?



 その裏、一回の攻撃で二組は二点を先制した。



 二回表。一組の攻撃。



 先頭の四番打者は野球部。一組唯一の部員らしい。国崎が言っていた。レギュラーかどうかまでは知らないが、野球部として燃えているのは確かだろう。厄介な相手だ。



(なら…………これでどうだ)



 俺の投げた初級は軌道を少し変え、くるくると変化してミットに収まった。



「ス、ストライク!」



 変化球。カーブだった。



 …………へへ、俺実はカーブ投げられるんだぜ。




 利き腕とは反対方向に大きく曲がりながら落ちていく変化球。一般的に変化球はその変化の分大きく球速が落ちるが、俺の場合、球速はある程度維持しているパワーカーブみたいな変化球である。まあ、どちらにしても、中学生にはこれで十分。早いストレートと少し弾速の落ちた変化球一つ。これでタイミングと、混乱と迷いとで打てなくなる。あまり本気を出すと俺自身が目立って仕方がないから、やりたくはなかったのだが、まあいい。恋瀬川からの依頼は優勝すること。野球部を倒すこと。ねじ伏せること。やってやろうじゃないか。


「ストライーク、バッターアウト!」



 ストレートで三振。残る二人もかすりもしない三振。第一試合は圧勝だった。完封勝ち。



 少し出来すぎか……?



 そこへ国崎がやってくる。ハイタッチ。



「ナイスゲーム! 九郎九坂。やっぱお前すげえよ。いい球投げる。しかもあのカーブ。キレすごいのな!」


「あ、ああ」


「初戦突破おめでとう。九郎九坂、いいピッチングだ」


 ……どうも、先生。


 あとは試合の合間に見ていた女子とかにわんややんや言われ、男子の皆全員にはハイタッチを求められた。なんだよ、やめろよ友達かと思ってしまうだろ。勘違いしてしまう。



 まあ、所詮は球技大会この程度だろう。本気でやるやつなんて数えるまでもいないだろうよ。その殆どは野球部だけだ。六組とは順調に行けば決勝まで当たることはなさそうだった。決勝で二年の野球部レギュラーと、か。まあ、俺のナイスピッチで二組は一気に優勝候補だからな。なんとかなるだろ。



「次の試合は三年生だね」


「ああ」



 三年か。何もなければいいが。



 

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