球技大会編
第7話 投手:九郎九坂
…………なんだ、と。
〉球技大会
〉男子野球、投手:九郎九坂
「君が六時間目の学活で船を漕いでいたのが悪い。残りはホームルームのあとに決めたまえ」
放課後になって、男子は全員残され、残りの打順や守備位置を決めることになった。俺はどうしてもピッチャーをやらないといけないらしい。
「このクラスって、野球部いなかったっけ」
球技大会が野球というか、まあ、硬球は危なくて使えないからソフトボールなんだが、便利上野球と言うことにしたとして、そもそも野球部がいればその彼に投げさせればいい。男子は全部で十四人だと黒板に張り出されている。バッターは打順を決めて全員交代で打つにしても、守備は九人いれば十分じゃないか。運動部でもない俺はベンチ要員筆頭候補だとおもうんだが。
「このクラスの野球部は僕一人だけど、僕は野球部でもキャッチャーだからそのままキャッチャーやろうってなって。で、ピッチャーどうしようってなったときに僕は君を候補に上げたのさ」
「どうして?」
「ほら最近の体育は球技大会の練習だろう? そこで壁に向かって投げる君の投球フォーム、ストレートの速さ、コントロール。どれも素晴らしいものだと思ったよ。野球部で一緒にやりたいくらいだ」
これに対して男子一同から「おー」と歓声が上がったが、別に大したことじゃない。一人できるから、一人でやっていただけだ。壁に向かってボールを投げるなんて、誰だって一人でできる。俺は父親がいないからキャッチボールとかをやったことがあまりない。友達もいないからみんなで野球なんてやったことがなかった。十八人どころか九人も集められない。キャッチボールの相手すらいない。それが当たり前で、当然の環境でやってきた。それだけだった。
「俺じゃなきゃだめなのか」
「ああ、頼むよ」
「バスケ部とか、テニス部もいるだろ」
「君じゃなきゃだめなんだ」
「そ、そんなに話したことないしさ」
「これから話せばいい」
「…………俺が投げるしかないのか」
「ああ、君にしか頼めない」
くそう。仕方ないか。投手は自分との戦いでもあるという。ある意味一番孤独な存在だと言えるかもしれないが、しかしそれだけで受け入れていいものだろうか。マウンドに立つとは、一番目立つ行為ではないだろうか。端くれに生息するような俺がそんなことをしては…………。
「国崎だ、よろしく」
「……く、九郎九坂二海」
俺は野球部のそいつと握手して、短い時間だけどバッテリーを組むことになった。
※ ※ ※
「ストライーク」
絶好調だった。クラスの体育の時間、バッティングピッチャーとして投げ始めた球はコントロールがなぜか冴え渡り、抜群のストレートで決まりまくった。しかしそれでは練習にならないということだったので、最終的にはゆっくり下投げをする羽目になったが。
その後守備練習で内野ゴロの連携や外野フライのポジション取りまで。やけに具体的に、本格的にやるものだと思った。球技大会なんて、それで一日授業が潰れるんだから、適当に過ごせればいいような気がしていたが、どうやら本気の連中は多いらしい。なにをそんなに必死に、って思うけど。
「一試合七回まで。予選は無しのトーナメント一発勝負。普段野球部が使ってるダイヤモンドと、その向こう側のサッカーとか陸上が使ってる場所の二箇所を使って試合を消化していく。女子は体育館でバスケ。男子は外で野球。大雨なら延期らしいけど、多少の雨なら続行するそうだ。これがまた、大垣先生がひどく気合が入っていてな。九郎九坂が投手だと知ったときはなぜかすごく嬉しそうだったぞ」
先生は何をしてるんですか。いや、ほんと。何してるですか、先生。
「そうかよ、それはどうも」
俺はそう答えた。それが精一杯の会話だった。
バッテリーの相方、キャッチャーの国崎はそんなことを休憩中の俺の横に座ってペラペラと話していたのだが、しかしこうも気軽に話されるとまるで友達なんじゃないかという錯覚に陥ってしまうよな。全然そんな関係じゃないのに。そんなことは決してないのに。俺に友人とかありえない。知り合い程度なら居たとしても、友人とか親友とか、ましてや恋人なんてのはあるはずがない。俺はいつも一人ぼっちだ。孤独で。そうあることを望んできたはずだった。そうであるはずだった。そうだろう。そうだったろう。戒めろ。緩めてはいけない。人間関係ができるときは必ず、律して行かなければいけない。
「そういえば、生徒会長が君を呼んでいたよ。放課後に来てほしいとのことだ。特別代理……ええと何だったかな、その、なんとかって呼ばれていたけど。生徒会役員だったの?」
「まさか。そんなわけないじゃん」
恋瀬川か。なんだろうな、今度は。
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