第6話 特別推薦

 それから数日。


 透明のマニキュア、クリアネイルをつけてくる生徒はいなくなった。少なくとも目に見える範囲では。もちろん化粧もしていない。オールクリーン。クリアだ。



 そのことを確認した俺は、その報告をするべく生徒会長室を訪れていた。お茶ぐらい出てもいいと思うんだけどな。自分で入れるから。



「ありがとう。君のおかげでまたひとつ、課題をクリアすることができた」


「俺は何も。何もしてないよ」



 いや、本当。実際何もしていない。妹に頼まれたからちょっと知り合いづくりというか、人間関係の構築というか、まあ、それを試みただけである。失敗したけど。



「九郎九坂。では、これは君がやったのではないのか」


「知らないですよ、先生。そんなの匿名のだれかさんじゃないですか?」



 大垣先生の示したのはとあるエスエヌエスに投稿された呟きというか、文字列。そこには『とある中学校ではクリアネイルというのが流行っているらしい。マニキュアみたいなことだと思うが、中学生が学校でそんなことをしていいのだろうか』みたいなモノだった。それはものすごく多くの人に拡散されていて、多くの人の間で広まって、話題になって、やがて当然のようにうちの学校でも噂になった。人から人へと伝播した結果だった。



 俺は世間というか、世の中は大嫌いだ。面白くない、面白さに欠けるからだ。しかし、利用するとなるとこれ以上に利用できるシロモノはない。手段と手法さえうまくやれば誰にだってできるようにできてしまう。それが今のエスエヌエスとかインターネットのすごさであり、便利さであり、面白くないところである。酷く吐き気がして、嫌悪感で身震いし、そいつらが好きだというそれらを好きになることは一生ないとさえ思えた。それぐらい嫌いだった。だから利用した。それまでだ。


 

 まあ、正確にはそこに俺の名前はないし、住所も電話番号もない。匿名のアカウントの誰かさんってことになってる。だから、俺は何もしていないのだ。いや、ほんとに。やったのは世間様。



「それで、九郎九坂くん。君を生徒会長特別代理補佐に任命しようと思う」



 …………は?



「特別に便宜を図らった補佐の代理という意味だ」


「いや、意味とかそういうんじゃなくて、いや、え、特別……補佐? 嫌ですよ、なんで俺が」


「大垣先生からの特別推薦だ」



 おい。なにしてくれてんだ。



「特別代理補佐だからな。生徒会の正式メンバーではない。だけどたまに生徒会長の手伝いをする。九郎九坂。君はもう少し誰かと協力するとか、会話をするとか、そういうことが必要なんじゃないかと先生は思う。蔵書整理もいいが、それではいつまで経っても君はひとりじゃないか。私には君が心配に思えるんだよ」



 そんな。そんな、だって、俺は……俺は好んで一人でいるんだ。だれかに強要されて一人ぼっちでいるわけじゃない。孤独でいることは、ぼっちでいることは、それは自分を保つために必要なことなんだ。誰かに合わせたら、誰かと合わせたら、妥協して受け入れることをしてしまったら、俺はきっと、俺は…………。



「ひとりでいることが悪いとは言っていない。だが、たまには誰かと協力して事に望みなさい。大人が言うんだ、間違いないよ九郎九坂」



 先生は俺の肩に手を掛けると、そう言った。



「先生。俺はまだ子供ですか」


「少なくとも大人ではない、かな」


「なんですか、それ。よくわかんないっす」



 俺は生徒会長の任命を受け入れることにした。毎日ではないし、毎週やるわけでもない。義務でもなければ、図書委員を辞めることもない。たまにやればいいのだという。それなら仕方ないな、妹との約束もあるしな、と俺はそう思ったのだった。


 

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