第5話 妹の為なら仕方ない
放課後。
図書委員長に本日の業務は生徒会長の手伝いをするために欠席致しますよろしくお願い致します、云々と伝えた後、生徒会室へと足を運んでいた。しかしそれも今日で最後である。二度とはこんなところへ足を運ぶことはないだろう。今日の調査結果を報告さえすれば、それで全てコトは終わり、関係はなくなる。見事に一人ぼっちの世界へ回帰を果たし、黙々と本を整理する日々へと舞い戻っていくのだ。
「失礼します」
ノックをして入った生徒会室には複数名の人間がいた。副生徒会長とか、書紀とかのメンバーだろう。何かプリントとにらめっこしながら唸っていたように思える。
ええと。
「生徒会長なら《生徒会長室》にいますよ」
生徒会長
それは生徒会室の隣りにある応接室のことであった。それならば、そこは応接室なのではないかとおもうのだが、しかし、よく役員に話を聞くとーーまあ、聞いたというより一方的に話してきたのでそれを聞かされていたのだが、それによると、普段は応接室として使用する頻度が少ないから、生徒会長が大垣先生の黙認を取って使用しているらしい。個人的権力の悪用じゃないかとおもうのだが、その点に関して現生徒会長は
「いいのよ、誰も使ってること知らないんだから」
と言い放った。無茶苦茶である。
「そんなことよりどうだったのかしら。例の校則違反」
応接客の座るところに座らされ、お茶もお茶請けも出ないまま真正面に足を組んだ生徒会長が座って話を振ってきた。
「ええ、やってたよ。全部で五人くらい。それと、あれは《クリアネイル》と言うんだと。本人が話してた」
「直接聞いたの?」
「バレないように小さくこっそりやっているそうですよ」
「バレているじゃない」
「ええ、まあ、そうなんだよね……」
バレてないと思ってる生徒。黙認する教師。なんとか是正したい生徒会長。三
「生徒会長としては校則違反を指摘したいのか?」
「いえ、私としては校則違反を無くしたいだけなの。今回の問題を解決できたとしても、またすぐに同じことを他の人が繰り返してしまうかもしれないでしょ? 直接指摘しなくても、違反を無くすことができれば。ルールは守らないと。律儀に守っている人が馬鹿を見る規則では意味がない。ルールは生活を守るためにあるもの。自由を制限することも、制限せずにすべての自由を許すのも間違い。ルールは約束事だから守ってもらいたい」
「じゃあ、簡単だよ生徒会長。教師は黙認しているんだ。生徒会長も直接犯行現場を見たわけじゃない。なら、生徒会長も黙ってればいい。それで問題は何も起こらないし、問題にならない。問題は問題にならない限り問題ではない」
「そう。君はそういう考え方なのね」
「なんだよ、間違ってるか」
「そうね。それは間違ってないけど、正しくもない」
正しくない。
俺は言葉を返す。
「そりゃ、それは正しくないかもしれないけど、でもだけどさ、実際、世の中正しくないことばかりだぜ。正義が世間に存在しないのと同じことさ。正義は個々人の己の中にしかない。だから、世の中は間違いじゃないけど、正しくないことばかりだ」
生徒会長は、恋瀬川は間を少し開けて、そして続けて言う。
「それは、それはまるで…………」
そんな人間にしか出逢ってこなかった、みたいな言葉ね。
彼女はそう言った。
※ ※ ※
問題は依然として俺に提示されたままだった。教師にはできない、生徒会長にもできない、同じクラスメイトの、普段話をしない生徒だからこそできることがあるはずだ。そう言われた。俺はまだこんなことに関わらなくちゃいけないのか。それに、たとえ何かあったとしても、教師も生徒会長もお手上げなら俺なんかじゃ、到底解決できそうに無いように思えるがな。
帰宅したら母親は外出していて、妹が一人居るだけであった。俺は父親に線香をあげて帰りに買ってきた弁当の一つを妹に渡した。妹は一緒に食べよう、と今日も言ってきた。名前は九郎九坂茜。歳は二つ下。小学六年生だ。
「いただきます」
「いただきますっ」
二人で温めた弁当を食べ始める。テレビは点いているが、適当な、くだらないニュースしかやっていないので見るに見ていない。
「なあ、
「なに? お兄ちゃん」
「おまえ、学校で化粧とか流行ってたりするか?」
「なに? お兄ちゃん」
同じ返答であった。なぜだ。質問をしたはずなのに。
「中学校ではな、校則で学校で化粧をしてくることは禁止されているんだ。だからな、たとえ小学校のときに少し許されていたからと言って中学生になって、学校で化粧をしてはいけないんだぞ」
「……どうしたの、お兄ちゃん」
ごもっともである。急にそんな話をされては何がなんだかわからないだろう。さて、どこから話したものか。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんはいつも、どうしようもない、クズで、人間嫌いで、ゴミみたいな扱いされて、部屋の隅に引きこもるような人だけど、だけどね、お兄ちゃん」
ものすごい言われようである。何一つ間違っていないから尚すごい。
「女の子が化粧をする理由はひとつしかないんだよ」
「へぇ? なんだ、それ」
「だれかに可愛いって言ってほしいからだよ、お兄ちゃん」
ふーん、そんなものかね。男の俺には今ひとつわからないけど。
「あ、今、男の俺にはわからないけどみたいなこと思ったでしょ! いけないんだー、時代錯誤なんだー」
「はいはい。そうだな、茜は難しい言葉知ってるな」
おれは自分の弁当に入っているソーセージを妹の弁当へと渡してなだめた。
「あ、それで最初の質問だけどー、あかねのクラスでもお休みの日とかにお出かけするとお化粧して、すごいイメージ変わっちゃう子とか、結構いるよ。流石に学校にはしてこないけどね。やってもせいぜいネイルくらい?」
「あ、それそれ。ネイルだよ、ネイル。俺のクラスにもさ、そんなのしてるやつがいてさ。まあ、校則違反なんだけど」
「ふーん、お兄ちゃんそんなところ見てるんだ」
「……ばっか、お前、この俺だぞ。ちょう見てるっての。むしろ他人を観察して、傍観して、俯瞰して、拒絶する。そうまである。真の孤独とはそうやって生まれるんだ」
「うわぁ……まった言ってるよ。もう、しょうがないなお兄ちゃんは。もしかして二年生になってもまだ友達いないの?」
「いない」
「……はぁ。あかね恥ずかしいよ。あかねが中学生になった時に、兄がいつも一人で友達いないってのは悲しいよ、お兄ちゃん」
そ、それは……。
それを言われると、ううむ。
「お願いよ、お兄ちゃん」
「…………ま、まあ、そうだな。友達は作れないかも知れないが、知り合いなら多少作れるかもしれない。少し話すくらいの。それなら孤独だけど、ひとりじゃないときもたまにはあることになるだろ。どうせ高校になったら全員進路がバラけて二度と顔を合わせないんだ。それまでなら、まあ、なんとか知り合いくらないなら……」
「頑張ってね、お兄ちゃん」
「……茜のためなら、仕方がないな」
俺は問題を解決するべく、スマートフォンを起動した。
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