第11話 続、話をしよう

〈 指パッチン 〉



 さて、話をしよう。



 これは君たちにとってはとても久しぶりのことかもしれないが、私にとっては聞き飽きたようなことでもある。何十万年経とうと、何万年経とうと、な。



 一体それは、なんの話のことかって? さあ、何の話だろうな。



 まあ、少なくとも、人が持つ唯一絶対の力があるとするならば、それは自らの意志で進むべき道を選択することだ。そう言える。球種を選ぶ。それも悪くないだろう、少年。



 ところで、実は私の名前は七十二通りもあるから、果たしてなんと呼んだものか……最初の名前は、そう深中負穏だ。負穏と読んでくれ。不穏とかでも構わない。



 さて、話題は何だったかな。



 そうか。相手の投げる球種が落ちる球か真っ直ぐを投げるか。その二択を考えようということか。まあ、選択の余地という点において他の球種ということは考えられないこともないみたいだが、それは今回考えないことにしよう。なぜなら脚本的に落ちる球種か真っ直ぐの二択と決まっているからだ。わかりやすくてよかったな。



 さて、ではまず落ちる球から考えてみよう。落ちる落ちる落ちる、深い深い深い君は深い………と、それはサカナクションだった。やり直そう。落ちる、といえば、受験に落ちる、崖から落ちる、面接に落ちる、審査に落ちる……ふむ、あまりポジティブな言葉ではないな。しかし受験に落ちたが就職が決まった。崖から落ちたが木に引っかかって助かった。面接に落ちたが次の面接が決まった、とかとか。ポジティブにしようと思えばできるものだ。逆に真っ直ぐ。真っ直ぐはどうだろう。紅茶のストレート。ポーカー、麻雀のストレート。ストレートな歌詞。ストレートな歌詞? 名前のない墓標のボイジャーとか? 



……もう少し真面目に考えよう。私の出番の意味がなくなる。深いという言葉には、深い言葉という言葉がある。逆に浅い言葉もある。つまり、深いとは、深かったり浅かったりするのである。時と場合によってそれは変わる。深いになったり、浅いになったりする。真っ直ぐはどうだろう。反対の意味としては曲がっているという言葉があるが、しかし真っ直ぐだったり曲がっている状態だったり、時と場合によって変わることはない。真っ直ぐは真っ直ぐ。曲がっているは曲がっている。ひねくれ者はひねくれ者。真っ直ぐ正直な者は真っ直ぐ正直。



 この場合、どちらが正しいのかというと、実はどちらも正しくない。間違っている。深い言葉なんてのは浅はかな考えそのものだし、浅い言葉なんてのは発する人間関係の薄さを表している。ひねくれ者は常に解釈と言葉が曲解して誇大解釈し、他者を欺いて自分に詭弁を振るう。真っ直ぐな正直者は、自分の言葉を曲げず、発したことに責任を持ち、自分が自分で有り続け、逆にそうでなくなったとき、自分が自分でなくなったときに茫然自失となる。どれも曖昧で、あやふやで不安定。何かに依存しなければ生きていくことができないほどに愚かだ。だから全部正しくないし、間違っている。しかし、人生などというのは、人間が生きるということは、概ね間違っていることだし、正しくない。それで正解だ。間違いない。



 今日はそこまで話が長くなかったな。まあ、いずれにせよバットは短く持ち、コンパクトなスイングを心がけることだ。狙いは一つ。絶好球。



 結論を出そう。



 男なら真っ直ぐ勝負だろ。



 快音を期待している。



 では、さらばだ。

 

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