第2話 生徒会長、恋瀬川凛雨

 図書準備室。この学校の蔵書は並大抵の大学の図書館超えで、それはいつも整理に膨大な時間を使う。図書委員である俺は日々、放課後にこの整理整頓を行っているのだ。


 

「邪魔するぞー」



 声が聞こえて、それと同時にいきなり扉が開いたと思ったら、そこにはつい先ほどホームルームで見た顔がそこにはあった。



 その顔はどこか試すような、試されるような。



 どこか安心しているというか、安堵しているというか。



 まあ、どれでもあってどれでもないんだろうけど。全部正解で全部不正解。そんな態度で俺の方を見ていた。



「こんにちは、先生」



 さっきぶりですね。ホームルーム以来。



「今日も蔵書整理か」


「ええ、まぁ」


「そうか、そうか。図書委員の務め立派に果たして偉い偉い」



 ……なんだ、なんだ? その言い含んだような物言いは。ホームルームのときと言い、今の無駄に褒めるためだけの言葉と言い。なんだ、それは。



「こんにちは」



 そしてその理由は得てして、唐突に分からされることとなる。



 先生の後ろから堂々たる風格で、しっかりとした足取りで、まるで全てのことが自分に関係ないかのような振る舞いで彼女は現れた。彼女が、そう彼女こそが本命なのだろうと俺はすぐに思った。先生はその前フリ。今にして考えてみれば、先生にしてはわかりやすく、本当にわかりやすくヒントを示していてくれたのだと思った。それを見逃したのは俺で、俺自身で、やはりなんというか、ため息が出る。



「恋瀬川凛雨」



 こいせがわ、りう。隣のクラスである二年一組に所属し、入学直後から天才、学年一位、飛び級で大学受験合格などの異名と名誉と噂とそして生徒会長を務めている。学校一の有名人。地域や区域でも有名人。マスコミの特集にもでるし、動画サイトでも持てはやされるし、見ず知らずの生徒から圧倒的に支持されるカリスマ的存在…………とか書いておけば十分か? どれも本当のことだし、誇大化されて嘘でもあるわけなのだが、周囲の人間と本人にとってはそれで構わない様なので、俺には全然関係ない人間であるはずであった。



 だからどうしてここに。



 図書館でもない。生徒会室でも職員室でも応接室でもない、図書委員がひとりで作業するだけの図書準備室に、なぜ、ここに。



「私のことは知ってるみたいね、九郎九坂くん。どうもありがとう」


「……生徒会長様が生徒の端くれの名前を知ってる方が驚いた」


「それは、先生に聞いたのよ。あなたのこと知らなかったから」


「……そうですか」



 ということはこれは大垣先生のさしがねか? それとも生徒会長が大垣先生を仲介したのか。まあ、どちらでも構わないが。どちらでも面倒だ。



「それで………ええと、なにか御用で?」



 俺はどちらが話題の主でも話せるような口ぶりをわざとしてみる。口を開いたのは生徒会長だった。



「回りくどいのは好きではないから、本題から話します。いいですね、先生」


「頼む、恋瀬川」


「あなたのクラスの女生徒に校則違反をしている生徒がいるらしいの。生徒会としてはそれは見過ごせない。大垣先生は気づいていらっしゃるらしいけど、どうにも口を出しづらい状況らしくて。そこで同じクラスのあなたに調査をお願いしたいの。私はクラスが違う、生徒会の役員もあなたのクラスにいない。他に当てがないのよ」


「なんで俺なんだよ」


「大垣先生の話によると全校で一番扱いやすいって聞いたわ」



 ……どんなはなしだよ、それ。大垣の担任にとっては俺が遠い親戚だから扱いやすい生徒のひとりに数えられているんだろうけど。生徒会長に扱いやすく使われる覚えはないぞ。



「生徒会なんて知らないよ、なんで俺なんか。たとえ先生からのお願いでも、同じクラスの女生徒なんてーー」


「あら、話とか話したことないの?」


「…………ありませんよ、ごめんなさいね」



 さすが生徒会長。全校生徒と話すことが当たり前かのような口ぶりだな。



「校則違反なら、それが何か知らないですけど、それこそ先生が注意して終わる問題な気がしますけどね。それこそ他人の、クラスメイトのオトコから指摘されたんじゃ、問題はより一層悪くなる気がするんですけど」



「……恋瀬川。見ての通り口が悪くて捻くれているが、いつも孤独を自ら憐れんでいる。根はいいんだ。許してくれ」


「……そうなんですね、先生も大変ですね」



 おい、聞けよ。



「九郎九坂。実は問題のおおよそは既に把握しているんだ。校則違反は化粧」



 化粧?



「透明のマニキュアを塗るとかその程度。でも、一応校則で化粧の類は一切認められていない。中学生だしな。高等学校なら学校によっては多少認められているかもしれないが、うちは公立の中学校だ。休みの日は好きにしたらいいのは言うまでもないが、しかし、学校に登校してるときは、ルールに則ってほしいというのが本音だ」


「それじゃあ、それをそのまま聞かせてあげればいいんじゃないですか。頭の弱い化粧女子でも、そのくらいのことは理解できると思いますが」


「ほら、九郎九坂。今どきの情勢ってあるじゃないか。ブラック校則だとか、生徒を縛りすぎている校則だとか、どちらかといえばそのぐらいのこと許してやれ・・・・・・・・・・・・・な意見が多いからな。親御さんとかに話され、世間や地域の噂話になるのは避けたいところなんだよ」



 ……面倒な世の中だ。権利主張の前に義務を果たせってんだ。



「授業中にマンガを読む、ゲームを持ち込んでするとかなら、取り上げて説教で済むんだけどな。難しいだろ、マニキュアとかって。小学生の時は大丈夫でしたよーなんて言われてみろ。どうしたらいいかわからんぞ、先生は」


「そこで生徒会に話したんですか」


「いや、恋瀬川と校則についてあれこれ話していたら、その何かの話の流れでポロッとしゃべっちゃった。そしたら恋瀬川が食いついて。どうにかしましょうって。それで、思いつきに、君を思いついたのだよ」



 思いつきにって。思いつくな、俺を。



「先生、俺は名探偵でも、何でも屋でも、万屋でも、解決屋でも、相談所でもありません。図書委員です」


「知っている」


「じゃあ、なんで俺なんですか。他にも優秀な生徒いるでしょ」


「なあに。君ほど人間を見ている奴は他にいないから。理由はそれだけ」



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