第3話 人間観察
以上のことからによって、生徒会長と先生のちょっとした思いつきに巻き込まれた。クラスメイトの化粧校則違反問題の解決に尽力せねばならなくなった。大垣の担任の先生は忙しいから職員室に戻ると言って出ていったから、共に活動するのは生徒会長ということになる。
「大垣先生は生活指導と生徒会顧問をされているのよ。だから生徒会室には頻繁に顔を出されるの」
「ふーん」
俺と生徒会長は生徒会室へ来ていた。なぜなら、図書準備室にはパイプ椅子もなければ、お茶も、おもてなしもないからだ。二人で居ても仕方がない。まあ、俺は生徒だから生徒会室に来たところで、おもてなしもお茶もでないのだが。
「それで、どうするつもりなんだ」
「ええ。あなたにはまず、校則違反をしている生徒が何人いるのか、それと実際にはどのような化粧をしているのかを調べてもらいたいの」
「俺が、か?」
「ええ、先生の話によるとあなたはクラス内に友達がいなくていつも孤独でだから一番周りの人間を見ている。観察者として、傍観者としてあなたほど適切な方はいないそうよ。九郎九坂くん」
「……そうですか」
「ええ。だから全幅の信頼を寄せてお願いするわ」
「そんな無条件に信頼されても。俺は生徒会長の……恋瀬川のことはほとんどと言っていいくらい何も知らないのだぞ」
「あら? 噂とか聞いたことない? 学年一位とか、全国模試一位とか、美人とか、可愛いとか?」
「いや、ないね。俺は他人の噂なんか耳にしないし、他人の話すことなんて信じちゃいないんだよ。先生の言うとおーり、孤独を自ら憐れんでいるやつなのさ」
だから俺は前情報を持って彼女と話すことはない。彼女のことは何も知らない。いいことも、悪いことも。生徒会長と一般生徒の端くれという違い以外は、同じ年齢の二年だし、だから対等であるべきだと思ったし、そうすべきだと感じた。俺に特別なんてのは通用しない。通用してたまるか。
「ふぅーん。あなた、やっぱり変わってるわね」
「いいや、極めて平均的だよ、俺は。平凡でポンコツ。部屋の隅にしか置いておけない、普通の人間さ」
「そ。ならいいけど。そうしたら、明日からお願いね」
「ああ。わかったよ」
調べるだけなら半日もあれば事足りるだろうけどな。
※ ※ ※
翌日。
俺の席は前から一番目教室の左から数えて一番目。つまり角席の端っこに位置している。朝に登校し、スマホを担任に預けるべく用意された籠の中に入れ、席に座り、リュックサックをかけて、右向け右。クラスの中とクラスメイトを確認する。人間観察の始まりだ。
俺はいつもチャイムの五分前くらいに登校するので、この時間になると流石にクラスメイトのメンバーは勢ぞろいしている。ちょうどいい。俺は反対岸、廊下側の席にたむろしている女子の集団を盗み見た。もちろん手元には文庫本を開いて。黒目だけを移動させて、こっそり窺う。
顔は特に、ないな。あそこには五人いるけど、顔に化粧を何か施している様子は見受けられない。他は他のやつは。一人で居るもの、二人でいるものそれぞれだが……見た感じだと、派手な化粧をしている生徒はいないな。
……となると、マニキュアか。あれは透明で、しかも指先であるという。確認は遠くからだと難しいな。どうするかな。まあ、時折確認することにして、確認できたらそれでいいことにしよう。そうしよう。
………………。
…………。
……。
……。
時は過ぎて昼休み。昼食はコンビニのパン。この学校は昼食の大体が給食だが、その給食が地域で作られて複数の学校にて配給されているため、たまに昼食持参になることもある。公立の中学校だから学食とか、購買とか、自販機はなし。だから持参。うちは家庭環境もあってその時は弁当を作ってもらえることがなく、お金を渡されてコンビニのパン。まあ、この方が楽でいいけどね。
「あれー、ふたみん今日はパン?」
急に声がしたので、びっくりして振り返るとそこにはクラスの女子がいた。わざわざ誰かと机をくっつけることなく、一人で黙食を決め込んでいたのにもかかわらず、空気を読んでか、読めないでか、俺に話しかけてきやがった。しかも
「まあ、ええと、そうですね、パンですね。まあ、その、弁当忘れたんでな、近くのコンビニでな」
しかし、このクラスの女子。名前誰だっけなあー。いつもクラスの中心に居て、スクールカースト? があるとするならば上位の上位、恋瀬川レベルだろうな。
「ふぅーん。それよりか、ふたみんさ。こっちの方ちらちら見てたけど、あれ何? 何か用あった?」
バレてるー。バレ、バレバレてるー日の午後。……いや、もう完全にユカイにバレてるじゃないですか。
「な、何でもないよ。見てたかな、気のせいじゃないですか……あはは……」
俺はなんとかごまかす。
「そうかなー、いや、絶対に見てたでしょ」
くそう、ごまかせなかったか。それにしてもまずい。話が長引けば、注目の的になりかねない。昼休みを穏やかに過ごせず、羞恥と好奇心の餌にはなりたくない。
そこで俺は直球勝負することにした。
「いや、ほんとみてないけど、まあ、強いて言えば、その爪? とか? なんか通り過ぎたときに光ったように見えたから…………」
「え? 爪? ……ああ、ふたみん鋭い。すごいね、これね、クラスで流行ってるの」
「ふーん、……ネイルっていうんだっけか?」
「クリアネイル。先の方にうすーく青とかの色入れたり、若干長くしたり。あまり極端にやると先生にバレちゃうからね、少しだけ」
いや、もうすでにうちの担任にバレてるんですけどね。言葉にして指摘してないだけで。
「ふーん、でもふたみん。そういうの興味あるわけ?」
「え? 興味? ないない、あるわけないじゃないか。曲がりなりにも俺は男だぜ。ないよ、全く」
「そうかな、男の子でもメイクとか当たり前の時代だと思うから、そういうの関係ないと思うけど」
「まあ、世間はそうかもしれないけど、俺個人は興味ないから。メイクとか、化粧とか? 目に止まっただけだよ、あまり気にするな。ほんと、大したことじゃないから」
そう言うと、俺の言葉を聞いていたのか聞いていなかったのかわからないが、『彩芽』と名前を呼ばれて、友人の方へ駆けていった。そういえば、名前は渡良瀬彩芽だった気がした。
クラスの女子との会話という面倒に疲れた俺は、己が乱れていないか、改めて律する必要はないかどうか、確かめるために『心の中の住人』を呼び出すことにした。自問自答みたいなものである。
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