第7話:別離

今日は【ペッケル歌劇団】の上映会、アルクエイドとアシュリーは劇場の最前列の席に座り、役者たちの演技を一緒に鑑賞していた。演目は敵対する家の御曹司と令嬢が相思相愛の仲になるが家の都合で引き離され、最期は主人公とヒロインが心中する話である。ありきたりな内容だが役者たちのレベルの高い演技力によって本物として演出するのが【ペッケル歌劇団】最大の強みである。アシュリーはというとアルクエイドが声をかけるのも遠慮するほど、熱心に見ていた


「(本当に大好きなのね、連れてきて良かったわ。)」


アルクエイドも【ペッケル歌劇団】が大好きで両親と一緒に鑑賞していた。今は婚約者候補であるアシュリーと一緒に鑑賞中である。劇も終盤になり、アルクエイドとアシュリーは役者の熱の入った演技に夢中になり、思わず涙ぐむ事もあった。役者が演じ終わり音楽も止むとカーテンが閉まり、アルクエイドやアシュリーを含めた観客がパチパチと拍手喝采を送ったのである。アルクエイドとアシュリーは劇場を出た後でも興奮が消えなかった


「今日の歌劇団は本当に良かった・・・・」


「ええ、私も見入ってしまいました。」


「特にヒロインが偽の毒薬を飲んで仮死状態に気付かずに主人公が自殺するのは本当に悲しかったですわ。」


「えぇ、あの時は味方である神父がしっかりと主人公に連絡していれば悲劇はなかった事にできますしね。」


「・・・・閣下。」


「何か?」


「もし2人が結ばれていたら、どうなっていたと思いますか?」


「う~ん、そうなれば別人として生きるでしょうね。ヒロインは表向きには死亡していますからね。ただ、どうやって生活していくかが問題ですね。知り合いの支援があれど、今まで蝶よ花よと育てられた2人が暮らしていけるのかが心配ですね。」


「閣下は随分と現実的なお話をされるのですね。」


「ん、あぁ、いつもの悪い癖が出てきてしまったようだ。申し訳ない、夢を壊すような事を言ってしまって。」


「いいえ、確かにそんな未来もあるかもしれませんね。」


「アシュリー嬢。」


「あ、ごめんなさい、私ったら。」


「アシュリー嬢、一緒に【カサンドラ】へ参りませんか?良い気分転換になる。」


「・・・・はい。」


アルクエイドはアシュリーを連れて喫茶店【カサンドラ】へと行った。急ではあったが従者に命じてシークレットルームを確保させた。【カサンドラ】に到着した後、アルクエイドとアシュリーはシークレットルームに案内され、部屋に入ると店員に料理を注文し下がらせた。シークレットルームにはアルクエイドとアシュリーの2人だけとなると、アルクエイドが話しかけた


「アシュリー嬢、覚えておいでか。貴方と初めて出会った事を・・・・」


「はい。昨日の事のように覚えています。」


「あの時と比べて、今の私はどうですか?」


アルクエイドがそう尋ねると、アシュリーは「初めて会った時よりは好ましいです」と答えた。アシュリーもシークレットルームでアルクエイドと初対面した時の事を思い出していた。成金と女遊びの評判を聞いていたアシュリーはアルクエイドに対しての印象は最悪であり、頑なに婚約したくないと思っていた。実際にアルクエイドに会った父の印象では自分は【成金で女遊びが激しい放蕩者】と隠すべき事なのに父の前で正直に話し、【こんな放蕩者の妻となるアシュリー嬢が気の毒だ】とアシュリーを気遣うそぶりを見せるアルクエイドに好奇心からか会ってみようと思った。シークレットルームでアシュリーはアルクエイドに対して【貴族の誇りはないのか】と罵ったが、アルクエイドに窘められ謝罪した事は今でも覚えていた。夜会ではエスコート役として夜会に初参加したアシュリーを陰ながら支え無事に果たした事、アルクエイドが【どのような形であれ、アシュリー嬢には幸せになる権利】があると慰めてくれた事、あの時からアルクエイドに心を開くようになったのである


「閣下、あの時は本当に申し訳ありません。私、閣下の事を色眼鏡で見てしまって・・・・」


「気にしておりませんよ。自分自身の身から出た錆ですから。」


「本当に優しいのですね、閣下は・・・・」


「何かお悩みでも?」


「え。」


「何か思い詰めた顔をしておられてな。もし何か悩みがあるのなら正直に話してほしい。私で良ければ力になります。」


アシュリーは迷いつつも意を決したのか話し始めた


「閣下、実は・・・・」







「そうか、そのような事が・・・・」


アシュリーの抱えている悩みを聞いた。案の定、アシュリーの幼馴染であるシェズの事だった。幼馴染であるシェズに恋心を抱いていたが、身分の違いもあって苦しんでいたという。アルクエイドと会った後、訓練場にいるシェズの下へ向かうとそこにクラリスがいたらしく、盗み聞きという形で話を聞くとクラリスはシェズに好意を寄せていた事、アシュリーとシェズの仲を知っていた事、シェズが騎士爵になれば自分と結婚できる事等を嫌というほど耳に届き、結果は2人が結ばれる事態となった。アシュリーは人知れず静かに泣いたという


「それでアシュリー嬢は今でもその者が好きなのか?」


「いいえ、クラリスが警備隊に連れていかれた時は他人事のように放置したシェズの姿を見て、心底冷めてしまいました。私が閣下と一緒に【ペッケル歌劇団】に行くと聞いたシェズが御供に加えてほしいと直談判した際は留守にするよう命じましたが、シェズは頑として聞き入れませんでした。」


「・・・・随分と未練がましい男のようですね。」


「ええ、あのような男を好きになった自分を引っ叩きたい気分でしたわ。」


「そうか・・・・やはりあの男か。」


「閣下、如何されたのですか?」


「アシュリー嬢、実はな・・・・」


前にアシュリーと国立自然公園の乗馬コースで談笑したところ、殺気を感じた。殺気の感じた場所はアシュリーの従者たちの中からだと告げた


「私の思い過ごしだと思ったのだがアシュリー嬢の話を聞いてもしやと思ったんだがな。」


「シェズが・・・・」


「本気に捉えなくても宜しいです。私の勘違いだった可能性も・・・・」


「閣下。」


「どうされたのですか?」


「国立自然公園に出掛ける際、シェズが御供に加えてほしいと直談判がございました。」


「えっ。」


アシュリー曰く、【ペッケル歌劇団】だけではなく、国立自然公園でもシェズが御供に加えてほしいと直談判があったそうだ。その時は了承し供に加わった事で先日の一件が起きた。クラリスが警備隊に連れていかれてからのシェズに違和感を覚え遠ざけるようになったという。アルクエイドの話を聞いてアシュリー自身、納得したらしい


「もし閣下の仰る事が本当であれば由々しき事です。あの者は即刻クビにしなければ!」


「まぁまぁ、落ち着かれよ!そうすぐにクビにしてしまってはあの者が逆上してアシュリー嬢を襲う可能性があります。」


「ですが!」


「まずは御父上に頼んでその者を遠ざけては如何でしょう。」


「遠ざける?」


「えぇ、ゴルテア侯爵領の警備という名目で遠ざけましょう。理由は例の男爵令嬢と懇意の間柄であるシェズとの事で噂になっているからと申せば宜しいです。信頼できる者に監視をさせ、もしシェズとやらが逃亡したら罰すれば宜しいです。もし噂自体をお疑いであれば調べられてみては?」


実際に規模こそ少ないがシェズとクラリスの事が噂になっている事を聞いた。ゴルテア侯爵もそのような噂が立てられたらシェズを遠ざけ、信頼できる者に監視させようと判断しアシュリーに提示した。アシュリーと「分かりました、お父様に相談してみます」と答えた


「アシュリー嬢、身辺はくれぐれも警戒されよ。特にシェズとやらを二度と近付けぬよう手配された方が宜しいです。」


「はい、御忠告感謝申し上げます。」


その後、2人はまた今度会うという約束を交わした後、屋敷へ戻り父であるクリフにアルクエイドとの遣り取りを報告したのである


「ロザリオ伯爵がそのような事を・・・・」


「はい、シェズとクラリスに関しての噂は徐々にですが広まっているとの事にございます。もしお疑いであればお父様も1度、調べられてみてはと閣下が仰られました。」


「うむ。」


「お父様、私から見てもシェズの様子が尋常ではありません。閣下と一緒に【ペッケル歌劇団】に行く際も私は留守を命じたのですが頑として聞き入れませんでした。幸い執事が味方をしてくれたおかげでシェズは大人しくなりましたが油断できません。」


「そうか・・・・お前がそういうならシェズを遠ざけるしかないな。」


「ありがとうございます、お父様。」


「うむ、では下がって良い。」


「はい、では失礼致します。」


アシュリーを下がらせた後、執事に命じてシェズを呼ぶよう命じた。それから数分後、シェズが執事と供に入室した


「お呼びにございましょうか、旦那様。」


「うむ、シェズ。お前にはゴルテア侯爵領の警備を命ずる。」


クリフの命令にシェズは呆気に取られたが我に返り、理由を尋ねた


「何故、私にそのような。」


「うむ、領内に盗賊が現れ、治安が危ういと知らせがあってな。お前には領内の警備を任せようと思う。」


「畏れながら私はゴルテア侯爵邸の警備の任がございます。」


「それは他の者に任せる。お前が欠けても問題はない。」


「・・・・そればかりは受ける事はできません。」


「何?」


シェズが命令無視した事にクリフはシェズに対して不信感を抱き始めた


「・・・・何故、断る?」


「私にはお嬢様を守る使命がございます。」


「シェズよ・・・・罪人とはいえ交際していたクラリスを見捨てたお前がアシュリーを守れるのか?」


クラリスの名が出た途端、シェズの表情が曇った。クリフは「はぁ~」と溜め息をつき、「お前はゴルテア侯爵家に仕える騎士だ。仕えるからには命令には従って貰うぞ。もし命令に背けばゴルテア侯爵家から追い出す」と圧力をかけた。シェズは観念したのか、「御意」と返答した


「分かったなら下がれ。」


「・・・・ははっ。」


退出したシェズは表情にこそ出さなかったが内心、鬱屈した思いが募らせた


「(誰かが俺を陥れたに違いない、絶対に許さん!)」


シェズは鬱屈した思いを抱えながらゴルテア侯爵領へ行く準備を進めるのであった




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