第6話:接近

ここはゴルテア侯爵邸、客室にて5人の男女【アルクエイド・ロザリオ伯爵、クリフ・ゴルテア侯爵、エリナ・ゴルテア侯爵夫人、レオン・ゴルテア侯爵令息、アシュリー・ゴルテア侯爵令嬢】がいた。アルクエイドがゴルテア侯爵邸に来訪したのは先日のお出掛けで起きた一件(アルクエイド暗殺未遂等)の謝罪をしに訪れたのである


「先日の一件で皆様方を巻き込んでしまい誠に申し訳ございません。」


「閣下、どうか頭をお上げください。私は特に危害を加えられていないので、どうかお気になさらないでください。」


アルクエイドが頭を下げると真っ先にアシュリーが頭を上げるよう促し、先日の事を気にしていないと伝えた。2人の様子を見ていたゴルテア侯爵一家は多少驚きつつもアシュリー同様、頭を上げるよう促した


「ロザリオ伯爵殿、娘もこう申しております。どうか頭をお上げください。」


「そうですわ。まさかうちに仕えていたクラリスの実家が汚職に関わっていたとは思いませんでした。」


「我等としてもハーゲン男爵家の素性を調べずにクラリスを雇ってしまった事を恥じ入るばかりです。」


「そう言っていただけると恐縮です。今日参ったのは謝罪もそうですがアシュリー嬢に渡したい物がございます。」


アルクエイドはそう言うと、懐から一枚のチケットをアシュリーに渡した。アシュリーがそのチケットを見るとそれはガルグマク王国で随一の人気を誇る【ペッケル歌劇団】というチケットだった。人気がある分、チケット自体はなかなか手に入りづらいのである


「閣下、これって【ペッケル歌劇団】の!」


「ええ、偶然手に入りましてね。先日のお出掛けの一件の罪滅ぼしも兼ねて、御一緒にどうかと思いまして・・・・一応尋ねますが【ペッケル歌劇団】には興味はございますか?」


「はい!幼少の頃から【ペッケル歌劇団】が大好きで家族と一緒に鑑賞していました!」


アシュリーは【ペッケル歌劇団】が大好きでよく家族にせがんで鑑賞しており、そのチケットを渡され感激したのである


「そうでしたか、もし御嫌であればどうしようかと思いましたが喜んで頂いて幸いです。」


「こちらこそ、ご招待いただきありがとうございます!」


2人が笑顔で談笑する様子を見ていた家族、特に父親であるクリフは2人を引き合わせて良かったと内心、喜んでいた。家のためにロザリオ伯爵と婚約を結ぼうとした事でアシュリーからは激しく抵抗され、女誑しの評判もあり会ったこともない婚約者候補であるロザリオ伯爵に嫌悪感を抱くほど毛嫌いしていたにも関わらず、対面して以降は良好な関係を築いている事に父親としてホッとしていた


「(アシュリーをロザリオ伯爵に引き合わせて良かった。)」


クリフ自身も家のためと割り切りつつも、娘が幸せになってほしい親心もあり、女遊びの激しいと評判のあるロザリオ伯爵を娘の婚約者にする事に戸惑いはありつつも、そうも言っていられない家の事情のためアシュリーの意志を無視して行ったが、結果として良い方向へと向かっている事に自分の目に狂いがなかったと満足していた


「お父様、行ってきても構いませんか!」


「勿論だ、ロザリオ伯爵殿と共に楽しんできなさい。」


「はい!閣下、本日はありがとうございます!」


「どういたしまして。」


アルクエイドがゴルテア侯爵邸を離れた後、【ペッケル歌劇団】に鑑賞するためにどのドレスをしようか迷っていると扉からコンコンとノック音がした。入室の許可を出すと入ってきたのはシェズだった。シェズが入ってきた途端、アシュリーの笑顔が一変し、無表情になりシェズを注視した


「・・・・シェズ、何用かしら?」


「はっ、お出掛けの際に私も御供下さいませ。」


「必要ないわ、貴方は留守番よ。」


「お嬢様、先日の一件以来、私は心配なのでございます!どうか私も御一緒に!」


「私は・・・・貴方の事を信用する事ができないわ。」


アシュリーの口から「信用できない」という言葉にシェズは唖然とした


「信用・・・・できない。」


「えぇ、貴方はクラリスと付き合っていたにも関わらず、連れていかれるクラリスを守ろうとはせず、他人事のように見ていた。私は貴方がどういう人間なのか嫌でも思い知らされましたわ。」


「お、お嬢様!私はあの女に騙されたのでございます!」


「お黙りなさい!自分の愚かさを悔いることなく、挙げ句の果てには責任転嫁する貴方の人間性には心底、呆れましたわ!」


「お、お嬢様。」


「貴方は私に対してこう言いましたね。【お嬢様を守る騎士になる】と・・・・今はどうですか?結婚の約束をした女性を見捨てる貴方の姿は貴方の目指す騎士の姿ですか!」


アシュリーの鋭い指摘にシェズは何も言えず黙りこくった。すると扉からノック音がして入室の許可を出すと執事が心配そうに尋ねてきた


「どうかなさいましたか?」


「そこの騎士が私の供をしたいと申してきました。私は無用とだと言ったにも関わらず聞き入れません。」


「お嬢様!」


「畏まりました。ほら、お嬢様の仰せだ。」


「も、申し訳ございません。」


「下がりなさい。」


シェズは執事と一緒に部屋を退出した。アシュリーは今になって自分にすがろうとするシェズの未練がましさに益々、嫌悪感を募らせる一方でアルクエイドへの恋慕が益々、強まった


「ロザリオ伯爵が私の旦那様だったら・・・・」





一方でアルクエイドの方はというと自分に殺気を向けたアシュリー付きの従者について調べていた。そして1人の人物を特定する事に成功した


「シェズ・アルバート、ゴルテア侯爵家に仕える騎士か。よく調べた上げた、ジュード。」


「ははっ。シェズという者はアシュリー侯爵令嬢とは幼馴染の間柄だそうにございます。」


「幼馴染で身分違いの恋、よくある事だが・・・・正直、解せんな。シェズという男はハーゲン男爵家の元令嬢、クラリスとかいう罪人と交際していたと聞いた。」


「恐らくはアシュリー侯爵令嬢の一方的な片思いだったのでしょう。」


「一方的な片思いか。」


「何か御不審でも?」


「私が感じた殺気、あれはアシュリーの従者の中から発せられた者だ。シェズという男、結婚の約束をしていた女と付き合っていたにも関わらずアシュリーにも懸想していたと思う。だとしたら私に殺気を向けるのも納得がいく。」


「もし旦那様のお考えが本当であればシェズとかいう騎士は随分と移り気が激しゅうございますな。」


「かも知れんな。今頃はアシュリーに懸想しておるであろうな。」


アルクエイドの心中はシェズという騎士を敵と見なし、どうやってアシュリーから切り離そうと考えていた


「それよりも旦那様、会合には出席なさるのですか?」


「会合・・・・場所は娼館か、辞めておこう。」


アルクエイドの口から「娼館に行くのは辞める」と出た瞬間、ジュードはすぐさま、問い質した


「だ、旦那様!どこか御加減でもお悪いのですか!すぐにでも医者を呼びましょう!」


「落ち着け、そうではない!会合場所を変更して貰うんだ。娼館、女遊びは金輪際辞める事にした。」


娼館に行く事や女遊びもしないと宣言したアルクエイドにジュードは「本当にどうされたのですか」と心配そうに尋ねた


「今までの私だったら娼館に行っていたかもしれんが今回は違う。婚約者候補ではあるがアシュリー嬢がいるんだぞ。私に対して少しずつではあるが心を開いてくれるアシュリー嬢を裏切るような真似は出来んよ。」


「だ、旦那様!」


「私はかつて婚約者に裏切られた。それ故、裏切られた者の気持ちは痛いほど分かる。私はアシュリー嬢に、そのような思いを2度とさせたくはない。ただ、それだけの事だ。」


「旦那様・・・・その御言葉が聞くのををどれほど待ちわびた事か。このジュード、感無量にございます(泣)」


普段、冷静沈着を貫くジュードが人目も憚らず男泣きする姿にアルクエイドは必死で宥めた


「おいおい、泣くなよ。大の男がみっともない。」


「これは嬉し涙にございます!」


「(はぁ~、やれやれ。)」


アルクエイドはジュードを慰めつつ、これまでの独身生活ともオサラバし、アシュリーとの結婚への一歩へと足を進めるのであった


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