第5話:お出掛け
○月○日、天気は快晴、アルクエイドとアシュリーはピクニックに出かけていた
「アシュリー嬢、今日は晴れてよかったですね。」
「ええ。」
国立自然公園にて2人(従者付き)は様々な設備を見て回った。色鮮やかな御花畑コースを前にしてアシュリーは目を輝かせた
「綺麗ですわ。」
「あぁ、御花畑も綺麗だが、おめかししたアシュリー嬢は御花畑より綺麗だ。」
「ん!か、からかわないでください!」
「ははは。」
アシュリーは顔を真っ赤にして反論しつつも内心、満更でもなかった。アシュリー自身、どの服を着れば良いか、化粧をすれば良いかとウキウキした気分で準備をしてきたのである
「アシュリー嬢は馬には乗れますか?」
「え、ええ。」
「あそこに乗馬コースがあるが行ってみますか?」
「は、はい。」
アルクエイドとアシュリーは乗馬コースに到着すると従者に命じ厩舎から二頭の馬が2人の下へ運ばれた。アルクエイドとアシュリーは従者の手を借りて馬に乗り、乗馬コースを散策したのである
「ポカポカとして気持ちいいわ。」
「アシュリー嬢、顔付きが良くなりましたね。」
「え、それはどういう事ですか?」
「初めに御会いした時は何やら陰鬱な雰囲気を醸し出していたので心配しておりました。」
「そ、そうでしたか、気付きませんでした。」
「それに比べて今のアシュリー嬢の顔は生き生きしている。」
「あ、ありがとうございます。」
「招待した私もホッとしております。」
「・・・・閣下。ありがとうございます、御招待して頂いて。」
「アシュリー嬢に喜んで頂いて私も嬉しいです。」
アルクエイドの屈託のない笑顔を見せるとアシュリーの心臓はバクバクと高鳴った
「(私、やっぱり閣下の事・・・・)」
アシュリーはアルクエイドに対して恋心を抱いている事に気付いたのである。あれほどシェズに思いを寄せていたにも関わらず、嘘のように胸がときめいたのである
「どうされましたか、アシュリー嬢?」
「い、いいえ、御心配なく!」
「乗馬が終わったら予約していたレストランで食事を取りましょうか。」
「は、はい!」
その2人の様子を苦々しく見ていた者がいた。そうアシュリーの護衛役をしていたシェズである。シェズはアシュリーとロザリオ伯爵が自分の見ている前で仲良く談笑する様子を内心、イライラしながら見ていた
「(くそ、本来だったら俺が隣にいたのに!)」
叶わぬ恋とアシュリーの事を忘れ、自分に告白したクラリスと婚約の約束を交わしたというのに未だにアシュリーへの未練が残っていたのである
「(アシュリーはあんな女誑しのどこがいいんだ!)」
シェズは女遊びが激しいアルクエイドの噂を耳にしており、アシュリーの幸せを願いつつも内心ではアルクエイドとの婚約を破談にしてくれる事を切に願っていた。アシュリー自身もそうだと思っていたが、今は2人が仲睦まじく談笑している事に嫉妬心がメラメラと燃えていたのである
「(アシュリー、俺よりも成金貴族の方を選ぶというのか!)」
シェズがアルクエイドに対して殺気を向けた途端、アルクエイドは笑顔から一変、表情が険しくなり瞬時に懐から投擲用のナイフを取り出し周辺を見渡した。アルクエイド付きの従者たちもアルクエイドを囲み護衛に回った。一部始終を見ていたアシュリーとアシュリー付きの従者(シェズを除く)は何事かと思い、尋ねた
「閣下、どうされたのですか?」
「・・・・殺気を感じた。」
「殺気!」
殺気という言葉を聞いたアシュリー付きの従者たちもアシュリーの護衛に回った。シェズは思わず殺気を放ってしまった事を反省し、「こいつデキる」と感じながらアシュリーの護衛に回った。アルクエイドはというと神経を尖らせながら、見渡すが先程の殺気が嘘のように消えた事で警戒を解き、投擲用のナイフを仕舞った
「気のせいだったようだ。」
「か、閣下。」
「アシュリー嬢、すまなかったな。突然、このような事態になってしまって。」
「滅相もありません、殺気と聞いて私も身構えてしまいました。」
「はぁ~、本当に無粋な輩がいたものだ。」
アシュリーや護衛たちには言わなかったが、アルクエイドはアシュリー側の従者の中から殺気が放つ者がいる事に気付いていた
「(私の勘は今日も冴え渡るな。)」
アルクエイドは生まれつき天性の勘を有しており、自分の身に危険が及ぶ事や胸騒ぎがあると不思議と直感が働くのである。幼少の頃より様々な武術を学びつつ、天性の勘も同時に磨き上げたのである。そのおかげか、一度も危険な目に遭うことはなかったのである
「(アシュリーの従者の中で私を恨んでいる輩がいる・・・・そういえばアシュリーが好きな男がいると伺っていたが、もしかして・・・・)」
「閣下、どうされましたか?」
「いや、何でもない。アシュリー嬢、レストランへ参りましょう。」
「は、はい。」
アルクエイドとアシュリーは乗馬を取りやめ、予約していたレストランに入った。一人のウェイターが「ロザリオ伯爵閣下とゴルテア侯爵令嬢の御両名様で宜しいでしょうか?」と尋ねるとアルクエイドは「ああ」と答えた。ウェイターが「ご案内致します」と予約席へ案内した。従者たちは別室に案内されシェズは2人の後姿を苦々しく眺めていた。アルクエイドはまた自分に視線を向けられる事に気付きつつ、アシュリーと一緒に予約席に到着したのである
「ではお料理を御運び致しますので少々、お待ちを。」
ウェイターが下がると予約席にはアルクエイドとアシュリーの2人だけとなった。アシュリーは乗馬での出来事を尋ねた
「閣下、先程は殺気を感じたと伺いましたが・・・・」
「ああ、先程の事ですか。さほど珍しい事ではありません。」
「それは、どういう事ですか?」
「私は仕事柄、妬み嫉みを受ける事がございます。今の生活を築く上で私は常日頃から警戒を怠りませんでした。まあ、成金貴族としての宿命というべきですかね。」
「・・・・宿命。」
「ええ・・・・もういなくなったのかと思ったら、まだ消えていなかったようだな。」
アルクエイドの発言にアシュリーの背筋がぞくっとした。初めて会った時、かつて自分が伯爵に対して「貴族の誇りはないのか」と罵った後、アルクエイドは淡々と語りつつ鬼気迫る雰囲気に一瞬にして怒りが消え、背筋が凍った事を思い出していた
「閣下。」
「ん、ああ、失礼。どうされましたか、アシュリー嬢。」
「あ、あの・・・・」
「お待たせ致しました。」
アシュリーが何か言おうとした瞬間、料理を運ぶウェイターが現れた。料理が席に置かれた後、ウェイターが「ごゆっくり」と言い残し、立ち去ろうとした瞬間・・・・
「待て。」
「何でございましょうか?」
アルクエイドに呼び止められ、ウェイターが笑顔で対応した
「申し訳ないが毒味をしてくれるか?」
「か、閣下?」
「・・・・毒味にございますか?」
「ああ、念のためにな。」
アルクエイドは毒味をするよう命じたがウェイターは食事に手をつけようとしなかった。アシュリーは何が何だか分からず戸惑っていた
「どうした?何故、手をつけない?」
「お客様をお出しする料理に毒を盛る等はあってはならない事、私共にも面目がございます。」
「一口くらいは許す・・・・さぁ。」
アルクエイドが促すと最早これまでと覚悟したウェイターは懐からナイフを取り出し、アルクエイドに攻撃を加えようとした瞬間、アルクエイドが先に投擲用のナイフを投げ、ナイフを持ったウェイターの右腕に命中させた
「がぁ!」
ウェイターは呻き声を上げ、ナイフを落とすと同時に控えていたアルクエイド付きの隠密が現れ、ウェイターを取り抑えたのである。舌を噛ませないように慣れた手付きで口枷を嵌め、そのまま連れていった。あっという間の出来事にアシュリーは呆然としていた
「アシュリー嬢、怪我はない?」
「は、はい。閣下、先程のウェイターは?」
「恐らくウェイターの狙いは私だ。」
「閣下のお命を!」
「全くどこのどいつやら・・・・あぁ~、せっかくの料理が台無しになってしまったわ。」
「・・・・閣下、これから如何されるのですか?」
「・・・・アシュリー嬢、すまないが今日のお出掛けは中断して貰えないだろうか。流石に邪魔が入ってはゆっくりと過ごすこともできない。」
「・・・・分かりました。」
お出掛けは急遽、中止となりアルクエイドはアシュリーを屋敷へ送った後、そのまま自分の屋敷へ戻り、捕まえたウェイターについて徹底的に調べさせていた。アルクエイドは屋敷で寛いでいると家令のジュードが捕らえたウェイターについて報告をしたのである
「カバナル商会の依頼だと。」
「ははっ。」
「あの恩知らず共め、誰のおかげで赤字経営脱却の世話したと思っているのだ。」
「如何なさいますか?」
「決まっている、直ちに警備隊に連絡致せ。カバナル商会に不穏な動きがあるとな。」
「畏まりました。」
アルクエイドの依頼を受けた警備隊は早速、カバナル商会に乗り込んだ。警備隊の突然の訪問に商会は手も足も出ずにいた。警備隊の捜査によって数々の汚職が発覚し、商会長とその一味が逮捕されたのである。更に調べていくと背後にはクラリスの実家であるハーゲン男爵家も関わっていたようでクラリスの父であるハーゲン男爵はあっさり御用となったのである。当然、クラリスも警備隊によって連れていかれる事になった。クラリスと婚約を結んでいたシェズは愕然とした
「(クラリスが・・・・いかん、このままでは俺まで巻き込まれる!)」
シェズは自分の置かれている状況を理解し、警備隊が来た際は自分は無関係という事でクラリスを見捨てる事にした
「(あんな女と約束なんてしなきゃ良かった。やはり俺にはアシュリーしかいない。)」
警備隊がゴルテア侯爵邸に訪問した際にクラリスの実家がカバナル商会と手を組み、私腹を肥やしていた事が発覚しクラリスも重要参考人として連れていかれたのである。クラリスは「私は何も知らない」とか「シェズ殿、助けて」と必死になって喚いていた。クラリスが連れていかれるところを他人事のように見ていたシェズにアシュリーは心底、軽蔑した
「(こんな奴を好きになった自分を引っ叩きたいわ。)」
アシュリーの父であるゴルテア侯爵とクラリスと交際していたシェズも一応、任意同行の上で簡単な事情聴取を受けた後、そのまま屋敷へ戻る事ができたのである
「まさかハーゲン男爵が不正に関わっていたとは・・・・私もよくよく調べるべきだったな。アシュリー、お前にも危険な目に遭わせてしまってすまなかった。」
「お父様、私はこの通り、無事ですのでどうかお気になさらないでください。」
「そうか、それでロザリオ伯爵とは今後はどうするのだ。」
「はい。一旦、婚約は保留にさせてください。閣下とのこれまで通り交流を続けますので。」
「そうか、分かった。それにしてもシェズがクラリスと付き合っていた事には驚いたな。」
「・・・・ええ。私も他人事のように見ていたシェズに心底、呆れましたわ。騎士の風上にもおけませぬ。」
かくしてカバナル商会によるアルクエイド・ロザリオ暗殺未遂事件はこうして終結したのであ
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