第4話:夜会

ここは王宮の広間、今日は夜会が行なわれていた。アルクエイドはクリフ・ゴルテア侯爵の依頼で夜会に初参加するアシュリーのエスコート役として参加していた


「大丈夫ですか、アシュリー嬢?」


「は、はい。」


「もし気分が悪くなったら屋敷まで送ろう。」


「は、はい。」


アルクエイドとアシュリーは会場に入ると、参加した貴族たちはアルクエイドが令嬢のエスコートをしている事に驚きつつも遠巻きに見ていた。アシュリーは自分たちに視線が向けられている事に気付き、羞恥心からか顔を伏せようとしたがアルクエイドに窘められた


「下を向かないで堂々としていなさい。」


「は、はい!」


すると一人の貴族がアルクエイドとアシュリーの下へやってきた


「これはこれはアルクエイド殿、見目麗しい御令嬢をエスコートしているのかい?」


「御父上に頼まれてね、ウルスラ殿。」


話し掛けてきたのはウルスラ・モンテネグロ伯爵【年齢27歳、身長178㎝、茶色の短髪、細身の筋肉質、赤眼、色白の肌、彫りの深い端整な顔立ち】、騎士団長を務める他、モンテネグロ伯爵家の当主であり、アルクエイドの古くからの友人である


「ん、そちらの御令嬢はもしかしてゴルテア侯爵閣下の・・・・」


「ええ、ゴルテア侯爵閣下の御息女のアシュリー・ゴルテア嬢だ。」


「ああ、これは失礼を致しました。モンテネグロ伯爵家当主のウルスラ・モンテネグロと申します。」


「御初に御目にかかります、モンテネグロ伯爵閣下。ゴルテア侯爵が娘のアシュリーにございます。以後、お見知りおきのほどを。」


互いに自己紹介を済ませた後、ウルスラはアシュリーとの関係を尋ねてきた


「アルクエイド、君がアシュリー嬢のエスコートをしているという事は・・・・」


「勘違いしないでほしい。私はアシュリー嬢のエスコートを御父上に頼まれただけだ。それ以上でも、それ以下でもない。」


「そうか、私は独身生活とオサラバして、身を固めるかと思ったよ。」


「残念だがアシュリー嬢に振られたばかりでね。」


「振られたのにエスコートをやらされるとは、君も災難だな。」


「ははは。」


「あ、あの、閣下。」


2人の会話を申し訳なさそうに尋ねるアシュリーにアルクエイドとウルスラは・・・・


「あぁ、申し訳ない。ウルスラ殿、アシュリー嬢は初めての夜会だから緊張している。すまないが話はまた今度にして頂きたい。」


「そうか、こちらこそ邪魔をして申し訳ない。アシュリー嬢、良き夜会を。」


「ごきげんよう。」


ウルスラが去った後、次々と知り合いの貴族たちと夜会初参加の貴族令息&令嬢やアシュリーの友人等と応対しつつアルクエイドとアシュリーは人気のない場所へと移動していた。アルクエイドはアシュリーの様子が変だと思い、人気のない個室に入った。アシュリーを先にソファーに座らせた後、優しく尋ねた


「アシュリー嬢、初めての夜会は緊張しましたか?」


「は、はい。」


「・・・・何かあったのですか?」


「い、いいえ。」


「・・・・アシュリー嬢、もし私との婚姻が御嫌なら私はそれで構わない。侯爵には私の方から説明しよう。勿論、アシュリー嬢には悪いようにはしない。」


アルクエイドがそう言うとアシュリーは黙りこくった。長い沈黙が続き、アルクエイド自身も失言だったと後悔していると、ようやくアシュリー嬢が口を開いた


「・・・・閣下。」


「ん、如何された?」


「閣下は、かつて婚約者が想い人と一緒に駆け落ちしたと父から聞きました。婚約者の実家はそれが原因で家が没落した事も・・・・」


アシュリー嬢の口からアルクエイドの元婚約者の事を聞かれ、正直に答える事にした


「親同士が決めた婚約者にはそれほど思い入れはありませんでしたが、駆け落ちした事については流石にショックを受けました。何より婚約者の実家はそれが原因で家が没落したのですから貴族の家に生まれたから一生、安泰とは限らなくなった事も明確になりました。」


「そう・・・・ですか。」


「アシュリー嬢、一つ尋ねても宜しいか?」


「・・・・何でしょう?」


「アシュリー嬢には好きな殿方がおられるのですか?」


アルクエイドが尋ねるとアシュリーは再び黙りこくった。無言という事はアシュリーに好きな男がいると悟り、それ以上追及しなかった。それから沈黙の時間が続き、アルクエイドは「屋敷に御送りしましょうか」と尋ねるが首を横に振った。そんなアシュリーにアルクエイドはこう諭した


「アシュリー嬢、私が言うのも何だがこれだけは言わせてほしい。例えどのような形であっても貴方には幸せになる権利がある、それだけは忘れないでほしい。」


そう言うと、アシュリーはようやく口を開き「幸せとは何なのですか」と尋ねた。アルクエイドは「アシュリー嬢が心の底から幸せと感じた時だ」と答えた


「心の底から幸せと感じた時・・・・政略結婚の道具として扱われる私にその時が来るのですか。」


「それはまだ分からないが、必ずやその時は来る。」


「・・・・そうですか。」


このままでは埒があかないと思ったアルクエイドはある提案をしてみる事にした


「そうだ。アシュリー嬢、私と一緒にお出掛けしませんか?」


「お出掛け・・・・ですか?」


「えぇ、良い気分転換になると私は思う。」


アシュリーは「考える時間が欲しい、連絡は必ずします」と返事を返した。夜会が終わった後、アルクエイドはアシュリーをゴルテア侯爵邸まで送った。別れの挨拶を告げた後、アルクエイドの乗った馬車はそのまま立ち去った。屋敷へ入ると執事とメイドに出迎えられた後、自室に入り着替えを済ませメイドたちを下がらせた後、ベッドにダイブした後、アシュリーは嫌な記憶【シェズとクラリスの逢引】を思い出していた。あの後、アシュリーは何事もなかったように気丈に振る舞ったが、クラリスの姿を見るとこの女さえいなければと何度も思った。シェズも私よりもクラリスの方を選んだ。昔、シェズがアシュリーに対し「お嬢様を守る強い騎士になる」と誓いを立てていたが所詮はその程度でしかないのかと自分自身の甘さを呪った。ベッドに寝転がったアシュリーはふとアルクエイドの申し出を思い出していた


「お出掛けか・・・・行こうかな。」


アシュリーは「はっ」とした。自分でも何故、この言葉が出たのか不思議でならなかった。アルクエイドは自分の境遇に同情し何かと気にかけてくれた。その優しさに心が徐々にほだされていき、この人だったらいいかなという思いが侵食していった。アシュリーはアルクエイドの醸し出す大人の男の雰囲気と包容力、キリッとした力強く鋭い眼差し、鼻筋の通った綺麗な鼻、男性的で凛々しく整った顔立ち、凛々しくも颯爽と歩く姿、初めて会った時のあのドキッと胸が高鳴ったのは昨日の事のように思える


「私もシェズと変わらないわね。」


アシュリーはそのまま体を起こし机に向かった後、椅子に座り一枚の紙を置いた後、お出掛けを了承する旨を認めた。手紙を作成した後、扉からノック音がした。入室の許可を出すと屋敷に仕える執事が「旦那様、奥様、レオン様が戻られました」と知らせてくれた。アシュリーは「分かったわ」と言うと執事と一緒に両親と兄を出迎えた


「お帰りなさいませ、お父様、お母様、お兄様。」


「アシュリー、初めての夜会はどうだった?」


「はい、ロザリオ伯爵が色々と御高配くださり、つつがなく過ごせました。」


「そうか。」


「あのお父様。」


「如何した?」


「私、ロザリオ伯爵とお出掛けしようと思っております。」


ロザリオ伯爵とお出掛けと聞いたクリフとエリナとレオン、傍から聞いていた執事とメイドたちも驚きを隠せなかった。あれほど婚約を嫌がっていた娘(妹)がロザリオ伯爵とお出掛けするとは夢にも思わなかったのである


「そ、それは本当か!」


「はい。その事を手紙でお知らせしようと思っております。」


「アシュリー、貴方、本当にロザリオ伯爵とお出掛けするの!」


「はい、お母様。」


「アシュリー、どういう風の吹き回しだ!」


「気分転換ですわ、お兄様。」


「そ、そうか。気分転換か、なら私は止め立てはしないぞ。」


アシュリーの話を聞いた父は喜び、母からは「後悔はしないのね」と心配されたがアシュリーは「ええ」と答えた。兄は「お前がロザリオ伯爵閣下とお出掛けなんて」と未だに信じられないといった表情で見ていた。両親と兄に知らせた後、手紙はロザリオ伯爵の下へ届けられてから、すぐに返事が来た。○月○日に快晴の場合はピクニック、雨天の場合は劇場に行こうと連絡が来たのである


「おめかしはどれにしようかしら。」


アシュリーは内心、ウキウキしながら準備を進めるのであった

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