10便:「―Wander Person― 中編」
無線通報を受けてから一分もたたず。一般道を経由し、巡回車はビーサイドニュー下り線へ接続するランプへと進入した。すでに標識器上の赤色灯が灯され、これより本線に進入合流し、事象の調査に入る。
「――っと?」
しかしそのランプ線を進む途中、何かを聞き留めウォーホールが声を零した。
血侵も同様。二人が聞き留めたのは、サイレンの音。
音源は、側方のビーサイドニュー本線後方。さらに助手席より血侵は身を捻り後ろを向けば、本線上より自分等とは別の赤い発光が見える。
「――分駐さんです」
その姿正体を見止め、血侵はウォーホールに向けて発し伝える。
本線上後方より現れたのは、セダンタイプのシルバーの大型普通乗用車。そのルーフ上では、格納式の単一の赤色回転等を煌々と灯している。
分駐――高速道路交通警察隊の、覆面パトロールカーであった。
「先頭固定してる?」
「えぇ」
ウォーホールも覆面パトロールカーの姿を、ミラーを用いて確認。そしてその姿様子から推察の声を発し尋ね、血侵はそれに肯定の言葉を返す。
覆面パトロールカーは二車線ある本線上のセンターライン上、真ん中に位置し。そして本来の路線の制限速度を、あえて大きく下回る低速で走行している。覆面パトロールカーの後ろには、進行を制限された一般利用車が、滞りを作り並んで続く様子が見えた。
分駐が行っているのは、先頭固定とよばれる一種の通行規制だ。
一般利用車の列の先頭で、あえてセンターライン上に位置しての低速走行を行い、その進行を阻み抑えて、それより先の道路上をクリアにする。道路の先に、重大な事象が存在すると想定される際に施行される、安全規制措置であった。
「向こうも出たのか」
その姿に呟く血侵。おそらく分駐側も、自分等と同一の事案の対応のために、出動して来たであろう事を推察する物。
「ちょうど合流できるね」
巡回車の位置関係は、このままランプから合流すれば、ちょうど覆面パトロールカーと並べる状況にあった。
ウォーホールはその旨を発しながら、アクセルを調整しつつ巡回車を走らせる。
今は走るランプは、本線より右手から接続してそのまま追い込し車線となり、本線が三車線に増える構造だ。
「血侵君、サイレンと表示お願い」
「了解」
ウォーホールは促し、血侵はそれに答えてダッシュボード真ん中の操作系の操作を始める。
サイレンボタンを押して、覆面パトロールカーに合わせてサイレン音を鳴り響かせ始め。そして搭載する標識器に、この先に立ち入り者の存在がある情報を表示させる。
ウォーホールはハザードを点灯させる。
その手順の間に巡回車は、本線に合流。
想定通り、追い付いてきた先頭固定中の覆面パトロールカーと並ぶ形となった。
三車線になった本線の真ん中に位置していた覆面パトロールカーは、少し左にズレて巡回車にスペースを譲る。巡回車は譲られたスペースに入り、第二走行車線と追い越し車線の間に位置。先頭固定の役割を半分引き受ける。
並走を始めた覆面パトロールカーの右運転席側。その窓が開かれ、ドライバーの高速隊警官が、腕を突き出し翳してこちらに合図挨拶を寄こす姿を見せた。
血侵も助手席窓を開け、腕を突き出し翳してそれに返す。
そこから二台体制へと変化した先頭固定は、先にあるトンネルへと進入。二台の緊急車両から鳴り響くサイレンが、よりけたたましくトンネル内で反響。
《――この先、人の立ち入り情報ですッ、人の立ち入りの調査を行っていますッ。ご注意ください、パトカーを抜かないでくださいッつ》
覆面パトロールカーからは、拡声器を用いての後続利用車への広報、警告が行われ、その音声が鳴り響いている。
広報は分駐側に任せ。しかし運転席のウォーホールも、ハンドルを操りつつも、空けた左窓からその太い右腕を突き出し。後続車に向けて速度を抑えるよう促すジェスチャーを送っている。
そして同時に、血侵とウォーホールは、道路上に視線を走らせ目を凝らしていた。
現在の位置数値は、1.8krw。管制からもたらされた情報からすれば、立ち入り者の存在一はまだ先であったが、それより手前に居ないという保証は無いからだ。
サイレンと広報音声を響かせながら、後続車を抑えつつ。巡回車と覆面パトロールカーはトンネルを抜ける。
「――いる?」
「まだ発見ナシ」
真剣な眼で視線を走らせながら、ウォーホールはスウザンに尋ねる。血侵は、同様に視線を走らせつつ、しかし否定の言葉を返す。
まだ立ち入り者の発見には至っていない。
ヘッドライトで先を照らしているとはいえ、視界の悪い夜間で、人一人の発見は容易とは言えない。
しかし。
トンネルを抜けて数百rw程進んだ所で、並走する覆面パトロールカーが速度をより一層落としたのは、その瞬間であった。
それを即座に見止めたウォーホールは、自身もアクセルとブレーキワークで巡回車の速度を落とす。
「見つけたッ?」
そして操作を行いながらも、発しつつより目を凝らし、先へ視線を走らせる。
覆面パトロールカーのその減速は、おそらく何かを発見した故の物。
「――発見ッ」
「ッ、あれか!」
瞬間直後。血侵とウォーホールは、ほぼ同時に発し上げた。
二人が先に見止めたもの。それは本線上右側、中央分離帯上。厳密には付近は上り線と下り線が完全に分離しているため、壁となっている追い越し側。
そこに、佇む一人の人影があった。
《――パトカー停止しますッ。ご注意ください、パトカー停止しまーす、止まりまーすッ》
覆面パトロールカーから、後続利用車に停車を告げる広報音声が響き上がる。
そして覆面パトカーは、落としていたその速度を完全に殺し切り、本線上で停車。一瞬遅れしかしほぼ同時に、ウォーホールの操縦で巡回車もそれに合わせて停車した。
停車してすぐにウォーホールは、ギアシフトやサイドブレーキを引くなど、停止措置を実施。
血侵は赤色灯に合わせて黄色等を灯すべく操作系のボタンを押し。それから後席に振り向き身を乗り出して、そこに積まれ置かれていた、発炎筒の入った鞄を掴み取って寄せる。
身を捻り戻した血侵は、そこで一瞬窓の外を見る。
並び止まる覆面パトロールカーの助手席側。開かれたドアより、ヘッドゴブリン系――身長体躯は科学者系と大きくは変わらないが、猫背の曲がった身と、特に大きな尖った手足が特徴のゴブリン系列種族――の高速隊警官が。勢いよく飛び降り、そして前方へ駆けてゆく姿が見えた。
「分駐さんが行くね――ボク等は、後を抑えようッ」
血侵同様、車外にその高速隊隊員の姿を見たウォーホールが言葉を紡ぐ。先の立ち入り者の確保を高速隊警官に任せ、自分等は後方を監視し規制する行動を取る事を、促すものだ。
「了解」
それに端的に答え、そして血侵は足元に備えていた誘導灯を掴み取る。
そして二人はほとんど同時にドアを開き、車外へと飛び出し降り立った。
巡回車を降車し、血侵とウォーホールは巡回車の後ろへと駆けて出る。
巡回車の後方本線上には、先頭固定により抑えられ停車した一般利用車が列を成していた。深夜とはいえ近辺は一定の利用車が往来する環境であるため、列を成す車はそれなりの数だ。
先んじてその前に出たのはウォーホール。
彼は、巡回車を降りる際にドアポケットより持ち出した、一本の発炎筒を点火。それを本線上のほぼど真ん中に放るように置き設置。発炎筒は発火し、独特の眩しい炎を上げて瞬き始める。
そして同じく持ち出していた、誘導灯に類似した小型のスティック発光器材――ハンドフラッシュを発光させ、翳し。
それ等をもって後ろに停車する利用車の群れに向けて、異常事態、その対応中である事を促し。器材の瞬きとその身をもって、抑え始めた。
そこへ血侵も追いつく。
そして同時に覆面パトロールカーより、運転席から降り立った高速隊警官が、駆け寄って来た。
警官は女の犬獣人。白い高速隊用ヘルメットの下に、ドーベル種であろう黒い毛並みの栄える凛々しい顔が見える。
「すみません、こっちは任せていいですかッ?」
駆けよって来たドーベル種獣人の女警官は、少し急く様子でそんな尋ねる言葉を寄こす。それは背後の一般利用車を抑える役目を、血侵とウォーホール――管理隊に一任したい旨の言葉。
「大丈夫です、こっちで抑えますッ」
その要請を、ウォーホールは承諾して返す。
「ありがとうございます、お願いしますッ!」
それを受けたドーベルの女警官は、少し張り上げる声で礼を言うと。身を翻して、ヘルメットの境目から伸びる長い黒髪と、ズボンの専用開口部から出した尻尾を揺らして、覆面パトロールカーへと戻っていった。
「代理――規制、張りますか?」
女警官を見送ったのも一瞬。血侵は、前に立つウォーホールに向けて進言し尋ねる言葉を発する。血侵の肩には、下げられた発炎筒入り鞄。
発炎筒を持って、本線上にさらに規制ラインを引くか。その指示を伺う言葉だ。
「ううん、これ以上は大丈夫。今のままで、抑えられる」
しかしウォーホールはハンドフラッシュを翳しながら、血侵にそう取り下げる言葉を返す。
現時点で、巡回車と覆面パトロールカーが煌々と明かりを灯して、存在をアピールしながらその車体をもって本線を閉鎖し。さらに血侵等が本線上に出て立ち、異常事態を促し始めた事で。後続の一般利用車の列は、十分に抑えきれていた。
それ等を鑑みての、これ以上の施策は不必要との判断をウォーホールは下したのであった。
「了解」
それを受け、了解の旨を発し返す血侵。そして血侵は、後方に警戒の意識を向けつつも、身を捻り一瞬だけ前方へと振り向く。
見えたその先、通行する車の一切が途絶えた本線上。その上を、二人分の人影が掛け横断する姿が見えた。
一人は先に向かったヘッドゴブリン系の高速隊警官。そしてその警官に手を引かれ続くは、中央分離帯に佇んでいた立ち入り者だ。
腰まで届く長い白髪と、纏った丈の長いワンピースから、遠目にもそれが女である事が判別できた。
「――分駐さん、旧BSまで退避しました」
現場よりすぐ先には、今はすでに使われていないバス停の、退避スペースがある。
高速隊警官が立ち入り者の手を引き、本線を横断し切って、その旧BSまで無事退避した姿を見止め。血侵はその旨をウォーホールへと告げる。
「了解」
ウォーホールからは、了解の返事が返る。
それを聞きつつ、血侵は本線後方に視線を戻す。
未だ列を成して、抑えられ停車する一般利用車の列。その先頭、血侵等のすぐ傍に位置し並ぶ自動車。世闇の暗がりの中だが、その内に居る利用者等の姿様子が微かに見える。
状況を訝しむ者、心配する者、戸惑う者。それは三者三様だったが、今しがた本線を渡っていった警官と立ち入り者をいずれも見たのだろう。今はその色は、誰も驚き、しかし納得するような色に変わっていた。
「警部補!ラクエスさん!規制解除で、パトカー退避させていいですか!?」
その時、背後でそんな張り上げる声が上がる。
振り向けば、先のドーベル獣人の女警官が、覆面パトロールカーの運転席側に控え、そして前方に向けて声を張り上げている。
先にいるヘッドゴブリン系の警官が、両警官の長なのであろう、それに進言し許可を求める言葉であった。
それに答え許可するように、先の旧BS内へ退避したヘッドゴブリン系の警官から、片腕を掲げるジェスチャーが寄こされた。
「管理隊さん、規制解除ですッ」
そして女警官は振り向き、血侵等に向けて規制解除の旨、要請の言葉が寄こす。
「了解です――代理」
それを受けた血侵は女警官に了解の言葉を返し、それからウォーホールに向けて促す声を掛ける。
「オッケー。血侵君、先に戻っちゃて」
ウォーホールもそれに答える。続け彼から血侵には、先に巡回車へ戻るよう指示が発される。同時にウォーホールは、足元に置いていた発炎筒を拾って地面に軽く叩き、灯していた炎を消化する。
「了解」
それを見つつ、血侵は身を翻して巡回車へと駆け戻った。
戻れば、覆面パトロールカーの方で、女警官が運転席に乗り込む様子を見せている。それを横目に見つつ、血侵も巡回車の助手席へと戻り、シートに着く。
シートベルトを締め、拡声器のマイクを取って寄せ、助手席ドアガラスを開けるなどの、これよりの行動措置に必要な動作を行いながら。血侵は一瞬車内のミラーに視線を配る。
後方本線上で、発炎筒の残骸を中分側に排除し。そして止めていた一般利用車の群れに片手を翳すジェスチャーを送り、そして身を翻して戻ってくるウォーホールの姿が見えた。
「――よし、退避するよッ」
戻って来たウォーホールはそのトロル特有の巨体を、しかし器用にするりと運転席スペースへと乗り入れ、シートに着く。
「了解」
シートベルト、ギアやサイドブレーキの解除等の発進措置を行うウォーホールを横目に、血侵は言葉を返す。
そして流れるように助手席ドアから左手を見れば。並び止まっていた覆面パトロールカーが、先んじて動き始め退避を開始する姿が見えた。
「うん、続いて行ける」
ちょうど発進措置を完了させたウォーホールが、一言呟く。そして彼の操作で、巡回車は覆面パトロールカーに続くように、動き始めた。
《――恐れ入ります、これにて規制解除となります》
血侵は手元に控えていたマイクを口元に寄せ、止めていた一般利用車に、これをもっての、規制解除を告げる広報の文言を紡ぐ。拡声器を通して、効果の付いた血侵の声が、夜の本線上空間に響く。
同時に血侵は、空けた助手席窓から左手を突き出して。利用車に横腹を向けて本線上を横断中の、巡回車からアピールを行う。
巡回車が退避を完了するまでは、引き続き利用車を抑えるためのジェスチャーだ。
《――ご協力ありがとうございました。ご協力、ありがとうございました》
巡回車が第一走行車線上を通り抜け、そして路肩へと入ったタイミングで。
血侵は再び広報の文言を、拡声器越しに告げる。
そして同時に抑えるように突き出していた左腕を、形を変えて翳し、利用車にここまでの協力に感謝する旨をジェスチャーで示す。
巡回車が完全に路肩に退避し終え、本線上がクリアになると。それまで留め抑えられていた利用者の列は、先頭より動き始める。
どこかやれやれといった空気を全体に醸し出しつつ、再び走り出していく一般利用車の列。そして程なくして、本線上は本来あるべき流れを取り戻した。
「――ふぅ」
規制が解除され。流れを取りも押した本線上を横目に見つつ、ウォーホールからそんなため息が零される。
一方の血侵は、それまで鳴り響き続けていたサイレンを止め。標識器のLED表示を、立ち入り者の警告から、多目的な状況で使われる赤パネル表示に切り替える等。各種操作手順を行っている。
「分駐さんは、旧BS内です」
そして前方に視線を向け、発する血侵。先にある旧バス停の退避スペース内に、先んじて離脱した覆面パトロールカーの止まる姿が見えた。
「だね、ボク等もバス停に入ろう」
血侵の言葉に答えつつ、ウォーホールはハンドルを掴み直して、巡回車を徐行で再発進させる。
緊迫の状況はひとまず凌いだが、まだ仕事、事象は終わっていなかった。
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