11便:「―Wander Person― 後編」
巡回車は旧バス停の退避スペース内へと入り、先に退避していた覆面パトロールカーの後ろに着き、停止した。
「血侵君、現着無線頼むよ」
ウォーホールは再びの停止措置を行いつつ、血侵の向けて発し促す。
「了解、送っておきます」
それに了解の旨を返す血侵。ウォーホールはそれを聞くと、先んじて巡回車より降りて行った。
「――高速ハーバーノース60から、ストーンゼルコヴァ本部」
血侵は無線機の受話器を取って寄せ、通信を開いて管制センターに呼びかけを始める。
《――ゼルコヴァです。高速ハーバーノース60、どうぞ》
「立ち入り者現着、ニュー下りの2.3。こちら中分に立ち入り一名を発見。高速隊と先頭固定のち、先2.4の旧BS内へ確保退避完了。規制解除で本線支障なし、詳細これより調査委開始。どうぞ」
管制からの返答を受け、続け血侵は現場事象の現在の状況。必要とされる情報を、並べて紡ぎ送る。
《――立ち入り一名、確保でBS内へ退避。本線支障なし、詳細はこれより調査――了解です、どうぞ》
管制からは、要所を拾っての復唱確認の言葉が返される。
「調査後、一報します。以上、高速ハーバーノース60」
最後に、後に詳細を送る旨を付け加え。血侵は通信を終えた。
「――でだ」
受話器を所定の位置に戻し、血侵は視線を起こす。それて詳細の調査をこれより行うべく。バインダーとレコードタブレットを取り、助手席ドアを開いて再び車外へ降り立った。
旧BS退避スペース内を歩む血侵。その先、スペースのおよそ真ん中程に複数の人影が見える。
一人は他でもないウォーホール。
そして、先の高速隊警官の二名。二名は、その高速隊制服の装飾や、羽織った反射ベストに書かれた表記で、ラインイースト地方を担当管轄する〝地方警〟である事を示している。
旧BS内退避スペースという事もあり、後方監視の必要性も薄く、今はその場に各員が揃っていた。
そこへ加わる血侵。
そして覗き込めば、その各員の囲う中心に、毛色の違う一名の姿があった。
それは先にも遠目に確認した、立ち入り者。
まず目立つは、その長く綺麗な白髪。そしてその下にあるは、その麗しい白髪に引けを取らない、いやその髪すらも引き立て役とするような、整った端麗な顔。
肌は色白く、眼は揃えたように淡い水色。
そしてなにより目立つは、笹の葉の先端のように、尖った両耳。
立ち入り者は、エルフ系の女であった。
格好は丈の長いワンピースに薄手のカーディガン、裸足の脚には女物のサンダル。秋口に入り肌寒くなりつつある今日の気候では、いささか不安のある物だ。
今は、縁石上にちょこんと座らされている。
そして、そんな儚くも麗しいまでの。町中であれば、行く人々が振り向き見惚れたであろうそのエルフの女に。
しかし囲う高速隊警官の二人や、ウォーホールは。苦く、険しく、あるいは困ったような色をそれぞれ浮かべていた。
「――お姉さん、お話いいかな?私たちはお巡りさんなんだけど」
その中で、ヘッドゴブリン系の警官が。その立ち入り者のエルフの前に屈み、視線を合わせて話しかけ始めている。
「――おばあちゃん」
しかし唐突に。女エルフからは消え入りそうな声量で、そんな一言が紡がれた。
「うん?」
「わたし、お姉さんじゃないわ、おばあちゃんよ。もう800歳だもの――」
紡がれたのは、彼女の年齢。自らを、おばあちゃんと称す言葉。
彼女の言葉を信じるならば、彼女はその齢800歳近くの、高齢者であるようだ。最もこの世界では、エルフ系など数千年の時を生きる種族の存在は珍しくないため、その言は本当なのであろう。
「そうか、じゃあおばあちゃん。お話を聞かせてね」
それを受けたヘッドゴブリンの警官は、少し困った色を浮かべつつも。エルフの言葉を信じ受け入れ、それを前提に話を再開する。
「どうしてあそこに居たのかな?ここがどこか分かる?ここは自動車専用道路で、本当なら人が入っちゃいけない所なんだ」
まずはエルフに尋ね、続け説明の言葉を紡ぐヘッドゴブリン警官。
「――夜の風に当たりたかったの」
その警官の質問に返されたのは、しかしそんな一言。
「風と星を追いかけてたの」
続け紡がれるは、そんな言葉。エルフの女はどこかげ現実感の希薄な姿で、その眼で夜空を軽く見上げ、そんな言葉を紡ぐ。
「んー――それで、知らずに迷い込んじゃったのかな?お家はどこかな?」
ヘッドゴブリンの警官はまた少し困った言葉を零し、それから解釈の言葉を。続けて別の質問を投げかける。
「海、港のほう」
住所を尋ねる言葉に、しかしエルフから返されたのはそんな漠然とした言葉。
「っ――これは……」
傍ら、その様子を見守っていたドーベルの女警官が。女エルフには聞こえぬ声量で、苦い色で小さく零した。
「ぁぁ――」
同時にウォーホールが、どこか悲し気な色の見える声を零す。
「港――ハーバーノース区かな?詳しい住所が知りたいな」
ヘッドゴブリンの警官は、エルフ女と会話を続けながらも、そのタイミングで女警官に一度目配せを。そしてその尖った手先でジェスチャーを寄こした。
女警官は小さくを頷きそれに返し、それから血侵とウォーホールの方を向いてジェスチャーを寄こす。それは、少し場を外してほしい事を促す物だ。
それを受け。血侵とウォーホールは、根気よくエルフ女と会話を続けるヘッドゴブリン警官を見つつ。一度場を外し、そこから距離を取る。
「――おそらく、長寿高齢種族に見られる幻忘(げんぼう)症です……」
場を外し、少し離れた所で。
ドーベルの女警官が、その凛々しい顔をしかし苦く染めて、血侵とウォーホールに向けて発した。
「あぁ、やはり……」
それを受け、ウォーホールが再びその厳つい顔を、しかし少し悲し気に染める。
幻忘症――長寿高齢種族に見られる認知認識の病。言ってしまえば高齢の認知症。
エルフの彼女より事象された年齢。そして受け答えから見えたその様子から、彼女がそれを患っている者である可能性はかなり高かった。
「住所詳細他、色々を聞くのは難しそうですか?」
続け、尋ね返すウォーホール。
管理隊としても、道路管理者として迷い込んでしまった立ち入り者の各種情報を、調べ控えておく必要があるのだ。
「えぇ、一応聞き出しては見ますが……たとえ聞き出せたとしても、それが本当の事かどうか……」
問いかけに対して、また苦く困った色で答える女警官。言葉通り、認知の妖しい女エルフから、正しい情報を聞き出せる保証は無かった。
「了解です」
ウォーホールもそれは予想できていた。その上で、了解の返答を返す。
「もう少し、お時間を頂ければと」
女警官は最後にそう断ると身を翻して、ヘッドゴブリンが聴取を行う女エルフの元へと、戻っていった。
「ボク等にできる事は、あまり無いな――」
女警官の背と、その先の様子を見つつ。ウォーホールは苦々しく呟く。
結局。立ち入り者の身柄の扱いなど、デリケートな部分に突っ込むような事柄案件は、警察の仕事となってしまう。メインは現場の安全確保が役割である管理隊に、この場でこれ以上できる事はあまり無かった。
「血侵君、とりあえず続報をお願い。向こうは、ボクが立ち会って聞いておくよ」
「えぇ、了解」
ウォーホールから血侵へは、管制センターへ続報を送るよう指示が紡がれる。
それを受け。血侵は身を翻して再び巡回車へと戻った。
結局それから。少しの時間をかけ、高速隊警官により立ち入り者のエルフからの聴取、情報の聞き出しが試みられたものの、彼女の身元他を明確にするものが得られる事は無かった。
その心身の状態から責任を問う事も難しく。ひとまずこの場にあっては、人身事故等の最悪の事態に発展しなかった事を幸いとし、良しとするしかなかった。
エルフの彼女は、一時的な保護として近隣の所轄警察署へその身を移送される事となり。今は高速隊がその調整を行っている。
「――これで、一応の必要事項は抑えられたかな」
「えぇ」
一方。血侵は手にしたバインダーに目を落とし、ウォーホールも横からそれを覗きつつ、零している。
道路管理者として抑えるべき立ち入り者の情報は、一応一通りは抑えらえていた。全て、エルフの彼女当人の自称であり、確証の取れたものでは無かったが。
「後は、分駐さんに任せるしかないね……」
「えぇ――」
少し納得いかなそうな様子で、その厳つい顔を顰め零したウォーホール。それに血侵は端的に返す。
見れば、ちょうど戻って来た高速隊警官の二人が、エルフの女に何かを話し、促している様子が見えた。おそらくこれより彼女の移送を行うのだろう。
「一応、行っとこうか」
ウォーホールが促し、血侵等も一応それの手伝い、カバーに着くために、警官やエルフの元へと歩み近寄る。
その時であった。
警官の促しを受けて縁石から立ち上がったエルフが、しかし瞬間に、おぼつかない足元を縺れさせ、その態勢を崩したのは。
「あッ」
ウォーホールもそれに気づき声を上げる。
エルフの身を崩した方向は、よりにもよって補助に入っていた二人の警官を、ちょうどすり抜けるような位置。
慌て飛び出しエルフの身を捕まえようとする、二人の警官。
そかしそれよりも速く彼女の身は倒れ、固いアスファルトに落ちて打ち付けられる――かと思われた。
「っ?」
しかし、それよりも速くエルフの身体に走ったのは、不思議な浮遊感。
その端麗な顔に不思議そうな顔を浮かべて、そして視線を上げるエルフの女。
「――っとぉ」
その彼女のエルフ特有の耳が捉えたのは、端的なそんな一声。
そして彼女の隣やや上方に在って見えたのは、堀と皺がやや多く、陰険そうな印象を与える顔。
そこに、他ならぬ血侵の姿があった。
そして血侵は張り出した片腕で、悠々とエルフのその身体、肩を掴み支え、保持している。
エルフがまるで警官の補助の隙を突くように、その身を崩した時。血侵は、咄嗟にその元へと飛ぶように踏み込み。そしてエルフの身体が落ちるよりも前に、その身を掬うように捕まえ、支えてみせたのであった。
「――あらら、びっくりした。ごめんね?」
血侵に支えら事なきを得、その腕中にあるエルフの女は。しかし自信を見舞った危機に反した、どこか他人事のような口調で紡ぎ、そして血侵を見上げ謝罪の言葉を発する。
「大丈夫か、ばあちゃん」
そんな彼女に血侵は、淡々とそして少し不躾な声色で、そんな一応の心配の言葉を掛けた。
「血侵君!」
そんな所へ、端より声が響く。見れば、ウォーホールが少し焦った色を浮かべ、その巨体をこちらへと運び掛けてきた。
「ッ!すみません!」
さらに二人の高速隊警官が、肝を冷やしたと言う風な色を浮かべて、謝罪の感謝の言葉を上げる。
「大丈夫ッ!」
「えぇ、無事です」
警官や、張り上げつつ駆け寄って来たウォーホール等に対して。血侵はエルフの女を持ち上げちゃんと立たせながら、そう返答の言葉を紡ぐ。
「ヤバかった、気を付けてな」
そして血侵は、彼女に向けて軽い警告の言葉を紡ぐ。
「うん、ごめんね。ありがとねぇ」
その彼女から振り向き返されたのは、柔らかく無邪気なまでの笑顔での、礼の言葉。
本来ならば快く受け入れたいもの。
しかし彼女の状態、今の身の上を考えれば、どうしても少し苦く悲しいものをそこに感じてしまう。
「お巡りさんの言う事、ちゃんと聞いてな」
しかし血侵は意図してか、元々の性質からか。陰険そうな顔に、苦みや悲しみの色は浮かべず、エルフに対してそんな言葉を紡いで見せた。
「すみません、ありがとうございました。ほら、おばあちゃん行くよ」
それから、ヘッドゴブリン系の警官から血侵に言葉が紡がれ。そしてエルフの女は、高速隊警官達に導かれて、覆面パトロールカーの元へと歩んでいった。
「びっくりした――血侵君、よく支えられたね……」
それを見送りながら、ウォーホールはまた肝を冷やしたという様な色で。今の血侵の行動を、評する言葉を紡ぐ。
「えぇ、運がよかった」
しかし血侵はそれを誇るでもなく、淡々とそんな一言を返す。
「はぁ――後は、いよいよ警察任せだ」
それから、また先の様子を見る。
覆面パトロールカーの側では、より一層の慎重な様子で警官達に補佐され。その後席に乗り込むエルフの姿が見えた。
血侵とウォーホールは巡回車に戻り、巡回への復帰体制を整える。
「――分駐さんが、離脱するな」
その最中にウォーホールが視線を前に向ければ、前方に停車していた覆面パトロールカーが灯し点滅させていたハザードを消し。ゆっくりと発信する様子が見えた。
覆面パトロールカーは、旧バス停の加速路を使って加速し、本線に合流。近隣警察署へエルフの身を連れて行くべく、先んじて離脱していった。
「よし、こっちも出ちゃおう」
「了解――本線クリア、途絶えてます」
ウォーホールからの、自分等も離脱する旨を受け。血侵は身を捻り振り向き、本線上を確認。先のひと騒ぎから一転、本来のあり方を取り戻し通行がまばらとなった本線上が、さらに今は完全に途絶えている旨を伝える。
「了解」
それを受け、ウォーホールは自らの操作で巡回車を発進させ。加速路を用いて加速、無事本線に合流した。
「――無線送ります」
「お願い」
血侵は、ボタン操作でこれまで灯していた赤色問灯りやLEDの類を消し、灯すあかりを黄色灯のみに変え。それから発し、ウォーホールからの任せる言葉を受けながら、無線機の受話器を取る。
「高速ハーバーノース60から、ゼルコヴァ本部」
《――ゼルコヴァです。高速ハーバーノース60、どうぞ》
「ニュー下り2.3の立ち入り。こちらは高速隊により保護、これよりキーパーベース警察署へ移送開始。現時点を持って全車離脱で処理完、当局は定巡復帰となります。どうぞ」
《――立ち入り者はキーパーベース警察署へ移送保護で処理完――了解です、お手数でした。どうぞ》
「以上、高速ハーバーノース60――」
管制センターに事案の現場処理が完了した旨を送り、これにて一連の事案対応は完了となった。これにて案件は管理隊の管轄を離れ、警察に任せられる事となる。
血侵等は、本来の定期便巡回のコースに復帰。これを再開。
血侵は受話器を戻し、レコードタブレットを手元に寄せ。抑えておいた記録情報の入力に取り掛かる。
「――生きる者は、歳を取り老いるとああなってしまうのかな……」
その隣。運転席でハンドルを操りつつ、ウォーホールがそんな一言を零した。
それは、先に相対したエルフの姿様子を思い出し。そこから老いた者の辿る先、生きる者の運命を実感し、そこに儚さや悲しさを感じる思いを言葉にしたもの。
ウォーホールのその厳つい顔には、しかしその色が浮かんでいる。
「ただ悲しみたくはないな。強く生きてほしいし、強く生きたい」
しかしそんな所へ、視線をレコードタブレットに落としながらも。血侵からそんな言葉が発せられた。
ウォーホールに向けられたものか、ただの独り言かは区別がつかないが、それは生きる者の運命をただ悲しむ事に、異を唱え反逆の姿勢を見せるもの。
「――だね」
それにウォーホールは、複雑そうながらも微かな笑みを浮かべて返す。
そして二人は、自らの役割を果たすべく、また夜の道を駆ける――
管理隊という役目は、時に儚く悲しい物事に遭遇してしまう時もある。
そして時に、のっぴきならず、不完全な形で終わってしまう事もあった。
しかし、悲しんでばかりはいられない。
街の、人々の営みがある以上、道路での事象は絶える事はない。
それに排除し、安全を取り戻すため。
管理隊は急行し、そして戦うのだ――
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