9便:「―Wander Person― 前編」
その日。太陽は街並みの向こうへと沈み去り。上空には、まばらに瞬く星々に彩られた、漆黒の夜空が広がる。
さらに、この惑星ジアを周る五つの衛星――月。その内の、今日は三つが姿を見せ、淡く光り地上を見守り始め。
ビーサイドフィールド行政区域は、夜を迎えた。
主たる活動時間帯である日中を終え、ビーサイドフィールドその賑わいを潜め、静けさに包まれ始める。
しかし、ビーサイドフィールドは、完全には眠らぬ街だ。
闇と静けさに包まれ出したその内でも、街の営みを続け支えるため。少なくない場所、機関施設、人々が活動を継続する。
――自動車専用道路、キャピタルビーチ管内の管理を担当する、キャピタルビーチ管理事業所も。
そしてその内にある、キャピタルビーチ交通管理隊も、その御多分より零れなかった。
管理隊の事務所。
その内は、蛍光灯の明かりが煌々と灯され室内を日中の如きまでに照らしている。
デスクに置かれたパソコンモニター類も淡い明かりを放ち。室内の一角に置かれたテレビモニターは、夜のバラエティ番組を流して事務所内を賑やかしている。
そして、思い思いの場所でくつろぐ二名の管理隊隊員の姿が見える。
――そんな管理隊事務所内の、出入り口ドアが音を立てて開かれたのは、その時であった。
「――戻りました」
言葉と共に現れ入って来たのは、堀と皺のやや多い造形で、少しキツく陰険そうな顔立ちをした、交通管理隊隊員。
他ならぬ、血侵であった。
血侵は、本日は夕方から翌朝に掛けての勤務を担当する、夜勤シフトに当たってた。そして夕方に出勤して間もなく、日が暮れる頃合いより始まる、夜勤一発目の定期便巡回に出発。
今しがたそれを完了し、事務所に帰着した所であった。
「お、お帰り」
「あらぁ、お帰りなさァぃ」
そんな帰着した血侵に。事務所内でくつろいでいた二名の隊員から、それぞれ迎える言葉が寄こされる。
――内、先に端的で快活そうな言葉を寄こしたのは、異様なまでに目立つ高身長と体躯の、女隊員。
トロル系の女隊員だ。
2rwを越える身長に、鍛え上げられた体躯が特徴的。しかし特に目を引くは、隊員指定の紺色のシャツ越しにもありありと分かる、まるで妊婦のように膨らんだ腹部。トロル系に見られる最大の身体的特徴だ。
しかし、反して顔立ちは勝気そうだが端麗美人。そして長く綺麗な白髪も、それを彩っていた。
名を、ダスク・ネイルケイト・ウェールと言う。27歳、巡回長の階級を持つ隊員だ。
――そしてもう一人。ダスクに続き、何やら艶めかしい迎える言葉を寄こしたのは、少し高めの身長の、科学者系の男隊員。
少し堀が深く濃いが、端正で魅力的な顔立ちを持ち。そして理想的なまでにバランス良く鍛え上げられた体躯が、シャツ越しにも見える。
しかし反してその口から紡がれた言葉は、何か妖しい女のようなそれ。
明かせば、彼は〝オネェ〟だ。
名を、センウェント・F・ホー・J・グライと言う。29歳、同じく巡回長の階級を持つ隊員だ。
両名とも、歳こそ血侵より下だが、血侵の先輩である。
両名は血侵と同じく本日の夜勤シフトに就いていたが、血侵よりも早い時間に開始される定期便巡回に先んじて出発し、そして先んじて帰着。そして今こうして、血侵を迎えたのであった。
「えぇ、どうも」
そんなインパクトも程がある二人に迎えられながらも。血侵はさして驚くでもなく、端的に返す。
「〝代理〟はぁ?」
「自販機に寄られてます。すぐ戻られるかと」
先輩二人の内のセンウェントから、また艶めかしい声で尋ねるような言葉が掛けられる。それに対して血侵は、端的に答えを返す。
「――お疲れ様、戻ったよ」
その血侵の背後、事務室出入り口の扉より。重低音の声と、しかし反した柔らかい口調での言葉を響かせて。あまりにも巨大な存在が現れ入って来たのは、そのタイミングであった。
血侵に少し遅れ、事務室内へと現れたのは、その身長実に3rwに届くのではないかと思われる巨大な人物。
顔は厳つくも、程よく肉を蓄え丸みを帯びている。
纏う管理隊の制服越しにも分かる、凄まじく太く筋肉を備えた四肢。そして膨らみ出た腹部が目を引く。
人物は、先のダスクと同系の、トロル系の男隊員であった。
名は、ウォーホール・FVと言う。年齢52歳。
〝隊長代理〟と呼ばれる、副隊長に類する階級役職を持つベテラン隊員。その容姿外観に反して、隊員の中では特に温厚で柔らかい人当たりで慕われる人物。
そして本日血侵と組んでいる、相方でもあった。
「お疲れさんです」
「お疲れ様でぇす」
血侵に続き戻り現れたウォーホールに、センウェントとダスクはまた迎える言葉を紡いだ。
それを受けつつ血侵とウォーホールは、それぞれ分かれて適当に座席机を選び。装備を外す、制服の上衣を脱ぐなど、思い思いに行動を始める。
「そっちは、なんかあったかい?」
その内に血侵に向けて、ダスクはそんな尋ねる言葉を紡ぐ。それは、血侵等の赴いた定期便巡回について尋ねる物。
「いぃえ、目立った事は何も」
対して、端的に答えを返す血侵。
その言葉通り、幸いにも先の巡回で血侵等は、特段目立つ事象事態には遭遇していなかった。
「血侵ちゃんの、初の二名乗車はどうでしたぁ?」
続け、センウェントがまた艶めかしい声色で。今度はウォーホールに向けて、そして血侵にも伺うように尋ねる言葉を発する。
実は血侵は、これまでの三名乗車体制による研修期間を、先日で無事完了し。本日より正式な員数としてカウントされ、ウォーホールを長とする班に編成組み込まれ。そして初の二名体制での巡回に、今しがた臨んで来た所なのであった。
「うん、良かったと思うよ」
その問いかけに対してウォーホールが。またその外観声色に反した柔らかい口調で、返答の言葉を発する。
「やっぱり新隊員という前提もあるから、不慣れなのかなと少し感じちゃう所もあるけど――特段悪い、問題と感じるような所は無かったよ」
続け、評する言葉を紡ぐウォーホール。
「細かい所は、やっぱり今後の経験、慣れだね」
そしてウォーホールは血侵に顔を向けて、そう示し促す言葉を発した。
「了解です、精進します」
それを受け、しかし血侵はやはり変わらぬ端的な言葉を紡ぐ。
「ま、そんだもんだね」
「いいじゃなァい、今後も期待ね」
血侵のその言葉を聞き、ダスクやセンウェントからも、それぞれそんな言葉が上がった。
「じゃあ血侵君、晩御飯にしちゃって。食べれる時に、食べておいてよ」
それからウォーホールは、血侵に向けて夕食を取るよう促す言葉を紡ぐ。一発目の定期便巡回こそ終わり一段落したが、いつ緊急出動指令が入るかは分からない。取れる時に食事を取っておくのが、管理隊隊員の鉄則だ。
「了解です。レコードチェックしつつ、もらいます」
先の巡回での役割分担は、血侵が操縦。ウォーホールが助手席での記録担当であった。
その流れで、これよりの記録入力仕事等も主にはウォーホールの役目ではあったが、血侵にもそのダブルチェックの役割がある。
それを鑑み、血侵はそれに当たりつつ、同時に夕食をもらう旨を返し、そして掛かり始めた。
巡回後の諸々の記録仕事と、そして夕食を済ませ。
それから血侵とウォーホールはそれぞれの形で、待機時間を過ごす。
テレビから流れるバラエティ番組を傍らに気を解しつつ、血侵はこれまで習得、経験した事項の復習を。ウォーホールは管理職がゆえにある自分の仕事を進める。
そしてそれが終わり、あるいは一段落すると。
携帯端末を弄る事興じる。あるいはバラエティ番組から変わり始まった映画を、菓子類を相方に鑑賞する等。思い思いの時間を過ごす。
そしてそんな様子で、およそ3時間程の待機時間は経過。
時刻は日を跨ぎ、そして日を跨いですぐの時間より始まる、深夜の定期便巡回の時間を迎え。
血侵とウォーホールは意識を切り替え、身支度を整え。定期便巡回へと出発した。
巡回車に乗り、事務所を出発し深夜の定期便巡回を開始した血侵等。
この日を跨いで最初に行われる定期便巡回は、管区内の路線。3rd キャピタルビーチ、ビーサイドニュー、デュアルビーサイド。さらには隣接する首島基幹道路とを繋ぐ、ゴールドスワンプ支線。この全てを巡り、さらには各所に存在するパーキングエリアの点検にも立ち寄らなければならない、定期便巡回の中でも最も距離と時間が長いものだ。
「――キーパーバレーPA立ち寄り。キャンパス経由」
その全線を巡るべく、まずは下り線へ乗り南下を開始。最初に存在するPAに立ち寄り後にした血侵等。
今巡回では記録通信を担当する血侵は、助手席でレコードタブレットとラミネートされた経路図を見比べながら、タブレットに立ち寄りや通過施設を入力記録している。
「血侵君、眠くはない?」
その血侵の入力が終わったタイミング見計らい、運転席のウォーホールからそんな言葉が掛けられた。
今巡回で運転を担当するウォーホールは、そのトロル特有の巨体を、器用にシートに収めハンドルを預かっている。今現在乗る巡回車は、巨体種族の乗車を想定しルーフが高く設けられたハイルーフ型ではあったが。しかしそれでも端から見ると、運転席に収まるその姿は、なかなかに窮屈そうに見えた。
しかし、当のウォーホールにそれを苦にする様子は見えない。
「えぇ。自分は、この時間なら眠くなることはほぼありません」
そのウォーホールから掛けられた案ずる言葉に、しかし血侵は淡々と問題ない旨を返す。
「そうなんだ、それはいいな」
その回答に、ウォーホールはまた柔らかい口調で少し羨むような言葉を返す。
そんな他愛の無い会話を交わしながら。
巡回車は3rd キャピタルビーチ路線の終点からランプを用いて降り、一般道へ一度出る。これは自動車専用道と一般道を接続する、ランプを点検するための順路だ。一度一般道を経由してから今度は隣接のビーサイドニュー路線に乗り、南下を再開する。
《――ゼルコヴァから、高速ハーバーノース60》
しかし。
巡回車搭載の無線機より、管制センターからの呼び出し音声が上がり響いたのは、その時であった。
その無線識別は、他ならぬ血侵等の今乗る巡回車の物。
「――っと。キーパーバレーIC一般道、どうぞ」
それを聞き留め、血侵はすかさず無線機の受話器を取り。そして自分等の現在位置を端的に返す。
「こんな夜中に」
血侵が発してから管制より返信がくるまでのわずかな間に、ウォーホールはそんな一言を呟く。真夜中であれ緊急案件が入る事はままあるが、しかしそれでも日中と比較すれば、その数や率は多いものでは無い。そのことからの呟きだ。
《――了解。ビーサイドニューで人の立ち入りです。ニュー下りの2.3、こちら〝中分側を人が歩いている〟との目撃者通報です。調査願います、どうぞ》
「人――ッ」
続け、管制より伝えられ来た緊急案件内容、その詳細。それを聞き、ウォーホールは少し驚き言葉を零した。
「ニュー下りの2.3で人の立ち入り――了解、向かいます。どうぞ」
血侵は、手元に寄せたバインダーに情報を書き控えながら、その位置情報を復唱。そしてこれより向かう旨を返し送る。
《願います。以上、ゼルコヴァ本部――》
管制からは願う旨の言葉が寄こされ、そして一連の無線交信は終了した。
「――すぐそこですね」
血侵は淡々とした色で、ウォーホールに告げる。現場は、これより自分等が入ろうとしていたビーサイドニュー路線の、下り線2krw付近。ほぼ、目と鼻の先であった。
「だね――迷い込んだかな……?」
ウォーホールは返し、そしてその厳つい顔に少し困った色をうかべて零す。
これより入るビーサイドニュー路線は、一般道より有料道路に変わった歴史を持つ道路であり。その特性から構造が複雑で、そして一般道との区別が曖昧で判別がつきにくく、人や通行条件を満たさない小型二輪などが迷い込んでしまう事も珍しくない路線であった。
「しかしこんな時間に……」
「難儀ですね」
ウォーホールはまた少し困った色で零し。血侵はそれに端的な色と声で返し。
そして二人を乗せた巡回車は、現場へ向けて急行を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます