8便:「―Danger Point― 後編」

「――ひぃっ……」


 本線のど真ん中に止まった軽自動車の車内で、若いドワーフの女が小さな悲鳴を上げる。

 今しがた、軽自動車のすぐ傍を、また一台の利用車がなかなかの速度で走り抜けて行った。

 朝の通勤ラッシュを迎えた本線上の交通量は増え、先ほどから幾度も似たような状況が続いていた。時にギリギリで車が避けていく危険な場面もあった。

 車の流れの激しさから、最早軽自動車を降りて路肩に逃げる手段も失われ、ドワーフの女は続く恐怖から、泣き出しそうなまでの表情を浮かべていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 最早、何に向けたものなのか自分でも分からぬ謝罪の言葉を零す彼女。


「お願い……早く来て……っ」


 そして同時に、先に要請したレッカー車の到着を、神にでも願うように零す。


「――っ!」


 そんな彼女の耳が、ある音を聞き留めたのはその時であった。

 それは、巷で時折聞くサイレン。聞き届いたそれは、みるみるうち大きくなり彼女の耳を刺激する。

 そして身をひねり振り向き、軽自動車の後部ガラス越しに後ろを見る彼女。

 彼女の目に映ったのは、赤い光を放ちこちらに向かってくる車。

 おそらく要請したであろうレッカー車。

そしてもう一台。黄色いボディが特徴的な、SUV車。


「あれって……」


 レッカーの他にもう一台。予想していなかった緊急車両の到着に、少し戸惑う声を上げるドワーフの女。

 現れた二台のうち、レッカーは軽自動車の傍を避けて通り抜け、前方で停車。

 そして黄色いSUVは、軽自動車の後方。まるで軽自動車を守るように、第一走行車線と第二走行車線上に跨り停車。

 そのSUVの運転席と助手席。それぞれのドアが開かれ降りてきたのは、警察かと思しき姿服装をした、科学者系とオーク系の二名の者のあった――




 現場に現着した巡回車は、対象車である軽自動車の後方。第一走行車線と第二走行車線の間に跨るように停止。これはこれより行う二車線規制に備えた措置だ。

 軽自動車が止まっているのは第二走行車線上だが、これよりは安全のために、第一第二双方を完全に通行止めにする規制を行う。


「――お客さんはレッカーの方に任せる。スウザン、お前は旗を。私がテーパーを切る」


 グレンは巡回車を停車させ、ギアシフトやサイドブレーキ、ハンドル切りなどの停止措置を行いながら、スウザンにこれよりの行動を示す。


「了解」


 スウザンは各種操作系のボタンを押し、赤色黄色灯り、標識器の誘導表示等を起動点灯させながら、それに答える。

 そしてそれぞれが終わると、スウザンは足元に備えてあった旗を持ち。グレンは後席に乗せてあった発炎筒の収まるバッグを引っ張り出して取り。両名はドアを開け放って本線上に繰り出した。

 スウザンは、本線上に降り立ち助手席ドアを閉めると同時に、後方へ向けて駆け出した。

 駆けながら旗を広げ、およそ30~40rw程の距離を駆ける。

 そして本線上をこちらに走ってくる利用車の群れに向けて、〝右へ行け〟を示す旗振り動作を開始した。

 現在の近辺の状況は、危険な状態にあると言って良い。

 スウザンは重要性を伝えるべく、大ぶりの激しい動作で旗を動かし、利用車へと回避を促す。

 そのスウザンの背後では、グレンが発炎筒を下げたバッグから取り出し、点火。それを本線上に置き、規制のためのテーパー設置を開始していた。

 スウザンが旗を振るい、守る中。一刻も早い規制の完成が要求される状況下で、グレンは迅速かつ正確な動作で、発炎筒を一本、また一本と設置し、本線上に斜めラインの規制を形成してゆく。

 本線上を渋滞を作りつつ走っていた利用者の群れは、少し戸惑う様子を各々見せつつも、しかしスウザンの誘導やグレンの作り出してゆく規制を見て、やがてそれに従い回避。三車線中、唯一空いた追い越し車線側へ流れてゆく動きを見せ始めた。


「――テーパーは完了だ。矢板設置に掛かる、引き続き監視頼むッ」

「了解」


 さほどかからず、グレンは発炎筒による規制を完了。第一走行から第二走行に跨り、発炎筒の炎が斜めのラインを引いて示す、テーパーが完成した。

 続きグレンは器材を用いた本規制を行うべく、スウザンに張り上げて告げてから取り掛かる。

 グレンは巡回車に駆けて戻り、後部ドアを開け放って、そこから積載された矢印版の束を降下。オーク特有の太く逞しい腕でそれ等を悠々と持って下げ、先に設置した発炎筒テーパーを基準に、矢印板を一枚づつ確実に展開。設置してゆく。

 程なくして、矢印板による本規制が、本線上に完成した。


「――完了だ。様子は……」

「なんとか、誘導できとるようです」


 最後の矢印版を置き、顔を越し発しかけたグレン。それに、前にいるスウザンから先んじて言葉が寄こされる。

 本線上後方を見れば、利用車の群れは完成した完成した規制に従い出していた。

 三車線のうちの二車線を規制してしまった関係上、どうあっても渋滞はできてしまっていた。そして急なカーブを描く環境上、少し車が詰まり、どこかおっかなびっくりといった動きも見えたが、それでもどうにか最低限の統制はできているように見えた。


「ひとまず、オーケーか――よしスウザン、監視を変わる。お前は管制に一報してから、故障車を調べて来るんだ」


 なんとか初期対応を完了できた事を確認したグレンは、スウザンにそう告げる。


「了解、頼んます」


 それを受けたスウザンは、振るっていた旗をグレンへと渡し任せ、監視を交代。

 そして前方の巡回車へと駆けて行った。




 前方。故障車である軽自動車の傍では、先の牛獣人女のCOAFロードサービス隊員が、すでにけん引のための作業を始めていた。

 その傍らには、おそらく軽自動車の主であろうドワーフの女が、何か落ち着かなそうな様子で立ち付き添っている姿も見える。


「お疲れさんです」


 巡回車の無線で、管制センターへ現場を規制した事を伝え終わったスウザン。

 彼はそこから故障車の所へ駆け寄り、まずロードサービス隊員へ声をかけた。


「お疲れ様です」


 牛獣人の隊員は、作業の手を進めつつも視線を寄こし、声を返してきた。


「際どい状況でしたね。幸い、事故には繋がらなかったようです」


 そして牛獣人の彼女は、まずそう伝える言葉を寄こしながら、視線を戻して作業の手を動かし続ける。

「お客様には、最低限のご案内だけしてあります。原因はエンスト、まずはここからの離脱を優先します」


 続け彼女は、そう告げてくる。

 ロードサービス側にもまた、客に対する所定の案内がある。が、彼女は危険な一帯であるこの場での案内を最低限に止め、離脱のための作業を優先する判断をしたようだ。


「了解です。所要はどんなもんです?」

「10分もかかりません」


 スウザンの尋ねる言葉に、牛獣人の彼女はその闘牛を思わせる端正な顔に真剣な色を浮かべながら、言い切る言葉を返して見せた。


「了解、頼んます」


 それを受け、スウザンは彼女に、端的に任せる言葉を紡いだ。

 スウザン等のこの状況での役割は、規制による安全確保。それが終わってしまえば、後はロードサービスの仕事だ。


「お客様。ご無事でなによりです」


 それからスウザンは視線を若いドワーフの女へと移し、少し訛りのある口調でそんな言葉を紡いだ。


「ひぇっ!?あ、は……はい……」


 それまで蚊帳の外のつもりで状況を眺めていた様子のドワーフの女は、唐突に自分に掛かった言葉に、素っ頓狂な声を返した。


「我々は道路パトロールのモンです。レッカーさんの作業終了まで、後ろを守りますんで」

「は、はひ……はい……」


 スウザンの続く言葉に、また戸惑う様子で言葉を返すドワーフの女。


「一応、車種車名とナンバーだけこっちで控えさせてもらいます。ご了承ください」

「あ、はい……っ」


 最後のスウザンの断る言葉にも、彼女はしどろもどろの様子で、言われるままに返事を返した。




 程なくして、ロードサービスによる作業は完了。軽自動車はレッカー車にけん引される状態に施し終わり、離脱準備が完了した。


「それでは、私はお客様を連れて離脱します」

「了解です」


 牛獣人の女ロードサービス隊員は、相対したスウザンに告げる。それにスウザンも返す。

 これよりレッカー車は軽自動車をけん引し、そしてその持ち主であるドワーフの女を往生させて、この場を先に離脱する。


「一応、離脱時にこっちで後ろを見ます」

「お願いします」


 スウザンは、レッカー車の離脱時に自分の方で監視支援を行う旨を告げ、牛獣人の彼女もそれに願う言葉を返す。


「そんでは」


 そしてスウザンは身を翻し、監視位置に向かって駆けようとした。


「――……あ、あのぉっ!」


 しかしそんなスウザンの背に、唐突に掛かる声があった。

 スウザンが振り向けば、ロードサービス隊員の横に、一歩踏み出した姿の若い女ドワーフの小柄な姿が見えた。最初より少し落ち着いた物の、それまではどうしたらいいのか分からないといった様子で佇んでいた彼女だったが、今は何か意を決した様子が、見受けられる。


「ご、ご迷惑おかけしました!そ、それと……怖かったところを守ってくれて、すごく助かりました……!ありがとうございました!」


 若いドワーフの女は、ときどき引っ掛かりながらも言葉を紡ぎ切る。そして最後に、大げさなまでのお辞儀を寄こして見せた。

 それは、駆け付け安全を確保し、彼女を守ったスウザン等に対する、礼の言葉であった。

 精一杯張り上げられたそれは、スウザンはもちろん、後方で監視に立つグレンにも届いた。


「――いいえ。とんでもない」


 それに対して、スウザンはその堀の深く厳つい顔に、静かな笑みを浮かべてそう返して見せた。




 スウザンやグレンの監視支援の元。若いドワーフの女を同乗させたレッカー車は、周囲に離脱を告げるサイレンを響かせながら、規制された現場より離脱していった。


《――よし、スウザン。ここからだぞ》


 レッカー車を見送ったスウザンの元へ、トランシーバーを用いてのグレンからの通信が寄こされる。

 その言葉通り、一番大変なのはここからであった。

 本線上に施した規制の解除時には、一時的にだが場を守る要素が希薄になり、無防備な状態に陥る。解除時こそ、一連の規制作業の中でも最も危険を伴うタイミングなのであった。


《まず巡回車を路肩に寄せる。監視を変わってくれ》

「了解」


 グレンに要請され、スウザンは後方の彼の元へと駆ける。


「頼むぞ。退避させたら、矢板も引いて行っていい」

「了解」


 旗を受け渡し監視を交代しながら、言葉を交わす両者。

 スウザンは旗を通行車に向けて振るい始め、グレンは巡回車へと駆けて戻る。グレンはそのまま流れるように巡回車に乗り込む様子を見せ、そして少し置いて巡回車は停止していた一から動き出し、本線上から路肩に退避した。

 それを見止めると同時に、スウザンは動き出した。

 あらかじめ規制の終点。一番後ろ側の矢印版が置かれている地点近くに控えていた彼は、その矢印板を掴み拾うと、すかさず路肩に駆けて矢印板を路肩へと引きずり込んだ。

 矢印板を最早放り出す勢いで路肩内に引き込むと、スウザンは間髪入れずに次の矢印版の元へと駆ける。そして次の矢印版も、同様に広い引きずり込む。

 監視の目を向けながらもその作業を繰り返し、本線上に設置されていた矢印版を、迅速に撤去してゆくスウザン。本来は二人掛かりで、一人が監視に立ちながら行う作業ではあるのだが、今は時間との勝負である事を鑑みての、スウザン一人での作業慣行となった。

 わずかな時間の後にスウザンは反復撤去を繰り返し、最後の矢印版を路肩内へと引き入れ終わる。まだ発炎筒は残っているが、これにあっては致命的な障害にはならないため、これをもって一応の本線上の障害撤去は成し遂げられた。


「スウザン」


 最後の矢印版を丁度引き込み終えた所へ、巡回車から戻ったグレンが駆け寄ってくる。


「矢板撤去完了です」

「了解――あとは慎重にだ」


 それにスウザンが答え、グレンはさらに返し紡ぐ。

 両名は状謡状況から少しづつ回復しつつある本線上から、タイミングを見て残る発炎筒を回収、消化。

 程なくして全ての発炎筒回収が終わり、本線上はそれにて完全にクリアとなった。


「――よし。撤収、離脱だ」


 スウザンとグレンは、先に路肩に引き込んだだけの矢印版を拾い集め回収。巡回車へと収容。他、残置――忘れている物が無いかを十分確認した後に、巡回車へと乗り込む。


「――まだちょっと滞ってます。どっかに、入れてもらいましょう」


 助手席に座したスウザンは、身を捻り後方を見て、本線上の様子を確認。まだ少し渋滞状況が残っている本線上を見て、そんな提案の言葉をグレンに発する。


「了解。出すぞ」


 運転席のグレンは、パーキング、サイドブレーキ等の解除を終え、発進準備を整える。

 そして路肩上で巡回車を慎重に発進。

 少し本線上と並走し、程なくして本線側の利用車の間にできた車間を狙い、そこに合流。


《恐れ入ります、ありがとうございます》


 スウザンは拡声器を用いて、巡回車を入れてくれた後続利用車に礼の広報無線を実施。

 巡回車は流れに乗り、これをもって無事現場離脱となった。


「――無線入れます」

「頼む」


 スイッチ操作で赤色灯、標識器の表示等を消灯し、巡回車の形態を通常巡回時の物に戻したスウザンは。彼はそれから無線機の受話器を取って、管制センターに向けての通信を開いた。


「高速ハーバーノース2から、ストーンゼルコヴァ本部」

《――ゼルコヴァです。高速ハーバーノース2、どうぞ》

「ニュー上り、1.3の故障車。こちらはCOAF作業完了で全車離脱。本線規制解除、処理完となります、どうぞ」

《1.3。作業完了で全車離脱、規制解除。了解です、お疲れさんでした。どうぞ》

「以上。高速ハーバーノース2――」


 管制センターに現場の処理が全て完了した事を伝え、管制側の復唱でその旨が正しく伝わった事の確認が取れる。それを聞き、スウザンは締めくくる文言で無線通信を終了。

 これにて、事象対応におけるすべての必要事項は完了。

 事象は無事終了となり、巡回車は定期巡回へと復帰した。


「――やぁれやれ。最後にとんだ現場じゃった」


 事象が完了し、スウザンは記録のためのレコードを打ち始めながら、そんなぼやく言葉を零す。

 あと少しで夜間シフトも終わる所で入った、困難な事象に対してのものだ。


「あの一帯では珍しい事ではない。類似した事象は、今後も十分起こる可能性があるぞ。今日の事は、しっかりと覚えておくことだ」


 そんなスウザンに、グレンからは妥協を許さない、指導の言葉が飛ぶ。


「了解」


 それに、端的に了解の言葉を返すスウザン。


「――まぁ、悪くない動きだった」


 しかし続けグエルからは、オーク独特の重低音に反した静かな口調で。先のスウザンの作業要領を評する言葉を紡ぐ。


「それに、ああして礼の言葉をもらえたんだ。誇って良いことだと思う」


 そして、先に若い女ドワーフから受けた礼の言葉を上げ、そう思いの言葉を紡いだ。


「誉として、受け取っときます」


 それに対してスウザンは、そんな独特の言葉で返す。


「はっ――事務所に帰るぞ」


 そんなスウザンの言葉に、グレンはやれやれと言ったような小さな息を吐き、そして言った。




 程なくして巡回車は、事務所へと帰着。スウザンとグレンは勤務のローレーションを終えた。

 二人はこれをもって公休となり、次回の勤務ローテーションまで体を休める事となる。

 また、いかなる事象が起こるかは、誰にも分からない。

 その時に備え、戦う彼等にひと時の安らぎを。

 そして、彼等が無事であらん事を。

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