7便:「―Danger Point― 前編」

 朝を迎えたビーサイドフィールド行政区域。

 登った太陽が闇に包まれていた街並みを次第に照らし、人々は目覚め始める。

 そして本日も活気に満ちながら、あるいは倦怠感に苛まれながらも、いつものようにそれぞれが活動を始めだす。

 ――しかし。ある場所である一人は、その〝いつも〟と異なる状況に、身を置かれていた。

そこは、ビーサイドフィールド行政区域を通る自動車専用道路の一つ。〝ビーサイドニュー〟。その上り――始点に近い場所。

その周辺近辺は、隣接する〝3rd キャピタルビーチ〟や〝首島基幹道路〟等の別の道路と複雑に分岐接続。そして道路が急なカーブを連続して描き、線形視界が悪く、運転に慎重さを求められる危険な区間だ。

その一点。三車線に渡る道路がカーブを描く場所。その第二走行車線――すなわち真ん中の車線上に、鎮座する物がある。それは一台の軽自動車。もちろん自動車専用道路であるのだから、その道路上に自動車が居る事自体は当たり前だ。

 しかし、問題はその軽自動車の状態にある。先に述べた通り、その軽自動車は鎮座、すなわち停車。その場で止まっていたのだ――道路のど真ん中で。

 基本、自動車専用道路上では渋滞や管理者による緊急措置等の場合を除いて、停車してはならない。自動車が流れる事が前提の専用道上で停車するという行為は、大変に危険な行為であるからだ。

 その軽自動車の状態は、あってはならない物であった。

 しかし。その軽自動車の主は、決して自ら望んでその場で停止している訳では無かった。


「――なんで……なんで……!」


 軽自動車の車内の、運転席。

 そこにあったのは、赤毛が特徴的な若いドワーフの女。彼女がこの軽自動車の主だ。

 震えた声で言葉を零すドワーフの女。その色からは、焦りと恐怖がありありと見える。そして同時に彼女は必死に腕をハンドルの根本に伸ばし、手先を――摘まんだ自動車のキーを何度も捻っていた。

 彼女の乗る軽自動車は、エンジントラブルに見舞われこの場での停車を余儀なくされていた。

 彼女はいつものように愛車で、自身の務める会社へと出勤する最中であった。しかしその愛車は、今現在の地点に差し掛かった所で、突然に不調を訴えだした。彼女が異常に気付いた瞬間、みるみる内に軽自動車はエンジンの回転数を落とし、失速。そして路肩へと移り退避する猶予すらないまま、本線上で完全に息絶え、停止してしまったのだ。


「かかって……!動いて……っ!」


 願うようにキーを何度を強く回すドワーフの女。しかし軽自動車は鈍く歪な鳴き声を上げるのみで、息を吹き返そうとはしない。


「どうしよう……どうしよう……!」


 狼狽の言葉を零す彼女。まだ本格的にはなっていないとはいえ、車線上は利用車が増え始めている。今もギリギリで止まった軽自動車に気付いた他の利用車が、慌て避けて傍を通り抜けていった。


「っぅ……!」


 恐怖で思わず顔を歪める彼女。

 この中を、一人で軽自動車を押して路肩まで移動させるのは、危険過ぎた。


「そ、そうだ……!レッカー車……助けに来てもらわないと……っ」


 そこで彼女は、自らが登録入会しているロードサービスの存在を思い出す。そして焦り震える手で財布と携帯端末を取り出し、財布に収めていた会員カードを漁り出し、そこに記された電話番号のダイヤルを始めた。




 ビーサイドフィールドの南側一帯。〝トライコーヴ〟と呼ばれる半島を縦貫する自動車専用道路〝デュアルビーサイド〟。全長およそ30krwに渡るこの道路も、キャピタルビーチ交通管理隊の管轄である。

 そのデュアルビーサイドの起点に近い一点。北上する上り線を走行する、一台の巡回車があった。

 巡回車内に有るは、二名の隊員の姿。

 ――助手席に座す一人は、スウザン Vs スティングレイ。

 筋骨隆々の体躯と、インパクトのある堀の深い顔が特徴だが、同時にその全貌は不思議なスマートさを感じる。28歳。入社してまだ半年と少しの、若手隊員だ。

 ――そして運転席でハンドルを預かるもう一人。

 190crw超えの身長を持つスウザンを、しかしさらに超える巨大な姿がそこにあった。

 胴、腕、脚。すべてが管理隊の制服越しにも分かるほど太く厳つい。その顔面は、スウザンに負けずの厳つさを醸し出している。そして何よりの特徴は、顔や覗く首元に、手足。その全てが、緑色に染まっている事だ。

 運転を預かるもう一人は、オーク系の男性隊員であった。

 グレン GG ベフシュエッファ。

 46歳。主任の階級と班長の役職を持つ、ベテランのオーク系の隊員だ。

 その巨体を起用に運転席に収めて、ハンドルを操っている。補足すると今現在二人の乗っている巡回車は、巨体種族――巨人症科学者に始まり、オーク、トロル、ミノタウロス、果てはミュータントまで。大きな体躯の者が乗車する事を考慮し、ルーフが少し高く設けられる等の拡張が成された、特殊なタイプであった。

 両名は昨日の夕方から始まった夜間シフトに従事中であり、今は明け方に組み込まれた夜間シフト最後の定期巡回に臨んでいる最中であった。


「――っとぉ。サンフィールドから合流ナシ」


 巡回記録入力のために手元のレコードタブレットに視線を落としていたスウザンは、しかしそのタイミングで、巡回車がICの合流に差し掛かった事に気付く。そしてとっさに視線を起こして、合流車両の有無を確認。指差喚呼をもってその胸を、運転席のグレンへと告げた。


「了解――スウザン、レコードばかりに気取られるな」


 グレンからは、了解の言葉と同時に、注意の旨が寄こされる。


「周囲もしっかり見ろ。安全確認、補佐も第2乗務員の役目だ」


 言い聞かせるような口調で、スウザンに告げるグレン。

 このグレンという彼は、まじめで妥協を許さず、行ってしまえば少し厳しいきらいのある。そんな気質の隊員であった。


「失礼しました」


 そんなグレンからの注意指導に、しかし対するスウザンは慣れたものといった様子で、端的に返して見せた。


「しっかりしろよ――所で、お前は年末は実家に帰るのか?」


 スウザンに最後に釘を刺す言葉を発したグレン。しかしそれからグレンは、そんな尋ねる言葉をスウザンへ発した。


「えぇ。休みが丁度合うので、それを利用して帰ろうと思うとります」


 それを受け、回答を返すスウザン。


「それがいい。ご両親に顔を見せてやれ、安心するだろう」


 グレンはスウザンの回答に返し、さらにそんな言葉を付け加える。

 グレンは時に厳しい人物であるが、しかし同時に妙におせっかい焼きな一面を持っていた。今もスウザンやその実家の事を案じ考え、年末に帰郷する提案を述べたのであった。


《――ゼルコヴァから、高速ハーバーノース2》


 両者の会話が一区切りした所で、見計らうように備え付けの無線機より、管制センターからの通信が割り込んだのはその時であった。〝高速ハーバーノース2〟は、現在スウザン等が乗る巡回車に割り当てられたコールサイン。


「っとぉ、呼ばれた。――デュアル上り、2.7。どうぞ」


 それを聞き留めたスウザンはすぐさま無線機の受話器を取り、そして自分等の現在位置を告げる言葉を、管制センターに返した。


《デュアル上りの2.7、了解――故障車願います。ニュー、上りは1.3。軽自動車が、本線上の真ん中にエントラで停止しているとの事。こちらお客様自身の通報で、COAF経由入電です》

「1.3の真ん中ッ?」


 続き管制センターから報じられたのは、発生した事象の情報。その内容を聞き留めたグレンは、思わず言葉を零した。


「ニュー上り、1.3の真ん中で停止車両。了解、向かいます。どうぞ」


 一方のスウザンは、まずは報じられた内容を復唱。そして自分等で事象への対応に向かう旨を返す。


《了解。なおCOAFは出動済、所要20分との事。よろしく願います、異常ゼルコヴァ本部》


 それを受け取った管制センターは、最後に追加情報を付け加え、そして任せる旨の言葉で締め括り、通信を終えた。


「――えらい場所に止まりおったな」


 管制センターとの通信を終えたスウザンは、受話器を置き、そして手元に寄せたバインダーにメモ書きを走らせながら呟く。

 寄こされた情報から、現場の状況を思い描くスウザン。

 道路のど真ん中で立ち往生しているという事も驚きだが、加えてその故障車が止まっているであろう地点は、きついカーブが連続する大変に危険な場所であった。


「まして通勤ラッシュの時間だ、危険な現場になるぞ――心しておけ」


 グレンはさらに、通勤ラッシュという時間帯を考慮し、現場が過酷な物になるであろう事に言及。忠告の言葉をスウザンに発する。


「了解」


 スウザンはそれに端的に返す。

 そしてダッシュボード真ん中の並ぶスイッチ群に指先を伸ばし、これまで灯していた外部黄色警光灯を消灯。同時に赤色警光灯を灯し、緊急走行状態へと移行。

 巡回車は予定の定期巡回経路から行き先を変更し、現場に向けての行程を開始した。




 巡回車は、デュアルビーサイドとビーサイドニューの二つの道路を繋ぐ、ホルダーベースという名のICを経由。上り線に流入し、現場を目指している。


「――ッ、渋滞している」


 現場まであと2krw程の距離に迫った所で、ビーサイドニュー上り線上は、急に渋滞を作り出していた。朝方の通勤ラッシュの時間帯を考慮しても、不自然な渋滞であった。


「この先っぽいな」

「サイレン鳴らしていくぞ」


 スウザンが呟き、そしてグレンが促す。

 グレンの言葉を受けて、スウザンはダッシュボード真ん中のスイッチ群の中から、サイレンを押す。そして車外標識器上に備わるスピーカーから、けたたましいサイレンの音が鳴り響きだした。


「広報始めます」


 続きスウザンは、足元のホルダーに備わるマイクを取って寄せ、口元に寄せる。そして拡声器を用いた周辺車両への呼びかけを開始した。


《この先、道の真ん中に故障車の情報があります、注意して走行してください。この先、道の真ん中に故障車の情報です。注意して走行してください》


 拡声器越しのスウザンの声が周辺に響き始める。この先で立ち往生しているであろう故障車の情報を、音声に乗せて周囲に伝える。


「よけ始めた、掻き分けていくぞ」

「了解」


 サイレンの音から緊急車両の接近に気付いた各利用車両は、流れが停滞している中を少しずつ左右に割れて避け、巡回車のための道を作り始めた。

 巡回車は開けた道を通って進行を開始。ハンドルを操るグレンは、慎重かつ可能な限りの速度で巡回車を走らせる。


《恐れ入ります。緊急車両、車の間を通ります。車の間を通ります、ご注意ください》


 スウザンはマイク広報で周辺車両に注意を促す。


《ご協力ありがとうございます》


 そして注意喚起の言葉に混ぜて、周辺利用車へ協力に感謝を告げる言葉を送る。同時にスウザンは、開けた左側ドアガラスから腕を突き出し、周辺利用者にジェスチャーを送る。


「――うん?」


 広報の文言が一区切りした所で、スウザンは何かに気付く。彼の耳は、現在に鳴り響く巡回車のサイレンに加え、少し波長のズレたまた別のサイレンを聞き留めた。

 そして、ちょうど差し掛かった本線への合流専用ランプ。そこから走り現れたのは、赤色警光灯を灯し、サイレンを響かせる一台のレッカー車であった。


「グレンさん、〝COAF〟です」


 それを見止めたスウザンは、グレンに告げる。

 COAF――Center Ocean Automobile Federation。中央海洋自動車連盟。

 中央海洋全域を活動範囲とする、レッカー始め自動車関係業務の最大手。

 現れた、水色と白の配色で塗装されたレッカー車は、その所属であることを表していた。先に管制から報じられた、故障車対応のために出動した物であった。


「同着になったか」


 現着のタイミングが同じになった事を呟くグレン。

 ランプより合流してきたレッカー車の運転席には、牛の獣人系の女ロードサービス隊員の姿が見える。牛獣人の隊員はこちらに軽く手を挙げる挨拶を寄こし、それを見止めたスウザンもそれに挙手で返す。

 レッカー車は渋滞の中を器用に本線に合流し、スウザン等の巡回車の後ろに付いて追走を始めた。


《――この先、道の真ん中に故障車の情報です、注意して走行してください。緊急車両、車の間を通ります、ご注意ください》


 一瞬レッカーに注意を持ってかれたスウザンだったが、すぐにマイク広報を再開。故障車の情報や、周辺車両への注意喚起を繰り返し紡ぎ促してゆく。


《前の車の運転手さん、そのまま前にお進みください。無理に避けていただかなくて大丈夫です、そのまま流れに沿ってお進みください》


 時に渋滞中で回避のための逃げ場がなく、少し動きがおぼつかない様子の利用車がある。そういった車には無理な回避を強要せず、そのまま自然な流れで進むよう促し案内する。

 その要領で、巡回車と続くレッカー車は、広報やサイレンを響かせて渋滞中を割って抜けてゆく。

 程なくして、ちょうど車の集中が一区切りしていたのだろう、巡回車は渋滞を抜けて開けた先に出る。


「あれじゃ」


 同時にスウザンは発する。

 前方。急なカーブを描く三車線の本線上のど真ん中。そこにハザードを炊いて停止する、一台の軽自動車の姿があった。

 渋滞を抜けて周辺の車が掃けた所で、後続のレッカー車は右側にハンドルを切って少し位置をずれる。巡回車と斜めに並んで、後続の利用車を抑えるように位置し、そして搭載した起伏式の標識器を起こす姿を見せた。


「いい位置に付いてくれたな」


 レッカー車の機転を利かせた位置取りに、歓迎の言葉を零すグレン。


「私たちは、一走と二走の間に跨って止めるぞ。左側二車規制をかける」

「了解」


 そしてグレンは、これより自分等の取る対応行動をスウザンに告げる。スウザンはそれに端的に了解の返事を返した。

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