6便:「―Accident Help― 後編」

「――高速ハーバーノース70から、ストーンゼルコヴァ本部」


 後方の巡回車では、ヘキサが管制センターへの発報を始めていた。助手席側から半身を乗り入れて無線の受話器を取り、回線を開いて管制に呼びかける。


《――ゼルコヴァです。ハーバーノース70どうぞ》

「3rd 上り3.7の故障車。こちら車名はベイムのレベルC、故障原因にあってはエンジントラブルと判明」


 管制からの返答を聞き、ヘキサは現場。故障車に関する情報を紡ぎ始める。


「お客様、保険会社経由でレッカー調整完了。所要30分、レッカー会社名は不明」


 文言を一定の間隔で一拍区切りを入れ、情報を紡ぎ伝えてゆくヘキサ。


「また、別途でご家族の車が迎えに来るとの事、こちらは調整中――車は白線に乗り上げ停止のため、当局は路肩規制実施。警戒実施――どうぞ」


 そして最後の節で情報を紡ぎ伝え切り、発言権を管制に送り返した。


《――故障車、ベイムの223、エントラ。レッカー不明で所要30分。さらにご家族の迎えを調整中。路肩規制実施――了解しました、どうぞ》


 ヘキサの送った報告を受け、管制からは要点だけを抑え簡略化された情報内容が、復唱され帰って来る。その内容に間違いはなく、さらに管制側が追加で質問を返してこない事から、情報はこれで正しく伝わった事となる。


「以上、高速ハーバーノース70――」


 報告が無事伝わった事が確認でき、ヘキサはその上で締めくくる言葉を紡ぎ、無線を終えた。


「――一報、オッケーです」


 必要な情報の無線送信を終えたヘキサは、突き込んでいた上体を巡回車より出して、巡回車の後方へ振り向き、発する。

 巡回車の後方、少し先には、その場で旗を持って監視に立つセトビスの姿があった。

 さらに巡回車の後方、路肩上には、矢印板が並ぶ様子があった。一定の間隔で置かれた矢印板は、少しずつ位置をずらして路肩上で斜めのラインを描いている。

 これが〝テーパー部〟と呼ばれる規制であった。

 さらに補足すると、今の現場は本線が緩やかなカーブを描き、視界が悪い。そのため矢印版の間隔は長めに設けられ、テーパー部の全長は、巡回車からカーブの死角の先まで伸ばされていた。

 カーブの一番先には発炎筒も焚かれている。

 これ等をもって、車線を通行する利用車に異常事態の存在を知らせ、注意回避を促すのだ。


「了解――後は、待ちだな」


 そのテーパー部を後方に見つつ監視を行っていたセトビスは、ヘキサの言葉を受け、監視の目は反らすことなく背中でそんな返事を返す。

 レッカー到着までに掛かる時間等は、すでにセトビスにも知らされ、掌握している。その事から、規制作業も完了したこれ以降は、レッカーの到着を待つ事になる旨を発したものであった。


「了解です。――にしても、運転手のお母さん。すっごい綺麗な人だったな」


 それに了解の旨を返したヘキサは、続けて何気なしと言った様子で、そんな言葉を発した。先のダークエルフの母親について、その容姿に触れるものであった。


「あぁ、そうなのか」


 対するセトビスは、振られたその話題を、しかしあまり興味の無さそうな様子で背中で返す。


「まぁ、ダークエルフ系の人だったんだろう。珍しくはなんじゃないか?」


 そして続け淡々と返すセトビス。


(あんまり興味無さそう)


 そのセトビスの反応を見て、ヘキサも振った話題への食いつきが希薄な事を察する。


「まぁ、そうなんですかね?」


 そして無理に食い下がり話題を続けるつもりでも無かったため、ヘキサも漠然とした返事を持って切り上げた。


「監視代わります?」


 そして意識を仕事に戻し、セトビスに後方監視の交代を進言するヘキサ。


「いや――ここはいい。それより、血侵にまだいくつか教えておきたい事がある。血侵をこっちに戻して、お前はまたお客さんに付いてくれ」


 しかしセトビスは、ヘキサの進言にそう返し、そして要請。


「了解です」


 それをヘキサは了承。再び血侵と役割を代わるべく、身を翻して故障車の方向へと駆けて行った。




 先のセトビスの言葉通り、それからは監視警戒を行いつつも、レッカーが到着するまで待ちとなった。


「――昔の〝基道公体〟になります。今は民営化しまして、私達パトロール隊もその内の一組織となります」

「あぁ。基道公体さんって今はそうなんですね」


 故障車の傍では、血侵と再び交代したヘキサが、ダークエルフの女の対応接遇に当たっていた。ヘキサはダークエルフの女に自分等の正体や役割の説明。安全措置のレクチャー等を行っている。


「こうやって張った通り、線形が悪い場合はこれくらいまで規制を伸ばす――」


 巡回車の後方には血侵やセトビスの姿。

 両名は補足教育を行い、あるいは受けながらも、同時に本線後方への意識を絶やさず、監視警戒を継続する――




 それから程なくして、要請したロードサービスが現場に到着。

 緩やかなカーブを描く本線上の先。植林の死角より、小型トラックをベースにしたレッカー車が姿を現した。

 シルバーのボディを持つそのレッカー車は、ハザードや車上に搭載したLED警光灯を灯し、存在を示している。その意思表示の様子から、故障車対応のために到着した、該当の物である事は明らかであった。


「レッカー到着です」


 監視に立ち構えていた血侵が、レッカーの姿を見止め、トランシーバーに。同時に肉声でもはっきりと通る声で、レッカー到着を告げる言葉を発する。


「来たか」


 血侵の背後。巡回車の後席から追加の発炎筒を取り出している途中であったセトビスが、知らせの言葉を聞き、そしてレッカーを視認しつつそんな言葉を零す。


《了解、誘導しまーす》


 同時に故障車の元に居るヘキサから、レッカーの誘導に掛かる旨が通信で寄越される。

 それぞれの声を聴きながらも、血侵は手にしていた旗を掲げ、レッカーに向けて存在をアピール。続けて旗を振るい流し、レッカーに巡回車よりも先へ行くよう促す。

 血侵の合図を認識したのだろう、レッカーはその測度を落としながらも、血侵と巡回車の位置をそのまま通り過ぎて行った。


「ビーサイドレッカーか」


 血侵の横に立ったセトビスが、通り過ぎたレッカー車を目で追いかけながら、そんな名称――レッカー車の所属するロードサービス会社の名を口にする。この行政区域、ビーサイドフィールドを中心に近辺を事業範囲とするロードサービス会社であり、基幹道路上の事象にも駆け付ける、セトビス等にも馴染みのある存在であった。

 巡回車の位置を通り過ぎて行ったレッカー車は、その先に立つヘキサの誘導を受け、故障車の横をさらに通過した後に、路肩に進入。故障車の先で停車する姿を見せた。

 レッカー車からは獅子系獣人の若いロードサービス隊員が降りてきて、警戒監視に立って降車を補佐したヘキサと、簡単に挨拶を交わす様子を見せる。そして両名は引継ぎ、状況確認の言葉を交わしているであろう姿を見せながら、ダークエルフの女の元へ歩む。

 最後に獅子系のロードサービス隊員は、ダークエルフの女に会釈で挨拶を。そして案内説明を行ったのであろう様子を見せると、故障車に取り付き作業に掛かる様子を見せた。


《レッカーさん作業開始です》


 血侵等からも確認でき、推察できていたそれを肯定するように、トランシーバーからヘキサの知らせの言葉が聞こえて来る。


「了解」


 それに端的に返す血侵。

 これより先は、自動車の修理対応のプロ。ロードサービスの仕事だ。


「後は、ご家族のお迎えだな」


 血侵の隣でセトビスが、そう言葉を零す。

 ダークエルフの母子達は、家族が迎えに別途迎えに来る事となり、すでに発しこちらに向かっているとの旨を受けていた。セトビスの言葉は、その迎えの車の到着を待たなければならない事を示す物。


「そんなには掛からないだろうと言っていたが――」

「ちょうど来たようです」


 その所要時間について言及しようとしたセトビス。しかし直後、血侵の端的な言葉がそれを遮った。

 監視のために、本線上後方へと向けられていた血侵の視線を、セトビスは辿る。そしてカーブの先に、死角より丁度現れた所らしき、セダンタイプの大型普通乗用車を見止めた。


「AEMのCセクション。ハザードも焚いてます」


 迎えの車の車種は前もって確認が取れており、現れた自動車はそれと同種の物。さらに前もって案内した通り、現場への接近に伴いハザードを点滅させている。

 迎えの家族の車と判断して、差支えは無かった。


「レッカーといい、今日は素直に手早く来てくれるな」


 現れた迎えの車を見ながら、セトビスはそんな言葉を零す。

 状況、ケースによっては、レッカーを始めとした事象処理に必要な手段が、しかしすぐには現場に到着にできない事も、珍しくは無い。

 それが今日にあってはスムーズに運んでいる事に、歓迎と少しぼやきを込めた言葉であった。


「ヘキサさん、ご家族の車が見えた」


 そんなセトビスのぼやきを横に聞きつつ、血侵は再びトランシーバーで先に居るヘキサに一方する。


《あ、了解。そっちも誘導します》


 ヘキサからはそれを了承する言葉が返る。

 血侵はそれを聞きつつ、こちらに来る自動車の視線を引いて誘導すべく、旗を掲げ上げた。




 到着した迎えの自動車は、血侵とヘキサの誘導を受け、車両の並ぶ路肩上の一番先端に入り停車した。

 その運転手への案内を行うため、ヘキサが路肩を駆け、自動車へと近づきその左側へと回る。


「すみませんお客様。道路パトロールの者ですー」


 丁度ガラスドアが下がり開かれる様子が見え、ヘキサはそこから内部を覗きつつ、運転席に座す運転手に向けて、お決まりの名乗り文句を告げる。


「――すみません。故障車の家族の者です」


 運転席の運転手からは、こちらからの確認に先んじて、故障車の身内である事を名乗る言葉が返って来る。


(あれ?)


 しかしそこに見えた運転手の姿に、ヘキサは内心でそんな疑問の言葉を上げた。

 運転手は、先の母子の家族を名乗る事もあり、やはりダークエルフ系の人物。そしてしかしその顔立ちは、先の母親ダークエルフに引けを取らぬ端麗な、美人と形容していいものであった。


(旦那さんが来るんじゃなかったっけ……?)


 ダークエルフの女より事前に聞いていた情報と、今相対したダークエルフ系の人物との情報の不一致が、ヘキサの疑問の原因であった。


「申し訳ない、ご迷惑をお掛けします」

「あぁ、いえ――」


 そんなダークエルフの運転手から謝罪の言葉が返され、ヘキサは意識を戻し、少し慌て取り繕う。そして続け、自分が監視を行い合図をするので、それに従い車より降りて欲しい旨を説明。了承を得る。


(お姉さんとか、別のご家族に代わったのかな?)


 ヘキサは、内心でそんな予測を浮かべつつ、監視のために車の背後へと回る。


「――どうぞー!」


 そしてタイミングを見計らい、合図の声を上げて降車を促した。

 運転席より手早く降りてきたダークエルフに、ヘキサはすぐさま続けての退避を促し、安全な場所へ退避させる。

 運転手を無事降ろし避難させ、それから案内に掛かろうとしたヘキサ。


「あなた!」


 しかしそれよりも前に、別方より声が飛び聞こえて来たのはその時であった。

 ダークエルフと、ヘキサが声を辿って視線を向ければ、ガードレールに沿って駆けて来るダークエルフの女の姿。


「フェンリィ!」


 そんなダークエルフの女を見、ダークエルフはそう名前と思しき声を上げる。そして彼女の元へと駆け寄り、その手を取った。


「無事かい?子供達は?」

「えぇ、さっき電話でも伝えた通り。幸い、皆怪我とかはしていないわ」


 駆け寄り心配そうに声を掛けたダークエルフに、女は安心させるようにそう紡ぐ。そしてその視線を後方へと流す。


「お父さーん」

「パパー」


 後方。故障車の近くでは、無邪気な様子で手を振る子供達の姿が見える。


「そうか、良かった……」


 その様子に、ダークエルフは少し緊張に染めていた顔を緩め、旨を撫でおろす様子を見せた。


(あれ?あなたやお父さんって事は……やっぱりこの人が旦那さん?)


 そんな一方。傍ではダークエルフの一家の様子を観察しながらも、ヘキサが内心でそんな言葉を浮かべていた。

 そして、父親で間違いないらしきダークエルフの姿を、露骨すぎない程度に観察する彼女。確かによくよく観察すれば、男性の特徴が微かに垣間見える。しかしその端麗な顔立ちは、やはり女性なのではないかと疑ってしまうレベルの物であった。


(はへー――夫婦そろって美人さんなんだ。エルフ系ってすごいなー)


 そんな夫婦の姿を前に。ヘキサは関心と、しかしどこか気の抜けたような内心で、そんな感想の言葉を浮かべる。


「すみません。この度はご迷惑をお掛けしてしましまして」


 そんなヘキサへ、家族の無事を確認したダークエルフの旦那から、そんな言葉が掛けられる。


「――あ、いえ。とんでもないです」


 それを受けたヘキサは慌てて意識を戻し、返答の言葉を紡ぐ。


「レッカーさんの作業が終わるまで、私達引き続き後ろを守りますので。皆さんも引き続き、安全な場所で待っていただければと思います」


 続け説明、案内の言葉を紡ぎ、夫婦に促し要請した。




 やがて――物珍しい状況に少しはしゃぐ子供達と、その子供達の肩を抱いて抑える夫婦。その一家の見守る中、ロードサービスによる作業は完了した。

 結局この場での修理。エンジントラブルへの対応は不可能との判断がなされ、修理工場への搬送が決定。ダークエルフの母親達の乗っていた故障車はレッカー車に繋がれ、牽引搬送するための準備が整っている。

 最後に。ロードサービス隊員から夫婦に対して、料金にかかわる事や運び込まれる修理工場。他、措置についての説明が終了。


「それでは、離脱いたしますっ」

「お願いしまーす!」


 そして血侵やヘキサの行う監視、タイミング合図の元。レッカー車は先んじて故障車を牽引し、現場より離脱していった。


「――本当にご迷惑をお掛けしました」

「来て頂いて助けてもらえなければ、どうなってた事か……


 レッカーが離脱した現場の一角。そこで言葉と共に小さく頭を下げるダークエルフの夫婦の姿がある。相対するはヘキサと、ちょうど交代のためにこちらに合流していた血侵。


「とんでもありません。お怪我など、大事に至らなくてなによりです」


 礼と謝罪の言葉を述べてきた夫婦に対して、ヘキサは一家が無事であったことを何よりとする旨を返す。


「出発される際も、私たちが監視、合図をします。どうかお気をつけてお帰りください」

「すみません。本当にありがとうございました」


 そして案内と、無事の帰宅を願う言葉を返すヘキサ。それにダークエルフの母親は、再び例の言葉で返す。


「おじちゃん、おねえちゃん、ばいばーい」

「ばいばーい」


 最後に幼い兄妹からは、それぞれ血侵とヘキサに向けて、そんな別れを告げる無邪気な言葉が発された。

 そして両親に促され、迎えの自動車の後席に乗り込んでゆく兄妹。それにヘキサは温和な笑顔を作って手を振り返す。一方、監視のために少し後方に移動して立ち構えた血侵は、本線上に意識を向けつつも、淡々とした様子で手を掲げ返してやる。

 一家に乗用車に乗り込み終える。その後席では、リアガラス越しに引き続き血侵等を興味深げに見る、兄妹の姿が見える。


「――途絶えます」


 そんな視線の元。血侵は道路本線上に意識を向け、走行車両が途絶えるタイミングを見極め、そして発し上げる。


「どうぞー!」


 それを受け、ヘキサは一家の乗用車に向けて合図の声を張り上げ、同時に身振りで発進可能の旨を示した。

 合図を受け、一家を乗せた乗用車は路肩より発進。

 加速しながら路肩より走行車線へと移り合流。無事、走行車線に乗った姿を見せた。

 現場より離れてゆく一家を乗せた自動車には、しかし未だに後ろを向いてこちらを見る、兄妹の姿が微かに確認できる。

 そんな兄妹に向けて、血侵とヘキサは最後にもう一度。旗、ないし手を掲げ上げて見せた。




《――お客様離脱。全車離脱でーす》


 トランシーバー越しにそれぞれに響き届く、ヘキサの全車離脱を告げる声。

 それを合図に、現場からの撤収作業が開始された。

 まず、停車していた各車両をカバーするために設置していた、〝平行部〟のカラーコーンを先頭より回収していく。

 続け、巡回車より後方に設置していた、〝テーパー部〟の矢印板を回収。同時に、各所に設置していた発炎筒を、確実に消火する。

 回収した機材は一度巡回車の真後ろに集積。それ等をラゲッジスペースの所定の位置に収容し、回収忘れが無いか、その数を確実に確認する。


「収容完了。矢板8枚、カラコン9本、異常無し」


 全てに問題が無いことを確認し、血侵がセトビスに向けて、報告の声を上げた。


「了解――ヨシ、離脱だ」


 それを受け、旗を持ち後方監視に立っていたセトビスは、これより自分等も離脱する旨を発する。

 セトビスは血侵と監視を後退し、血侵の監視支援を受けながら、先んじて運転席に戻り乗車。続いてヘキサが後席に乗り込む。

 最後に血侵が助手席に乗り込む。

 先んじて乗り込んだセトビスは、すでにサイドブレーキの解除やギアのドライブへの移行、ハンドル戻し等の発進に備えた措置を終えていた。続いて戻った血侵やヘキサがシートベルトを締め終え、発進準備は完了。


「――大貨後、途絶えます」


 血侵は半身を後方へ捻り、本線上後方の状況を確認。今迫っている大型貨物を最後に車の流れが途絶え、発進合流のチャンスである事をセトビスに告げる。


「了解、確認――発進する」


 ヘキサはそれを了承。そして、大型貨物が傍を通過し、流れが途絶えた事を自分でも確実に視認した後に、アクセルを踏み巡回車を発進させる。

 巡回車は速度を上げ、路肩より走行車線へと移り、無事合流を完了した。


「――ヨシ」


 無事合流が完了した旨を、セトビスは小さく言葉にする。

 一方、血侵は灯していた赤色警光灯やLED表示等を、ボタンやコントローラーを操り消灯。黄色警光灯だけを残し、巡回車の状態を通常巡回時の物へとする。


「無線発報します」


 そしてそれを終えると、一言と同時にすかさず車載無線機の受話器を取り、回線を開いた。


「高速ハーバーノース70から、ストーンゼルコヴァ本部」

《――ゼルコヴァです。ハーバーノース70どうぞ》


 呼びかける相手は管制センター。管制からはすぐに返答が返される。


「3rd 上り3.7の故障車。こちらレッカー作業完了、全車離脱。路肩規制解除、全処理完了。当局定巡移行――どうぞ」


 続け紡がれる血侵の言葉。これ等は、先の現場での作業処理が全て完了し、完全に支障要因がなくなった事を、合わせて自分等が緊急対応を終え、定期巡回へと移行する事を知らせる物だ。


《作業完了で全車離脱、処理完――了解しました、どうぞ》


 管制からはそれ等を認識、了承する旨が返って来る。


「以上、高速ハーバーノース70――」


 全ての情報が伝わり、管制センターが了承した事が確認され、血侵は最後に無線を終了する一言を発し、通信を終了した。

 無線報告を終えた血侵は受話器を所定の位置に戻し、それから足元のグローブボックスに放り込んであった、私物のバインダーとレコードタブレットを引っぱり出して手元に寄せる。

 現在第2乗務員――巡回中の記録を務める血侵は、これより先の故障車の情報や一連の時系列を、タブレットにまとめ整え入力しなければならなかった。

 事前にヘキサより引継ぎメモをしておいた情報内容を元に、入力整理を始める血侵。


「比較的早くに終わって良かったですね」


 そんな所へ、後席のヘキサよりそんな言葉が飛んで来る。


「ん?あぁ。レッカーや迎えのご家族が、割と早く来てくれたからな」


 それは先の現場が、比較的素早く面倒なく片付いた事を歓迎する声。ヘキサのそれには、セトビスがハンドルを操りつつ答える。


「それにしても、どっちも綺麗なご夫婦でしたね。子供達も将来美男美女になるのかな?」


 続けヘキサは、そんな言葉を寄越す。今度のそれは、先の夫婦一家の端麗な容姿に、少し興味本位で言及するもの。


「それは知らん」


 しかしそれに対しては、セトビスは端的に一言だけ返す。


「あら、食いつきが悪い」


 セトビスの辛い対応にヘキサは、少し残念そうに呟く。


「まぁ――そこまでの面倒にはならなかったし。今日はこのまま平和な流れに向かって欲しいですね」


 そして話題を締め括るように、そんな言葉を零したヘキサ。


《――ゼルコヴァ本部から、高速ハーバーノース70》


 しかし。車載無線機より、管制から血侵等の乗る巡回車に呼びかける音声が聞こえたのは、その瞬間であった。


「あれ」


 聞こえ来たそれに、ヘキサが思わず声を零す。


「3rd 上りの2.4。どうぞ」


 そして助手席の血侵が、すかさず無線機の受話器を取り、巡回車の現在位置を告げる一言を返す。


《上りの2.4、了解です。すみません、一件落下物入りました。場所は下りの12.2――》


 現在位置を了承し、そして管制が続き伝えてきたのは、新たな事象発生の知らせ。


「――了解、向かいます」

《願います。以上、ゼルコヴァ本部――》


 血侵が詳細を聞き、それを了承。管制は任せる言葉を紡ぎ、通信を終える。


「大体そう願うと、こうなるんだ」

「ふへー」


 通信が丁度終わったタイミングで、セトビスが達観した様子で発する。対して、願いが早速崩れた事に、気の抜けた声を零すヘキサ。


「下りの12.2、追い越しに角材だそうです」


 そんなヘキサをよそに、血侵は今しがた入った事象。落下物の位置情報を発して告げる。


「了解――血侵、記録は大丈夫か」

「時系列は取ってます。大丈夫です」


 セトビスは位置情報を了承。それから続いて、血侵に尋ね返す。それは目まぐるしく変化する状況に対して、巡回の記録入力が追い付いているかを心配するものだが、血侵からは淡々と、具体的に取っている対策を添えての、問題ない旨の言葉が返って来た。


「ならオーケーだな。よし、向かうぞ――」

「了解」


 セトビスはそれを承諾。そして新たな現場にこれより向かう旨を発し、血侵はそれに端的に返す。

 巡回車は再び緊急走行態勢へと移行し、現場を目指して急行を開始。




 ――いち早く支障要因を排除し、道路の安全を取り戻すため。

 交通管理隊の今日も駆け、戦う――

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