5便:「―Accident Help― 中編」
血侵等が規制作業を開始した一方。
ヘキサは路肩を駆け、故障車であろう普通自動車の元へと到着していた。
路肩の奥側。停車した自動車とガードレールの間の狭い空間を、苦労しつつ通って自動車の助手席側に回るヘキサ。そして助手席窓ガラスより内部を覗き込み、中に居る運転手の存在を確認。その運転手に向けて小さく手を振り、自身の存在を呼び掛けた。
運転席に確認できたのは、ダークエルフの女。その彼女はすでにヘキサの存在接近に気づき、それを待っていたのであろう、すぐにヘキサの呼びかけに呼応。手元のスイッチを操作する様子を見せ、そして助手席側の窓ガラスが下がって開いた。
「お客様、すみませんっ。パトロール隊の者ですっ」
窓ガラスが開いて声が通るようになると、ヘキサはまず一番に、軽い会釈を。同時に自分等の身分正体を名乗り明かす言葉を、ダークエルフの女へと送った。
正式な組織名は交通管理隊であるが、正直な所この名称はまだ一般に浸透しているとは言えず、砕いた分かりやすいワードで呼びかける。
「故障でしょうか?」
続け、実際の状況状態を確認するため、尋ねる言葉を送る。
「は、はい……エンジンが、かからなくなっちゃって……」
ヘキサの問いかけに、ダークエルフの女はおずおずとした口調で、自分達の置かれた状況を答えてきた。状況に加え、ヘキサ等の正体も未だピンと来ていないためか、その様子には困惑と不安の色がありありと見て取れる。
さらにヘキサがチラと後席に視線を移せば、同様に不安の色を浮かべている子供達の姿が見えた。
(ご家族かな)
ヘキサは車内の様子からそんな予測を頭に浮かべつつ、続く言葉を紡ぐ。
「成程――レッカー等の救援は、もう呼ばれてますか?」
「いえ……あの、お恥ずかしいんですが……こういう時、どうすればいいのか分からなくて……。車にはたまにしか乗らないので……」
ヘキサの尋ねる言葉に、ダークエルフの女は、少し恥じらいの色を見せながらそう答えた。先のセトビスの予測通り、車にあまり慣れていない人であるようだ。
「あ、分かりました。大丈夫です、呼び方をお教えしますので」
対してヘキサは、状況を把握して、セオリー通りの案内をダークエルフの女に返す。自動車の保有が手軽で当たり前となった今のご時世、珍しい事では無かった。
「そうですね――念のため先に、お車から降りて、ガードレールの奥に避難していただけますか?お車の中に留まる事は、実はあまり安全とは言えないんです」
続けてヘキサは、ダークエルフの女達に向けて、車の外へ降りての避難を要請する。
ヘキサが付け加えた言葉通り、基幹道路上は路肩と言えども、100%安全とは言えないのだ。実際、路肩に退避した車に、他の通行車が運転を誤り、突っ込んで来た例も決して少なくない。
その万が一の際に、人の犠牲という最悪のパターンを回避するためにも、ダークエルフの彼女達には車から降りて少し離れた所に避難してもらいのであった。
「わ、わかりました」
「お子さん達は左のドアから。お母さんは、私が安全なタイミングをお知らせしますので、そのタイミングで降りてください」
ダークエルフの女は、まだ戸惑いの色を残しつつも、ヘキサの言葉を承諾。
ヘキサはその彼女に具体的な降車の手順を案内。そしてダークエルフの女を安全な状況で降ろさせるため、監視をすべく自動車の後方へと回った。
「セトビスさんか血侵さん、取れますかー?」
そこでヘキサは、身に着けていたトランシーバーを用いて、現在後方で規制作業を行っている、セトビスか血侵に向けて呼びかける。
《セトビスだ、どうぞ》
「今からお客様に降りてもらいます。そちらでも、タイミングお願いしたいです」
セトビスから返信があり、それにヘキサはさらに言葉を返す。ヘキサの側より後方がよく見えるセトビス等の側でも、車線上の通行車が途絶えるタイミングを計ってもらう事を要請するものだ。
《了解――丁度途絶えてる、いいぞ》
車線上は丁度通行車が途絶えているタイミングであり、合図の言葉はすぐにセトビスより返って来た。
「了解――お母さん、どうぞーっ!」
ヘキサは無線での合図に返すと同時に、自身もその目で車線上がクリアである事を確認。すかさず背後の自動車へ合図の声を張り上げ、同時に片腕を翳しあげた。
背後の自動車の運転席ドアが開かれ、ダークエルフの女が少し急く動きで降りて来る。彼女はそのまま車の背後へ回って、ガードレール側に退避。その姿を確認してから、ヘキサも白線のギリギリの位置より避難した。
「二人とも気を付けて」
無事路肩に降りたダークエルフの女は、自動車の左側よりたどたどしい動きで降りようとしていた子供達に駆け寄り、注意を促しながら手を貸していた。
そして降りて来た子供たちが間違っても車線に飛び出さないよう、それぞれの手を握り繋ぎ止めている。
「お母さん、それではお子さん達をガードレール側に。私もお手伝いします」
その親子へヘキサも近寄り、続けての行動を要請。
「ちょっとごめんねー」
そして男の子はヘキサに。女の子は母親に抱きあげられて、幼いダークエルフの兄妹は、ガードレールの向こうへと移される。
「いい、二人とも。そっちから出ちゃだめよ」
「危ないから、そこにいてね。お願いね」
避難させ終えた子供達に、ダークエルフの女はそう言い聞かせる。
一方のヘキサは、ゴブリンリーダー系特有の少し威圧的とも言える顔に、努めて温和な笑顔を作ってそう言葉を掛けた。
「ではお母さん、レッカーの呼び方をお教えしますね。まず、任意保険には加入されてますか――?」
それからヘキサはダークエルフの女に向き直り、救助――レッカーを要請するためのレクチャーを開始した。
「――エンジントラブルです。はい、車はベイムのE223……」
路肩のガードレールの向こう側で、携帯端末をそのダークエルフ特有の耳に添えて、通話をしているダークエルフの女の姿がある。
彼女は、子供達同様にガードレールの向こうに避難。そこでヘキサより受けたレクチャーに従い、レッカー要請の手配を行っている最中であった。
ガードレールを挟んだ隣には、分からない事柄を補佐するために、ヘキサが引き続き付き添っている。
レッカーの要請には料金、金銭が発生するため、可能な限りは車の持ち主自身で手配、やり取りをしてもらうのが原則だ。管理隊側のする事は基本、要請方法の案内説明に留まる。
ダークエルフの女は、片手に携帯端末。片手に車より引っ張り出した、任意保険の保険証券を持ち、保険付随のロードサービスを呼ぶべく、慣れない様子で懸命に、通話相手である保険会社の窓口に状況を告げている。
「はい……あっ、えっと……――ごめんなさい、ここの場所ってどう伝えれば……?」
しかし不明な点はやはり時折出てくるようだ。今もまた、彼女は少し戸惑う様子で、一度携帯端末を離してヘキサに尋ねる言葉を紡ぐ。
「ここは〝3rd キャピタルビーチ、上りの3.7kp〟です。これをそのまま伝えれば、レッカーさんは来てくれるはずです」
その彼女に向けて、ヘキサは回答の言葉を紡ぐ。同時に手にしていたバインダーを翳して、そこに書き起こしておいた現在位置情報を、見せて示す。
「すみません……――えっと、3rd キャピタルビーチ、上りの3.7kpです――」
その助けを受けて、どうにか保険会社に自分の現在位置を伝えるダークエルフの女。見るに、たどたどしくも手配はなんとか進みつつあるようであった。
その一方。ダークエルフの母親の傍には、幼い兄妹の姿見える。その兄妹の顔色は先程までの不安な物から変わり、何か興味深げな様子でガードレール越しに視線を配っていた。
兄妹は、ヘキサと母親のやり取りやここまでの様子から、現れた巡回車と青い制服の存在が、自分達を助けに来たものである事をすでに察していた。そして不安の払拭された子供たちは、物珍しい巡回車や隊員の姿に興味を惹かれていたのであった。
「――ヨシッ」
そんな子供たちの視線は、今はすぐ近くで作業をする一人の存在に注がれている。
そこにあったのは、他でもない血侵であった。
後方に止まる巡回車から故障車までの間には、白線よりあえて少し飛び出すような形で、一定の間隔で焚かれた発炎筒が設置されている。さらにその発炎筒の位置に合わせるように、血侵はその手にもったカラーコーンを、歓呼の台詞の後に手早く設置してゆく。
すでに巡回車の後方には、〝テーパー部〟と呼ばれる、矢印板を用いて斜めのラインを描く規制が張り終えられていた。
そしてそれに続く作業として現在血侵が行っているのが、〝平行部〟と呼ばれる部分の設置であった。白線上に沿ってカラーコーンを直線で設置し、路肩に停止している車両をカバー。基本はカラーコーンのみで行うが、今回は故障車が少しはみ出している事もあり、発炎筒を同時に設置する。
テーパー部、平行部。これ等の規制をもって、他の通行車両に異常事態――故障車の存在を知らせ、減速や回避等を対応行動を促すのだ。
「ヨシッ――こんなモンか」
程なくして血侵は、故障車の先までカラーコーンの設置を終え、規制を完成させた。
「――ヘキサさん」
全ての規制作業を完了した血侵は、それからダークエルフの女に付き添うヘキサの元まで歩み、そしておもむろに話しかける。
「規制は完了した。管制には現着の無線だけ送ってあるから、詳細の続報を。ここを代わるか、もしくは状況を教えてくれれば自分が行く」
血侵等は現在のこの現場の詳細を、管制センターへ無線にて伝える必要があった。そして血侵が淡々とした口調で紡いだ言葉は、その役割をどちらが担当するかを提案するものであった。
「あぁ、そうだね――じゃあ私が行ってくるよ」
血侵の提案に、ヘキサは自分が一報の役割を担うことを申し出た。
「レッカーは今調整中で、所要はまだ」
「了解。確定したら伝える」
ヘキサは血侵に現状での未定事項を伝え引き継ぐと、管制センターの報告のために、その場を発って巡回車へと駆けて行った。
ヘキサがその場を離れ、傍らのダークエルフの母親はまだ、保険会社との手続きの通話を続けている。血侵は状況が動くまで、監視作業に当たろうと考えた。
「――?」
しかし。血侵が自身に向けられる視線に気づいたのは、その時であった。
血侵が気配の元を辿って、傍らに目を向かれば、そこに小さな視線の主達。ダークエルフの兄妹の姿があった。兄妹は、子供ながらに整ったその顔立ちに、興味深げななおかつ不思議そうな色を作って、血侵の事を見上げていた。
「おじちゃんたち、おまわりさんなの?」
そして双方の視線がちょうど合うと、兄妹の内の男の子の方が、血侵に向けてそんな質問を投げかけてきた。
「いや。自分等はお巡りさんじゃない」
その男の子に対して、血侵はそう端的な回答を返した。
「交通管理隊って言う。道路をパトロールする、お巡りさんとは別の仕事だ」
続け、そんな簡単な説明の言葉を淡々と紡ぐ血侵。
血侵当人としては、子供相手という事を鑑みての、一応最低限は柔らかくした対応のつもりであった。しかし、血侵の正直言えば他者に好感を与えるとは言い難い容姿顔立ちと、それをもっての淡々とした対応は、お世辞にも子供向けとは言えなかった。
「ふーん」
だが、兄妹はそれに特に臆する様子は見せず、男の子は血侵の説明に漠然とした反応を返す。そして引き続き兄妹は、興味と不思議さの混じった様子で、血侵の事を見上げ続けていた。
「はい、お願いします――あの……」
そのタイミングで丁度、ダークエルフの女の通話が終了。
そしてダークエルフの女は、ヘキサと入れ替わりその場に残った血侵に声を掛けかけたが、その際、血侵の顔立ち雰囲気に僅かにたじろぐ色を見せる。
「はい。どうされました?」
しかし血侵の返答を受け、彼女は慌て取り繕い言葉を続く言葉を紡いだ。
「レッカー車、なんとか手配できました。30分くらいで来てくれるそうです……」
「あぁ、決まりましたか。30分ですね――どこのレッカー会社が来るかは、言っていましたか?」
ダークエルフの女からは、レッカーの手配が完了した旨と、到着に掛かる時間が告げられる。それを受けた血侵は、淡々とそれを復唱。合わせて、レッカーの詳細を尋ねる。
「あ……ごめんなさい。そこまで聞かなかった……」
「あぁ、いえ大丈夫です。参考程度ですので」
そこまでの詳細は保険会社からも伝えられなかったのだろう、ダークエルフの女はしまったというように、困惑の表情を見せる。しかし、言葉通りあくまで参考に分かればいい程度の物であるため、血侵はそれに問題ない旨を返す。
「保険会社に、お子さん連れである事はお話ししてありますか?これが大事で、レッカー車は複数人には対応できない場合があります」
続け、確認の言葉を紡ぐ血侵。
基本として故障車の持ち主はレッカー車に同乗して基幹道路から脱出する事になるが、レッカー車への同乗可能人数は多くの場合、1名ないし2名程。それを超える人数が居る場合は、別途、何らかの移動手段を用意する必要がある。その事を尋ねる言葉であった。
「あ、はい。それは保険会社さんからも言われました。なので主人に連絡して、迎えに来てもらおうと思うんですが……」
血侵の問いかけに、ダークエルフの女は承知している旨を返し、続いて自分が取ろうとしている手段を少し遠慮気味に。おそらくそれが問題無い行為であるかを、探るように口にする。
「ご家族のお迎えですね。了解です、大丈夫です」
対する血侵はそれを理解し、すかさず端的に、問題ない旨を返した。
「決まりましたら、迎えの車の車種が分かるとありがたいです。それと、ご家族には現場に近づいたらハザードを焚いてもらうようお伝えください。それを目印として、誘導します」
「わ、わかりました」
加えて血侵は、可能ならば掌握しておきたい情報。迎えの家族に取ってもらいたい措置等を、ダークエルフの女に説明。ダークエルフの女はそれに答えると、家族と連絡を取るため、再び携帯端末の操作を始めた。
その様子を傍目に見つつ、血侵は身に着けたトランシーバーを手に取り寄せる。
「ヘキサさん、取れるか?」
《はい、どうぞー》
呼びかけた先はヘキサ。彼女からはすぐに応答が来る。
「所要判明、30分。レッカー会社は不明。それと、ご家族の車が別に迎えに来るとの事、こちらは現在調整中」
応答を聞いた血侵は、今しがた確認できた追加情報を言葉にし、ヘキサに伝える。
《30分、会社は不明。それとご家族のお迎え――了解。とりあえずここまでまとめて一方します》
「願います」
ヘキサからは内容を復唱し、そしてそれを管制に送っておく胸が寄越される。血侵はそれにより情報が正しく伝わった事を確認。最後に一言返し、通信を終える。
その血侵には、先から変わらず視線が向けられていた。
その主である幼いダークエルフの兄妹は、物珍しい現在の状況や、巡回車。そして血侵に視線を注ぎ、興味深げな様子を見せている・
(やぁれやれ)
そんな子供達からの視線に、内心で淡々と零しつつ、血侵は監視警戒に意識を向けた。
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