4便:「―Accident Help― 前編」
血侵等を乗せ、セトビスの操る巡回車は、事務所を発ち出動。
事業所の敷地内を出て、一度一般道を通行。それから先にある、基幹道路への分岐流入点より分かれて入り、基幹道路本線とを連絡するランプ通路を辿ってゆく。
「一般道から合流ナシ――〝首島基幹〟からもナシ」
「了解」
ハーバーノースICは、複数種の道路が各方面より集合し、それらを繋ぎ連絡するためのランプ道路が、縦横に複雑に入り組んでいる。
要所要所で道路は合流分岐を繰り返すため、そこに差し掛かる毎に、助手席の血侵は他の一般車両の存在を掌握。安全を確認し、その胸を運転席のセトビスへと告げる。
その調子で巡回車は進み、途中に設けられている料金所ゲート――略称TBを通過。その先でさらに、本線上り線と下り線にそれぞれ別れ繋がる分岐を、上り線側へ流入。
程なくしてこれより合流する、3rd キャピタルビーチ道路本線が視界に入った。
「本線――一走、後方に一台」
血侵は助手席上で身を捻り、後ろに向けてやや乗り出し、巡回車の後方に視線を向けて、本線上の状況確認を開始。
本線、第一走行車線上を走る一台の一般車両を視認し、その存在をセトビスに告げる。
その間に、巡回車はランプを通過し終え、本線と合流するための加速車線に入る。
「――距離有り。先行できます」
血侵はさらに巡回車と一般車両の距離、位置関係を把握。現段階で一般車両は巡回車よりも、距離を放した後方に位置。
血侵は運転するセトビスに、一般車両の通過を待たずに、本線への合流が可能である旨を告げる。
「了解――変更する」
セトビスは血侵の言葉を受け、しかしミラーと目視で、自身も目でも確実に周辺の安全を確認。それをもって初めてウィンカーを点灯。車線変更、本線への合流を開始した。
「さらに距離有り――二走には車両無し」
合流の最中も、血侵は後方の監視を続け、セトビスに状況を逐一報告し続ける。後方に位置する一般車両が距離を詰めてくる様子はなく、さらに隣接する第二走行車線上にも注意すべく車両の存在は無い。
数秒後には、巡回車は加速車線から本線上に乗り、無事合流を果たした。
「よし」
巡回車を本線上に乗せ、そしてハンドルの微調整で安定させたセトビスは、小さく紡いだ。
「――さらにヨシ」
同時に助手席の血侵は、後方へ向けて捻っていた身を戻し、そしてその他周囲に危険な存在、要因がいない事を確認。それから助手席に着き直した。
「――上りの3.7――少し、はみ出していると言ってたな……」
血侵がシートに着き直した所で、セトビスが先に聞いた指令事象の位置情報を呟く。そして続け、少し難しそうな声色で、事象である故障車の置かれているらしい状況を零した。
「路肩の白線上に乗っていると」
血侵はそれに行程。そして補足する言葉を返す。
「あの辺りは一応路肩があるが、微妙に狭小になってる所だ――度合いによっては、張り付く事になりそうだな」
張り付く――現場に長い時間、留まる必要性がある事象である事を予測し、セトビスは零す。
その現場を目指し、巡回車は赤色警光灯を灯して周囲に注意を呼び掛けながら、基幹道路を進む――
巡回車は、それから現場までの行程を順調に消化。
目的の事象に向かう行程中に、落下物やまた別の故障車等。新たな事象に遭遇、発見するケースも珍しくない。そういった場合、目指している事象がよほど優先度が高い大事であれば別であるが、原則としては無視することはできず、発見した事象にも対処しなければならない。
しかし幸いにもここまで、新たな事象に出くわす事は無く、そして目標の指令事象の位置まで、2krwを切った。
「2krw切りました」
血侵は手元のkrwポストパネル――位置情報を表示する画面に視線を落とし、現在位置と事象までの距離を確認。その旨を発し、セトビスに告げる。
「そろそろか――サイレンを」
「了解」
セトビスは呟き、そして血侵に要請の言葉を返す。血侵はそれに答え、そしてダッシュボード中央に設けられた、サイレンボタンを押して起動。
車外。車上の標識器に搭載されたスピーカーより、けたたましいサイレンの音が鳴り響き始めた。
「ハザード点灯」
さらに車内では、セトビスがハザードボタンに手を伸ばし、ハザードを点灯させる。同時にアクセルを緩め、巡回車をある程度減速させる。
事象――故障車発見の折には、その後方に一定の距離を保って停止しなければならない。その行動に備えての減速だ。
巡回車はすでに、車上の赤色警光灯を。そしてLED標識器に、―この先故障車 走行注意―、の表示を灯して、周囲に注意喚起を行っていた。
さらにそれにサイレンを、そしてハザードを。使用できる装備装置を最大限活用して、この先に支障要因が存在する事。巡回車が特殊な行動中である事を、周囲に知らせる。
「――あと1krw」
車内では、助手席の血侵が発し上げつつも。
そして運転に一定の意識を保ちながら、セトビスも。
フロントガラス、サイドガラス越しに、周囲に警戒観察の視線を向けている。
さらに後席で補佐に付くヘキサも、視界の良くない後席から少し頭を突き出して、事象を早期発見すべく務めている。
「まだ見えんか」
しかし、周囲。進行方向が緩やかなカーブを描き、先の見通しが良くない事が災いし、未だいるはずの故障車の姿は見えてこない。
セトビスはハンドルを操りつつ、少し難しい色で零す。
「えぇ、まだ――いや」
それに血侵も答えかけた。しかし血侵がその言葉を切り、微かに上体を乗り出したのは、その時であった。
「見えた、あれだ」
そして先に視線を向け、発する血侵。
「あれか」
直後にセトビスも発する。
進行方向。緩やかなカーブと植林により影となっていたその先より、ハザードを灯して路肩に停車している、一台の普通自動車が姿を現した。
「確認――路肩進入する」
事象対象を視認すると同時に、セトビスは所定の行動を開始。
まず点滅させていたハザードを消して、路肩へ入る事を周辺車両に示すために、左ウィンカーを入れる。
同時に、一瞬バックミラーに視線をやり、巡回車の後方の状況、後続車の有無等を確認。
巡回車の後ろに後続車がいない事を瞬時に掌握すると同時に、ハンドルをわずかに傾けて、走行車線より路肩への進入を開始した――。
「……困ったな……」
路肩に止まった普通自動車の車内で、困惑の声が零れ響く。
運転席に、その声の主。一人のダークエルフの女の姿があった。
ダークエルフ特有の褐色に彩られた、そして大変に整った顔立ちを、しかし彼女は困惑の色に歪めている。
そしてハンドルの根元のキーを回して、止まっているエンジンの再起動を試みるが、エンジンは歪な異音を一瞬立てただけで、また沈黙してしまった。
この普通自動車は、エンジントラブルに見舞われていた。
少し前までは何事もなく基幹道路上を走行していたのだが、しかし突如として異常が発生。エンジンが回転速度を落として、速度がみるみる内に低下。あっという間にまともな走行が叶わなくなり、慌てて路肩に車を寄せて避難し、今に至るのであった。
「お母さん……大丈夫……?」
なんとか打開策を講じようとしていたダークエルフの女の耳に、背後よりか細い声が届く。
振り向けば、車内の後席よりこちらを心配そうに見つめる、ダークエルフの男の子の姿があった。さらに隣には、同様のダークエルフの女の子の姿。幼い姿の二人は、兄妹でありそしてダークエルフの彼女の子供であった。
母親である彼女は、習い事に行っていた子供達を迎え、そして家への帰路を辿っていた途中なのであった。
「ごめんね、大丈夫だから」
不安そうな子供を少しでも安心させようと、母親の彼女は作り笑いでそう答えて見せる。
しかし実際の所、車はたまに回す程度で、知識や経験には乏しい彼女。そこへの不測の事態も相まって思考は空回りし、焦りばかりが募る。
「どうしたら……――!」
子供達には聞こえぬよう、静かに零しかけたダークエルフの女。しかしその彼女の、ダークエルフ特有の尖った長い耳が、微かに聞こえ届いた〝その音〟を捉えたのは、その時であった。
次第に大きく明確になりだしたそれが、すぐにサイレンの音である事に彼女は気付く。
そして後ろを振り向き、自動車の後部ガラス越しに外部後方へ視線を向けた瞬間。緩やかなカーブを描く道路本線の影より、サイレンの発生源――黄色い塗装のSUVが姿を現した。
サイレンを響かせ、そして赤色警光灯を灯して現れた黄色いSUVは、直後には事前に灯していたらしいハザードを左ウィンカーへと変え、そして走行車線上から路肩へと進入。
速度を落として、程なくしてダークエルフの彼女達の乗る普通自動車より、いくらか距離を空けた後方で停車した。
「あれって……高速道路の車……?」
唐突に表れた車に、困惑と少し訝しむ様子を浮かべながら、零す彼女。
彼女も、黄色いパトロールカーであろう車両が存在する事自体は知っていた。しかしその正体、所属、役割等への理解はかなり漠然とした物に留まっており、そんな車が自分達の元へ現れた事に、少しの疑念を浮かべる。
「え……警察っ?」
だが、次の瞬間に彼女は、少し驚くように言葉を発した。
後方に止まった黄色い車の助手席より、乗車していた人物の一人が降りてくる姿が見えたが、その人物の姿――青を基調とし蛍光テープを各所に施すその制服服装が、警察の物に見えたからだ。
「え、これ……怒られるのかなぁ……?」
現れた者等を警察と考えたダークエルフの女は、自分達がこの場に留まっている事を注意されるのではないかと予想した。
そして、その事を弁明しなければと、車から降りるべくシートベルトを解いて、運転席側のドアに手をかけ、僅かに開く。
《――お客様、そのまま願います――》
しかし、彼女のその行動を差し止めるように、効果の掛かった音声が後方より響き聞こえたのは、その時であった。
聞こえ来たそれに、ダークエルフの女は少し驚き、同時にドアを解放しようとしていた手を止める。
《ただいまそちらへお伺いします。それまでそのまま、車内でお待ちください――》
そこへ続け、後方より響き聞こえ来たのはそんな案内の言葉。それが、後ろに停車した黄色いSUVからの、拡声器越しの音声である事は彼女にもすぐに理解できた。
そして彼女は少し驚き戸惑いつつも、聞こえ来た言葉に従い降りる事を中止。ドアを閉じて運転席シートに付き直す。
そして再び振り向き背後に視線を向ければ、黄色い車より降りた青い制服の人物の数が増え、その内の一人が自分達の方へと駆けてくる姿が見えた。
ダークエルフの女は、少しの不安と疑問を抱きつつも、その到着を待った。
《――そのまま、車内でお待ちください――》
事象である故障車の現場に現着し、路肩に停車した巡回車。
その車内の運転席で、セトビスがそのゴブリン特有の尖った手に、車外の拡声スピーカーに繋がるマイクを持って口元に当てている。そして丁度、後方案内の文言を紡ぎ終えた。
助手席側には、路肩に降り立ち、開け放った助手席ドアを越えて前方の停止車両を観察する、血侵の姿がある。その背後には、丁度後席より降りる最中のヘキサの姿。
現着し、巡回車の各種停車措置を講じた上で、所定の行動を開始しようとした各員。だがその所へ、前方に止まる普通自動車の運転席ドアが僅かに開かれたのを見止めた。現れた自分等に反応して、運転手が降りて来ようとしたのだろう。しかし、今の所本線上の交通量は落ち着いているが、それでも何も安全措置が講じられていない状況で、無理に車線側に身を晒してまで車より降りてもらうのは、安全上好ましい事ではない。
それ等の事から、セトビスは咄嗟にマイクを取って後方案内を実施。運転手に、自分等が向かうまで、車内に留まってもらうよう促したのだ。
「慣れない人っぽいな」
運転手は案内に従い、少し慌てた様子で、降車を取りやめる姿を見せた。
セトビスは見えたその様子から、その運転手が高速道路並びにトラブルに不慣れな人物であろう事を推察。呟きつつ、持っていたマイクをホルダーへと戻す。
「ヘキサ。先に行って、案内と確認をしてきてくれ」
そしてセトビスは、車外のヘキサに向けて、先んじて故障車の運転手の元へ向かい、対応を行って来るよう指示する。
「はい、了解です」
それを受けたヘキサは、血侵を、そして巡回車の横を抜けて、故障車に向かって駆けて行った。
「血侵は、まず私を降ろしてくれ」
「了解」
続け、セトビスは血侵に要請。
それを受けた血侵は、返答すると旗を持って助手席ドアを閉め、その場から巡回車の後方へと回って出る。
巡回車の後方に出た血侵は、旗を広げて掲げ、本線上を通行する利用車に対して警戒注意を促す。
「少しお待ちを」
血侵は傍らを通り抜けてゆく通行車両に観察の視線を向けながらも、身に着けたトランシーバーに向けて端的に発する。その相手は、運転席で待つセトビス。
血侵は、本線上の車の流れが途絶え、運転席――車線側より降車する形となるセトビスが、安全に降車できるタイミングを見計らっていた。
早急な事象への対応が求められる場合等には省略される事もあるが、基本的には操縦担当――第1乗務員が降車する際には、第2乗務員がそのタイミングを補佐する。
「――途絶えました」
程なくして、本線上の車の流れが途絶えた。血侵はその旨をトランシーバーでセトビスへ告げると同時に、路肩と走行車線を区分けする白線ギリギリに出て立つ。そして片手では旗を掲げ続けつつ、空いたもう片腕を仰ぎ、セトビスに向けて降車を促す。
それ等を受けて、巡回車の運転席側よりセトビスが降車。無駄のない最低限の動きで降車を終え、巡回車の後ろへと移動退避。血侵はセトビスの降車完了を確認すると、自身も素早く白線ギリギリの位置より退避した。
「よぉし。さて、それじゃ――どういう対応になると考える?」
降車手順を終えた所で、セトビスは血侵に向けて、そんな尋ねる言葉を発した。
それは、先に停車した故障車に対して、これより自分等がどう対応してゆくかを問いかける物だ。
「確認した所、対象車は丁度白線上に乗っていました。処理完了まで、張り付く必要があるかと」
セトビスの問いかけに対して、血侵はそう返答する。
血侵の言葉通り、故障車はその右側前後輪が丁度、白線上に乗って停止している状態であった。その事から、処理完了まで張り付く――レッカー業者等による故障車の回収が終わるまで、現場に留まり後方を警戒。故障車を守り周囲の安全を確保する必要がある事を、回答として挙げたのだ。
「いいだろう。じゃあ、実施すべき形態は判断できるか?」
セトビスはその回答を認め、そして続け尋ね返す。今度のそれは、実施するべき規制形態を尋ねる物。
「路肩規制で収まるかと。ただ――線形が悪いですから、テーパーは長めに。対象車の後方に、発炎筒の設置も必要かと」
それに対して血侵は、導き出した回答を言葉にして返す。
「悪くない、それでいい」
血侵のその回答に、セトビスはそれを評する言葉を返した。
「管制は、はみ出し停止と言っていたが、実際は白線上――ギリギリといった感じだったからな。交通量から見ても、なんとか路肩規制で間に合うパターンだ」
続け、説明の言葉を紡ぐセトビス。
「これが明らかに車線側にはみ出していたら、一走まで規制する必要が出てきたがな――よし、始めるぞ」
そして最後に補足の言葉を紡ぐと、セトビスは作業開始を促す言葉を発し上げた。
「了解――器材降下」
それを受け、血侵は作業行動を開始。
巡回車の後部ドアを開け放ち、ラゲッジスペースに積まれた、矢印板を始めとする各種規制器材の降下を始めた。
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