2便:「―Highway Patrol― 後編」

 惑星ジアでも最も巨大な海である、中央海洋。

 その中央海洋を横断する赤道以北、日付変更線以東の一角に、〝ラインイースト地方〟と飛ばれる地域があった。

 地方は広域に渡り、大小多くの島々からなる。そしてそれ等の上には、共同体――中央海洋共栄圏に加盟する、いくつかの国家が存在。栄えている。

 その国家。そこに住まう人々の暮らしを支えるため、ラインイースト地方の各島各地にも、多くの基幹道路が建設され、地方を網羅し結び繋いでいた。

 そのラインイースト地方の内の一部。〝ビーサイドフィールド〟という名の地。行政区域がある。

 そのビーサイドフィールドを貫き通る、三つの自動車専用道路。

 3rd キャピタルビーチ、ビーサイドニュー、デュアルビーサイド。

 これ等が、血侵等の所属配置している、〝キャピタルビーチ交通管理隊〟の、管轄範囲であった。

 そして三つの道路の内の、3rd キャピタルビーチ上にある、ハーバーノースインターチェンジ。そこに基地――各種の高速道路関係会社、部署の拠点が置かれる事業所が存在。その内に、キャピタルビーチ交通管理隊の事務所もあった。




 ――その後、幸いにも新ら事象の発見接触は起こらず、血侵等は午前中の枠であった巡回任務を無事完了。事務所に帰着。

 報告書始め、巡回後の各所事務業務を終えた後に、待機時間を利用して昼食、休憩を取る。場合によっては昼食の最中であっても、容赦なく出動の入電が入る事もあるが、その日は幸いにして待機時間中の事象の入電はなく、血侵等は午後からの定期巡回の時間を迎え、予定通りに巡回へと再び出発した。




 午後の定期巡回が開始されてから、時間にして一時間半以上。行程を割合にして、その8割以上を消化。

 ここまで落下物や故障車の発見もなく、午後の巡回は平穏の内に、終わりに差し掛かろうとしていた。

 その巡回車内では、午前中と入れ替わり、運転席ではヘキサハンドルを操り、助手席には血侵が座している。監督者であるセトビスに関しては、引き続き後席。

 基本的に運転者と助手、第1乗務員と第2乗務員は、巡回毎に交代するのがセオリーだ。


「――ウィングスワンプから合流ナシ」


 その助手席に座す血侵が、視線と指先を左窓より車外に向けて指すと同時に、言葉を発する。

 巡回車は、一般道からの流入ランプとの合流に差し掛かっており、血侵のそれは、流入ランプから合流してくる一般車両が無いことを確認し、それを運転席のヘキサに告げる物だ。巡回車周囲の安全確認を行い、第1乗務員を補佐する事も、第2乗務員の役割であった。


「はい了解」


 ヘキサは自身もその目で合流車両が無いこと、その他安全を確認し、返答を返す。そして引き続き巡回車を走らせ、合流地点を無事通過した。

 ――ザザ、と。

 運転席と助手席の間に設置された無線機が、雑音を上げたのはその時であった。

 それは、本部か他の巡回車か、どこかから無線の発砲がある合図。そして本部からであれば、自分等含めどこかの巡回車に、指令が来る合図であった。

 雑音を捉えた血侵等各々は、少し気を張り詰め、あるいは顔を顰め、無線機に耳を傾ける。


《――ゼルコヴァから、高速ハーバーノース4》


 可能性は、みごとに決定事項となった。

 聞こえ来たそれは、管制センター本部から、血侵等の巡回車へ呼びかける物。


「あらら……」


 耳にしたそれに、助手席のヘキサは小さくそんな声を零す。


「チッ」


 そして血侵は、隠そうともしない舌打ちを打ち、同時に足元のダッシュボードからメモ用の用紙を挟んだバインダーを取って寄せ、それから無線機の受話器を取った。


「――3rd、上りの14.2。どうぞ」


 車内に備え付けのモニターパネルには、巡回車の現在位置情報で表示されている。血侵はそれに一瞬目をやり確認。

 そして前置き等は置かずに、端的に巡回車の現在位置だけを、受話器に向けて発し本部に返す。少ない言葉で明瞭に、が無線でのやり取り上での基本だ。

 補足すると今の一言は、3rd キャピタルビーチ道路上の、14.2krwポストと定められた位置に、巡回車が位置している事を示し伝えるものである。


《3rd 上りの14.2――了解です。落下物情報です。3rd 下りは4.3、走行に脚立。こちら緊急ダイヤルから入りました。調査願います、どうぞ》


 本部からは、こちらの現在地を了解した旨が。そして続けて、発生した路上障害――落下物に関する各種情報がもたらされ、最後に調査を要請する言葉が寄越される。


「3rd 下り4.3、走行に脚立。了解、どうぞ」


 血侵はもたらされた位置情報を、簡潔に反復復唱。最後に指令を了解した旨を返す。


《願います。以上、ゼルコヴァ本部――》


 こちらの了解を聞き届けた本部側は、最後に委ねる言葉を返すと、通信を終了した。


「あと少しだと思うと、これだよ……」


 通信が終了した直後。運転席のヘキサから、小さくぼやく声が零される。

 巡回行程のほぼ9割を消化し終え、あと少しで本日の仕事が終わると、少し安堵していた所へ飛び込んできた指令。それに対するぼやきの声だ。


「そんなモンだ」


 ヘキサのぼやきに、後席のセトビスから反応の声が飛ぶ。


「下りの4.3です。――リヴァーケープで反転で」


 その一方、血侵は端的な声で落下物の位置情報を復唱。そして他の二人に向けて、伝える言葉を発する。

 血侵が発したのは、現在位置より先に存在する、一つのインターチェンジの名称。

 伝えられた落下物を回収するには、現在血侵等の居る上り線から、下り線へ反転乗り換えを行う必要がある。その上で反転を行うべきインターチェンジを、血侵は位置関係から判断して、二人に伝えたのだ。


「了解」


 それにヘキサは少し気だるさの滲み出る声で了承。引き続き運転に意識を向ける。


「脚立か――行くまでに、乗り上げ事故を誘発しないといいが」


 セトビスは、管制よりもたらされた落下物情報より、それを起因とする事故の誘発を懸念する言葉を零す。


「緊急移行します」


 セトビスの言葉を背中に聞きつつ、血侵は発し、そして腕を運転席と助手席の間に伸ばす。


「黄色消灯、赤点灯。LED、落下物急行」


 運転席と助手席の間に設けられたいくつもの操作系の内、警光灯、回転灯に繋がるボタンを。そしてLED操作のためのコントローラーを。自身の動作を口に出しつつ、押し、操作してゆく。

 血侵の操作が反映され巡回車外部では、そのルーフ上に搭載されたLED標識器が、表示を〝落下物 急行中〟という物へと変える。同時にそれまで瞬いていた黄色灯が消灯し、代わって赤色回転灯が瞬き始める。

 血侵の各操作により、巡回車は現場へ急行する際の形態――いわゆる緊急走行の形態へと移行。

 落下物の現場を目指しての行程を開始した。




 巡回車はそれから3rd キャピタルビーチ上り線を10分程走行。

 その間、別の事象を発見遭遇する事もなく、反転地点であるインターチェンジへと到着。一度流出して基幹道路上から一般道へと降り、定められた経路を用いて反転。下り線へと乗る。


「――一走はナシ。二走も十分、合流ヨシ」


 下り線への流入ランプを通り、本線合流のための加速車線に入った巡回車。その内部で血侵が身を捻り後方に視線を向けながら、本線上の状況を発し伝えている。

 危険の伴う場面の一つである本線への合流を、助手席からの目により補佐するものだ。


「了解、確認。合流します」


 ハンドルを預かるヘキサは、血侵の補佐を受けつつも、自身の目でも確実に本線上を確認する。巡回車の周囲に、支障となる他車両が存在しない事を、確かにしかし素早く確認した後に、ハンドルを静かに切って巡回車の車体を本線上へと運ぶ。

 巡回車は滑らかに加速車線上から本線上へと移り、無事本線合流を果たした。


「さらにヨシ――」


 血侵は合流の完了後にも、他に急な割り込み車両等が無い事を確認。その後に、姿勢を戻して助手席へと着き直す。


「LED、表示変更」


 それから間髪入れずに血侵は、LED操作のためのコントローラーへと指先を伸ばし、ボタンを操る。

 その操作により、これまで〝落下物 急行中〟の表示を灯していた標識器は、その表示を〝落下物有り 走行注意〟という物へと表示を変える。


「サイレン開始します」


 最後に血侵は、警光灯ボタンと一緒に並ぶ、サイレンボタンに指先を伸ばす。そしてボタンが押された瞬間――車外、標識器の上に警光灯と並んで設置されたスピーカーより、けたたましいサイレンの音が鳴り響き始めた。

 これは周囲や後方を走行する一般車両に、異常事態を告げるための物だ。


「4.3付近でしたよね?」

「えぇ」


 運転席のヘキサから、落下物の位置情報を再確認するための言葉が来る。血侵はそれに、端的に肯定の言葉を返す。


「すぐだな――ハザード点けます」


 ヘキサは発しながら、ハザードボタンにその尖った手先を伸ばし、巡回のハザードを点灯させた。さらに同時に彼女の操作により、巡回車は微弱に速度を落とす。

 落下物発見の際には、巡回車はすかさず路肩に入らなければならない。それに備え、なおかつ周辺車両に警戒を促すための物だ。


「血侵、広報始めていいぞ」

「了解」


 続け後部席のセトビスから、そんな促す言葉が飛ぶ。

 血侵はそれにも端的に返すと、ほぼ同時に自身の足元に手を伸ばし、そこのホルダーに備わるマイクに手を伸ばしてそれを取る。それは車外の拡声スピーカーに繋がる物。

 マイクを口元に寄せてスイッチを入れると、血侵は言葉を紡ぎ始める。


《――この先、落下物の情報が有ります。注意して走行してください。この先落下物の情報です、注意して走行してください》


 血侵の発した広報の音声が、外部周辺へと響き伝わり出した。

車外に備わるスピーカーを通して拡声され、周囲を走る一般車両に向けて、サイレンと合わせて異常事態を伝える。


《現在、落下物の調査を行っています。注意して走行してください》


 一定の間隔で、広報の文言を繰り返す血侵。

 警光灯を瞬かせ、サイレン音や広報音声を響かせながら、巡回車は先の落下物の情報地点を目指して走行を続ける。

 血侵は広報を行いながら。運転席のヘキサは慎重な運転を行いながら。しかしどちらも落下物を少しでも早く発見するべく、車外周囲に視線を走らせる。


「現在3.4」


 血侵が、krwポストを表示するモニターパネルの数値を読み上げる。

 もたらされた情報から、落下物の存在する位置まであと少しだ。


「――ん?」


 運転席のヘキサが、声を上げたのはその時であった。

 何かに気づいた様子で、少し姿勢を前のめりにして、先を凝視する彼女。


「減速してる――避けてる!」

「あれか」


 直後ヘキサが、そして血侵が同時に声を上げた。

 両名の視線の先、巡回車の進路上、数百rwほど先。

 三車線ある走行車線の内、一番左側の第一走行車線を走る何台かの一般車両が、揃ってテールランプを灯し減速。さらには隣接する第二走行車線へ、急な進路変更する様子を見せていたのだ。

 おそらくそこに、高確度で落下物が存在する。

 それを確認した瞬間、巡回車内は急かしくなり始めた。


「路肩入りますッ」


 ヘキサは発すると同時に、一度ハザードを切り、そしてウィンカーを左へと出す。そして視線を一度バックミラーへと向け、後方の一般車両の存在、車間をすばやく確認。安全を確認した後に、路肩へ巡回車を進入させるべく、ハンドルを左へと緩やかに切った。


《この先落下物です、注意してくださいッ。この先落下物です、注意してくださいッ》


 血侵は手にしていたマイクに、広報警告の言葉をやや叫ぶように発する。その一文を最後にマイクを足元のホルダーに戻すと、そのまま指先をスライド。前席中央に並ぶ操作系の内、消灯していた黄色警光灯ボタンを押して灯し、入れ替わりにサイレンを消す。

 そして一度再びフロントガラス越しに、車外へと視線を向ける。

 巡回車の現在位置の少し先。本線上、第一走行車線の上に、落下物――おそらく先の一報にあった脚立であろう物が、落ちている様子が微かに見えた。

 巡回車はヘキサの操縦で、白線を越えて路肩に進入。進入と同時にブレーキ操作でその速度を大きく落とす。そして程なくして完全に停車した。


「ギアパーキング、サイドブレーキ、ハンドル切り、ヨシッ」


 停車すると同時に、ヘキサは自身の行動を言葉に出し、そして該当の行動動作を行ってゆく。これらは全て、万一巡回車に他一般車両が突っ込んできた場合の、予防措置だ。

 一方の血侵はその間に、グローブボックスに置いていたレコード・タブレットを一度タップ。専用アプリ上で、現着時間を取っておく。それから素早い動作でシートベルトを解除し、足元に備え置いてあった旗を手に取り、助手席ドアに手を掛ける。

 路肩においては、まずは助手席の第2乗務員――この場合は血侵が、先に降車するのが手順だ。


「血侵、ヘキサには自分タイミングで降りてもらう。お前はそのまま後ろに行って、避けさせろ」


 しかしその血侵に、後席のセトビスよりそんな支持の声が掛かった。

 本来であれば、先んじて巡回車より降車する第2乗務員は、それからまずは後ろを監視。運転席の第1乗務員が安全に降車できるよう、補佐する事が手順となってる。

 だが、現在は本線上に大きな落下物が存在し、いつ乗り上げ事故に発展するかもしれない、余裕の無い状況だ。今も時折、慌てて落下物を避けてゆく一般車両が見られる。

 それを鑑みての、血侵をそのまま一般車両への注意喚起に向かわせる判断、指示であった。


「了解――降車ッ」


 血侵はセトビスの言葉を端的に了承。そして助手席ドアを開け放ち、発し上げながら路肩へと降り立った。




 巡回車より路肩へと降り立った血侵は、そこから巡回車の後方へと駆けだした。路肩上を駆けながら、持ち出した旗を広げ、片手で薙ぎ一度翻す血侵。そしてさほど時間もかからず、巡回車の後方、約30rw地点へと到着。

 その位置に付いた血侵は、その場で手にしていた旗を、大きく振るい出した。

 右手で持った旗を、まず右から左へ。自身の頭上で大きく弧を、半円を描くように振るう。そして左へ振り切った旗を、瞬時に水平に、切るような動いで右へと戻し払う。

 それを一セットとする動作を、反復。連続して行う血侵。

 これは、本線上を走行する一般車両に、「右へ避けろ」と促すための合図。先にある落下物を避けさせるための、警告行動だ。

 血侵の警告行動。さらには停車した巡回車や、その標識器に表示される警告の表示。それらを目にした一般車両は、何かしらの異常事態が起こっている事を察して、車線進路を変更してゆく。

 その様子から、血侵は一般車両が異常事態の認知しつつある事を確認。そして次に迫る通行車両との距離を確認。

 次の車両との距離にはまだ余裕がある。それを認めた血侵は、そこで路肩と本線を分ける白線を越え、隣接する第一走行車線上へと、踏み出しその身を置いた。

 これより本線前方で、落下物である脚立の元へ向かったヘキサが、本線上より落下物の撤去排除を行う。血侵の行動は、その作業を補佐、ヘキサの身の安全を確保するための物だ。

 本線上へ踏み出した血侵は、意識して動作をより早く大振りとし、警告の合図を迫る一般車両へと送る。

 警告、異常を認めた通行車両の群れが進路を変え、しかし収まりきらぬ速度で、血侵の傍を風を立てて通り抜けてゆく。端から見ていて肝の冷える光景だが、しかし血侵は臆さず、正確な動作で警告行動を続ける。


「撤去ーーッ!」


 血侵が本線上に踏み出してから数秒後。通り抜けてゆく一般車両の走行音に混じり、張り上げられた声が聞こえ届いた。

 それは巡回車の向こうの落下物回収へ向かった、ヘキサの声。彼女が落下物の位置に辿り着き、その撤去に取り掛かった事を知らせるものだ。


「――撤去ヨシッ!」


 そして3~4秒の間を置いて、ヘキサから再び張り上げられた声が届く。落下物、脚立の本線上からの撤去回収が完了したのだ。

 それを聞き留めた血侵は、旗を振るう警告行動を続けながら、路肩へとすばやく退避。

 そして旗振りを止め、最後に整えるように一度、旗を薙いで翻して見せた。


《――完了です》


 路肩へと戻った血侵の耳に、ちょうどそこへトランシーバーから声が響く。それはヘキサの物。先に聞こえた張り上げられた物と違い、少し落ち着いた様子だ。

 血侵が本線応報へ警戒の意識を保ちながらも、身を捻り視線を前方へ向ければ、巡回車を越えた向こうに、ヘキサの姿が。そして彼女の手によりたった今さっき、路肩に引き込まれて回収排除の完了した、落下物である脚立の姿が確認できた。


《了解》


 作業完了の旨を、トランシーバーからの声と、見える様子から確認した血侵は、自身もトランシーバーを用いて端的な了解の声を返す。


「うまくやれたな、血侵」


 その直後に、端より声が飛んできて掛けられた。

 視線を移せば、血侵の背後。路肩の傍らにセトビスの姿があった。

セトビスは落下物の回収作業の実施を血侵等に任せながらも、自身も監督と同時に、不測の事態となった場合にはすぐに駆け付けられるよう、構えていた。しかし血侵とヘキサは見事に自分等のみで回収作業を完遂させてみせた。その事を評する言葉であった。


「どうも」


 掛けられた評する言葉に、しかし血侵は変わらずの端的な様子で、一言だけを返す。

 そのタイミングで、ヘキサが血侵等の元へと戻って来た。回収した脚立を手に下げ持った彼女は、少し苦労した様子で巡回車の横を通り抜けて、後方へと出る。


「ヘキサも、よくやった。うまい連携だった」


 セトビスは、そんな戻って来たヘキサにも評する言葉を送る。


「あ、はい。ありがとうございます」


 それにヘキサは返しながら、手にしていた脚立を路肩上へと一度降ろした。脚立は全長にして、1.5rwと少し程。


「――乗り上げ痕は無しです」


 それからヘキサは、脚立を自身の視線で示しながら、セトビスに向けてそう発する。落下物である脚立に、通行車両が乗り上げたり、衝突した痕が無い事を報告するものだ。

 彼女の言葉通り、脚立には小さな自然についたであろう傷などを除き、跳ね飛ばされてひしゃげた様子や、轢かれたタイヤの痕などは見受けられない。


「事故には発展してなさそうだな」


 落下物のその状態から、回収までの間に、乗り上げ事故等に発展した様子は、おそらくないであろう事が予測された。

 脚立を軽く観察してから、そう推察の言葉を発したセトビス。そしてセトビスは、大事に発展する前に脚立を回収できな事に、小さく息を吐いた。


「だが、一応持って帰ろう」


 しかしセトビスは、続けてそう発する。

 見た限りでこそ事故に発展した様子はないが、後ほど管理隊や管理会社。あるいは警察に、この落下物に関わる事故があったとの、事後申告が連絡としてくる可能性は低くはない。実際にそういったケースも、珍しくはなかった。あるいは、この脚立の持ち主からの申告が来る可能性も高い。

 それらの展開を鑑みての、回収の判断であった。

 巡回車に収まりきらない。あるいは視界確保、他業務に支障が出る程であれば、この場で路外排除に留め、後ほどメンテナンス部門ないし会社へ回収を依頼する場合もある。

 だが幸い、今回回収した脚立はそれ程ではなく、なにより血侵等は間もなく拠点である事務所へと帰着する。回収に、さして支障は無かった。


「了解です」


 その判断に、セトビスは了承し返答。

 そして背後に停まる巡回車の後部ドアに手を伸ばし、開放。

 血侵が引き続き旗を掲げて、後方監視を行う中で、少し苦労しつつも脚立を巡回車に押し込み、収容を完了させた。


「収容完了」

「了解――途絶えてます。乗車ヨシ」


 ヘキサは後部扉を閉めて、収容完了を告げる。

 それに対して血侵は了解の返事を返し、続けてヘキサに伝える。

 道路本線上は丁度一般車両の通行が途絶え、運転席へと安全に戻り乗り込むチャンスであった。


「了解――乗車」


 そこからは、午前中と同じ要領だ。

 まず血侵の監視の元、ヘキサが先んじて巡回車の運転席へと乗り込み戻り、発進離脱準備を整える。続きセトビスが後席に乗り込み、最後に血侵が助手席へと乗り込み戻る。

 そして血侵が車内より本線状況を確認。

 血侵の監視補佐を受けつつ、ヘキサは車両の流れが途絶えたタイミングで、巡回車を発進させて本線に合流。現場より離脱した。




「赤色、LED消灯」


 本線に合流し流れに乗った巡回車。その車内で、血侵は落下物対応の際に灯していた、各警光機器をボタン操作で消灯してゆく。


「他は何も無さそうです」


 その隣、運転するヘキサからはそんな声が寄越される。

 道路上、巡回車周辺に、その他支障のある落下物。、あるいは先の脚立を起因の可能性のある、停止車両等が見受けられない事を伝える声だ。


「了解――無線送ります」


 血侵はそれを受け、なおかつ自身の目でも周辺に異常が無い事を確認。それから運転席と助手席の間に設置された無線機の、受話器を取る。そして発信ボタンを押して回線を開き、受話器を口元に寄せ、受話器横の通話ボタンを押しながら、言葉を紡ぎ始めた。


「――高速ハーバーノース4から、ストーンゼルコヴァ本部」


 それは本部、管制センターを呼び出す声。


《――ゼルコヴァです。高速ハーバーノース4、どうぞ》


 少しの間を置いて、無線機本体のスピーカーより、管制からの返答の音声が上がった。


「落下物排除。3rd 下り、4.3――第一走行から、脚立。1.5rwサイズの物一つ、回収完了」


 管制からの促す文言を聞き、それに答え血侵は言葉を紡ぐ。今しがた回収した脚立の、回収完了の旨や詳細を報告する物だ。

 血侵は一度受話器のボタンより指を放し、一息置いてから続く言葉を発する。


「こちら乗り上げ痕等無し。周囲に停止車両無し、他、障害物等も無し。どうぞ」


 落下物その物の情報に付け加え、落下物に関連する乗り上げ、衝突被害の様子が周辺には見受けられなかった事を、管制に伝える血侵。

 これ等の詳細情報をもって、始めて管制側は先の現場周辺が安全を取り戻した事を認知。それに対応して、基幹道路上に存在する標識板等の、警告表示を消灯する。


《3rd 下りの4.3。第一走行から脚立、1.5rwサイズの物排除。乗り上げ痕、停止車両無し――了解です。どうぞ》


 管制からは、少し簡略化されつつも先の情報内容が復唱され、そして了解の声が寄越される。管制側に正しい詳細情報が、そして事象対応、処理が無事終了した事が伝わった。


「以上、高速ハーバーノース4――」


 必要とされるやり取りは、それをもって全て終了。血侵は更新を締めくくる文言を発して送り、そして無線機の終了ボタンを押して回線を切り、受話器を置いた。


「――さて」


 無線通信を終えた血侵は、そこから一言零すと、足元のグローブボックスに手を伸ばして、置いてあったレコードタブレットを取る。

 事象こそ終了したが、助手席――第2乗務員は、巡回時の出来事、行動をタブレットを用いて記録しなければならない。

 少し面倒な仕事を、いささか内心で忌々しく思いながらも、しかしタブレット画面を器用に素早くタップして、先の事象の詳細を入力してゆく血侵。そして打ちながらも、周辺監視も欠かさない。

 落下物に関わる記録は、そこまで複雑で無い事もあって、血侵はすぐに入力を終わらせた。

 レコードタブレットを再びグローブボックスに放り込んで戻し、そして運転の補佐。周辺監視へと復帰する血侵。


「習得は順調なようだな、血侵」


 記録作業の終了を見計らっていたのか、そのタイミングで後席のセトビスより声が飛んで来た。


「今の所、すべて悪くない。この調子なら予定通り、来月頭には二名乗車に移れるだろう」


 続け、そう言葉を紡ぐセトビス。

 現在血侵は研修中の身であるため、巡回業務に三人目――員数外として同行している形だ。しかし本来巡回は二名一組で行われる。血侵もいずれは、巡回ローテーションの員数に含まれ、二名一組で現場に赴かなければならない。

 セトビスの言葉は、血侵の業務内容の習得状況が良好である事を評し、そして研修の完了。二名乗車の開始が予定通りとなるであろう事を、予測する言葉であった。


「どうも」


 その評価に対して、しかし血侵はさして感動するでもなく、淡々と一言言葉を返す。


「だが、午前中も言ったが、もっと厄介な事象にも今後確実に遭遇する。決して油断、楽観視はするな」


 そんな血侵に、セトビスは続けて釘を刺す言葉を発し告げる。


「肝に銘じておきます」


 その言葉にも、端的に了解の言葉を返す血侵。


「まぁ、あと半月は三名乗車だ。時の運もあるが、研修中で余裕がある内に、少しでも多くの現場を経験しれくれ」


 セトビスは血侵に、最後にそう告げると、後席に着き直した。

 血侵は引き続き、周辺の監視に意識を向ける。

 それからそれ以降は、新たな事象に見舞われる事もなく、程なくして血侵等を乗せた巡回車は、事務所に帰着。

 それをもって、本日の日勤巡回業務は完了した。


 時に命の危険すらある交通管理隊の職務。

 それを今日という日も完遂し、そして無事戻ったのだ。




 ――交通管理隊――道の安全を守る者等

 これは、その交通管理隊の物語――

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