最恐クマさんと行く、勇者討伐の旅

秋雨千尋

中間管理職は辛いよ、四天王の苦悩

 ビビリ散らかすほど強い勇者が爆誕したから始末して来い、と魔王に言いつけられた。


 アンタが行けよ!!!


 ……と、喉元まで出かかったけど我慢した。

 私は四天王が一人。上司には逆らえない。はあ、気が滅入る。こんな時はペットを愛でるに限る。


「レイ〜また魔王が無茶ぶりしてきたよ〜」


「グルルル」


 クレイジーベアのレイ。魔獣の中でも指折りの攻撃力を誇る自慢のペットだ。身長二メートルのボディにダイブして、匂いを嗅ぎながらフカフカ具合を堪能する。


「はあー癒される。お前が居てくれれば百人力なんだけどなあ、勇者なんか怖かないんだけどなあ」


「グルルル」


「魔王は“部下が勇者を殺した”という事にしたいから、死因が魔獣だと困るんだ。仕方ない、一人で行ってくるよ。留守番を頼むな」


「グル?」


 鉄の檻から出て鍵を掛けた。

 前まで放し飼いにしていたのだが、先日、四天王のうち三人をうっかり食い殺してしまったのだ。


 魔王の怒りはすさまじく、大きな鎌でレイを殺そうとした。なんとか庇うことが出来たが、代わりに私は片腕を失った。

 生活は不便になったが後悔はしていない。

 レイが死んでしまう事に比べたら、大したことは無いから。


 この体で勇者と対等に戦えるのかは分からない。

 もしもの時のために、私が死んだら鍵が壊れて外に出られるように魔法をかけた。


「またな、レイ」


 きっとうまく笑えていなかったのだろう。

 背中を向けた途端に、レイが突撃してきて檻を破壊した。どうやら大人しく留守番してくれるつもりはないらしい。


 +


「ヒィィィ、クレイジーベアだ!」

「なんでこんな場所に。早く逃げなくちゃ!」

「死にたくないよー!」


 勇者の情報を得るために町に来たが、誰も彼もレイを怖がって逃げ出してしまう。困ったな、何とかしないと。


 レイをジッと見つめる。

 澄んだ目をしたモフモフボディで、非常に可愛いのに。すぐ食い殺すのがたまにキズなんだけど。

 ああ、そうだ。


「私は商人です。お聞きしたい事があるのですが」


「は、はあ……」


 本物の商人から馬車を盗み、中身を全部出してレイを収納する。姿が見えなければ怖くないだろう。


「最近、ものすごく強い勇者様が現れたと聞いて、どんな方なのかと」


「凄腕の剣士ですよ。どんなモンスターも真っ二つです。幼馴染で恋人の魔法使いさんと一緒に旅をしていて、魔王を倒したら結婚するそうです」


 うわ、リア充かよ。爆発しろ?

 分かりやすく死亡フラグ立てやがって、テメエらが結ばれるのはあの世だバーカ。


「是非サインが欲しいです。今どちらに居るか分かりますか」


「溶岩横丁に向かったらしいですよ」


 よし、あそこは年間死亡率八十%の危険地帯。

 片腕でも隙をつけば殺せる。


「ありがとうございました。では私はこれで」


「おっと、商人さん。タダで行く気かい。協力したんだから報酬を貰えませんかねえ」


 村人が金歯を見せて笑ったので、こちらも笑った。

 ちょうど良かった。そろそろ昼飯時だ。


「それなら、とびっきり温かい温泉をプレゼントしてあげますよ」


 馬車のドアを開けてレイを解き放つ。村人は悲鳴をあげる間もなく、首に噛みつかれて動かなくなった。


「グルル」


「不満そうな目をしているな、まずかったのか? 大丈夫、きっと魔法使いの女の子は美味しいさ」


 血で汚れたレイの体を川で洗い流し、ブラッシングをする。人間を騙すのはちょっと楽しかった。なんだか更にレイと気持ちが通じ合った気がする。



 +



「うわ、マジか……」


 山を越え谷を越え、目的地の溶岩横丁まであと少しというところで、巨大な壁に阻まれた。

 比喩的表現ではない。ガチの壁だ。

 押しても、叩いても、魔法をぶつけてもビクともしない。かなり硬い石で出来ているようだ。


「壊すのは不可能。手をかける突起もなく十メートルはある。よじ登れるとは思えんな」


 勇者はこれをどう突破したのだろう。風の魔法で飛んだのか、壁抜けが出来たのか? 私にはどちらも使えない。あと少しだっていうのに。


「レイ、向こう側に行きたいんだが、どうしたらいいと思う?」


 レイは地面の匂いをフンフン嗅いで、ある箇所の土を掘り始めた。触ってみるとそこだけ妙に柔らかい。私はスコップを調達して、レイと一緒にガツガツ掘り始めた。

 そして三日後、ついにトンネルが貫通した。


「レイ、やったな!」

「グル!」 


 抱き合って喜びを分かち合い、ついに待ち望んでいた溶岩横丁へ!

 メチャクチャ熱い。そりゃ人間も魔物も死ぬわ!


 汗だくで探したけど勇者は居なかった。


「三日もかかったからなあ、さて何処まで行ったんだ」 



 +



「エリナ、君という存在が僕に力を与えてくれたんだ。愛してる。結婚してくれ」


「嬉しいわ、ずっと一緒よ。死が二人を分つまで」


 後を追いかけて魔王城まで来たら、破壊尽くされた部屋の中で勇者たちがイチャイチャしていた。

 上司である魔王はバラバラに切り刻まれて絶命している。


 ビビリ散らかすほど強い勇者、という噂は本当だったようだ。ミッション失敗。どうしよう。

 ああ、そうだ。

 もう気を使う必要は無いんだ。


「やあやあ、お二人さん。私は通りすがりの神父です。祝福をさせてください」


「「よろしくお願いします」」


「この結婚に異議があるものはいるだろうか?」


 部屋の外で待機していたレイを、口笛を吹いて呼び寄せる。まずは新郎に飛びつき、続けて新婦を噛み殺した。死が二人を分つの早かったな。


「美味いか、レイ」


「グルッ」


「良かったな。さて、これからどうしよう」


 もう上司も同僚も勇者もいない。静寂の城の中をぐるぐる見て回るが、生存者はゼロだ。


「新しい魔王にでもなってみるか、この広い城は私とレイの物。もう檻に入る必要は無い。逆らう者がいるなら始末するだけだ」


「グルッ」


「よろしくな、レイ。私は君が居れば幸せだ」


 フカフカの胸に抱きついて、匂いを嗅ぎながら感触を堪能した。


 +


 複数の村を占拠し、毎日欠かさず貢ぎ物をさせる事にした。レイは毎日新鮮な肉を食べて、のんびり過ごしている。フカフカの背中をブラッシングをしながら、ふと思う。


 まさか、全てレイの計算通りか?


 私以外の四天王を排除し、わざと時間をかけて壁を突破し、勇者に魔王を殺させた。私を魔王にするために。


「まさかな、私のレイはそんな腹黒くないよな?」


 レイは澄んだ瞳をこちらに向けた。

 体を起こし、失くした腕の付け根に顔をすりつけてきた。残った腕で頭を撫でると、気持ち良さそうな声を出した。



 終わり。

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