4-②
妖精城のロレットの元に、とある報せが届いたのは、ディオが妖精界へ戻って一時間後の事だった。レグイスの件は聞き及んでいる。彼は、別の世界からの来訪者の報告を受け、端的に告げた。
「そうか。帰ってきたんだね」
「……どう、されますか」
兵は強張った面持ちで尋ねた。城にいる誰もが、人間の青年とロレットが親しい仲だと知っていた。同時に、ロレットは“変わって”しまった。だから、青年に対してどう出るのか、兵の誰もが分からなかったのだ。
妖精王は考える。やがて、彼らに短く告げた。
*
ディオは休憩を挟みながらも真っ直ぐ、妖精城を目指した。途中で妖精兵と遭遇した。顔も見られた筈だ。だが、今の所刺客か何かは寄越されない。黙々と彼は進む。
ようやく城へ着いた頃には、すっかり真夜中になっていた。日付はとっくに変わっているだろう。体は不思議と疲れを知らず、緊張もしていなかった。
――シン、と静まり返る城。白銀色が相変わらず美しい城門は、傷一つ無いようだ。そこに、不自然さを覚えた。城門には誰も居ない。更に、あまりにも静かすぎる。
「歓迎してくれているらしいな」
堂々と正面から入り、広いエントランスまで来ても、やはり何の人影も無かった。
完全に人払いされている。高い天井にぶら下がる金のシャンデリアを睨みつけてから、ディオは入口の正面を見据えた。その向こうが、玉座の間になる、が。
「……上か?」
何となく。ロレットは玉座に居ないような気がして、螺旋階段を上り始める。
赤い絨毯で敷き詰められた豪奢な階段を、一歩一歩踏みしめながら。『貴人の間』と呼ばれる大ホールへ向かう。
両開きの扉は、来訪者を歓迎するように開かれていた。その向こうに、彼はディオに背を向けて立っている。
肩上まであるストレートな金の髪。赤いマントを背中に流した、細身の体。腰には、一本の剣を携えている。見慣れた友の姿だった。
「ロレット」
ディオは躊躇いなく名を呼んだ。『貴人の間』の一番奥には、大きな絵画が飾られていた。崖の上から眺めた妖精城の絵だ。
ロレットは、振り向く。彼のエメラルド色の双眸は見開かれることなく、ただ少しだけ眦を下げた。
「やぁ、ディオ」
穏やかに微笑む。ディオもまた、凪いだ心で言葉を紡いだ。
「話をしにきた」
『貴人の間』は、妖精城で催し物が開かれる際に使われる場所だ。人間のディオがそこへ踏み入れる事は無かった。立場は弁えていたし、入る必要も無かったからだ。ディオは数歩分、彼に近付く。
「お前の言う通り、人間の世界の王に会ってきた。……だが、耳に入ってきたのはおよそ理解しがたい話だったな。ロレット、単刀直入に言う」
ロレットの瞳を真っ直ぐ見詰めて、ディオは本題を切り出した。
「人間界を侵略するなんて馬鹿な真似はやめろ」
「…………ああ……なるほど。それは、難しい相談だ」
彼は一瞬だけ何か言いたげにしたが、すぐに頭を振って否定した。ディオは続ける。
「俺はその考えを止める為に、人間界に向かったんだぞ。教えてくれ……何があった。お前を、何が変えたんだ」
妖精の呪いが原因だとも分かっている。だが、彼の口から直接、その心を知りたかった。
ディオ、と、ロレットは少し困ったような――冷たい声音で語った。
「どんな話をしたところで平行線だ」
「俺はお前が妖精を殺したことも知っている!」
剣の柄に手を添えたロレットの肩が、一瞬だけ震えた。ディオは声を怒りで滲ませる。
「お前は、……そんな奴じゃなかっただろ……!」
どこからともなく、風が吹いた。
ディオは無意識に手のひらに氷の剣を顕現させて、横に払っていた。その刀身に重みが乗る。目には見えない風の刃を払い落す。
いつの間にか、ロレットは剣を抜いていた。彼の剣に魔力が収束し、目に見える翡翠色の魔力が刀身を覆い隠すように渦巻いている。少しでも触れれば、あらゆるものを切断する鋭い風だ。
「君も“今の僕”がおかしいと言うのか? だとすれば、前の僕がおかしかったんだ」
「それは、レグイスも言っていたな。……人間が、嫌いになったのか」
返答の代わりに、ロレットは足を踏み出した。風の魔術で補強された剣がディオに肉薄し、ディオは氷の剣で受け止める。
「ッ、そうじゃない! 僕は……勘違いをしていたんだ。人間は良いものだと。妖精と人間は共存できるんだと! 歴史にあるような、人間の悍ましさなんて、ただ他の妖精たちがでたらめを言っているだけだと!」
ディオの氷の剣は、ロレットの風圧を受けきれずに手折られる。まるで、ロレットの心に罅が入るような……氷が割れる音が響く。
――最初に、ディオに出会ってしまった。ロレットの中で、それが“人間”の定義になった。妖精城で見てきた妖精たちは、いつも難しい顔をして、言い争いをするのだ。
早く人間界を攻めるべきだと。自分たちの世界を取り戻すべきと。
いいや、ようやく妖精界は安定したのだから、もう少し後でも良いんじゃないか。
議論と、罵倒と、立ち込める暗雲。妖精は、醜い。
「君のせいで、人間は美しいと錯覚した……!」
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