3-⑧

 重い足取りで宿屋に入り、とにかく戻ってきたことを伝えようと、二階のネモ達の部屋へ向かうと、ノックをするより早く扉が開いた。

「お帰りなさい、ディオさん! 王様とお会い出来ましたか?」

 多少、面食らったものの、ああ、と彼は頷く。すると、ネモの表情が陰った。敏感に、ディオの気落ちした様子を感じ取ったらしい。

「何か、良くないことでも……ありました?」

「それは……」

 言おうとして、口を噤む。心配そうなネモの表情を見返して、ディオは小さく息を吐いた。

 彼は、内容をかいつまんで話すことにした。

「妖精の呪いだが……」

 これまで耳にした“妖精の呪い”について、ネモも詳細を知りたいだろうと思ったからだ。それに、自分ひとりで抱え込むには重すぎる内容と判断したのもある。自分が産まれるずっと前から存在していたものだ。

「……そういう、事だったんですね。呪いのせいで、人間界の妖精の皆さんも……」

 呟いたネモの表情は固い。何かを考え込むように目を伏せている。

「やっぱり、私が何とかしないと」

 ネモが言った。その瞳は、強い意思の光を湛えながらも、表情はこわばっている。ようやくディオは彼女が纏う、張り詰めたような空気に気が付いた。

 自分が居ない間に、何かがあった?

「ネモ?」

 だから、彼女がディオにしてくれたように、話を聞こうとした。けれど、ネモはブンブンと首を横に振ると、気合を入れるように頷く。

「ディオさん! 私、ちょっと出かけてきます! 王様と宝剣についてお話をしないといけないので!」

「は……どういう……ネモ!?」

 少女は、スルリと猫のような身のこなしで、扉付近に立っていたディオが静止するのを振り切って、外へ飛び出していく。突発的な行動に、ディオがついていけなかったのも悪い。

「――お嬢、宝剣を持って行ったか……」

「ヒエン、何か知っているだろう? どういうことだ?」

 一言も口を挟まずやり取りを部屋のベッドの上で見守っていたヒエンが呟く。

 端的に言えば。そう、ヒエンは前置きをして。

「汝が居ない間に、宝剣について調べたんじゃよ。道すがら話そう。それよりも、今はお嬢を一人にすべきではない」

「宝剣を……? いや、とにかくネモを止めよう。独りで行かせるわけにはいかない」

 ロレットの……今後の事を考えるのは、ひとまず後だ。ディオは心の中でそう割り切り、ネモを追って、ヒエンと共に宿を出た。


 *


 暗くなった城下町ルビーナは、パレードの光に覆われていた。豪華絢爛な装飾を施した何台ものフロート車が、ゆっくりと東から西へと進んでいく。昼間以上の賑わいを見せる夜の町。

 ネモは、駆け足で人の群れを抜けようと、右往左往しながら北を目指した。

 このとき、門前払いされるかもしれない、なんて考えは浮かばなかった。

(アデリナさんの代わりに、宝剣を持つ私が……)

 ディオの声を振り切って、飛び出してしまった事を思い出して、ネモは少しだけ歩を緩めた。……ちゃんと、説明はすべきだっただろうか。けれど居ても立っても居られなかったのだ。

(これは、たぶん……私にしかできないこと。人間界に来て、宝剣が、私が望んだこと)

 それは宝剣の望みでもあるし、記憶を失う前のネモが“望んだ”ことでもあった。

 ――その時、ネモは小さな悲鳴を聞いた。

「えっ?」

 辺りを見回す。だいぶ、賑やかなパレードの中心から離れた場所まで来ていたらしい。彼女の視線は路地裏に注がれた。細い路地は暗い。その闇に紛れて、大柄な男が二人、ネモよりも小さな子供の口を塞いで引き摺って行く。

「ちょっ……何やっているんですか!」

 感情が先に体を動かした。二人の大人は、ネモの声に驚いたようだ。

 後から知った事だが、彼らは人間から姿を隠す隠蔽の魔術を使っていたらしい。

 ネモは何も考えず、慌てて路地裏に入った。その瞬間、異常な眠気に立っていられなくなる。

(……! 大変、です……ああ、私の馬鹿……!)

 他の大人に助けを求めるべきだった。そう思っても、既に遅い。近付いてくる人の気配を感じながら、ネモは意識を失った。


 *


ディオ達は宿を出て、真っ直ぐに王城へ向かいながら、ネモの姿を探した。彼女が出てから数十分も経っておらず、すぐに追いつけるだろう、と思ったのだが。

「ネモ……どこにいる?」

 人込みに目を凝らす。少しずつ、賑わう中心部を逸れてきていた。華やかな飾りつけと、夜だというのに明るい周辺は、時間の感覚を分かりづらいものにさせた。探し始めてどれくらい経つだろう。少女の姿は一向に見つからず、焦りが募る。

 さらに、ヒエンからディオが居ない間に起きた出来事を聞いて、頭が痛くなる。

「……相談くらいしてくれても良いのにな」

「ほぅ? 秘密主義の汝が言うか?」

 ヒエンはどこか面白がるような口調で言った。

「全て話せるわけが無いだろう」

 反論の意を込めて呟く。王命の詳しい内容も、自分が未来から来たという話も。

そう考え、ふ、と気付く。

(もしかして。ネモは、俺が話していない、未来から来たという事を知っているのか? 宝剣は元々、未来でフィラが持っていたもの……その記憶を見たというのなら)

 あの優しい少女がディオに対して罪悪感を覚えているのなら、この突発的な彼女の行動に想像はつく。

「ヒエン、お前の力でネモを探せないのか。こうして闇雲に探していても見つかる気がしない」

「余も同じように思っていたよ。ただ、この街には妖精が多い。お嬢一人ならまだしも、人間に紛れて妖精が多すぎる」

 ヒエンは肩を竦めて答えた。なら、とディオは提案する。

「宝剣が持つ魔力は追えないか?」

「……ふむ、試してみよう」

そのとき、この場に似つかわしくない悲鳴のような訴えを聞いた。

「子供が居ないんです、居なくなったんです!」

「迷子ですか? ええっと、困ったな……とりあえず落ち着いて。術士を呼びます」

 パレード中の警護を担当している騎士に縋りつく女性は、半狂乱に陥っていた。これだけ人が多いのだ、迷子もあるだろう。そうディオが思っていると、別の夫婦が、やはり騎士に「子供が居ない」と話かけている。

「……やたらと迷子の相談が多いな。この喧騒に紛れて何かが起きている?」

「これはまずいかもしれんなぁ」

 ディオの目の前を、半透明な赤い蝶が飛ぶ。ヒエンの魔力で形作られたその生き物は、夜の空をスイ、と移動した。

「お嬢は城へ行くと言っていたが、まるっきり反対方向へ向かっておる。あのしっかり者のお嬢が迷子になるとは考えにくい」

 それに、ディオと違いネモは何度かルビーナの街を訪れている。初めて来たディオでさえ、迷わずに城へ行けたのだ。だとすると。

「足取りは追えるな? 急ぐぞ!」

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