3-③
それから三人は、ネモが以前も利用したという赤い屋根の宿へ向かった。祭典もあり宿が空いているか心配したが、流石、王都というだけある。ビヨーロ通りの少し北には、宿泊施設が密集していたため、宿を確保することが出来た。
町の喧騒は、ディオが宿のドアを開けると流れ込んできて、熱気と共に押し寄せてきた。
「城は……」
王城は、標高五百メートル程ある小高い丘に建っている。周りは森で囲まれていて、直接城下町ルビーナと繋がっている訳では無かった。
宿を出てニ十分くらい歩いていくうちに、人気が徐々に少なくなる。石造の橋が見えてくる頃には、辺りは静まり返っていた。
橋の向こうには、やや低めの木々が茂り、その更に奥に半円のアーチを描いた城門が見えた。城の東西に砲塔も備わっている。妖精城にも同じ形の砲塔があり、魔力を込めれば、外敵から城を守る砦となる。
と、思った所で、ディオは怪訝そうに呟いた。
「城の見た目は、妖精城と似ているんだな。たまたま、か?」
かつて人間は妖精と手を組んでいた。技術が似通うのも不思議ではないか――。
そう考えながら城門に着くと、そこには鎧を纏った二人の騎士が立っていた。
彼らは互いに目配せをし、そのうちの一人がディオに近付く。
「何かご用でしょうか。王はどなたにもお会い致しません」
城下町から離れてひっそりと建つ王城は、人間の王、それに数名の術士や騎士だけが居るのだという。それ以外の術士と騎士は、各地へ出払うか、ルビーナの庁舎などに在留している。
王は、誰とも会わない。そして人々は、王の姿を見たことが無い。
ここにいる騎士たちは、訪れる者たちにこうして言葉を返し、追い払ってきたのだろう。
「俺はディオ・ローゼンという。せめてこちらをお読み頂きたい。妖精界と人間界……世界に関わる、大切な封書だ」
ディオは騎士に、長い間持ち歩いていたため少し汚れて皺も出来ている、ロレットから受け取った封書を差し出した。
妖精界、と聞いた騎士の眉尻が動く。
「ラルド・デ・ロレット……妖精界第一皇子の書簡だ。俺は彼の使者として、ここに来た」
お待ちください、と言い、騎士が城内に入っていく。
……この世界の王はどうするのだろう。王は、ロレットの封書を読み、そして信じてくれるだろうか?
戯言だと切り捨てられてしまえば。
――不安と緊張感に押しつぶされそうになった頃、先程の騎士が戻ってきた。
彼は、ディオを真っ直ぐ見詰めて、一つ頷く。
「我らの王がお会いになるそうです」
思わず、ディオは目を見開いた。
騎士に先導されて城内に入ると、辺りを伺った。床には赤い絨毯が敷かれている。煌びやかな装飾が施されていた。だが、やけに閑散としていた。かつてディオが何度も訪れた妖精城と比べて、人の数はとても少ない。
――幾ら、城下町や各所に出向いているからといって、王城の護衛が少なすぎないか。
ディオが周囲に目を向けていると。
「我らの王は、これまで決して人前に姿を現しませんでした」
ふいに先導する騎士が言う。
「王は貴方に直接伝えたいことがあるのでしょう」
「……会う前に、聞きたい事がある。普段から、この城はこんなにも人気が無いのか?」
不躾な質問と思いつつも、少し悩んだ末、ディオは騎士に尋ねた。
「ひとり、ひとりと、少しずつ我々は減りました。寿命や病によって。かつてはそれなりに人数が居ましたが、それも数百年前の話です」
「数百年……? まさか貴方は」
大きな扉の前に辿り着く。
「この城にいる者たちは皆、妖精を……同胞を、かつてこの世界から追い払った妖精です」
騎士は――妖精は、扉の正面から避けて微笑んだ。
「どうぞ、お進みください」
扉の向こうは玉座の間だった。床には赤と金で刺繍した絨毯が広がる。両側面には、天井近く届く巨大なガラス窓が嵌め込まれ、その奥には緑の芝生や青空が見えた。
骨董品の類は無い。扉から真正面には、数段高い壇上の上に玉座が置かれている。そこに一人の男が座っていた。
ディオは、まさか、と出そうになった声や名前を呑み込んだ。
男の髪は肩に掛かるくらいの鮮やかな金色だ。想像していたよりも若い、恐らく三十代程度の男性、の見た目だ。紅の羽織に白銀色の鎧を纏っている。まるでこれから戦いにでも行くような服装だった。
「誰かを思い出したか」
男が先に声をあげた。代わりに、ディオは唇を引き結ぶ。
――ヒエンは、人間と妖精は構造が違う、だから見抜ける、と言った。その感覚的なものがディオは分からなかったが、男が纏う魔力量は感じ取った。決してこちらに威圧感を与えている訳では無いが、人間にあれほどの魔力を携えている者が居る筈がない。
ならば、男は。
「……妖精」
人間界の王は、当然のように人間が治めていると思っていた。しかし、先程の騎士の話から考えると、数百年この世界を治めてきたのは、ディオが対面している男らしい。
驚きよりも困惑が勝った。不躾なくらい見られても、王は気にした様子はない。
「人間と話すのは久しぶりだ。それで、誰を思い出した? 封書にあった、ロレット皇子か。はたまた、その父か」
よく喋るな、と場違いな事をディオは思った。その割に、淡々と話す声に感情の起伏は無く、冷たい印象を覚えた。問われた以上、ディオは正直に答えた。
「ロレット皇子を。その金の髪、エメラルドの瞳。どちらも、彼と同じものでしたから」
「そうか、そうか。直接会った事は無いが、甥と似ていると他者から指摘されるのは、不思議と妙に嬉しいものだな」
嬉しいのか。口角は全く上がっていないが。
「……甥?」
それよりも、聞き捨てならない単語を耳にして、ディオは呟いた。
「ロレットの父親は私の兄だ。さて、時間が惜しい。封書の件に移ろう」
サラリと流されて、驚いている暇がない。ディオは、ちょっと待ってくれ、と言いかけた。頭の整理をさせて欲しかったが、ロレットの叔父だという王は、本題に入ってしまう。
「まずはこの話、私は信じよう。妖精がこちらの世界へ侵略を企てている。事が始まる前に、ロレットは我々と手を組み、戦争を防ぐ。理にかなった考えだ。しかし……時すでに遅し、と言えよう」
険しい表情を浮かべるディオに、この世界の王は淡々と理由を述べた。
「なぜなら、既に妖精界から刺客が放たれている。ここ最近の妖魔の活性化が証拠だ。妖魔が理由も無く我々に牙を剥く筈がない。ならば、別の原因が……ふむ、その顔、思い当たる節があるようだな」
「道中、様々な情報を得ました。だが確信が持てない……教えて頂きたい。妖精の呪いとは、何なのですか」
一角獣は、その呪いを「憎しみを強くする力」だと言っていた。
ヒエンは、妖精を「居るだけで呪いを振りまく」存在だと言っていた。
「その話をするには、かつての人間と妖精の話から始めねばなるまい」
王は、厳かに、真実を語りだす。
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