コトバ修繕士ヨモは相棒霊獣ギイくんを見返したい

髙 文緒

プロローグ

『ヘイ ディドルディドル

 ねことバイオリン

 ウシが月をとびこえた

 そんなのをみてこいぬがわらった

 そしてお皿がおさじをつれて逃げてった』

(マザーグース『Hey, diddle, diddle』・訳:筆者)


 池に笹舟ささぶねを浮かべて遊ぶ少女がつぶやいた。

 郊油こうゆ八年のある暖かな日。図書館長の邸宅の中庭でのことだ。

 

 少女は、黄色いシルクの曲裾深衣ワンピースの裾が、池の縁の水に濡れた草や石で汚れることもいとわない。というよりむしろ、自分の体もそこにまとう布の存在も、忘れているという雰囲気だ。

 

「さっきからなにを暗唱しているの?」


 背後から青い曲裾深衣ワンピースに水色の裳裾スカートを合わせた、少女よりも少し歳が上の、それでも『少女』というくくりから完全に出たとはいえない少女が近づいてくる。


「お姉ちゃん。いまね、ディドルディドルが何だか考えていたの」


「それは、シなの?」


「うん、エイゴのシみたい。でもディドルディドルがよく分からないから、きもちわるい。コトバってこういうのがあるから、困る」


「でも、困るのが好きみたいだね、ヨモは」


 お姉ちゃん、と呼ばれた方の少女が、ヨモと呼んだ少女の曲裾深衣ワンピースの汚れた裾をそっと持ち上げた。そこに小枝のような細い脚があることを確認して、顔をしかめる。


「ヨモ、また裳裾スカートを馬車のなかに脱いできてしまったの?」


「だって、池で遊ぶのに邪魔なんだもの」


「遊びに来たんじゃないんだから。ヨモがお父様のお仕事についていきたいなんて言うから、連れてきてくださったのよ」

 

 姉の苦言は右耳から左耳に抜けていったようで、ヨモは、笹舟をながめながら、再びシの暗唱をはじめた。


『ヘイ ディドルディドル

 ねことバイオリン――』

 

 姉は肩をすくめて、裏の門に停めてある馬車の方へと戻っていった。

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