第3話 激ヤバ!五稜郭大結界決戦3
「なんであーしがこんなババアと一緒に暮らさなきゃなんないワケ!?」
「それはこっちのセリフだクソガキ!! てめぇが存在していいスペースなんざこの敷地にはねぇ!!」
討子と魂美は鬼のような形相ですぐさま提案者である弟子屈に詰め寄るが、当の本人はヘラヘラと笑っていた。
「いやーだって魂美さんこの前、部屋空いてるから下宿でも始めようかとかぼやいてたじゃないッスか」
「確かに言った気がするけどこんな急に泊められるわけないだろ! それにこっちだって誰を泊めるか決める権利くらいあるわ!」
「ケッ! こんなババ臭い家なんかこっちから願い下げだっつーの!」
二人ともそっぽ向き、お互いに歩み寄る気はゼロのようだった。
「はぁ、仕方ない……討子さんー、まぁ話だけでも聞いてみて欲しいっス」
そんな二人を見て弟子屈はため息をつきつつ、まずは討子から切り崩すことにする。
「何よ、言っておくけどあーしはここに住むの絶対嫌だかんね」
「まぁまぁ討子さん、いったん落ち着いて。住むといっても1年だけ、それに下宿代はエクソシスト協会の方から出すんで、むしろ前よりお金は浮くと思うッスよ」
「……マジ?」
「マジ、マジ、大マジっス。それにここだったら朝昼晩のご飯は出るし、掃除だってやってもらえるッス」
「それやるのってアタシじゃないよな?」
魂美の眼光が強くなるが、二人はそれを無視して話を進める。
「Wi-Fiは?」
「使えるッスよー。パスワードはこれッス」
「オイ、なんでアタシん家のWi-Fiのパスワードをお前が知ってんだ!?」
「あーし水はミネラルウォーターしか飲まないんだけど」
「ウォーターサーバーあるんで大丈夫ッス!」
「ねぇよそんなもん! 水道水でも飲んでろ!!」
「電気・水道・ガスは!?」
「こっちが負担するんで自由に使っていいッスよ」
「こっちってどっちだ!? もちろんテメェの給料から払うんだよな!? オイ弟子屈ぁ!?」
魂美が鬼のような形相で弟子屈の胸ぐらに掴みかかってているが、当の本人は全く気にしていないようだ。一方、討子は真剣に考え込んでいた。ここまで至れり尽くせりな下宿がどれだけあるだろう。お金の心配をしている様子の彼女からしてみれば、かなりの好条件である。
「…………まぁ、あのババアがどうしても住んでほしいって言うなら考えてやらないこともないかな……」
先ほどまでの露骨な不機嫌さはなくなり、どうやら検討の余地があるくらいにはなったようだ。
「オッケーっス! じゃあ魂美さんと相談してきますね」
「あっ、オイ、テメェっ」
弟子屈は少し離れたところに魂美を誘導して、小さな声で交渉を始める。
「と、言うわけで……魂美さん、どうにか1年くらい討子さんを泊めてあげることできないッスかね?」
「……なんで今の話の流れでアタシがOK出すと思ってんだ?」
延々と無視されていたことにキレている魂美は、コンビニ前にたむろするヤンキーのようにガンを飛ばす。しかし、相変わらず弟子屈はたじろぐことなく、ヘラヘラとしながら答える。
「もちろん、金銭面はこっちから援助はしますよー。それなら大丈夫ッスか?」
「それだけじゃねぇ! そもそも、アタシはあんな口の悪いクソガキ泊めるなんて絶対嫌だっつってんだ!」
「口が悪いのはお互い様……いや、なんでもないッス。魂美さんだって下宿代でお金入るんですしいいんじゃないッスか?」
「金じゃない、毎日あの生意気なツラ見なきゃいけないのが問題なんだ」
「まぁ彼女もお年頃なんで大目に見てやってもらえないッスかね? なんか見た感じ反省してるみたいですし……」
そう言ってチラッと討子の方を見ると、舌を出しながら魂美に中指を立てていた。その目つきからは敵意しか感じない。そんな彼女の様子を見た魂美は怒りを通り越してもはや呆れていた。
「……誰が反省してるって?」
「あー、あれは最近TikPokで流行ってるごめんなさいのポーズッスよ」
そんな弟子屈の適当な嘘を受け流しながら、魂美はどうしたものかと頭を掻き始める。
「……そもそもあの子の親はウチに下宿すること知ってるの?」
高校生を預かる上で当然出てくる疑問なのだが、聞かれた弟子屈はばつが悪そうに目を泳がせる。魂美にしてみると、いつもづけづけとモノを言う彼がそういった態度をとるのは珍しかった。一瞬の静寂の後、言いづらそうにしながら弟子屈は答える。
「あー、お母さんは外国にいるらしいんスけど、なかなか連絡が取れなくって。お父さんは……」
弟子屈は若干言葉を詰まらせたあと、魂美にそっと耳打ちする。
「3年前に起きた五稜郭の事件で……亡くなったらしいッス……」
魂美は一瞬驚いた表情を見せた後、すぐに先ほどまでのしかめっ面に戻り静かに呟いた。
「…………そう……なるほど、その話すればアタシが断れないのわかっててウチに連れてきたってワケ」
「いやだなぁ、オレだって流石にそこまで性格悪くないっスよ。たまたま他に討子さんが泊まれそうなとこなかっただけっス」
目を逸らしながら自嘲気味に笑う弟子屈の表情から、本心は読み取れなかった。魂美がもう一度討子の方をチラリと見ると、もう煽るのも飽きたのかヒマそうにスマホをいじっていた。その姿は、とても先ほどまで命がけで悪霊と戦っていたとは思えない、ただの女子高生であった。しかし、今の彼女は普通の女子高生が当たり前に持っているはずの、帰るべき場所も、帰りを待つ人もいない。
「はぁ……もう分かったわ」
そして魂美はその辛さを、孤独を、十分に理解していた。
「と、言いますと?」
「あのクソガキを家に泊めてもいいっつってんの。アタシの気持ちが変わる前にさっさと準備させな」
「よっしゃ、あざっスー。いやー助かりましたよ、このままじゃオレが上から怒られるとこでした」
「ちゃんと下宿代は払ってもらうからね。ったく、あんなクソガキを家に泊めるのアタシにとっちゃマイナスにしかならないっつーのに……」
「いやー、討子さんと暮らすことは魂美さんにとっても悪いことじゃないはずっスよ」
「……ケッ、アンタのその何もかも見透かしたような言い方、嫌いだよ」
弟子屈の意味深な発言に悪態をつきながら、魂美は気だるそうに家へ戻っていった。携帯をいじっていた討子も、話が終わったことに気付いたのか、目線を上げて弟子屈に問いかける。
「話は決まった?」
「ええ、ここに住んでオッケーみたい……ってなんスか? その顔」
答えを聞いた瞬間、討子は嬉しそうとも、嫌そうともとれるような、何とも言えない表情をしていた。
「とりあえず住むとこが決まって安心したけど、あのババアと一緒に暮らさなきゃいけないのがイヤっていう顔よ」
「そんなこと言わないで下さいよ。これからこれからお世話になる身ですし、少なくとも1年は一緒に暮らすことになるんスから」
「ハイハイ、わかってますよーだ。で、あーしの家にあった服とかは?」
「今マンションから運び出して除霊しているんで、終わり次第こっちに送ってもらう手筈になってるッス。あ、心配しなくても服とかアクセサリーとか、小さいものならそんなに呪われてないんで返ってきたら身に着けて大丈夫っスよ。まぁ、もう遅いんで今日はこのままこの家に泊まってください」
「マジ? はぁ……ツイてないわ……」
「こっちセリフよクソガキ」
気だるげな声のする方を見ると、いつの間にか魂美が玄関の扉を開けて待っていた。
「さっさと入りな」
「……ハイハイさっさと行けばいいんでしょ……おじゃましまーす」
「いい夜を~」
心底嫌そうな顔で家に入っていく討子を、弟子屈は笑顔で見送る。面倒ごとがようやく終わったからか、心なしか晴れやかな表情だった。
「アンタの部屋はそこの階段から2階に上がって左手の部屋よ」
魂美は家に入ってすぐに目に入る階段をあごで指し、ぶっきらぼうにそう言った。家の中も外見同様、特に変わった様子はなく、玄関からまっすぐ廊下が続いており、その奥にリビングが見えた。つけっぱなしのテレビや、テーブルに置きっぱなしの料理から、晩御飯の途中だったことが伺える。
「そこの手前にある右手の扉がトイレ、その奥にあるのが風呂場と脱衣所、そんで左側の扉はアタシの寝室だから絶対入るんじゃないよ」
魂美は廊下の脇にある扉をそれぞれ指さしながら言う。
「へー、結構広いじゃん。こんだけ部屋があるし旦那さんとかいるの?」
「…………いいや、ここに住んでんのはアタシだけ。わかったらさっさと部屋に行くんだね」
魂美の言葉からピリついた何かを感じ取った討子は、それ以上踏み込むのをやめた。
「……はいはい、わかりましたよっと」
討子が靴を脱ぎ、玄関に上がって階段から2階に上がろうとすると、魂美は釘をさすように言い放つ。
「いいかい、くれぐれも部屋のモノはいじくるんじゃないよ。もし散らかしたりしたら……輪切りにするからね……!」
先ほど巨大幽霊を真っ二つにした姿を見た後だと、彼女の言葉は冗談には聞こえなかった。何よりその眼光の鋭さが、本気であることを証明している。
「そんなに睨まなくてもわかったって! あーしもガキじゃないんだからじょーしきくらいあるっつーの」
そんな討子の言葉を1ミリも信用していないのか、魂美は先ほどと同様にずっと睨み続けていたが、これ以上は何を言っても無駄だと思ったのか、そのままリビングの方へ戻っていった。
「ったくよー……あんなにイライラして……生理……いや、更年期か……」
討子はそんな陰口を叩きながら階段を上り、指示された部屋のドアを開ける。そこはこじんまりとした子供部屋だった。およそ小学校に入学した時に買ったであろう勉強机、子供用と思われる低く小さな木のベッド、周囲には古くなったおもちゃやゲームなどが棚にしまわれていていた。
「ふーん、小学校の男の子の部屋って感じするし……やっぱり子供いるんじゃない。あんな隠して……さては離婚してバツイチだからそれをあーしに知られたくないとか!?」
討子はそんな独り言を口にしつつ、部屋の中を物色し始める。部屋自体は使われている様子がなさそうだが、埃は溜まっておらずこまめに掃除されているのが分かる。目に入る範囲には特に変わったものはなかったので、討子は机の中を探すことにした。
「にゃんか面白そうなものないかな~っと……おっ?」
勉強机の引き出しを開けると、中には古びた写真立てのようなモノが裏向きでしまわれていた。
「これ昔の写真かな~。まぁあのババアの若いころなんてどうせブスだろうけどw」
討子はニヤニヤしながら写真立てを取り出して写真を見る。しかし、討子の期待は見事に裏切られるのであった。
写真には今では考えられないほど満面の笑みを浮かべた魂美、旦那さんであろう男性、そして一人の男の子が写っていた。魂美の髪の色や老け具合から10年以上は前のモノだと推測される。ピクニックに行った時の写真だろうか、周りには自然があふれており、ブルーシートを広げ、3人が楽しそうに弁当を食べているのがわかる。
「うわ~若っか! これがあのババア!? へぇ……時の流れって残酷……これがあんなシワクチャ鬼ババアになるんだもんなぁ……そりゃ旦那さんも逃げるワ」
討子はそんな風に言いながらもう一度写真をじっくりと見る。幸せそうな母親、美味しそうに食べる父親、楽しそうな子供、「幸せな家庭」という言葉がピッタリと当てはまる。それはどこの家にもあるようなごく普通の家族写真であったが、彼女にはそれがとても眩しいものに見えた。
「………………」
討子が意味もなくじっと写真を見続けていると、
「オイ! クソガキ!! 荷物置いたんならさっさと風呂入っちまいな! 入んないならアタシが先に入るよ!」
という、魂美の怒声が階下から聞こえてきた。驚いた討子は急いで写真を机の引き出しに戻すとすぐさま
「あーしが先に決まってるっしょ! ババアの煮汁になんか入りたくないっつーの!」
と、怒声で返す。そして討子はドタドタと部屋を出ていくのだった。
侍ババアと道産子ギャル~エクソシストを添えて~ 膝毛 @hizage
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