第2話 激ヤバ!五稜郭大結界決戦2

「チッ……礼儀のなっていないガキだね。助けてやったんだから礼の一つでも言ったらどうだい?」

「あ、あんなのピンチでもなんでもないっつーの! てかあーし獲物横取りするってどういうつもり!?」


 突如刀を持って現れた初老の女性と言い合いを始める討子。険悪な雰囲気の中、しばらくにらみ合っていると、気の抜けた声が耳に入ってきた。


「お疲れっスー。終わりましたー?」

 先ほど討子と話をしていたスーツの男がスマホをいじりながら、のたのたと歩いてやってくる。

「弟子屈……これどゆこと? ねぇ!?」

「はぁ……どゆこと……と言われても……」

 討子はすぐさま「弟子屈」と呼んだ男に詰め寄る。

「あの日本刀持った危ないババアの事よ! アイツのせいであーしの獲物取られちゃったじゃん!」

「……あー、侍ババアさんのことですか?」

「おい誰が侍ババアだ、その呼び方やめろっつてんだろ」

 今度はいつの間にか近づいてきていた初老の女性が、弟子屈の首筋に刀の切っ先を向けていた。その顔には青筋が入っており、えらくご立腹のようだ。

「えー、いいじゃないですか異名みたいでカッコイイっすよー」

「1ミリも思ってねぇだろテメェ。そんなダサいあだ名じゃなくて、アタシのことは美熟女剣士と呼べっつってんだろ」

「そっちもどうかと思いますけどね」

「おいそのババアのだせぇ呼び方なんかどーでもいーの。さっさとあーしの疑問に答えなさいよ!」

 討子も負けず劣らず、般若のような怒りの表情で弟子屈の襟首を掴む。しかし彼はそんな彼女たちに怯える様子を一切見せず、面倒くさそうに返す。

「あー、討子さんC級の幽霊相手だったら油断して死にそうだなー、となんとなく思ったんで応援呼んでおいたんスよ。いやーよかったー、俺の責任問題にならなくて」

「やっぱアンタの仕業か! なめたマネして!」

 討子は弟子屈の襟首を締め上げたまま前後に揺らすが、彼は抵抗することもなくなすがまま身を任せていた。そんな討子の様子を見て、侍ババアと呼ばれている女性はバカにしたように指を指して笑う。

「オイオイ? 周りから心配されるような惨めなガキがそんなにイキるんじゃないよ」

「なんだと……ババア! 加齢臭が移るからさっさと介護施設に帰りな!!」

「ハッ、命の恩人をババア呼ばわりすんじゃないよクソガキ! アタシの名前は『剣淵魂美』! 剣淵様、もしくは妖子姐さんとでも呼びな」

「あーしもクソガキじゃないし! 『八雲討子』って名前があるの! まぁ歳食ってシワシワの脳ミソじゃ覚えらんないか!」

 堂々と胸を張って名乗りを上げる魂美と討子、二人の間にバチバチと火花が飛び散っているように見えた。そんな剣呑な雰囲気の中、弟子屈はダルそうに会話に割って入る。

「あー、はいはい、もう討伐対象もいないみたいですし、さっさと帰りたいんで解散にしましょう。二人の報酬は口座に振り込んでおくんで」

「ちょっと待って、あーしの今日の給料いくら?」

「えっと……C級幽霊が11体なんで……1万1千円っすね」

 弟子屈から金額を聞いた瞬間、討子は渋い顔になり、チラッと魂美の顔を見た後、弟子屈に耳打ちで聞く。

「…………じゃああのババアは?」

「あー、C級幽霊が20体、B級の大型幽霊が1体で合計7万円っすね」

「……よし、じゃあ、あーしがあのババアぶっ殺すから、後でその7万ちょうだい」

 すぐさま魂美に食って掛かろうとする討子を、弟子屈がダルそうに止めた。

「あー、問題起こしたら上に怒られるんで、ケンカは俺のいないとこでやってくださいね」

「アンタ大人として最低だね……」

 魂美は見下すような目で弟子屈を睨みつけた後、近くに停めていたママチャリに跨る。先ほどまで手に持っていたはずの妖刀はいつの間にかなくなっていた。

「じゃ、アタシはもう帰るわ。そいつの教育、ちゃんとしときなさいよ。ガキのお守りはもうごめんだからね」

「なによ偉そうに……! あーしも老人の介護なんかしたくないっての!」

 今にも魂美に襲いかかりそうな討子を抑えながら弟子屈が軽く会釈をする。魂美は振り返ることもなくそくさくと自転車に乗って闇の中に消えていった。討子はようやくジタバタともがくのをやめ、ゆっくりと弟子屈の方へ振り返る。その表情は明らかなふくれっ面で、納得していないというのが顔面に出ていた。

「……あーしのこといつまで半人前扱いすんの」

「すんませんね、現場で戦っている人を死なせないようにサポートするのが俺の仕事なんで」

「……もういいわ……今日は疲れたしさっさと寮まで送って」

 何か言いたいことがあったようだが、討子はそれをグッと飲み込み、車に乗って帰ろうとする。しかし、弟子屈は携帯を操作しながら若干困り顔で彼女を引き留めた。

「あー、討子さんそれなんスけど」

「?」


ーー数分後


「……何コレ? ……どういうこと?」

 車から降りると討子の家、正しくは彼女が一人暮らししている寮のマンションの周りを、何人ものエクソシスト達が取り囲んでいた。

「クソッ! 呪いの規模がデカすぎる! 聖水をありったけ持ってこい!」

「今すぐ来れる祈祷師を全員呼べ! 呪いを祓わないと大変なことになるぞ!」

「ぐあぁ! 呪詛返しを喰らった! 誰か助けてくれ!」

 あわただしいその様子を見る限り、ただ事ではない何かが起こっているのがわかった。そして、マンションの方を見ると火事が起きているわけでもないのに、家の周囲から黒い煙のような何かが溢れ出しているのが見えた。討子はその何かに見覚えがあった、というか数時間前にもそれを見ていた。

「あれって……怨霊?」

「そうっスね。いやー、住人の一人がどうやら超A級の怨霊に呪われたまま帰ってきちゃったみたいで、その呪いが寮全体に移っちゃったみたいなんスよねー、アハハハ」

「アハハハ、じゃないわよ!? アンタもここに住んでんでしょ!? どうすんの!? え? あーしの部屋は!?」

 まるで他人事のように軽いテンションで笑いながら話す弟子屈に討子は混乱しながらも詰め寄る。

「もちろん呪われてるんで部屋に入るのも無理っスね。今の見立てだと最低でも1年は解呪にかかるみたいですよ。ほんと困っちゃいますよね」

「1年!? 困っちゃうどころの話じゃないわよ! じゃあ、あーしはその間どこに住めばいいのよ!」

「それなんスよねー、急いで寮の人達が住める場所探してるんスけど、どうにもそんな都合いい場所がなかなかなくて。俺みたいな行き場のない人達はとりあえず本部に集まって雑魚寝するみたいスけど」

「そんなの絶対イヤ! あーしベッドじゃないと眠れないし、個室ないとかありえないから!」

「じゃあホテルでも取ります? めちゃくちゃお金かかりますけど」

「あーしがエクソシストのバイトで金稼いでなんとか学費払って生活してるのアンタ知ってんでしょ!? そんなお金かかる方法無理よ! あーもう……友達の家……は流石に無理か……2~3日ならともかく1年もいられないし……」

 頭を抱える討子、弟子屈もそんな彼女の様子を見て流石にかわいそうだと思ったのか、少し考える素振りを見せる。

「うーん……4月の新生活シーズンでこの辺のマンションはどこもいっぱいみたいっスね……この辺に都合のいい下宿でもあればいいんスけど……あっ」

「え? なに? 何か思いついたの!?」

 討子はスッと立ち上がり、キラキラした目で弟子屈を見つめる。

「そういえばちょうどいい場所があったっス」

「本当!? ベッドある!? 個室ある!? 朝昼晩のご飯出る!?」

 さりげなく新たな要求が増えているが、弟子屈はビッと親指を自信満々に上げる。


「ええ、まさに討子さんにピッタリの素晴らしい場所っスよ」

 

ーーまた数分後


「あー着きました、ここッス」

「これって……普通の家じゃない? 本当にここに泊まれるの?」

 弟子屈の運転する車で討子が連れてこられたのは、五稜郭から30分ほど離れた住宅街にある2階建て駐車場付きの一軒家であった。どこからどう見ても普通の家で、とても見ず知らずの女子高校生を1年も泊めてくれるような場所とは思えない。

「ええ、大丈夫ッスよ。ここなら部屋も空いてるはずですし、ご飯も出してもらえるはずつス、たぶん」

「…………はずとか、たぶんとか……もしかしてまだ確認とってないんじゃ……」

「まぁまあ、気にしないで、んじゃ早速」

 討子の心配をよそに、弟子屈はすぐにインターホンを鳴らした。ピンポーン、と音が鳴るとすぐさまドアの向こうからどたどたと玄関へ向かってくる足音が聞こえてくる。急な展開についていけず、心配になってきた討子は周囲をキョロキョロと見回していると、玄関に表札があるのに気付いた。

「えっと……ん? これなんて読むの……? けん……えん……ふち?」

 討子が見慣れない漢字を読もうとしていると、玄関のドアの向こう側から40~50代くらいだと思われる女性の声がした。

「はーい、今開けますー」

「……あれ、なんか聞き覚えが……」

 討子がその声の主が誰なのか思い当たる前に、当人はドアを開けて姿を現した。

「こんな時間にどなたです……か……?」

 そこに立っていたのは、エプロン姿で白髪交じりの、数時間前に日本刀で邪霊を切り裂いた女性であった。討子と魂美はお互いに口をパクパクさせ、驚きのあまり声が出ないようだった。しかし、弟子屈はそんなことをお構いなしに話を勧める。

「あー、魂美さん夜分遅くにすいません。急で申し訳ないんスけどー、この討子さんを1年間ほどここに住ませてもらえますー?」


 数秒間、空気が静まり返ったあと、


「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」


 周りの家中に響き渡るような大声で二人は叫んだ。

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