射干玉の 弐
――時は流れて、とある研究室。
ワイシャツに黒タイツ、その上に白衣を着たのスレンダーな女性がじーっとスマホを見つめていた。
「そんなに気になるなら電話してみればいいじゃん」
呆れたように同僚が言う。
女性、もとい霊道はスマホを操作して総司郎の通話画面を開いた。
緊張する。
電話をかける事が苦手なわけではない。ただ彼が相手となると不思議と指が止まるのだ。あとは通話開始のボタンをタップするだけなのに、「迷惑じゃないだろうか」といった不安要素が頭をよぎる。
「ほら、押せ!」
同僚が霊道の指をぐいっと押し込む。
突然の後押しに抗うことの出来なかった親指は、そのまま受話器のマークへと触れてしまった。
もう引き返せない。今電話を切ったところで相手に着信履歴が残る。
(いや待てよ。着信履歴を残しておけば相手からかかってくるのでは?)
自分から電話をかけないというだけで幾分と気分は楽になるもので――
「切るなよ」
しかしてその発想は同僚の一言によってかき消されるのであった。
「もしもし?」
「あ、もしもし……」
コール音が切れ、聞き覚えのある声が耳に響く。
通話前まで考えていた会話内容が吹き飛び、真っ白になるくらいには緊張していた。
霊道は何か話題を、と考える。
(そうだ、私は何か研究材料が欲しくて電話をかけた。それでいいじゃない)
ふうっと深呼吸をして仕切り直す。
「何か面白い事案とかないかしら?」
「面白いかどうかは分からないが、一件依頼が入ってる」
「それ! それに同行したいんだけど」
柄にもなく声を張り上げる。
自分でもこんなにムキになるのは珍しいと思ったが、とにかく目の前にある「何か」への好奇心は止められなかった。
「かまわんよ」
その一言を聞いた瞬間、暗雲が切り裂かれ日の光が差し込んだように心が晴れやかな気分になった。
「日にち、時間、場所は?」
霊道はいそいそと持っていく物の準備を始める。
その様子を見ていた同僚は活発な彼女をを見て、思わずくすっと笑った。
◆
後日。
総司郎と霊道の二人は一軒の家の前に立っていた。
「なんていうか、歴史のありそうな豪邸ね」
霊道の言う通り目の前にあるのは趣のある日本家屋。二階のない平屋だがその分かなりの広さを誇っているのが塀の外からでも見て取れた。
ごくりと唾を飲みこむ彼女とは対照的に、総司郎は何の躊躇いも無くインターホンを押した。
「今でまーす!」
家内から声が聞こえたかと思えば、どたどたと急いで駆けてくる音と共に間もなくして玄関が開いた。
出てきたのは金髪にTシャツといういかにもチャラそうな男性。
「わざわざ来てもらって申し訳ないっす」
「いや大丈夫。どうやら問題はこの家の中でのみ起きているようだからな」
「そちらは?」
「私は菅野霊道と言います」
「俺の助手だと思ってくれ」
「違うわよ!」
男性は苦笑いをしながら自己紹介を始めた。
「俺は八次玄っていいます」
(へえ、見た目にそぐわずしっかりしているわね)
「どうぞ、中へ」
玄の案内と共に二人は家の中へと足を踏み入れた。
「ここは元々爺ちゃんから継いだ家で、もう何代前からあるのか分からないんすよ」
「どうりで年季が入ってるわけだ」
「古臭い……っすよね」
「いや、これでいい。古い建物の割にはとても手入れが行き届いている。恐らく君のお爺さん達がしっかりと管理していたからだろう、そして君もな」
「……照れますね」
総司郎がちらりと中庭や廊下、日光を入れる為に開いている部屋を見回す。
「長い年月大切にされた物や場所には良いモノが宿ると言われている、勿論家も例外ではない。物だったら
「へえ、じゃあ俺の家にも何かいるんすかね」
「いる」
総司郎の言葉にどきりと心臓が揺れる。
その反応を見てか、彼はそのまま言葉を紡いだ。
「だが悪い物じゃない。君の家には沢山の良いモノがうろついているが、そいつらが特に敵意を剝き出しにしていないってことは今回の依頼対象も悪い物じゃないってことだ」
ほっと胸を撫でおろす玄。
「お爺さんに護られてるな」
「そう……っすね」
少し涙ぐみ、頬を赤くしてそっぽを向く。
きっと祖父にはとても可愛がってもらっていたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます