第31話

 二○三七年四月十四日、エミと別れてから一週間近く経っていた。その間俺はSCCO本部で怪我の治療――余談だがみずき先生にはかなり叱られた――に専念し、ユナはまたしても事故処理に追われていた。埠頭近くの廃工場でいくら監視の目が無かったとはいえ、爆発が起きて崩れたのだから時間がかかるのも当然だろう。

 兼先たちも先日と同様に見舞いに来てくれていたが、俺の中でエミのことやヘルメットの男のこと、河原とのやり取りなど色々とショックが大きかったらしく、前回と違い兼先達の会話は殆ど上の空で聞いていた。

 そんな俺の様子を察してくれたのかわからないが、今は一人にしてもらいSCCO本部の屋上――ヘリポートへはエレベーターに乗って直通でいけるが、今いる場所はそれとは別の階段を使わないといけなかった――に来ている。

 SCCO本部は元々外観が学校のような見た目をしていたため、屋上も人の胸の高さまである柵に囲まれている事以外は何の変哲もない場所だった。

 俺は柵にもたれ掛かるようにしてSCCO本部に行き交う人々を見下ろしながらただ漠然と突っ立っていた。

 不意に、俺の隣に同じように柵にもたれ掛かった人物が現れる。その人の方へと首を向けると忙しなく仕事をしているはずのユナがいた。

「調子はどう? 速見君」

 以前病室で声をかけられた時と同じ具合で話しかけられた。俺は少し驚きつつも話を合わせる。

「どうって普通だよ。それより、ユナ。こんな所に居ていいのか? 今は休む暇も無いんじゃないのか?」

「今は一段落付いたところよ。というか私が忙しいのは殆ど速見君が独断専行したせいじゃない」

 軽い抗議の声を上げて少しむくれた表情をする。俺はきまりが悪く視線を横に向けながら話を続けた。

「その件に関しては本当にすまなかった」

「別にもういいわよ。速見君も無事だったし、初音さんとあなたの証言から色々と分かったこともあったし」

「何か進展があったのか?」

 河原との会話をすべて伝えたつもりだったが、アジトが複数あることやボスが別にいること以外は何も新しい情報は無かったはずだ。

「結論から言うと何も見つかっていないわ。ただ、これからの対策を講じたってだけ」

「対策って何だよ?」

「悪いけど今は何も言えないわ。その内また話す機会があると思うからその時にね」

 話をはぐらかされた。ユナの性格から必要であれば話してくれるだろうが、何も言わなかった事を考えると彼女の中で意見がまとまっていないのだろう。

 これ以上追求しても無駄だと思った俺は、話題を変えることにした。

「ユナ、俺の今後についてだが……」

 俺がこれからの事を話そうとすると何か勘違いをしたのか、話を遮られた。

「なに? ひょっとして体調に問題があったの? それともやっぱり【SCCO】を抜けて日常生活に戻りたいとか?」

「いや、そうじゃない。体の調子は至って健康だよ。というか何で【SCCO】を抜けると思ったんだ?」

「だって兼先君たちから最近の速見君、ずっとぼんやりしているって聞いて。ここでの生活が嫌になったんじゃないかって」

 言いながらユナは悲しそうに目を伏せた。一度話し合ってSCCOに残りたいと伝えたつもりだったが、俺が危険な目に合う度に彼女の中では不安が溜まっていたのだろう。俺はもう一度安心させるように言った。

「前にも言っただろう? ユナのおかげでここでの生活が悪くないと思うようになったって。今は抜けることなんて考えて無いよ」

「なら何でぼんやりしていたの? なにか思う所があったからじゃないの?」

「あぁ、それは……」

 言うべきかどうか今も迷っていたが、このままではこの先何も変わらない。一呼吸置くと覚悟を決めて話した。

「この先きっとまた河原や他のブラッディ・レベルの連中と何度も戦うことになるだろう?」

 ユナの表情が真剣なものに変わる。彼女は小さく頷くと言葉を返した。

「そうね。私達が活動を続ける限り避けられない運命にあるわ。そしてそれは、どちらかが壊滅するまで続くと思う」

 ユナは最悪の結末を想定しているのか悲観するように言った。

 俺はそれを肯定も否定もしないが、俺の出来る限りことはやるつもりだった。

「だからってわけじゃないんだが……。今後奴らに関する任務や犯罪を犯した第二人種を捕まえる時は、積極的に俺を任務に参加させて欲しんだ」

「それはどうして?」

 俺の感情を読み取ろうとしたのか、それともただ単に疑念に思ったのか、ユナは俺の顔を覗き込むようにその黄色の瞳を向けてくる。

 少しの間を置いて、俺は自分の考えを率直に伝えた。

「今回の件で俺は自分の実力がまだまだ足りていないと思ったんだ。相手の力量を推し量ることや戦闘に慣れていれば、もっとうまくやれたはずだ。今の俺には経験が圧倒的に不足している。だから少しでも数多くの任務をこなしたいんだ」

 敵の数に応じて能力をコントロールすることや、そもそも能力の発動時間を伸ばし、体内のESを増やせればできることが増えてくる。以前のように師匠が側にいない以上、自分で修行して行動することが必須だった。

 俺の言葉をどう受け取ったのかわからないが、ユナは少し考えた後言った。

「……分かったわ。速見君がそれでいいなら考えてみるわね」

「あぁ、頼む」

 俺は短くそう答えるとユナは表情を柔らかくして両手を上げ背伸びすると言った。

「それじゃ、休憩は終わりにしてそろそろ戻ろうかな」

「なんだよ、もう行くのか?」

「私は速見君と違って事故処理以外にやることが多いの」

 ユナは俺をからかうように軽口を言ってくる。俺もそれに応えるように冗談っぽく返した。

「暇人で悪かったな」

「別にいいわよ。内の正式な職員クルーになった今、任務の時はバリバリ働いてもらうから。あ、でも……」

 途中で言葉を詰まらせる。彼女は言い辛そうにしていたが何事か気になった俺はすぐに聞き返した。

「でも何だよ?」

「速見君を使うにあたって一つ条件があるわ」

「条件って?」

 仲間とうまくやれとか一人で勝手に突っ込むなとか色々と考えたが返ってきた言葉は意外なものだった。

「……速見君のこと?」

 決まりが悪そうにユナはこちらの顔色を伺いながらそう言った。

「……は?……名前? どうして名前が関係あるんだ?」

 任務に必要とかならわかるが、ユナが俺のことを名前で呼ぶことに何の意味があるのか分からなかった。呆気にとられているとユナは少し慌てふためいて言った。

「初音さんと速見君が話しているのを聞いていた時から思っていたけど、二人共名前で呼び合うくせに私と速見君は苗字とあだ名って不公平でしょ?」

「別に呼び方何て気にしてないが……。今のままでも良くないか?」

 俺がそういうと何故かユナは少しむくれて言った。

「ダメです。長官としてもう既に決定しました。これからは速見君のこと名前で呼ぶから。異論は認めません」

 ピシャリと言い切るように告げられる。変なことにこだわりがあるなと思ったが、呼び名何てどうでもいいかと思い気にしないことにした。

「まぁ、変なあだ名で無ければ、好きに呼んでくれたらいいけどな」

 俺がそう言った途端、今度は少し嬉しそうにユナは微笑んだ。

「それじゃ改めてこれからよろしく、

 不意に名前で呼ばれ、何故か俺の体が少し熱くなった。俺は慌ててユナから視線を反らすとぶっきらぼうに「よろしく」と返す。

 その様子を見て満足したのかユナは踵を返そうとしたが……。

「あぁ、それと……」

 ユナは何かを思い出したかのように言いかける。まだ言い難いことがあるのかと思い聞き返した。

「まだ何か条件があるのか?」

「いいえ、そうじゃなくてアルト君の師匠……立花咲良さんについてだけど……」

 師匠の名前が出た途端、今度は俺の方が自然と気が引き締まった。

 ここに至るまでの間色々なことが起きたせいもあり、師匠のことを調べるように頼んでおいたことを決して忘れていたわけではないが、目の前のことに集中するためにも考えないようにしていた。

「何か分かったのか?」

「初音さんが別れ際に教えてくれたけど、例の第二人種を知る政府関係者のリストから辿ってみた結果、やっぱり立花咲良という名前は見当たらなかったそうよ。ついでに遺伝子工学に精通した学者や第二人種を知る公安の上層部の人達を調べてくれたらしいけど……残念ながらそっちにもそれらしい人物は見当たらなかったって」

「……そうか……」

 【SCCO】でならほんの僅かな可能性から師匠に繋がる情報が入手できるかもしれないと期待したが、やっぱりそううまくはいかなかったらしい。

 期待外れに終わってしまったが、師匠は秘密が多い人だったこともありこの程度では素性が知れないだろうとも思っていた。

「ベイカー博士の文献やアルト君の過去の記録から手掛かりが見つからないか、私の方でも調べ直してみたけど……やはり見当たらなかったわ。探すのを手伝うと言っておきながら、力になれなくてごめんなさい。こっちは要望を果たしてもらったのに何も返せなくて……」

 俺が少し落ち込んでいるのを悟ったのか、ユナが申し訳なさそうに言った。

「いや、気にしてないと言えば嘘になるが、師匠が国の役人で無いことは何となく想像がついていた。前にも言ったが、なるべく人との接触を避けるような人だったからな。分からないのも無理ないよ」

 お互いに少しだけ沈黙した。ユナは相変わらず申し訳なさそうにしていたが、俺はもう一度あの時の約束――大切なものを守れるくらい強くなること――を思い出した。

 師匠の素性がしれなくても、この約束を守っていればいつか本当に会える気がしている。そんなことを考えているとユナが言った。

「今回の調査結果でアルト君の師匠の事が謎だらけになってしまったけど、私も兄さんの事を諦めるつもりもないし、引き続き調査はしていくつもりだから。だから……アルト君も師匠のこと諦めないでね。私も何か分かれば必ず伝えるから」

「あぁ、もちろん。必ず会ってみせるさ。ユナもお兄さんに会えるといいな」

「ありがとう……それじゃあ私は業務に戻るわね」

 俺は短く「あぁ」と応えた。その後、ユナが完全に屋上から去ったのを見送るとまた柵に持たれ掛かる。ただ先程と違うのは心の迷いが消えていたこと。これから先の未来の為に一歩ずつでも進んでいこう。太陽の光を全身に浴びながらそう固く決意する。


 その思いを後押しするかのように、屋上に風が吹き抜けた。



(神速の第二人種 第一章 終)

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神速の第二人種 真那司優 @manasi_masaru

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