第28話
アルトが扉の前に辿り着く僅か数分前の時間、部屋の内部では満身創痍の男性が一人、木製の簡素な背凭れ椅子にその上半身を後ろ手に縄で縛られ、俯き加減に座っていた。
男性の周りには、三人の男が半円状に取り囲んでいる。その内の一人が腕時計を幾度も確認しながら深夜十二時が過ぎるのを今か今かと待ちわびていた。
その様子をちらりと見遣った中心にいた男が口を開く。
「少しは落ち着け。さっきから何度時計を見ている?」
「だってよぉ。早くこのおっさんを殺したいんだって。そうしたらこの任務も終わりだろ?」
「約束の期限まであと数分あるそれまではギリギリまで待つべきだろう」
「でもよぉ。もういっそのこと殺してしまってもいいんじゃないか? このおっさん何も話さないし、どうせ女から連絡が来ても
軽薄そうな男が不満を口にする。すると、黙っていたもう一人の男が窘めるように言った。
「ボスからは女が任務を完璧にこなせば見逃してやれと言われている。命令を無視するわけにもいかんだろう」
「それなら事故を装って殺せばいいだろ? 拷問中に加減を誤りましたぁーとか報告すればいいんじゃね?」
「まぁ、待て。どうせ殺すにしてもボスに報告をしてからになる。せめてそれまでは生かしておく必要があるだろう」
「……無駄だ」
「あ?」
会話の流れが途切れる。男たちが声の聞こえた方へと首を向けると、意外にも声を発したのは、さっきまで黙りを決め込んでいた虜囚の男だった。虜囚の男は一呼吸置くと再び話し始める。
「最初に言ったとおり、私はSCCOや第二人種については何も知らない。それに私の娘も馬鹿じゃない。私が人質として囚われたと知った時点で自分の身の安全を第一に考えるだろう。SCCOとやらもお前達の思う通りには動かないはずだ。私の事を殺すなら好きにすればいい。だが、娘にはもう近づくな。お前達に少しでも善意が残っているのであれば、これだけは約束してもらう」
一瞬の静粛の後、それを聞いた男たちは顔を見合わせると薄ら笑いを浮かべる。
その後、真ん中にいた男が三人の意見を代表するように言った。
「残念だが先生。あんたの娘さんは、あんたの予想通りには動かなかったようだ。あんたを助けるために必死になって情報を提供してくれたよ。まぁ、それも今日で終わりだが。どのみち最後の情報を手に入れたらあんたの人生も終わりだ。精々あと数分の命を楽しんでくれ」
その言葉を聞くと、虜囚の男は唇を噛み締めた。
「絵美……」
そうポツリと呟いた時だった。男たちのアイフォから振動と共に短い高音が一斉に鳴り響き、メールが受信された事を知らせると、男たちはアイフォをズボンのポケットから取り出し確認する。その後、画面を見ていた真ん中にいる男がにやりと笑うと再び虜囚の男に向けて言った。
「先生。どうやら娘さんは最後の任務でしくじったらしい。期限までに報告を達成できなかったようだ」
虜囚の男はその言葉を聞いても俯いたままそれ以上何も話さなかったが、軽薄そうな男が代わりに声を上げた。
「……ということは、もう殺っちまってもいいんだよな?」
「あぁ、ボス直々の指令だ。この男はもう用済みだとよ」
「キタキタキター! なら、最初の一発目は俺がもらうぞ!? いいよな!?」
軽薄そうな男が声を張り上げさっきまでとは打って変わって調子を上げると、背中に掛けていた機関銃を構え虜囚の男の方へと向けた。
他の男達も好きにしろと言わんばかりに何も反応しなかった。それを肯定と受け取ったのか、軽薄そうな男は続け様に言う。
「楽には死なせねぇよ。少しずつ苦痛を与えてやるから、俺を楽しませてくれ。まずは……左足からだ!」
そう言い放った後、銃口を左足に向け、引き金に右手の人差し指を掛ける。そして引き金を引くまさにその瞬間、発砲音の代わりに鈍い衝突音が部屋中に響いた。
鳴り響いた音の方へと男達が視線を向けると、部屋の入口の自動式扉がわずかに振動しながら衝突音を再度轟かせる。
轟音は何度も繰り返し発生し、それに連れて振動が徐々に大きくなっていく。十数回繰り返された辺りで、ついには扉が前方へと吹っ飛んだ。それに合わせて男達も何事かと注視していたが、機関銃を構え警戒する。
扉があった部屋の入り口には言うまでもないがアルトが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます