第27話
長い地下階段を降りて最後の段差を下ると、目の前に左右にわかれた通路が表れた。階段から降りる途中にも目に入ったが、通路は幅五メートル間隔に設けられた二本の蛍光灯の光に照らされ、ここに来るまでに比べると視界も見えやすく当然燦然としていた。
廃工場の地下にしては灰色の壁や天井に汚れが少なく、今も誰かが使用しているのか地上のサビだらけの柱や機械も見当たらない。物置や排水溝の点検施設といったものでもなさそうだった。
「どっちに進めばいいんだ?」
確実に誰かがいる。そう思った俺は安全なルートをサーチできないとエミに言われたが、ここからは敵に遭遇する可能性があるため、一応相談して決めようと連絡を取った。
しかし、返ってきたのはかすかに聞き取れるエミの声と酷いノイズだけだった。
「アルトさ……その先……聞こえ……」
「エミ? 聞こえるか?」
返事が聞こえないか再度通信を試みたが、どうやらここは電波の届きが悪いらしい。自分の勘と運に頼らざるを得ない状況に若干の不安を覚えつつ、もたもたとしていられないので急いで右の方へと進んだ。
ある程度の距離を進むと二度目の分かれ道に付いた。
すると、複数の足音と共に誰誰かの話し声が聞こえてきたので咄嗟に立ち止まり、壁に背中を貼り付けるようにして体を潜ませる。よく耳を澄ませると声の主達はだんだんと遠ざかっていくようだった。
「このつまらない任務も漸く今日で終わりか……」
「あぁ、にしても外の任務に付いた奴は幸運だよな。こっちはあのオヤジの監視とこんな地下施設で巡回警備だぞ? しかも、噂では外の連中の方に金回りが良いらしい」
「まぁ、いいじゃないか。それにこの後はメインイベントだろ? 誰があのオヤジに一番苦痛を与えて殺せるか、全員で楽しもうじゃないか」
ざっと聞こえた内容は大体こんな感じだった。恐らく今の奴らは、会話の内容から察するにここの警備隊のはずだ。
あのオヤジがエミのお父さんのことを指すなら、まだ無事だと確認できる。だが、やはりこれから用済みになったその人物を殺害するつもりのようだ。
今すぐにでもエミを安心させるため連絡を取りたかったが、確実に助けだしてからの方がいいだろう。それに、電波が繋がらない状況なら仕方がない。何れにしても早くエミのお父さんを助け出す必要があるため、俺は無法者達に気付かれないよう注意しながらこっそりとその背中を追いかけた。
連中が角を曲がる度に壁際まで追いつき、顔だけを覗かせて先の様子を窺う。そうこうするうちに奴らの動きが途中で止まった。
どうやら備え付けのエレベーターで更に地下へと下降するようだ。重量な扉が開き轟音が響き渡ると控えていた三人が中に入る。扉が閉まり再び低音が響くと奴らの姿は完全に見えなくなった。
急いでエレベーターの前まで移動し上部に付いている階数表示を確認すると、その光源の点滅が最下層のB4で止まった。現在いる位置がB1――地下一階なので三階分降りたことになる。念のため他に地下へと行く方法がないか周辺を確認したが、このエレベーターでしか移動ができないようだ。
少しばかり脈が切迫し緊張しながらもそのまま下向きの矢印が標示された昇降用のボタンを押した。
静止から一転再度低音を鳴らしながらエレベーターが作動を始め、B4の階数標示の光源が消えると一階ずつ点滅し、程無くしてB1で点灯した。
扉が開くと同時に中にいる警備隊と戦闘になるかと身構えたが、幸いにも誰も乗っていなかった。もしかすると、先の連中だけで警備が手薄になっているのかもしれない。
このまま誰とも遭遇しないようにと願ったが、その考えはすぐに甘いと認識させられた。
エレベーターの稼働が止まり、B4へと辿り着く。扉がゆっくりと開き通路への視界が開けた途端、先程の警備隊と同じ格好をした連中が二人、目前の通路で機関銃を携えながら話し合っていた。
黒いオープンフェイス型のヘルメットを被り、顔立ちは分からない程度の半透明のシールドが口元だけを晒している。ショルダーアーマー付きの防護服を身に纏い、腕や足のみ紺色の装束が見て取れた。
その内の一人と視線が交差し、「誰だ!? 貴様は!?」と短く言い放たれた後、今にも発砲しそうな勢いで機関銃の銃口を突き付けられる。もう一人の方も連れ合うようにこちらに振り向き銃口を向けてきた。
何週間か前の俺ならこの状況に焦り震え声になっていただろう。だが吉川と対面した時程の恐怖や焦燥はなく自分でも驚くほど落ち着いていた。
数秒の間うまい言い訳を考えたが、結局思いつかず両手を上げながら「通りすがりの迷子です……」などと呑気に冗談口を言ってみた所、当然のように怒らせただけだった。
「貴様……ふざけているのか!?」
声をかけてきた方の男が間合いを詰めてくる。もう一人の方は警戒しながら距離を保っていた。俺は感づかれないように能力を開放しながら何とか切り抜けようと今度は真面目に返答することにした。
「ここに囚われた人を開放しに来た。何処に監禁しているか知っていたら答えろ」
「何を馬鹿げたことを……自分の置かれた状況を理解しているのか?」
声を荒げた男は更にこちらに詰め寄り、俺との距離まで手が届きそうな範囲まで迫る。
すると、一定の距離を保っていたもう一人の男が制止した。
「待て……ひょっとしてこいつ……【SCCO】じゃないか?」
「何だと!? それじゃあ、あの女裏切ったのか!? おい! 今すぐ全員に通報しろ!」
この言葉を皮切りに、俺の近くにいた男の方が首を横に向け距離を保っていた男に命令を下した。
後方の男は軽く頷くと、防護服の胸ポケットから無線を取り出して連絡を取ろうと試みた。 だが俺はそれを防ぐためこの一瞬の隙を突き、近くにいた男にボディーブローを決めると男の襟元を掴み、もう一方の男を目掛けて片手でその肉体を投げ飛ばした。
腹を打たれた男は痛みで軽く咽び、距離を保っていた男は意表を突かれ投げ飛ばされた男とぶつかり、下敷きになるように後方へ倒れ込む。
俺は男たちに駆け寄り下敷きになった方の胸倉を掴み――殴った方は気絶していた――もう一度問い詰めた。
「もう一度聞く。囚われた人は何処にいる?」
「こんなことをしても……無駄だ。お前がここに来た時点で………あの親父もお前も皆死ぬ」
男は苦し紛れにそう答えると気を失った。何か嫌な予感がしたが俺は男から手を離すと立ち上がり先に続く通路へと急いだ。
それから先に進む度警備隊と遭遇し、奴らに気付かれる前に能力を発動しては一人ずつ倒していく。敵と遭遇する頻度がだんだんと増していきおおよそ十五人は倒したかという頃合いで、一際大きな扉が視界に入った。
通路のみの一路であったB1に比べ、B4は所々ハンドル付きの小さな淡黄色の扉が点在し、一つ一つを開けながらざっと中の様子を確認していたのだが、この扉だけは明らかに様相が違っていた。
黒縁に彩られた黒褐色の扉は右側に暗証番号を入力するタイプのテンキーロックが設置されている。ここだけは自動式扉になっているのか、今まであったハンドル付きの把手が無かった。
各扉にあった覗き穴の代わりとなる小さな長方形の小窓もなく内部と外部を完全に遮断しているようにも感じられる。鉄製の扉という点では今までと同じだが、扉の厚さはエレベーター並にあるように見えた。
この部屋に何かあるのは間違いがない。だが、中に入ろうにも暗証番号など知るはずもなく普通に開けることなど到底できそうも無かった。
となれば、やることと言ったら一つしかない。俺は意識を集中させて拳を思いっきり前に突き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます