第26話

 薄ら寒い夜風の中を懸命に駆け抜ける。目的の場所は幸運にもそう離れてはいなかった。

 SCCOを出たのは十一時半を過ぎた頃だから、現在は四十五分くらいといったところだろう。

 わずか十分ほどで辿り着いたが――といっても俺の能力を使用しているため、普通はもっと時間が掛かると思うが――俺の予想通りなら深夜十二時までにはエミのお父さんを助け出し、敵の本拠地を潰さなければならない。

 ここは和ノ国の首都京東の沿海に位置する埠頭であり、コンテナが数多く積み重なっている。普段はコンテナ船が停泊しており船乗りが仕事に励んでいるが、今のところ人気はなく能力を使用するのには好都合だった。

 しかし、エミから聞いた場所はこの埠頭近くの廃退した工場であり、追跡用に組み込まれたアイフォの地図アプリ――エミが即席で作ったものらしい――が示す発信源もそこを示していた。

 ここから先は俺のESを敵に感知される可能性があるため、極力能力の使用を控える必要がある。 俺は一先ず息を抜くように能力の使用をやめ、ゆっくりと工場へと近づいていった。

 工場の入口付近で中の様子を窺おうとコンテナの一端から顔だけを覗かせる。埠頭に常設された灯標や電灯の光で、夜中でも奥まで見通すことができた。

 廃退した工場というだけに、コンクリート製の外壁は汚れており、所々オイルのような茶色いシミが目立っている。建物の内部を支える鉄柱は、錆び付いていて欠けてしまっているものもあった。

 人質を捕らえつつ身を隠すには都合のいい隠れ家になるかもしれないが、ここからだと人の気配は感じられない。エミのお父さんどころかブラッディ・レベルの奴らですら存在しなさそうだった。

 俺はもう一度ポケットからアイフォを取り出すと、画面を確認する。やはり、発信源はここで間違いなさそだ。

「……どうですか、アルトさん?」

 念の為にオペレーターをしてくれているエミから無線で通信が入った。俺はそれに答えようと小声で話す。

「あぁ、今現場についたよ。ただ、ここからだと人影は見えないが何処かに潜んでいる可能性があるからもう少し近づいてみる」

「お願いします。ただ、くれぐれも気をつけてくださいね?」

 俺は短く相槌を打った後、工場の入口にある支柱に近づき隠れるようにして中を覗き込んだ。やはり、人の気配はしなかったので意を決すると中に入る。周りを注視しながらアイフォを確認すると、どうやら発信源がピタリと重なる所まで何事も無く来たようだった。

「おかしい……」

「どうかしたのですか?」

 僅かな異常も見逃さない勢いですぐさまエミから応答が入る。俺は疑問に思ったことをそのまま伝えた。

「防犯上の設備が何もないばかりか、人の気配が全くしないんだ。それどころか、ここに人がいた形跡がまるでない」

 さすがに誰かを人質にとっているならば、監視役がいるのが普通だ。カメラで遠方から監視している場合もあるが、そういったものも見かけなかった。仮に既にブラッディ・レベルの関係者が別の場所へ移動していたとしても期日までに時間がある段階でエミのお父さんを放置する理由はないはずだ。

「アルトさん、アイフォを翳して周辺を照らしてもらってもいいですか?」

 どうしたものかと考えていると、すぐさまエミから返答が聞こえた。

「……これでいいか?」

 言われたとおり、アイフォを掲げると画面の発光が通常のそれとは比べ物にならない程輝きだし、青白い光明が周辺を覆った。少しばかり目を細めると、周辺を鋭い平行光線が物質を探るよう順に巡っているのがわかる。堪らずにエミに質問を投げかけた。

「一体何をしたんだ?」

「先程、私のパソコンをホストコンピューター代わりにしてアルトさんのアイフォと同期させました。今は、私の能力で周辺をサーチして不自然なところがないかを調べいています」

 さすがは補助型の最高責任者といったところか、こういう類の仕事は早い。感心しているのも束の間、エミが指示を出した。

「アルトさん、近くの地面に地下室へと続く扉があるはずです。探してみて下さい」

 言われたとおりに周辺を見遣ると、地面に方形の把手が付いた幅一人分は優にある鉄板のような蓋が設置されていた。どうやら、監視カメラや人の気配を探すのに気を配りすぎて見落としていたようだ。

 その把手を握りしめ音を立てないようにゆっくりと持ち上げると、エミの助言通り目先が暗く長い地下階段が現れた。

「この先か…」

「はい、ただ先程のようにサーチした場合、敵に気付かれる可能性があるのでここからは、手探りでお願いするしかないかと……」

 ポツリと呟いた俺の言葉をエミが申し訳無さそうに拾う。多少の不安はあったが、今は一刻も早くエミのお父さんを救出しなければならない。

「大丈夫だ。エミはこのまま通信を維持してくれ」

 俺はそう話すと、深淵へと足を踏み入れた。

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