第25話
十一時が過ぎて、そろそろ資料室を退出しなければならない時間になった。
アルトは最後にパソコン内のデータにある仕掛けを施すと、部屋の自動扉から外に出る。それと同時に、資料室内の天井の中央部に設置された白熱電球が消灯した。
扉の開閉音とオートロックの施錠音がしてランプが赤色に変わったことを確認すると、ユナにカードキーを返すため部屋を後にした。
その数分後、アルトの姿が見えなくなったことを確かめてから、とある人物が先程閉めたばかりの扉の電子ロックを解除して資料室へと入る。
すぐさま、部屋の明かりは点灯し室内を照らすと、その人物はまっすぐパソコンへと向かい操作を始めた。
そして、その中にある一つの記録――俺と吉川が取調室で話した内容が書かれたデータ―― を閲覧し、ボタンを操作して削除を実行……しようとした所で、その行為は中断を余儀なくされた。
突然、資料室の扉が開き新たな人物が入ってきたのだ。パソコンから目を離し振り返って扉の方へと見遣ると、全身をタイツのような戦闘服に身を包んだ男――一度この部屋を出て行ったはずのアルト――が立っていた。
アルトとその人物は、お互いに向き合い顔をゆっくりと眺める。はっきりと顔を認識した所で、俺は悲観しながら声をかけた。
「やっぱり君だったんだな……エミ」
「あ、アルトさん!? どうしてこちらに? ここは、極秘情報を取り扱っていますので、特別な権限を持った方以外は立入禁止ですよ? すみませんが、今すぐ退出して下さい」
「許可は得ているから大丈夫だよ。それに、俺は君がここに来るのを待っていたんだ」
「……どういう意味ですか? あっ、ひょっとしてアルトさんの師匠に関する情報を聞きに来られたのですか? それでしたらまだ時間がかかりそうなので、すみませんがもう少し待っていただかないと……」
エミはアルトと会話をしながらパソコンの画面を隠すように立つと、後ろ手にボタンを操作して削除を実行しようとした。すかさず、アルトは口を挟む。
「ちなみに、そのデータを消しても意味は無いぞ? それは俺が過去の資料を見比べて、見様見真似で作成した偽のデータだからな」
途端にエミの動きが止まり、体を一瞬強張らせた。しかし、彼女はすぐに笑顔を見せると言葉を返す。
「何をおっしゃっているのですか? 私はただ過去のデータを整理しようと確認していただけで……」
「なら、尚更ブラッディ・レベルのデータが消されていることに今まで気づかなかったのはおかしいんじゃないか? 最も、俺が作った偽のデータは、SCCO内にいる裏切り者について捕まった吉川の話しを少し織り交ぜつつ作成したから本物っぽく見えたかもしれないが……」
アルトがそう言うと、エミは慌ててパソコンへと向かい確認作業を始めた。そして、今まで気づかなかったかのように驚きの声をあげる。
「そんな! データが本当に消されているなんて! 一体誰がこんなことを!?」
「……そんな演技をする必要はないよ、エミ。俺は知っているんだ。SCCO内にブラッディ・レベルと繋がっている内通者がいて、吉川に任務を遂行させやすくするように情報を流していたということを。そしてそいつの正体が君だってことも」
エミは操作をやめるとアルトの方へと振り返り、さっきまでとは違う少し低めのトーンで応えた。
「……今の話が本当だとして、どうして私がその内通者だと思うのですか?」
アルトは彼女が目の前にいることがまだ信じられなかったが、その顔を見つめたまま語った。
「吉川のデータまで消したのはまずかったな。兼先が言っていたが、任務の内容は例え仲間であろうと口外してはならない。つまり、吉川がブラッディ・レベルに関わっていると知っているのは任務の内容を知っている人物に限られる。さらに付け加えるなら、そいつはこの部屋に入ることが許された特別な権限を持つ人物であり、ブラッディ・レベルに関する情報を消すことが可能だった人物だ。そして、君にはそれができたはずだよ。オペレータールーム室長兼補助型管理責任者のエミ、君にならね」
アルトは最初に他のデータを見た時、目を疑った。彼女が普段見せる少しそそっかしい行動から経験の浅い人物だと勝手に思っていたが、資料の最後の署名欄にエミの役職名である補助型管理責任者という肩書きとエミ自身の名前が記載されていたからだ。
アルトはエミの名前を見た後、悪いとは思ったが彼女の個人情報を再度検索した。当然、彼女に犯罪歴があったわけではなかったが、オペレータールーム室長という役職にまで就いている彼女にならこの資料室に入ることは可能だったはずだ。
「……確かにこの部屋は部隊長以上の特別な権限を持つ者か私のような補助型の指揮官しか入ることは許されていません。ですが、その話は矛盾しています。私は、アルトさんが参加した連続殺人事件の対策会議には出席していません。その犯人がブラッディ・レベルに関わっていることを知るのは不可能ですよ?」
アルトはエミの言葉に首を振ると、彼女の柿色の瞳を見つめた。彼女が今何を考えているのかわからないが、以前のような明るさが瞳から消えているようにも思える。
「いや、君は任務の内容を聞いていたはずだよ。それもあの時の任務だけじゃない。吉川が過去に起こした事件の全ての任務について君は知っていたはずだ。恐らく、あの会議の後もユナに任務内容を聞いたんだろう」
「……どうしてそう言い切れるのですか?」
アルトの話をじっとして聞いていたエミが言葉を返した。アルトはそれに応えるように彼女の目を見つめながら続ける。
「俺達の任務は、本来なら吉川をマーキングして尾行することが目的だった。そして、そのマーキングをするには補助型の感知能力が必要不可欠になる。任務内容も知れされていない補助型が急に対応できるわけがない。だから、俺がSCCOに来るよりも前の段階で……吉川をマーキングする作戦が定まった時点で、本部にいた補助型であるその人物も任務内容を知っていたはずだ。あの時……取引相手の岸川さんの奥さんが現場に来た時、ユナと連絡を取っていたのはエミだったんじゃないか?」
アルトがそう言った瞬間、エミの顔が強張った。しかし、彼女は少し動揺しながらも言葉を返す。
「……で、でも、それだけだと私が内通者だとは言い切れませんよね? 本部には大勢の補助型が在籍しています。その人達でも可能だったのではないですか?」
アルトはパソコンにあった個人データを思い出しながら、再び口を開いた。
「言っただろう? 内通者はこの部屋に侵入し、データを消せる権限を持った人物だって。仮に本部にいる補助型が情報を得たとしてもこの部屋に入れる奴はいないはずだ。最終的に補助型が得た情報を君がまとめてこのパソコンに保存していたんじゃないのか?」
彼女は少しの間、思考を巡らせると動揺を隠さないまま話した。
「そ、それなら、他の部隊長たちも犯行は可能だったはずではないですか?」
「そうだな。俺もそこだけが引っ掛かっていた。吉川のデータは消されていたから、過去にどの部隊が参加したのかは分からなかった。だが、何れにしても吉川を捕らえるための、全ての任務に関わりがある人物でないと奴にこちらの情報を送るのは不可能だろう。つまり、君を除けばこの部屋に入れる人物で今回の任務にも参加した第二部隊か第七部隊のどちらかの隊長格に限られる。けど、ユナには動機がない。彼女がもし犯人なら、俺達にブラッディ・レベルの事を明かすことなく、SCCOの機密情報を渡すことが可能だろうし、奴らに対して大規模な作戦なんて立てないだろうからな」
あるが一気にまくし立てると、エミは口を合わせるように言った。
「でしたら、第七部隊の隊長である波風ナナさんが怪しいのではないですか? 彼女は私の記憶が正しければ、ここに保存されていたデータに、この連続殺人事件の任務すべてに第二部隊と共に参加したと記録されていたと思います。もちろん、ターゲットと交戦したのは、アルトさんが加入された今回の任務だけですので敵に情報を与える隙があったはずです!」
取り繕うように声を張り上げてエミは応えた。しかし、アルトはそれを否定するように首を振って言った。
「……正直言うと、俺は最初にナナを疑っていた。けど、補助型も任務に関わっていると思いだしてからは、エミ……君の方が可能性は高いと思っていたよ。SCCOの情報を抜き出して監視の目を盗みながらブラッディ・レベルと連絡を取り合うなんてこと、補助型程の情報処理に関する知識や技術がないとできないだろうからな。だが……最後まで君が内通者だと信じられなかった。だからこそ、そのパソコンに吉川に関する偽の情報を更新して囮に使ったんだ。内通者ならブラッディ・レベルに関するデータは全て削除しにくるはずだから」
アルトはそこで言葉を切ると、エミに一歩ずつ近づいた。
「……だけど、君は俺の前に現れた。そして、俺の目の前でデータを消そうとした。それが、君が内通者だという何よりの証拠だよ」
彼女の前に立ちアルトがそう言い切ると、エミは一瞬目を見張った後、観念したのか視線を床に落としてゆっくりと膝から崩れ落ち地面に座り込んだ。アルトは彼女の姿を見つめながら、話しを続ける。
「エミ、教えてくれないか? 何故、君がみんなを裏切るようなことをしたのか……。俺は君が理由もなくそんなことをするような人にはどうしても思えないんだ」
アルトがそう尋ねると、彼女は俯いたままゆっくりと口を開いた。
「…………私の父は現在、ブラッディ・レベルに人質として監禁されているんです」
「なっ!? それじゃあ、君が情報を渡していたのは……」
「……はい。父を引き渡す代わりに、SCCOの内部情報を渡せと命令されていました」
「それならどうしてユナに相談しなかったんだ? 何かしらの手を打つことができたかもしれないだろ?」
エミは今もなお俯いたまま、アルトの言葉に首を振って応えた。
「確かにユナさんにお願いすれば、助けていただけたかもしれません。ですが、私の行動はブラッディ・レベルによって常に監視されていました。もし、私の裏切り行為がSCCOによって発覚されるか、指定された時間内に送られてきた指示を完了させなければ、即座に父を殺すと脅されていたんです。その結果、ここ数ヶ月の私は通常業務をこなしながら、彼らの指示に従うように忙しなく働いていました」
アルトはエミと食堂で朝食を食べた時の事を思い出した。
あの時彼女の携帯に連絡が入り、彼女は急用ができたと言って慌てて出て行っていた。 今にして思えば、あの時のエミは何かに悩んでいたようだったし、彼女の慌てぶりも不自然だった気がする。
「あの時……君と朝食を食べた時も、奴らからの連絡が入っていたのか?」
「……はい。あの時点での指示は、今夜に行われる吉川の捕獲作戦に参加する部隊のメンバーと作戦内容を伝えるものでした。私はアルトさんの推察の通り、ユナさんに話しを伺っていたので、彼らの指示通り内容をすぐに伝達しました。アルトさんが新しく加入されたことや、第二、第七部隊が合同して別々の場所で捕獲作戦が行われることを……ですが、後で知りました……アルトさんが吉川との戦いで致命傷を負わされたことを……アルトさん……本当にごめんなさい。私……私……」
エミは話の途中で目に涙を滲ませながら、手で顔を覆うようにして泣き伏した。
彼女はアルトに出会った時から自分の背徳行為に悩みつつ、父親を助けようと必死にもがいていたのだ。
アルトはエミへの疑念も忘れ、ただ自分へのやりきれない気持ちで一杯になった。もっと早く彼女の気持ちに気づいていれば、エミが苦しむことも、被害者が出ることもなかったかもしれない。
気づけば、アルトは片膝をついてエミと目線の高さを合わせると、彼女の頭を撫でていた。
「エミ……俺の方こそ、ごめんな。辛い思いをしていたのに、気づいてあげられなくて」
彼女は顔を上げると首を何度も横に振った。そして涙を頬に伝わせながら、嗚咽を含んだ声で言う。
「……違う、違います……悪いのは全部私なんです! だからアルトさんが、謝らないで下さい。本当に謝らないといけないのは私の方で……私のせいでアルトさんが……あんな酷いことに……。ユナさんだって、責任を感じて落ち込んで……本当は私のせいなのに、私……全然言い出せなくて……ごめんなさい……」
そう言ってエミは頭を下げた。彼女の目から溢れんばかりの涙が滴り、地面を濡らしていく。
そんな彼女の様子を見てアルトは、できる限り優しく声を掛けた。
「エミ、別に俺は君を責めているわけじゃないんだ。それに……ユナにも言ったが、俺が負傷したことに関して、君が責任を感じる必要はないよ」
「えっ……?」
アルトの言葉が意外だったのか、彼女はふと顔を上げた。アルトは彼女の涙で滲んだ瞳を見つめながら話しを続ける。
「俺がここに残ったのも、吉川との戦闘に至ったのも、全部自分の意志で決めたことだ。それに元々は尾行が目的だったのにもかかわらず、勝手に飛び出して怪我をしてみんなに迷惑を掛けてしまったのも全部俺の責任だよ。だから、エミは気にしなくていい」
「で、でも私がブラッディ・レベルに情報を与えず、皆さんに話していれば、最善な対処ができたかもしれません!」
アルトの言葉を強く否定し自分を責めるようにエミは声を張り上げた。アルトはそんな彼女を宥めるようにかぶりを振ると言った。
「……その可能性はあっただろうが、その場合は君のお父さんが殺されていたかもしれないだろ? 君は父親を守るために必死だっただけだ。悪いのは、君を利用し多くの人を傷つけたブラッディ・レベルの方だ」
「ですが、私は……」
エミがまだ言い足りないといった様子で、何か言いかけていたが、アルトはそれを静止するように口を挟んだ。
「エミ、もし君が罪悪感を感じているのなら、これから先は俺達に君の力を貸して欲しい。このままブラッディ・レベルを放おっておけば、また同じように傷つく人が増えてしまう。奴らを止めるためにも、どんな些細なことでもいい。君の知っている情報を教えてくれないか?」
少しの沈黙の後、エミはその柿色の瞳を向けてゆっくりと言葉を発した。
「……いいのですか? 私は、皆さんを裏切りました。信用に値しない存在です。このまま皆さんとご一緒していれば、また迷惑を掛けてしまうかもしれません……それに、自分勝手な理由で、偽りの情報を教えるかもしれませんよ?」
アルトは彼女を安心させるように目を見つめ返しながら首を横に振って応えた。
「大丈夫、君はもうそんなことしないよ。それに、原因が分かったんだ。奴らを止めて、エミのお父さんも必ず助ける。そうすれば、君は安心してSCCOの仕事に専念できるだろ?」
「それは……そうですけど……アルトさんはどうしてこんな私を信用してくれるんですか?」
アルトは少し考えて、数日前の記憶を思い出しながら、もう一度彼女の方を見ると言った。
「……引っ手繰り犯に殺されかけた時、君は助けを呼んでくれた。もしエミが根っからの悪人なら、あの場で俺を助けようとはしなかったはずだ。例えそれが、俺を油断させるための罠だったとしても、俺が今ここに立っているのは、エミやユナを始めとするSCCOの仲間のおかげだよ。だから今度は……俺がエミやみんなを助けたいんだ」
「アルトさん……」
アルトはもう一度彼女を見つめると、ゆっくりと頷いてみせた。そして、はっきりと伝えたいことを口にする。
「エミ、俺は君を信じている。だから、君も俺達を……仲間を信じてくれ」
アルトの言葉にエミははっと目を見開くと、俯いて指で涙を拭った。そして顔を上げるとさっきまでとは違う真剣な表情でこちらを見遣り、頷き返す。
「……わかりました。私も覚悟を決めます!」
力強い意志のこもった返事をすると、俺達は互いにもう一度頷き合った。それを合図にしてすぐさま、アルトはエミに質問の続きを尋ねた。
「それで、何か奴らについて知っていることはないか? 吉川の話だとエミが敵の情報を掴んでいるような口ぶりだったんだが……」
アルトの言葉を聞いたエミは、首を横に振ると言った。
「すみません……実は私も詳しい情報は入手できていないんです。ブラッディ・レベルとは、最低限の情報のみでやり取りをしていましたから……」
エミが申し訳無さそうな顔をしながら顔を伏せた。吉川も話していたが、奴らは互いの素性を知られないように、情報の管理を徹底しているようだった。
アルトが吉川の話の整合性を感じ、他の方法を模索しようと考えていると、エミが望外な発言をした。
「ただ、父の安否を確認するために、彼らの目を盗んで最後に発信されていた位置情報から現在父がいる可能性が最も高い場所を割り出しました」
「本当か!? それなら話は早いな。今すぐその場所に部隊を送り込んで……」
「待って下さい!」
アルトが急いで事を進めようとした矢先、エミが大声を出して制した。
「仮に、今部隊送り込んでもESの反応で気付かれる可能性があります。もしそうなれば、その時点で父が狙われるかもしれません。それに……彼らとの約束では、SCCOにあるブラッディ・レベルに関する全てのデータを削除すれば、交渉は成立し父を返してくれる手筈になっていました。ですから……身勝手だとは思いますが、せめて父の安全が確認されるまでは待っていただけませんか?」
エミの願いは妥当かもしれないが、アルトはその内容から別の可能性を考えていた。
「なぁ、エミ。そのデータを削除しろと言われた時っていつの事だ?」
「えっ……そうですね。確かアルトさん達が吉川を捕まえた次の日くらいだったと思います」
「そうか……それで、その命令の期日はいつまでになっている?」
「それが、実は今日の深夜十二時までに削除報告をしなければならないことになっています。アルトさんが作成した偽のデータが更新された時に一度報告をしているので……」
エミがパソコンに表示されたデジタル時計の方を見遣った。アルトも釣られてそちらを見ると、時刻は午後十一時三十分を回ろうとしていた。
「もう時間があまりないか……」
「はい。ですから、今は報告だけどもさせて貰えないでしょうか?」
「いや……それはやめておいたほうがいい」
アルトの言葉を聞くとエミは目を丸くしたが、すぐに真剣な表情をすると言った。
「アルトさん、私はもう皆さんを裏切るつもりはありません! やはり言葉だけでは信じて貰えないかもしれませんが、今は父を救うことを優先させて下さい!」
彼女の言葉の真意を理解すると、アルトは慌てて首を振って応えた。
「い、いや違うんだ。エミのことはさっきも言ったが、信頼しているよ。ただ、連絡をするのはギリギリまで待ってくれないか?」
「……どうしてですか?」
エミは未だに不服そうな顔をしていたが、アルトは自分の考えを述べることにした。
「向こうの心理を考えたら、君が報告を済ませた途端、お父さんの命が危険に晒される可能性がある」
「えっ……で、ですが彼らは……」
「あぁ、確かにエミとの取引ではこのまま報告すれば、君のお父さんを引き渡すことになっているかもしれない。けど、吉川の行動から察するに、奴らが君との約束を守るとはどうしても思えないんだ」
「どういうことですか?」
彼女は急に不安に駆られたのか、右の手首を胸の前で握り締めるとアルトを見つめた。
これ以上エミを不安にさせたくはなかったが、事態は一刻を争うかもしれない。そう思いアルトは口早に、しかし出来るだけ冷静を保ちつつ続けた。
「奴らは支払いが滞って、期限や約束を守らなかった人物を次々と殺していた。言い方は悪いが、これまでエミのお父さんが傷つけられなかったのは、奴らにとってエミに利用価値があったからだ。だが、吉川が捕まりこれ以上の成果を上げられないと分かった今は、君に証拠を処分させて、君との関係に終止符を打とうとしている。つまり、奴らにとって君は用済みになったって事だ。本来ならエミが狙われるはずだが、君はSCCO内にいるから奴らも手が出せない。だからその代わりに、見せしめとして君のお父さんが狙われる可能性が高いと思ったんだ」
ミステリー物の小説や漫画ではよくある展開だが、営利主義の犯人が使えなくなった人質を手に掛けることは実際にもあるらしい。無論、状況次第ではその場の空気は変わるし、推論の域を出ないのだが……。
「そんな……では、どうしたらいいんですか? このままではどのみち父を助けられません! 私は皆さんを裏切ってまで行動してきたのに……一体何のためにここまで……」
実際に家族を人質に取られているエミにも思う所があるのだろう。彼女は、アルトの推察で今にも泣き崩れてしまいそうになっていた。
しかし、悔やんでいる暇はない。こうしている間にも、エミのお父さんに危険が及ぶ可能性が高くなっていく。
アルトは俯いたままのエミに向かって再度話しかけた。
「エミ、辛いかもしれなが俺の推測が当たっていてもいなくても、今は泣いている場合じゃない。一刻も早く君のお父さんを助けないと……」
エミは、首を振るとアルトの言葉を遮るように言い放った。
「もう手遅れです! アルトさんの推測が正しければ、今からユナさんに連絡をして部隊を派遣しても先程お伝えしたように敵にESを感知されて父は殺されてしまいます! もう……他にどうしようもないんです!」
悲観しながらも何とか絞り出された声を聞き、アルトはある決断を下した。
それはこの現状から考えられる最後の手段であり、他の妙案を思いつく余裕は今のアルトにはない。意を決するとアルトはエミに向かって言った。
「……方法ならある」
「えっ?」
「俺が今からエミのお父さんのいる場所に向かえばいい。一人で潜入すれば、ESは感知されにくいはずだ」
エミはアルトの言葉を聞くとすぐさま否定した。
「いけません! それではまたアルトさんが危険に巻き込まれるだけです! それに確認された場所にブラッディ・レベルの実力者たちが居るかもしれないんですよ? もしそうなら今度こそアルトさんの命を捨てることになってしまいます!」
「例えそうでもこのまま何もしなければ君のお父さんの命が危ない。君のお父さんと俺を比べたら、生き残る可能性が高いのは俺の方だ。だから、エミ。俺を信じて行かせてくれ」
アルトは少しでも信頼を得るように彼女の目を見つめて言ったが、エミはアルトの言葉を聞くと首を勢い良く振って応えた。
「信用や可能性の問題ではありません! 私はもうこれ以上アルトさんに私の問題で傷ついて欲しくないんです!」
「もうこれは君だけの問題じゃない!」
アルトはつい声を荒げてしまった。エミも突然の怒声に驚き、固まっている。だが、アルトは焦っていたせいかこのまま話し続けた。
「……エミ、君が本音を語ってくれた以上、もう君だけの問題じゃない。いや、これは最初から【SCCO】と【ブラッディ・レベル】の抗争だった。それが今表面化しただけだ。例えここにいたのが俺でも他のみんなでも、君と君のお父さんを全力で助けようとすると思う。君が否定しても急な事態は変わらない。だから……だから俺に行かせてくれ!」
アルトは思うままに気持ちを伝えた。エミの肩を掴み、未だに戸惑いを見せている彼女の瞳を見つめる。もう一度信じてくれるように訴えかけようとしたが、エミの方が口を開いた。
「わかりました……ですが、アルトさん。一つだけ約束して下さい。必ず、生きて帰るって」
アルトは、ユナからも聞いたその言葉にもう一度答える代わりに力強く頷いてみせた。
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