第21話

 病室を出た渡り廊下の先にある曲がり角で、ユナが壁にもたれかかりながら腕を組んでいた。どうやら、俺が着替えるのを待ってくれていたらしい。

 俺の姿を見つけると、ユナは声をかけた。

「準備できたようね。それじゃあ、行きましょうか」

 そう言うと彼女は俺の前を歩き出しエントランスホールへと向かった。俺はその背中に続いていく。

 そこに辿り付くと彼女は玄関先には向かわず、ガラス張りのエレベーターへと乗り込もうとした。疑問に思った俺は彼女の背中に声をかける。

「あの空を飛ぶ車で向かうんじゃないのか?」

 その問かけに彼女はエレベーターのボタンを押すと振り向いて言った。

「収容所は本州にはないのよ。だから、輸送の面を考えて空からヘリで向かうわ」

「ヘリって、そんなに遠い場所にあるのか?」

「距離的には近いけど、離島にあるのよ。そうしないと施設を襲ってくる輩がいたら、すぐに脱獄されてしまうから。海を隔てていれば、ある程度抑止できるしね」

 そうこう話している間にエレベーターが到着したので、それに乗り込む。ユナが屋上を指定すると、音声認識で扉が閉まりエレベーターが上昇した。

 扉が開くと既にヘリコプターが用意されており、搭乗口が開いたままの状態でパイロットらしきサングラスをかけた作業服の人物が、コクピットで何やら操作している。

 ユナに続いてヘリに乗り込みシートベルトを着用して席に座ると、ユナがパイロットに「お願いします」と声をかけた。

 すると自動で扉が閉まり、プロベラが回転を始めだんだんと勢いをつけて回りだすと、一瞬だけ機体が小刻みに揺れて上昇していった。

 余談だが、ヘリコプターは犯罪者の輸送中など緊急時に通信がスムーズに行えるよう自動運転にはせず、パイロットを常備させているらしい。

 窓の外へと目を向けると、みるみるうちにSCCOの本部や周囲の建物が小さくなっていく。

 ある程度機体が上昇したところで、ゆっくりと前進して本州から離れていった。

 時刻は気つけば夕暮れ時となり、窓辺から西日が差し込んでいる。赤く照らされた海の表層を眺めていると、視界の先に小さな孤島が見えてきた。

 その孤島に距離が近づくとだんだんとヘリが下降していく。海に面した孤島の先に堤防のように細長く伸びたヘリポートがあり、その着陸地点の四隅に赤く点滅したランプが光っている。

 その場所へと機体が水平に着地すると地上へと降り立った。空からでは分からなかったが、俺は目の前の光景に愕然とする。

 ヘリポートへと続く一本の道の先に、周囲を木々で囲まれた高さ十五メートルはある巨大な鉄の門があり、その上には二つの主砲を剥き出しにした半球形の三つの発射管が、二段にわかれて配備されている。その一段目の前方に二つある発射管が門の入口付近に狙いを定めていた。また、表彰台のように突起した上段にある一つの発射管が空中を狙うように上を向いている。

 いつの間にか俺の側を通り過ぎ、前を歩いていたユナが呆然と突っ立っている俺を見て話す。

「速見君、何をしているのよ? 早く、中に入りましょう?」

 声をかけられた俺ははっと我に返るとユナの方を向いて言った。

「あっ、いや侵入者対策にしては大袈裟過ぎないかと思って……」

 俺の言葉の意図を察したユナが首を振って言った。

「これくらいじゃあ、まだ足りないくらいよ。第二人種の犯罪者の仲間が結託して、奪還しに来た万が一の場合を想定しているけど、緊急対策用の設備で通常兵器を使っても第二人種には通用しないことの方が多いわ。本来なら核兵器を使用してこの施設ごと爆破したいところだけど……さっきの弁護士会が人権にうるさいから、できないのよ。全ての人がそうだとは言わないけど、被害者の人権は主張しないくせに、加害者の人権は主張するから困ったものだわ」

 ユナが隣で愚痴をこぼしていたが、俺はもう一度その扉の方へと向いていた。収容所というよりも要塞に近いその施設は、見るものを圧倒させる勢いだ。その中がどうなっているのか想像もつかないが、それだけ第二人種が危険な存在であることを示しているようだった。

 こちらに向けられた主砲の砲口に息を呑んでいると、話を聞いていなかったことに立腹したのか、ユナが俺の片耳を引っ張って言った。

「もう! 速見君、聞いているの!?」

「い、痛いって!」

 俺は抵抗して彼女の手を離させると、耳をさすりながら言った。

「聞いてなかったのは悪かったけど、耳を引っ張ることはないだろ?」

「ここにいても始まらないから、早く中に入りましょうって言ったの! ほら、行くわよ!」

 ユナは早歩きしながら俺の先を進んでいった。彼女は仲が深まると遠慮しないタイプなのか……などと考えたが後が怖そうなので口には出さず、俺はもう少しだけこの要塞の外観を見ていたい気持ちを抑え、彼女に付いて行くことにした。

 扉の入り口に経つと右上の片隅にある防犯カメラが認証システムで俺たちの顔を認識する。 すると、重低音を立てながら扉が真ん中から両サイドに向けてゆっくりと開いた。

 内部は暗く何もないように思えたが、一歩足を踏み入れるとその瞬間にライトが順番に奥へと点灯していき、両端に高い壁が聳え立つ通路が表れる。

 その通路の先には地下へと進むエレベーターがあるだけで、その横には警備員らしき人物が二人立っているようだった。

 その警備員たちはユナの姿を見るなり、手を額まで動かすと敬礼ポーズを取る。

 ユナはそれに合わせることなく、一言「お疲れ様」と述べてエレベーターのボタンを押した。

 しばらくすると、エレベーターが到着して鉄製で格子状の折りたたみ式自動扉が開き、中へと入る。

 SCCO本部と同様に音声認識で地下へと下った。長い時間を掛けてゆっくりと下降しているが、ユナの説明によるとこの孤島は人工島であり、今向かっている監房や取り調べ室がある場所は水深三百メートルの深海に位置しているらしい。

 これは、万が一囚人が壁を破壊するなどして脱走を試みようとした場合、水流が一気に押し寄せ、水圧により圧死をさせるために作られたそうだ。

 漸くエレベーターの動きが止まり、扉が開くとまっすぐ伸びた通路の脇に、強化ガラスのような透明の板で一面を形作られた独房が並んでおり、その中で上下がオレンジ色の囚人服を着た強面の第二人種たちが、両手首に手錠のような黄色に発光する腕輪を装着していた。

 俺達の姿を見た途端、囚人たちはガラスを叩き口々に何かを叫んでいるようだったが、防音効果がなされているのか、その内容までは聞き取れない。

 ユナは慣れているようで、囚人たちには目もくれずまっすぐ歩いていたが、俺はつい落ち着きなく辺りを見回してしまう。

 その様子を見たユナが安心させるように俺に言った。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。この部屋はそう簡単に破壊できないように作られているし、囚人たちがつけているあの手錠は、第二人種のESを強制的に奪うように設定されているの。つまり、能力を使おうとしても使えないから、ここから抜け出すことは不可能に近いわ。だから私達が襲われることは万に一つもないから安心して」

 そう言い切ると、ユナはそそくさと先を進んでいく。俺は未だにガラスを叩いている囚人たちをもう一度、横目で見てから彼女の背中を追いかけた。

 長い通路を進み、囚人によるガラスへの打撃音が聞こえなくなった頃、いくつかの部屋がある場所へと辿り着いた。その中の一室にユナが扉を開けて入り、俺もその後に続く。

 部屋の中にはスーツ姿の男が一人立っており、ユナがその人に向かって声をかけた。

「お疲れ様です。何か進展はありましたか?」

「見ての通りさ。相変わらず黙りを決め込んでいるよ」

 甘い声の男性は透明なマジックミラーで区切られた隣の部屋を見て言った。

 その部屋は机を挟んで二つの椅子だけが用意された簡素な作りで、その片方の椅子には、先日俺と死闘を繰り広げたあの男が体をこちらに向けながら座っていた。顔は天を仰ぎ、奴のぎょろりとした団栗眼が天井の一点を見つめている。他の囚人と同様に上下をオレンジ色の囚人服に身を包み、手首には黄色く発光した先例の手錠がはめられている。

吉川よしかわ弘行ひろゆき二十八歳。二十五歳の時、痴漢による強制わいせつ罪で二年の懲役判決を受ける。しかしその後、執行猶予期間にブラッディ・レベルへと加わり今年の二月から先日の四月二日まで、計七人を殺害。以上がこいつに関して分かっていることだ。……ところで、君の後ろにいる彼は何者なのかな?」

 ユナに対して説明をしていた男性が、俺の方を見て言った。俺が答えようとすると、ユナが代わりに答えた。

「彼は速見アルト君、被疑者が要求している例の人物です」

「おぉ! とすると、君が今回彼を捕まえてくれた張本人というわけか。私は、皆川みながわ政文まさふみ、国家公安委員会の一人だ。君の噂は聞いているよ。格闘系の第二人種だそうだね。入ったばかりでこれだけの成果を上げるとは、なかなか優秀だなぁ君は。どうぞよろしく、速見君」

 いいながら彼は俺の右手を取るとがっちりと手を握った。

 国家公安委員会といえば、警察を管理する国の重要機関の一つだ。ブラッディ・レベルが国家レベルの犯罪に関わっているのならSCCOと協力関係にある公安の人間がこの場にいるのも頷ける。

 俺も「どうも」と短く述べるとその手を握り返した。その様子を見ていたユナが隣で話す。

「速見君、早速だけど隣の部屋に入って、あいつから情報を引き出して欲しいの。主な点は、彼らのボスの名前と、アジトについてね」

「あぁ……」

 自分のやるべきことについては分かっているつもりだが、一度倒した相手とはいえ自分を殺しかけた存在ともう一度対峙するのは気後れしてしまう。

 たじろいでいると、皆川さんが俺に向かって頭を下げていった。

「すまない、速見君。本来なら私達がしなければならない仕事を、君に押し付けてしまって。ただ、奴が君を指名している以上は、君に我々の未来を……国家の威信を懸けてもらうしかない」

 プレッシャーを更にかけられることを言われたが、俺は一呼吸すると振り返りドアノブを握って答えた。

「例え何を言われても俺のやるべきことは変わらない。俺は俺のできることをするだけです」

 そう言い残してドアを開けると、隣の部屋へと向かった。

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