第18話

 気がつくと、俺は見慣れない部屋にいた。天井は真っ白なコンクリートの壁面、その一部に格子状の換気口らしきものがある。首を動かし辺を見渡すと、俺を取り囲むように、青色のカーテンが並べられていた。右手側には窓があるのか、カーテン越しでもわかるくらいに青白い光が差し込んでいる。

 柔らかいものの上に肢体を支えられているようで、自分の足元の方を見ると、白いベッドの上に寝そべっていた。薄い水色の病衣らしき服を身に纏い、左腕には長い管がその先にあるパックと繋がれていて、そのパック内の液体が管を通って少しずつ体へと流れている。所謂、点滴を打たれている状態だ。

「…………」

 情報をまとめると、どうやらここは病室らしい。自分が何故ここにいるのか、記憶を辿ろうとするが、頭が漠然としていて思い出せない。 せめて、現在の状況を確かめようと手を動かすが、ここで体に異変があることに気づいた。

 手足が……というよりも筋肉を思うように動かすことができない。いや、感覚はあるのだが、体全体が痺れているようだった。

 何とか体を動かそうと上体を起こそうとした時、左側のカーテンが開かれた。

「あら、起きたのね?」

 聞こえてきた落ち着きのある声の主の方を見遣ると、そこには二十代前半と思われる長髪の女性が立っていた。

 淡い黄色の髪は腰まで伸びており、切れ長の目と高い鼻、薄い桜色の唇が大人の色気を醸し出している。極めつけは、脇より下の部分を包む袖のない筒状の黒いノースリーブに隠された巨大な二つの膨らみが、激しく自己主張をしていた。

 良質で柔らかそうな太ももを隠すように、僅かなスリット入りのバブルスカートを履いており、その上下の黒い服とは対照的な真っ白の白衣を着こなしている。

 その大人びた女性が俺の方へと近寄ると彼女の右手のひらを俺の額に押し当てた。

 すると当然、その二つの膨らみが目の前に来るわけで……俺は慌てて目を逸らすと気を紛らわすように言った。

「あの……ここは、いったい?」

「あぁ、【SCCO】本部の一階にある医療施設よ……うん、熱はもう下がったみたいね」

 女性は言いながら点滴の支柱の傍にあった三段式の器械台の上からカルテを取り出すと、何かを書き込んでいるようだった。彼女は恐らくこの病室の医者なのだろう。

 その様子を茫然と見ていると、その女性は続けて話す。

「君、後で長官に感謝しておきなさい。君が倒れてからもし彼女が迅速に施術を施していなかったら、今の状態では済まされなかったわよ?」

 長官というのはユナのことを指しているのだろう。漠然とした記憶を辿りながら自己紹介を受けた時のことを思い出した。それに連なって昨日の出来事が鮮明に思い出される。

「あいつは!? 【ブラッディ・レベル】の男はどうなりました!? それとみんなは何処に!?」

「落ち着きなさい! 君は回復したといってもまだ動ける状態ではないのだから!」

 女性はそう言いうと、少し起きかけた未だに痺れている俺の上体をベッドに押さえつけた。

 女性の力はたいしたものではなかったが、今の俺の体ではその力にも抗うことができない。

「……ユナが回復してくれたんでしょう? 何故、俺の体はこんな状態に?」

 取り敢えず女性の意見を聞くことした俺は、冷静になって質問した。

「あのねぇ……。回復魔法といえども完璧ではないの。多少の怪我や病気は魔法でなんとかなるけど、その怪我の進行状況によっては回復が困難になる。そのために私がここに存在するのだから」

 女性は呆れながらもわかりやすく説明した。確かに、回復魔法で全て解決するならここに医療機関は必要ないはずだ。彼女が存在していることが、第二人種の能力が万能ではないことを証明している。だが……。

「ユナは一度死にかけた俺を完全に回復しています。この状態も治せるのではないですか?」

「君の今の症状は、怪我や病気による症状とは別のものよ。確かに長官の回復能力は素晴らしいわ。ESの消費が激しくなるけど、瀕死の状態にある患者でもある程度まで怪我や病気を治せる能力を持っている。第二人種に関しては、ESも元の水準にまで戻せるもの。ただ……」

 彼女は言葉をそこで区切ると、一呼吸おいてもう一度話しだした。

「中には彼女の能力を以ってしても治せないものがある。それが今の君の症状というわけ」

 俺は自分の体を見つめながら、彼女に尋ねた。

「この症状は一体何なのですか?」

「わかりやすく言うと後遺症ね。君は一度に多くのESと能力を使い過ぎたのよ。いくら回復してもらったとはいえ、何度も体に負担を掛けるのは良くないわ。そのせいで体力や精神力を回復してもらっても、体に刻み込まれた身体的疲労がとれていないのよ。特に君のような格闘系の第二人種は体を傷つけやすいんだから」

「…………」

 そこまで言われて漸く気がついた。確かに、この症状は引っ手繰り犯を追い詰めた時に、能力の発動限界に達して発現した症状に似ている。無理して能力を使い続け、久しぶりに大技を放った結果、体を壊す事態となってしまったということか。

「まぁ、これに懲りたら能力をあまり使わないことね。その症状も一日か二日過ぎれば治るとは思うけど……だからと言って無理は禁物よ? やり過ぎると症状がひどくなって最後には全く動けなくなるから」

 さらりと恐ろしい忠告をしてもらったが、俺はそれとは別に気になることがあった。

「俺はどのくらい寝ていたんですか?」

「運ばれて来た日を数えるとまる二日ね。とにかく今は安静にしていなさい。症状が治まらなければ、退院も許可できないわ」

 女性が、厳しい声でそう告げた瞬間だった。この病室の扉が思いっきり開かれ、聞き覚えのある元気のいい声が部屋中に響く。

「失礼しまぁぁす!」

 扉の方に目を向けると、そこには風に靡く金髪をポニーテールに束ね、琥珀色の目を煌かした女性――波風ナナ―が立っていた。

「失礼致します」

「邪魔をするぞ」

「うぃーす! アルト!」

 ナナに続いて次々と見慣れた集団が部屋に入ってくる。第七部隊のメンバーである涼香とクリス、そして俺と同じ部隊に所属する兼先が声をかけてきた。

「ちょっと君達、ここは病室なんだからお静かに!」

 俺を診察していた女性は、騒ぎ立てた四人に注意を促す。

「まあまあ、みずき先生。アルトだってみんなが居てくれた方が安心すると思うんで、ここは勘弁して下さい」

 取り成すように兼先がみずきと呼ばれた女医の肩に触れて言った。

「はぁ……しょうがないわね。少しの間だけよ? 速見君は絶対安静にしなければいけないんだから」

 彼女は盛大なため息を吐くと、呆れたように言った。

「さすが、先生! 物分かりがいい!」

 ナナと兼先が声を揃えて喜び合う。その後、みずき先生は少し席を外すからと病室を出て行った。

「よう、アルト。目が覚めたみたいだな」

「目が覚めてホントよかったね!」

「ご無事でなりよりでした」

「元気そうで少し安心したぞ、アルト殿」

「あっ、あぁ……何とか………な」

 突然の騒ぎに驚きを隠せないでいた俺は、兼先達の声に遅れて反応するのがやっとだった。

 そんな俺の反応もつゆ知らずにいた兼先は先程の光景を思い出すかのように言う。

「いや~、あんな美人に診察してもらえるなんて眼福だよなぁ? アルト?」

「それはどうでもいいが、何をしにきたんだ?」

 俺はまた何とかして上体を起こすと返事をする。すると、兼先は当然と言わんばかりのドヤ顔で俺を見て言った。

「決まっているだろ? お前のお見舞いだよ」

 ナナ達もうんうんと同意するように首を縦に振っている。正直、静かにしていてくれたほうが、この症状も早く治りそうだが……。

 そんな思考もあり、俺は素直な感想をぶつけた。

「少し大げさ過ぎじゃないか? 入院って言ってもあと二日もすれば退院だぞ?」

「馬鹿言うな! お前さん、能力を使い切ったあと、身動きひとつとれずにずっと眠り続けていたんだぞ? 鎌瀬がユナを呼びに言っていなかったらどうなっていたことか……」

 先生と同じ事を言われ、俺は片手を上げて停止しながら思わず口を挟んだ。

「それについてはもう叱られたよ。反省はしている。……ところで、鎌瀬とユナはどうしたんだ?」

 二人には助けてもらった礼を言っておきたかった。それを聞いた兼先がすぐに応える。

「ユナは、用があるって言ってどっか行っちまったよ」

「そうか……」

 それを聞いて少し残念に思っている自分がいた。寂しいとかそういう感情ではないが、不思議と今はユナに会いたいという気持ちが湧いていた。

「あっ、でも勘違いするなよ? 一番お前を心配していたのはユナなんだからな?」

 俺の様子を見た兼先が慌てて付け加えた。それに同意するようにナナも口を開く。

「そうそう、あんなに取り乱したユナ初めて見たよ。『自分が巻き込んだせいで、速見君を危険に晒してしまった』って嘆いていたし……でもまぁ、無理はないかな? アルトに回復魔法を使っても目覚めなかったから。私達だってどうなるか心配したんだよ? こんなこと初めてだったし……」

「すまない、アルト殿。私達にもう少し力があれば、加勢できたものを……」

 ナナの側にいたクリスが頭を下げた。俺は慌てて否定する。

「いや、みんなの力が足りなかった訳じゃないさ。今回の敵は、たまたま俺と相性が良かっただけで本当ならみんなの力を借りていたと思うし……」

 そこまで言って、俺は場のしんみりとした空気を変えようと、兼先に向かって言った。

「それより鎌瀬はどこにいったんだ?」

「あぁ、あいつなら……ほら、お前もこっちにこいよ!」

 兼先は病室の扉の方を向くと外にいる人物に向かって言った。その人物は悪態をつきながらゆっくりと入ってくる。

「何故俺が見舞いなどをせねばならん」

「まったくお前も素直じゃねぇな。アルトを心配してユナを真っ先に呼びに行ったのはお前だろ?」

 兼先の言葉を受けた鎌瀬は鼻で笑うと言った。

「ふん、目の前で死なれると後味が悪いと思っただけだ」

「でもお前ら共闘して敵を倒したんだろ? いいコンビネーションだったってユナが言っていたぞ?」

「共闘などしていない! こいつが俺の邪魔をしていただけだ!」

 兼先に今にも食って掛かりそうな声で否定すると、俺を指さして言った。その行為を気にせずに俺は鎌瀬に向かって礼を言う。

「あの時は言いそびれたが……助けてくれてありがとう、鎌瀬」

「ふん、貴様に礼など言われる筋合いはない。だが、忘れるな。次の敵は必ず俺が倒す。お前は側で黙って見ていろ」

「あぁ、そうさせてもらうよ。俺もお前の力量を見てみたいからな。今度は吹き飛ばされないようにしろよ?」

「黙れ。あれは少し油断しただけだ。次は容赦しない」

 俺のからかいなど気にも留めず、鎌瀬は自分の手のひらを見つめると握り拳を作った。

 今の俺達は険悪というよりかは、好敵手が互いの健闘を称えているような暑苦しい雰囲気に見えたことだろう。ナナや兼先がやれやれといった調子で首を振りながら俺たちを見ていた。

 すると、突然思い出したかのように涼香が両手のひらを合わせて言った。

「そうでしたわ! 私達、アルトさんにお見舞いの品を用意して来ましたの」

 そう言うと、涼香は一度病室の外に出てすぐに戻ってきた。その前には台車が押されている。

「入院中は何かとお暇になることが多いかと思いまして、アルトさんのためにこちらをご用意しました」

 台車の上乗せられた山盛りの物体の上にある大きめの布を取ると、そこには山積みにされた数々のライトノベルがあった。

「こ、これはっ!?」

 俺が愛用している学園を題材にしたミステリー小説や今話題の異世界転生もの、さらには一昔前に流行った学園ファンタジー系の作品がずらりと並べられていた。

「アルトさんは、こういうものがお好きだとユナさんからお聞きしまして、本屋さんに直行して買って参りました」

「あ、ありがとう……けど、高かったんじゃないか?」

 手軽さが売りの小説といえども、中古でもない限り一冊辺りワンコインはするはずだ。だが、ここにある本はすべて新品のものと思われる。すべてを受け取るのはさすがに気が引けた。

「そうでしょうか? 思ったよりも安かったような気がしますが……」

 彼女は決して嫌味で言ったわけではなく、首をかしげながら本気でそう思っているようだった。

「あはは、涼香は良家のお嬢様だから。値段は気にしなくていいよ? それに、私達だってそれなりに稼いでいるからね」

 隣にいたナナが弁明するように言った。確か、ユナの話だとここの人達は国に雇われている言わば、国家公務員の役職に位置している。命に関わる仕事の代わりに多少の贅沢が許されているのかもしれない。

「そういうことなら、有難く受け取るよ。ありがとう、柳田さん」

「宜しければ、わたくしのことも涼香と下の名前でお呼びください。私もアルトさんのことをお名前で呼ばせて頂いていますし……」

「わかった。改めてありがとう、涼香」

「はいっ! どう致しまして」

 彼女はにっこりと笑顔を見せると一度お辞儀した。その様子を見た後、続けてクリスが話しだす。

「私は果物を用意した。腹が減っては戦ができぬと、この国では昔から言うそうだな。これからのためにも、しっかりと食べてエネルギーを補給してくれ」

 そう言うと、彼女は手に持っていたバスケットから布を取り出し俺に手渡した。バナナや葡萄に林檎、蜜柑など定番と言った見舞いの品が入っている。甘い香りに食欲がそそられる気がした。

「ありがとう、クリス。お腹がすいた時にでも食べることにするよ」

 そう伝えると、クリスもまた優しく微笑み頷いた。

「じゃあ、次は私だね! はい、アルト!」

 ナナは明るく声を上げると手に持っていた紙袋を俺に手渡した。中身を確認すると、俺の戦闘服と共にここへ来るまでに着ていた学生服が、綺麗に畳まれて入っている。

「これって……」

「私は、裁縫が得意だから破れた部分を縫い直してみたの! あっ、男子寮のアルトの部屋にはマスターキーをユナに借りて入らせてもらったから」

 さり気なく不法侵入をしたと口にしているがそのことには触れず、俺はみんなに心配をかけないよう震える手をごまかしながら戦闘服を広げてみた。

 汚れは綺麗サッパリと落とされ、戦闘中に貫かれた左胸の穴も完全に塞がっている。最初に手にとって見た時と遜色ない仕上がりになっていた。恐らく、学生服の解れなども同様に縫ってくれいているのだろう。俺はナナの方へと向き、頭を垂れて礼を言った。

「ありがとう、ナナ。着替えを用意してなかったから助かった」

 えへへ、と照れ笑いを浮かべながらナナは後ろ手に手を組んだ。

 その後、全員の視線が兼先の方へと向かう。見舞いを渋っていた鎌瀬と違い、当然何か用意してあるだろうという眼差しで見つめた。

 すると、兼先は背筋を伸ばして頬を掻きながら思いついたように言う。

「あー、えーと、その、あれだ、そう! 俺はお前に笑顔を見せに来た! 俺の顔を見て早く元気になれよ、アルト!」

 その様子を見た全員が、ジト目で兼先を見つめる。まぁ、変に期待してしまった俺も悪いのだが、俺の心を代弁するかのようにナナが怒って言った。

「あんたの変顔を見せられたら、アルトの体調が悪化しちゃうでしょ!」

「ちょっ! それはどういう意味だよ! ナナちゃん!」

 兼先がツッコミを入れると、その場にいた全員が笑い出す。鎌瀬も心なしか微かに微笑んでいた。

 一通り話し終えた後、唐突にナナが口を開いた。

「でもアルトの能力、本当に凄かったよね!」

 ナナは目を輝かせながら、戦闘時の様子を思い返しているようだった。

 それを聞いた涼香がクスクスと声を忍ばせながら笑って言った。

「ナナったら、昨日監視カメラの映像を見てからそればっかり言っていますよ?」

「だって、本当に凄かったんだもん! みんなだって感じたでしょ? 建物の中から急激なESの変化を感知したと思ったら、ものすごいパワーが発生して建物の外まで伝わってきたんだよ?」

 ナナが涼香の言葉を返すように、興奮しながら話した。隣にいたクリスも肯定する。

「確かに、あのエネルギーは尋常ではないものだったな。アルト殿、良ければ強くなる秘訣を教えて欲しい」

「あぁ! クリスずるいよ! ねぇ、アルト! 私にも教えて!」

 クリスとナナが一歩前に詰め寄って俺に近づく。俺は両手を前に向けて、戸惑いながら言った。

「い、いや、俺もこの能力については、よく分かっていないんだ。幼い頃、俺の師匠が能力の制御の仕方を教えてくれていたから何とかなっただけで……」

 何とか落ち着いて貰おうと率直に答えたが、二人は俺のその言葉にさらに食いついた。

「とういうことは、アルト殿の師範であるその御方に、我々も稽古をつけていただければよいということだな」

「そうだね! ねぇ、アルト! その人今どこにいるの?」

 期待に目を輝かせている二人には申し訳がないが、黙っていても仕方ないので正直に答えた。

「それが……俺もよく分からないんだ。俺を孤児院に預けたのを最後に、それ以来は見ていない」

 それを聞いた途端、みんなの顔が曇った。ナナとクリスが同時に頭を下げる。

「ごめんね、アルト。私達事情も知らないではしゃいじゃって……」

「少々自分勝手が過ぎたようだ……すまない」

 こういう空気になることは予想していたが、俺は首を横に振って言った。

「いいんだ。ユナにも言ったが、師匠は俺を何処かで見守っていてくれている気がするんだ。ここに来たのも、師匠の情報が得られないかと思ったのもあるし、みんなが気にすることじゃないよ」

 するとナナは顔を上げ、俺の言葉を否定するように見つめていった。

「ううん、それなら尚更気にするよ。アルトを育ててくれた人だもの。今回の事件を解決に導いたのはアルトとその人のおかげってことになるし、私もその人にお礼が言いたいんだ」

 彼女の真剣な願いに俺は頭が下がる思いだったが、唐突に側にいた涼香が提案した。

「でしたら、みんなでアルトさんのお師匠様ししょうさまを捜索するのはどうでしょう?」

「おぉ、それいいね! よし、じゃあ私達で探しだそうか!」

「そうだな。支部からの要請で地方に赴くこともあるし、ついでに探すことくらいは可能だろう」

 その提案にナナやクリスを始め、みんなが次々と同意していく。しかし、俺はその提案を棄却した。

「みんな待ってくれ。気持ちはありがたいが、そこまでしてもらう理由がない。それに、これは俺と師匠の問題だ。ここで情報が得られなければ、俺一人で何とかするさ」

 そう話した瞬間、俺の隣にいた兼先が怒ったように言った。

「水臭ぇぞ、アルト! ここまで、俺達に話しておいてそれはねぇだろ。それに、俺達はもう仲間だ。仲間のためならこんなこと苦労でも何でもねぇんだよ」

 俺は兼先の顔を茫然と見た後、ナナ達の方も見遣った。みんな微笑みながら頷いている。言いようのない嬉しさと感謝の気持ちが腹の底から込み上げてくるようだった。

「みんな……ありがとう」

 俺は出来る限り深々と頭を下げる。これ以上話していると柄にもなく泣いてしまいそうだった。

 その様子を見てみんなは微笑み合う。兼先は振り返ると、鎌瀬に向かって言った。

「お前もそれでいいな? 鎌瀬?」

 ずっと黙って様子を見ていた鎌瀬は一息つくと素っ気なく言った。

「覚えていたら、協力してやる」

 短い言葉の中に彼なりの優しさが込められている気がした。

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