第17話
剣先から稲妻が飛び散り、室内を激しく照らし続ける。無残に振り下ろされたその剣尖は俺の体を…………切り裂くことなく空を切った。
「なにっ!?」
男が驚愕の声をあげる。さっきまでそこにいた俺の姿が急に消えたのだから驚くのも無理は無い。
当の俺はというと、男の後ろ側に周り片手で相手の肩を支え、もう片方の手でフードを掴むと思いっきり後ろに引っ張った。
無理やり引っ張られた布地がビリビリと音を立てて引き裂かれ、男の後ろ髪と背中が顕になる。
「やっぱりそういうことだったか……」
俺は男と距離と取りながら、その背中を見つめて言った。
伸びきった黒髪が襟足を隠していたが、首より下ははっきりと見て取れる。その体は、人間のそれではなく、金属の合金でできた機械式の甲冑に覆われていた。
「お前ぇ……どうやってぇ……」
男はこちらに振り返ること無く、肩を震わせながら俺がそこにいたはずの地面を見つめていた。
「簡単なことさ。あんたがやってみせたように、俺も今まで抑えていた能力を解放させたんだ。そのお陰で、さっきまでのスピードに慣れていたあんたには、急に俺が消えたように見えたんじゃないのか?」
「なんだとぉ!?」
ここで漸く男は振り返り、俺に素顔を晒した。
団栗眼に近いギョロ目は眉間に皺を寄せている。髪は男性にしては長く白髪交じりの前髪だけが短く剃られている。年は恐らく二十代後半くらいだろうが、顔だけ見ると痩せた頬にできた皺のせいでやたら老けて見えた。
人を外見で判断する気はないが、この見た目で電車に乗っていたら、不審者に間違えられるのは無理ないと思う。
「嘘をつくな!」
男は以前と同じ冷たく低い声を発したが、顔のせいで前よりも迫力にかけていた。
「お前は言っていただろう! 俺と戦うだけで精一杯だと! ならあれ以上スピードが上がることはないはずだ!」
「あんた何か勘違いしていなか?」
「なにっ!?」
男の怒りは頂点に達しているのか、今にも襲い掛かる勢いでこちらを睨んでいる。俺は警戒しながらも続けた。
「格闘系の第二人種は自身の体を強化して戦う。だから、俺のこの
「そんなことは知っている! 何故、お前にあれ以上のスピードが出たのか聞いているんだ!」
「わからないか? 俺は自分の全力を出しているとは言ったが、格闘系の
男は未だに納得ができなかったのか、俺を睨んだまま続けた。
「ふざけるなぁ! 最初から俺を舐めてかかっていたというのかぁ!?」
「いいや、そうじゃない。あんたの言ったとおり、俺の能力はESの消費が激しく、使用後の筋肉への負担が半端ないんだ。だから、普段は能力を使用する際、体に負担が掛からないようにある程度抑える必要がある。この状態も長くは保てない。やり過ぎると筋肉を痛めるからな」
男は顔を細かく震えさせながら尚もこちらを睨んでいる。だが、俺も男に確かめたいことがあった。
「今度はこっちの質問に答えてもらうぜ? あんたの
「ちっ!」
男は舌打ちをした後、断片となったフードを自ら破り捨てた。男の上半身が顕になる。
全体がいぶし銀の合金で作られた甲冑は、腕の関節部分に黒い管のようなものがいくつもつながっている。首元より上と手の甲に関しては、肌が露出していたが、それ以外は機械の装甲そのものだった。印象としては、人型の人工ロボットであるアンドロイドを想起させる様相だ。
恐らく下半身も――今は黒いズボンを履いているが――同じような作りになっていることだろう。
推量していると、男は口を開いた。
「こいつは、第二人種用に改造された身体機能向上装置、通称【バトル・アーマー】だ。元は介護用の補助器具として設計されていたものを俺達の組織が組み直し、格闘系と同レベルの動きを可能にした」
「道理であんたの能力についての話になった時、はぐらかしていたわけだ。フードを被っていたのも身分を隠すためだけでなく、戦闘になった時、武器系と格闘系の動きをして相手を攪乱させるためでもあったということか」
今までの動きを考えるとこいつはただの武器系の第二人種というだけで、他の能力を持っているわけではなかった。その証拠を裏付けるこの【バトル・アーマー】という補助器具がこいつの力量そのものを上げている事になる。ならこの装置を何とかしなくてはならないが……。
俺が考えをまとめていると、男が続けて言った。
「機能はそれだけではない。この装置のお陰で、ESの消費を抑えられる。普通は能力を使用すればESが放出されるが、この装置は放出されたESを読み取り、吸収して体に送り込むことができる」
男が自分の体を指さしながら得意顔で話す。それを聞いた俺は合点がいった。
「だから、ESの消費を気にせずに能力を使いまくっていたんだな?」
「そうだ。この装置のお陰で俺の人生は変わった! あらゆるものが俺に跪き、恐怖する! それを見下ろすのは最高だった! だが、何故気づいた?」
男は一度笑みを浮かべながらそう話すと団栗眼を俺に向け睨みつける。俺はその気迫に負けないよう見つめ返すと言った。
「おかしいと思ったのは、お前がこの部屋に現れた時だ。ESの反応を探っていた俺の仲間が、あんたを見た時反応がなかったと言っていた。どんな第二人種でも能力を使えば、ESの反応が起こる。いきなり屋上からやって来るなんて、格闘系か魔法系の能力を使わなければできないような芸当をやってのけたからな。何かあると思っていた」
「なるほどなぁ、次からは登場の仕方にも気をつけるとしよう……さて、お喋りはもう終わりだ。そろそろ、殺し合いを再開しよう」
男はもう一度武器を構えると、意識を俺に集中させる。俺も攻撃体勢に入りながら言った。
「俺はあんたを殺す気はないけどな」
「余裕だな。お前のそれは時間制限があるが、こっちはほぼ無限に能力が使えるんだぞ? 少しは絶望したらどうだ? 本気で来なければお前は死ぬぞ?」
「どうかな? 仕組みさえわかれば、あとは簡単だ。その装置を破壊すれば、あんたはただの武器系に逆戻りする。それに、その装置も耐久性に問題があるんじゃないか?」
俺は男の腹部の辺を見て言った。最初に、男を殴った時にできたと思われるひびが入っている。そのすぐ近くには刺し傷があり装置の装甲が欠けていた。こちらは、男性がナイフで刺した時にできたものだろう。
男はにやりと笑うと自分の腹部を見て言った。
「確かに、この装置はまだ完成していない。俺が実験体となり、データを収集している最中なんでなぁ。だがお前を殺すには……充分だぁ!」
そう言うと男は走り出し一気に俺との距離を詰める。
俺の感覚では、能力の発動がもう限界近くにきている。次の一手で止めを刺せなければ、俺は殺されてしまうだろう。
一か八か、あの技に賭けるしかない! そう思った俺は全身に力を込めて、能力を最大限に引き出した。こちらに向かってくる男に正面から向き合い、俺も一気に加速する。
あまりの速さに男は反応できず、いきなり懐に現れた俺に目を見開いていた。
すかさず、俺は男の腹部に強烈な一撃を与える。装置の割れ目が激しくなり、破片が周囲に飛び散った。
男の体が宙へと浮き、後ろに吹き飛ばされそうになる。しかし、俺は瞬時に男の後ろに回り込むと背中に一撃を叩き込んだ。装置の背中側に亀裂が入りさらに金属が砕け散る。
男は宙に浮いたまま今度は前方に吹き飛ばされそうになったが、俺はさらに加速すると男の横に廻り、脇腹に一撃を放った。
こうしてあらゆる方面から何度も繰り返し打撃を与え続ける。その数は、一秒間に約十発、高性能機関銃と同じ速さだ。それをわずか十秒の間に、隙間なく攻撃していく。その様はまるで流星が降り注ぎ、ぶつかり合った隕石が四散するかのように……。
これが俺の唯一にして最大の技【メテオライト・バースト】。幼い頃、師匠に教わったこの奥義は、使用者の精神と体力を大幅に削る代わりに、爆発的な力とスピードで敵を屈服させる。
発動後は、丸一日動けなくなるほどのデメリットがあるため、万策尽きた時以外は使用を禁じられていた切り札だ。
「ぐぉおおああ!」
男が俺を捕らえようとタイミングを計らい、左手でつかもうとするが、それを往なして更に左腕の装甲を破壊する。
度重なる殴打で男のズボンも引き裂かれ、下半身の装置が浮き彫りになると、足の装甲にも打撃を加え砕いていった。
「うぉおおああああ!」
俺は体の底から力を振り絞り、声を上げながら、男の装甲を次々と破壊していく。全神経を研ぎ澄ませ、体が悲鳴をあげるその瞬間まで、筋肉を強張らせながら
男の身を包んだ装甲が崩れ去り肌を露呈させると、最後の一撃を浴びせるために右手を突き出す。
しかし、男はこの瞬間を待っていたようで、右手に握り締めたままの武器を振りかざした。
「死ねぇええええ!!」
振り下ろされたその刃を躱す気力はもはや残っていない。
ダメだ! 先に殺られる!? そう思った瞬間だった。俺の肩越しから高い金属音が軋りながら横を掠めた。鎖鎌の分銅が伸びていき、男の右腕を捕らえたのだ。
「!?」
男は驚き、俺の後方へと伸びた鎖の先にいる人物を見遣る。割れたガラス窓の窓枠に吹き飛ばされたはずのその男が立っていた。
俺は敵の注意がそちらに向くことで生じた一瞬の隙を見逃さなかった。
「これで……終わりだぁああ!」
突き出した右腕に全身全霊を注ぎ込み男の腹部に命中させる。
「がぁああああああ!」
男は最大限の悲鳴をあげ、後方へ吹き飛ばされると、先程突き破った壁の更に奥の壁をいくつも突き破り、ここから四つ先の部屋の壁で轟音を立てて漸く静止した。
ぶつかった衝撃で壁に大きな窪みと亀裂が走り、その壁が崩れ去る。男はその瓦礫に上半身だけを残して埋もれていった。
「はぁ……はぁ……」
俺はその様子を見ながら息を整える。恐らく死んではいない。その確信が俺にはあった。
奴は金属の補助装置を身に纏っていた。それがクッションとなり、衝撃を和らげ致命傷にならずに済んだはずだ。
倒れたままの男を見ながら、酸素を吸い込もうと思いっきり深呼吸をする。息を吐いた瞬間に後ろから話しかけられた。
「やっと、片付いたか……」
俺は振り返ると、その声の主を見遣る。左手に鎖鎌を携えたその男は、服が少し汚れていたが、あまり怪我を負っていないように見えた。
「無事だったんだな、鎌瀬……」
何とか声を出した俺はその男の姿を見ていった。
「人のことを心配している場合か? 俺がいなかったら貴様は確実に死んでいたぞ?」
「あぁ……お前には二回も助けられたな……ありが……」
感謝の気持ちを述べようとした瞬間、全身から力が抜ける。体が前に倒れると、激しい痛みが駆け巡った。
「おいっ!? しっかりしろ!」
鎌瀬が俺に駆け寄るが、声を出す気力もない。薄れゆく意識の中、最後に師匠の微笑んだ顔が見えた気がした。
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