第16話

「あ~あ、つまんねぇなぁ」

 フードの男は男性の反応に退屈したのか、右手に持った武器を振り上げる。

「もういい。お前で遊ぶのも飽きたし、そろそろ死ね」

「ひぃいい!」

 恐怖で身動きが取れず、死を覚悟した男性が両手を顔の前に向けて目を瞑る。

 電流を帯びた光剣が振り下ろされるまさにその瞬間、部屋の扉が激しい衝突音を立てて勢い良く開いた。

 フードの男の動きが止まり、何事かと音のした方を見遣る。そこには、足元から首までを黒いタイツもとい戦闘服に身を包んだ男――要するに俺だが――が立っていた。

「はぁ……はぁ……」

 俺は息を整えると、部屋の中を一見する。扉のすぐ側には、既に動かなくなった女性の遺体が、そして前方の壁にもたれかかるようにして座っている男性と、その男性に今にも襲い掛かろうとしているフードの男の姿が見える。

 フードの男は、こちらを凝視したまま体勢を変えると俺と向き合った。

「やれやれ、今宵は本当に客人が多いな」

 突然の介入に驚くこともなく、至って冷静な反応を見せる。

「悪いが、俺は客じゃないんだ」

 こちらも冷静さを保たせようと声を出すが、情けないことに少し声が震えていた。フードの男から言いようのない殺気が犇々と伝わってくる。その殺気に気後れしないように、精神を保たせるのが精一杯だった。

「ほう、客人ではないとしたら何をしにきた? しかも、お前からは異様な大きさのESを感じる。第二人種が道に迷ってこんな所に紛れ込んだとでも言うのか?」

「決まっているだろ。あんたを捕まえに来たんだ。その人も解放してもらう」

 俺はフードの男の後ろにいる呆然とこちらを見ていた男性を顎で軽く指して言った。

「フフッ……はははぁっ……そうか……お前、【SCCO】の一員だな? 今日もお勤めご苦労なことだ。だが、お前たちが俺を捕まえられたことが、今までにあったか? いい加減諦めろよ。お前たちに俺を捕まえることなんて一生無理だ」

「どうかな。追いかけっこは今日で終わるかもしれないぜ?」

 刑事ドラマのセリフのような恥ずかしいことを言ってしまったが、会話で時間を稼いでこの状況をどう対処するか考えていたためだと自分に言い訳してみる。

「マーキングをするつもりか? 無駄だ。俺がどうして冷静でいられると思う? 逃げ切る自信があるからだ。それに、マーキングには欠点がある。それを行うものは、精神を集中させなければならない。つまり、それを行う間は完全に無防備だ。お前がその素振りを見せた瞬間、俺はお前を必ず殺す」

 そう言いながら、フードの男は手に持った武器を構えた。おびただしい電流が音を立て、刃の部分が光り輝いている。薄暗いこの部屋が、男の武器によって明るく照らされていた。

 すかさず、こちらも戦闘体勢に入る。といっても、俺には戦闘経験がまるでない。師匠にも能力の制御の仕方については教わっていても戦う術はただ一つの技を除いて、教わってはいない。テレビで見た格闘家の基本姿勢を真似る程度のことしかできなかった。

 しかし、それを見た男は警戒を緩めると、構えていた武器を下ろして口早に話した。

「だが、その前に仕事を片付けるとしよう」

 そう口にした途端、男は振り返り男性を突き刺そうとした。

 周りのすべてがスローモーションのように感じられる。能力を無意識に使用し、俺は男性の元へと駆け出していた。

 男の刃が男性へと突き刺さる寸前の所で、男性を抱きかかえ扉の位置まで戻る。刃が貫いたのは、部屋の壁だけだった。

 電流が壁を伝わり放射線状に広がる。発光はすぐに収まり、男の壁に刺さったままの武器が一声を立てて光っている。

「…………ふぅ、人の仕事を二度も邪魔するとは、社会勉強が足りないなぁ」

 フードの男は声を震わせながら首を動かし、横目でこちらを睨みつけた。顔が見えたわけではないが、言葉の端々に怒りがこもっているのが分かる。

「あ、あの……今あなた何を……」

 俺の腕の中で体を縮こませながら、中年の男性が尋ねた。俺はその問には答えず、フードの男の様子を見ながら男性に聞いた。

「立ち上がれますか?」

「へっ?」

 男性はまだ緊張と恐怖で思考がうまくできないのか、間抜けな声で聞き返す。

 俺はもう一度、こちらの意図が伝わるようにわかりやすく言った。

「もし歩けるなら、今すぐここから逃げて下さい。あいつは俺が引き止めますから」

 男性はようやく俺の言葉を理解したようだったが、首を横に振って言った。

「そうしたいですが、無理です。あの男に足をやられてしまって……」

 そう言われて、俺は男性の体を一瞥する。

 スーツは既にボロボロで、ズボンの切れ目からは血が滲み、ねずみ色の一部を赤黒く変えていた。男性の痛ましい姿にフードの男への怒りが湧いてくる。

 すると、男性は首を動かし女性の遺体を見ながら続けて言った。

「それに、彼女を……私の妻をここに置いていくことはできません……」

 俺も同様に女性の方を見た。もう少し早く動いていれば、彼女も救うことができたかもしれない。

 自分の不甲斐なさを恨みつつ、男性に申し訳ない気持ちを抱いたまま言った。

「……奥さんも後で必ず、あなたの元へと送り届けます。ですから、今は逃げることだけを考えましょう」

「逃げる……だと? そんなことが許されると思っているのか?」

 ここでフードの男が口を挟んだ。壁に刺さった剣尖を引き抜きこちらに向き直る。

「お前は俺の邪魔をした。しかも、俺たちの組織に敵対する【SCCO】の一員であるお前が、獲物を連れて逃げるだと? ふざけるなぁ!」

 そう言い放った瞬間、男は武器を振り下ろした。

 咄嗟に男性をかばうようにして左に避けたが、右の肩先が刃とこすれ合う。戦闘服に切れ目が入り微かに血が滲んだ。

「くっ!」

 傷口は浅いが、切られた箇所から電流が走り僅かな痺れを引き起こす。

「ほう、よく躱したなぁ。しかも、その動き見間違えでは無かったか。まさか、こんな所で格闘系の第二人種に会えるとは……。だが、いつまでも同じように避けられると思うなよ?」

 フードの男はもう一度振りかぶると勢い良く剣を振り下ろした。

 敵の動きを見極めながら、何度も繰り返し攻撃を躱していく。その度に対象を見失った光剣が壁や床を切り裂き、部屋を荒らしていった。

「はははっ! ほらほら、どうした! 逃げてばかりじゃなくかかって来いよ!」

 男は躊躇いなくそれでいてこちらを弄ぶかのように、わざと攻撃を外しているようにも思える。

 だが、ここで先程できた床の亀裂の一端に足を取られてしまった。

 男性を抱きかかえたまま床に体を滑らせ、数メートル先で漸く止まった。

「だ、大丈夫ですか!?」

 男性が俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。俺は応える代わりに首を縦に動かした。

「あ~あ、もう終わりかよ。せめてその荷物を捨てたらどうだ? そうすれば少しはまともに戦えるだろ。どれ、俺がその手伝いをしてやるよ」

 男は狙いを男性へと定め剣を向けた。光が一閃の筋となり男性に襲いかかる。

 俺は瞬時に体を起こすと男性を突き飛ばした。加減をしなかったため、男性は突き飛ばした先の壁面にぶつかると気を失ってしまったようだが、剣先は男性に当たること無くまたもや空振りに終わった。その様子を見た男が呆れたように言う。

「……お前もしぶといねぇ。何故そこまでこの男を助けようとする? お前にとったら赤の他人だろ?」

「俺は自分の目の前で起きた理不尽な行いが許せないだけだ……それが他人のことかどうかは関係ない」

「ハハッ、言うねぇ。お前も俗にいうヒーロー気取りの正義マンって奴か? そういう奴が他人の人生を狂わせるんだ。何の躊躇いもなくなぁ」

 男は唐突に天を仰ぐと過去に思いを馳せているようで、ゆっくりと語った。

「俺は、こう見えて昔は一流企業の営業マンだった。業績は鰻登りでまさに順風満帆な人生を送っていた。だが、ある時クソ女が俺を痴漢扱いしやがった。俺は必死に弁明したが聞き入れてもらえず、しかも周りにいた男性が俺を一方的に犯罪者と決め付け取り押さえた!」

 男は顔を正面に戻すと、小さな声で続けた。

「その後はお察しの通りって奴だ。職を失い、恋人を失い、家族にも見放された。生きていることが苦痛でしかなかったよ。この世のあらゆるものを疎ましく思った。もし神が存在するなら全ての人間を呪い殺す力が欲しいと思ったほどだ!」

 男は過去を彷彿させ、当時の自分の感情をぶつけているようだった。

「だがある時、行き場を失った俺に声をかけてきたのが、今の組織だ。まさに、神様が目の前に現れた気分だったよ……俺はそこで能力を覚醒させ、もちろん俺を嵌めたクソ女は探しだして殺した」

「……お前の言う組織は【ブラッディ・レベル】のことか?」

 俺はユナから聞かされていた犯罪組織とこの男に関わりがあるのかを確かめるため、質問をした。男は笑みを浮かべながら肯定する。

「あぁ、そうだ。だが、組織に入り女を殺しても俺の乾きは癒されなかった。何故なら、まだ復讐していない相手がいたからな! そう、あの時俺を取り押さえた偽善者どもだ! そして、俺は奴らを破滅させた上で、殺す方法を考えた……」

「まさかっ!?」

 男の口振りから俺の頭によぎった考えを肯定するように男は続けて言った。

「そうだっ! これまで殺した連中のうち最初の三人は俺を取り押さえた奴だ! 俺と同様に結構な人生を歩んでいたくせに人の人生を台無しにしたから報いを受けたんだ!」

 男は勝ち誇ったような笑みを浮かべると声高に叫んだ。だが、俺はそれに異を唱える。

「それなら何故他の人も殺したんだ? この人だってあんたの人生には何の関係もないだろ?」

 男は笑みを浮かべたまま、未だ気絶している壁に凭れた男性の方へと向くと冷たく言い放った。

「こいつも殺した連中同様、金にだらしない奴だ。そんな奴は本来生きている価値もない。こいつの金を他に有効利用したほうがマシだ」

「……あんたの言い分は分かった。だが、それは結局あんたの独り善がりだろ?」

「何だと……?」

 男の顔から笑みが消え、俺の方を向いた。俺が口にした言葉の真意を探ろうとしているのか、男の感情すべてが俺に向けられているようで怒りが伝わってくる。しかし、俺は気にせずに続けた。

「確かに冤罪をかました女性は最低だ。そいつがいなければ、あんたの積み上げてきた人生が崩されることはなかっただろう」

「そうだ! そいつのせいで俺はこうなった!」  

 男が口を挟もうとしたが、それに負けない声量で話す。

「けどな、取り押さえた人は別だ! その人達はその人達なりの言い分があったはずだ! もし本当に痴漢が行われていたとしたら、犯人を許せないっていう気持ちがそうさせたんだ! 一方の考えだけを主張して、取り押さえたのが悪いっていうなら、そいつらの言い分を聞かずに一方的に殺したあんたも同罪だろ!」

 男の口元が歪み、激しく歯ぎしりをした。そして、俺に向かって怒声を浴びせる。

「知ったようなことを言うな! お前は当事者じゃないからそんな軽い口が利けるんだ! 試しに人生を台無しにされてみろ! きっと俺と同じようにするはずだ!」

「いいや、例えそうなったとしても、俺はあんたみたいに人を殺さない! それにどんなクズが相手でも、自分勝手な判断で人を殺していい理由にはならないんだ!」

 男は俺の一言に逆上した。刃をこちらの方へと向けて威嚇する。しかし、一度俯くと声を震わせながら小声で言った。

「……いいだろう。なら、証明してみせろ。誰も殺さないと言ったお前自身の命を賭けてなぁ!」

 男は再び武器を構えると、未だ気絶して壁にもたれかかっている男性の方に向けた。瞬時、剣先の光がまっすぐ伸びていき男性に襲いかかる。

 俺は反射的に男性の目の前に飛び出していた。

 その結果、刃が俺の左胸を貫き、男性の真横の壁に突き刺さる。

「自分が代わりに刺さることで、剣尖の向きを無理やり変えたか……」

 男は、俺が飛び出ることを予想していたようで、驚きもしていないばかりか、恐ろしいことに俺に傷を与えたことで、冷静さを取り戻しながら話していた。

「ぐっ……」

 左胸からだんだんと血が滲み出す。痛みは耐えられるレベルだが、この状況を何とかしないとまずい。

 男性は動けず、攻撃を避けまくっていたせいで、部屋のドアからも遠のいてしまった。可能性があるとすれば、敵の注意を俺だけに向けて、男性に被害が出ないようにフードの男こいつを倒すしかない。

 一か八か、俺は相手を挑発することにした。

「……くだらねぇな」

「あぁん?」

 男は俺の言ったことが聞き取れなかったのか、聞き返してきた。もう一度大声で言い放つ。

「くだらないって言ったんだよ。あれだけ息巻いていたからどんな攻撃かと思ったら、案外大したことないんだな。しかも、あんたはこの人を狙わなければ、俺に傷をつけることもできやしない」

「ふははっ……安い挑発だな。俺がそんなことで怒り狂ってミスを犯すとでも思ったか?」

 男は俺を嘲笑うかのように言った。しかし、俺は構わず挑発を続ける。

「よく言うぜ。さっきまで顔を真赤にして怒っていたじゃないか。茹でタコを思わせるくらい変な顔だったぞ? それに、あんたの攻撃が今まで当たっていなかったのも事実だからな」

 男はそれを聞くと笑うのをやめた。そして、侮蔑の意味を込めて言う。

「わざと攻撃を外してやっていたのにそれに気づかないとは……とんだ鋭い感性の持ち主のようだ。だが、いいだろう。お前のその挑発に乗ってやる。後悔するなよ?」

 これでいい、取り敢えず注意をこちらに向けることはできた。後は体勢を整えて反撃に出るだけだ。

 そう思って奴の武器を引き抜こうと片手で刃を握った瞬間、体に強烈な痛みが走った。

「がぁああああ!」

 体中を電流が覆い、身動きが取れなくなるほどの痺れを引き起こす。体の痛みに耐えようと踏ん張っていると、男が笑いながら話しかけた。

「痛いだろう? 苦しいだろう? 俺のやいば【ライトニング・レイディアンス】は敵の体を切り裂き、傷口から大量の電流を体内に流し込む。その量はおおよそ一○○○アンペア! 人は五○ミリアンペアで感電死すると言われているが、まぁ、お前は第二人種だ。多少の抵抗はあるだろう。だいたい一○○ミリアンペアまでは耐えられるだろうが……どのみち俺の武器は即死レベルだ。刺さった時点でお前は死ぬんだよ! 残念だったなぁ!」

 男が何かを語っていたが、俺は意識を保とうとするのに必死で、耳をつんざく電流の音以外は耳に入っていなかった。

 しかし、抵抗も虚しくだんだんと意識が遠いていく。死がこちらに来るように手招いており、一歩一歩進む度、心臓の鼓動が薄れていくような感覚に陥った。

 叫ぶ気力もなくなり、次第に自分の声も小さくなる。動悸もゆったりとしたものとなり、血流を感じられなくなったその時、部屋の扉越しに女性の声が響いた。

「今よ、鎌瀬君!」

 突然衝撃音がしたかと思うと、床から鎖鎌の分銅が飛び出しフードの男の体を巻き付ける。 男が完全に身動きを封じられると、手に持っていた武器を離した。その拍子に俺を貫いていた光が薄れ電流も収まる。

 俺はそのまま前に倒れ込んだが、駆け寄ってきた女性に抱きかかえられると、その女性はすぐさま呪文を唱え始めた。

DiaディアSanaサーナEtエトSalvaサルバEumエウム!」

 女性の手のひらが輝き、俺の左胸の傷口へと翳される。すると皮膚のみならず欠落した筋肉や骨、肺までもが元通りに完治された。

 俺の意識は次第に覚醒し、その女性の名前を呼んだ。

「ユナ……」

「全くもう! だから、もう少しだけ待ってと言ったのに!」

 意識の戻った俺を見てユナは開口一番怒り出す。申開きをするために慌てて言った。

「いや、あの状況は仕方なかっただろ? あの人に危険が迫っていたし……」

「そんな言い訳聞きたくない! 私がどれだけ心配したと思っているの? 戦闘服が絶縁体のものでなければ、今頃死んでいたかもしれないのよ? そうなったら今の魔法も効かなかったんだからね?」

 この戦闘服にそんな加工がされていたのかなどと呑気な事を考えたが、よく見るとユナの目尻には涙が溜まっていた。不安にさせて迷惑をかけてしまったことに今さら気づき、申し訳がなくなる。

「……悪かった。心配させて」

 きまりが悪く左手で頬を軽く掻きながら目を逸らし短くそう伝えると、ユナに優しく抱きしめられた。

「……良かった。生きていてくれて」

 耳元でそう告げられ背中に回された手に力が入る。俺も自然と彼女の背中に腕を回そうとした途端、フードの男が口を挟んだ。

「どうでもいいけどよぉ。いい加減、これを外してくれねぇか?」

 体中に巻き付かれた鎖を見ながら男が叫ぶ。ユナは俺の体から少し離れると、フードの男に向かって言った。

「残念だけど、それはできないわ。あなたにはこのまま収容施設まで付き添ってもらうから」

 そう言われると男は横目でちらりと窓の方を見る。すかさず、ユナが冷静に男を睨みながら続けた。

「逃げようと思っているのなら無理よ。下には私達の仲間が待機しているし、あなたがやって来た屋上も封鎖したわ」

「封鎖ってどうやって?」

 フードの男の代わりに俺がユナに尋ねた。すると、彼女は俺の方を向いて説明する。

「柳田さんの能力で屋上一帯を凍らせたの。彼女の武器は、水属性の中でも特殊な武器に相当するから」

「ってことは、第七部隊が到着したのか?」

 ユナは応える代わりに大きく頷き、経緯を説明した。

「第七部隊が応援に来た時、ESの反応で気づかれるかと思ったのだけど、速見君が注意を引いてくれていたお陰で気を逸らせたみたい。だから、準備が整いしだい突入するつもりだったの……でも、急に速見君のESが小さくなるからびっくりしたわよ。すでに建物の中に私達がいたから間に合ったんだからね!」

 最後の一言は怒りながら言われた。

 話しを蒸し返されそうになったので、俺は別の質問をして気を逸らす事にした。

「そう言えば、鎌瀬は? 一緒じゃなかったのか?」

「鎌瀬君なら……」

 ユナが何かを言いかけていたが、先程鎖鎌が飛び出してきた箇所から新たに亀裂が入り、その周辺が轟音を立てて完全に崩れ落ちた。

 崩れた箇所から煙が立ち上り、フードの男の姿が見えづらくなる。すると、出来上がった床の穴から鎖鎌の持ち主である男――鎌瀬本人――が飛び出てきた。

「鎌瀬なのか!?」

 そいつの後ろ姿を見た俺は、思わず声をかけた。しかし、その男は一瞬俺を見ただけで、すぐに目の前の敵に視線を向ける。

「やれやれ、次から次へとお仲間がどんどん増えるとは……本当にしつこいな」

 鎌瀬の姿を見たフードの男は、うんざりしたように言った。

「こいつらと一緒にするな、頭数には入っていない。貴様の相手は俺一人で充分だ」

 俺の問には答えなかった鎌瀬がフードの男に言い放った。その様子を見たフードの男は嘲笑うように続ける。

「ほう、仲間割れか? それとも威勢がいいだけの馬鹿か?」

「黙れ。貴様の命は今俺が握っていることを忘れるな」

 鎌瀬は左手に持った丈の長い鎌を斜に構え、右手に持った鎖を手前に引き寄せる。

 フードの男の体が少し前へと傾き、体中に巻かれた鎖が擦れ合い軋みながらさらに強く絡まった。

 どういう原理で動いているのか分からないが、ユナが言っていたように武器系の第二人種は持ち主にとって最適な武器を呼び出し、それを手足のように自由自在に扱えるらしい。

 現に今の鎌瀬は己の鎖を、まるで蛇使いが蛇を操るかのごとく使いこなしていた。

 だが、フードの男は先程から余裕な表情で笑みを浮かべたまま話している。身動きの取れないこの状況では、武器系の第二人種にとって抵抗の仕様がなく、敗北を意味しているも同然なのだが……。

 諦めたということなのだろうか。いや、それにしては余裕があり過ぎる。今まで捕らえられていなかった奴が今回初めて捕まってしまったのだから、もっと焦りを見せてもいいはずだ。 思考を巡らせていると、隣にいたユナが話しかけてきた。

「速見君、どうかしたの?」

「いや、あいつに余裕があり過ぎるのが気になって……」

「大丈夫よ。後はあいつを連行するだけだから。今日はお疲れ様。あとはゆっくり休んで……」

 ユナが労いの言葉をかけようとした瞬間、フードの男が笑い出した。

「フフッ……ハハッ……あははぁ!」

 部屋にいた全員の意識がフードの男に集まる。鎌瀬がすかさず、鎖を動かして言い放った。

「黙れと言ったはずだ!」

「悪い、悪い。お前ら本当にお気楽な連中だと思ってなぁ」

「なんだと!?」

 鎌瀬の持つ鎖に力がはいる。それに連動してフードの男の体はさらに強く縛られた。

「鎌瀬君あまりやり過ぎないでね。この後取り調べが待っているんだから」

 それを見ていたユナが忠告する。鎌瀬は「分かっている」と短く返した。

 しかし、フードの男は尚も笑みを浮かべたまま話す。

「もう勝った気でいるのか? こんな枷にもならない道具で俺を捕らえた気でいるのか?」

 その言葉を聞いた途端、俺は何故彼が余裕だったのかその訳に気づいた。瞬時に、鎌瀬に向かって叫ぶ。

「鎌瀬! そいつから離れろ!」

「なにっ!?」

 鎌瀬が一瞬こちらに気を取られた隙を逃さず、フードの男は力を込める素振りを見せると体中に巻き付かれた鎖を糸もたやすく解き放った。

 そしてそのまま鎖の一部を掴み、鎌瀬の体ごと一気に手繰り寄せる。突然体が浮いた鎌瀬は体勢を整えることができず、為す術がないままフードの男に向かっていき、男の左腕で弾き飛ばされた。

 勢いよく室内のガラス窓を突き破り体が外へと放り出されると、鎌瀬は地面に向けて落下していく。

「鎌瀬君!」

 咄嗟にユナが窓の方に駆け寄る。だが、フードの男は次の攻撃体勢に入ろうとしていた。

 男が己の武器を拾うと同時に俺もユナに駆け寄る。再び稲妻を帯びた光の刃を生成すると、ユナに向けて斬りつけた。

「ユナ!!」

 俺は彼女に手を伸ばし、抱き寄せると間一髪の所で剣先を躱す。そのまま部屋の一隅に移動した。

 フードの男は一息つくと、手に持った武器の光の量を調整する。刀身を太刀の長さくらいにすると、武器を構えたまま俺に向かって言った。

「よく俺が女を狙うと分かったな?」

 俺はユナをかばうように前に出ながら、その問に答えた。

「この状況で俺やこの人を狙う意味が無いからな」

 俺は依然として気絶している男性を指さしながら言った。

「仮にこの人を狙っても俺が止めに入るし、戦闘が長引けばユナが回復する。そうなったら、あんたにとって一番厄介なのは、回復役のユナ以外いないだろ」

「ただの逃げるだけの臆病者かと思っていたが……それなりの思慮深さもあるようだ」

「それはどうも。ただ、あんたはいい趣味をしているとは言えないな。いつでも脱出できたのに、わざと縛られていたのか?」

 鎌瀬の武器が通用していなかったのなら、さっさと動き出して俺に止めを刺すことができたはずだ。それをしなかったのは、単にいつでも殺せるという余裕からなのか、もしくは、別の理由があったということだろう。

「お前が【SCCO】の一員だと分かった時点で、増援は予想していた。だが、いつまで経っても現れなかったからなぁ。わざと窮地に陥ったふりをして何人現れるかを調べていたんだ」

「そんなことをしなくてもESを感知すれば良かったんじゃないのか?」

「生憎俺は、補助型ほど器用じゃないんでねぇ。お前のような強いESの持ち主がそばにいると、他の連中を感知しにくいんだ」

 ここで、後ろにいたユナが男に向かって口を開いた。

「やはり、あなたは武器系であり格闘系でもあったのね。鎌瀬君の武器を力任せに捩じ伏せるなんて芸当、並の武器系には無理だもの」

「さぁ、それはどうかなぁ」

 男は肯定するわけでもなく、この話題を避けるように続けていった。

「まぁ、いずれにせよ。お前らは生きて返すつもりはない。ここで出会った以上は全員殺す。無論、外にいる連中もなぁ」

 男は軽く舌なめずりをして見せた。ここからは恐らく相手も全力で来るだろう。そう思った俺は側にいるユナに囁いた。

「ユナ、あいつの相手は俺にさせて貰えないか?」

 俺の唐突な提案に驚いたユナは、拒否するように言った。

「何言っているのよ!? 速見君、一度あいつに殺されかけているのよ? 一人で何とかできる相手ではないのは分かっているでしょう?」「さっきはこの人を庇いながら戦っていたから、不意を突かれたんだ。だから、ユナはこの人を回復させてここから脱出して欲しい」

 男性は今の所気絶しているだけだが、足の傷もあり精神的に疲労仕切っているはずだ。そろそろ移動して安静にさせていた方がいい。

 しかし、ユナは俺の意見に反論した。

「わざわざ戦わなくても少し時間を稼いでくれれば、外にいるメンバーでこの男に対処してマーキングできるわ。そうすれば、この人を連れて全員で脱出できるはずよ。あとは、放おっておいても後日戦力を整えてこの男を捕まえられる。今無理をする必要はどこにもないわ」

「駄目だ! 恐らく、今のあいつは俺以外に対処できない! マーキングしている奴が狙われたらそいつを守れる自信もないんだ!」

「どうしてそう言い切れるの?」

 心配そうな顔持ちでユナがこちらを覗きこんでくる。

 その黄色の瞳を見つめ返し、俺はさっきのやつの行動を思い出しながら、口早に説明した。

「ユナも見たと思うが、鎌瀬の武器をあいつは軽々と押さえつけた。俺が見た限りでは、鎌瀬は今いるメンバーの中で一番体を鍛えていたはずだ。そいつが力負けしたとなれば、あいつは相当なパワーを持っていることになる」

「それは分かっているわ。だからこそみんなで対処しないと……」

 ユナがまだ何か言いたそうだったが、焦っていた俺は話しを遮るように続けて言った。

「それだけなら良かったが、さっきのあいつは、俺のほうが早く駆け出していたにもかかわらず、俺がユナを助けだすのとほぼ同時に武器で攻撃していた。あいつの反応速度が出会った時よりも確実に上がっているんだ。あのスピードに付いていけるのは格闘系である俺にしかできないだろう」

「そんな……じゃあ、あいつは格闘系の能力と武器系の能力を使い分けしているのではなく、同時に使用できるということ? いくら未だに発見されていない分類の第二人種とはいえ、無茶苦茶だわ!」

「無茶苦茶でも今は目の前に存在しているんだ。戦うしかない」

 俺はもう一度気絶している男性――岸川康雄さんを見てからユナの方を向いて言った。

「それと扉の側にいる奥さんも連れて行って上げてくれ。それがこの人の願いだから……」

 ユナも女性の遺体の方を見ると、ゆっくりと頷いた。

「……分かった。でも約束して。絶対に生きて帰るって。それともし危なくなったら、例え速見君が拒んでも私達は参戦するから」

「あぁ、それでいい……」

 俺はユナに頷いてみせた後、フードの男の方を見た。俺達の会話が終わるのを待っていたようで、話がまとまった瞬間に声をかけてきた。「話は終わったか? じゃあ、始めよう。お前達の最後の宴をなぁ!」

 そう言い終わった途端、男は一気に加速し俺達との距離を詰めると、光の刃を振りかざした。

 俺も逸早く能力を解放して男の腹部に拳を叩き込む。男の体は吹き飛ばされ部屋の壁を突き破り、瓦礫の山とともに隣の部屋へと埋もれた。床に散らばった砕石による轟音と立ち込める砂埃で視界が覆われる。

「今だ、ユナ!!」

 俺がそう叫ぶと、ユナは男性に駆け寄り呪文を唱えた。

ComfortableカンフォータブルExcitatioエキサイテーシオ!」

 粉末状の光が男性の体を包み込み、刹那、室内を明るく照らす。男性はすぐに目覚めるとユナを見て言った。

「あ、あなたは?」

 ユナは安心させるように、微笑むと俺の方を一度見て言った。

「大丈夫、私は彼の仲間です。あなたを助けに来ました。奥さんを運ぶのを手伝って下さい。それと、今日見たことは誰にも言わないようにお願いします」

 男性は混乱していたのか、状況をよくつかめていないようだったが、急に我に返ると思い出したように言った。

「あ、あいつは!? それに、私の妻が!?」

 ひどく取り乱しているようだったが、ユナが男性の腕を掴まえると真剣な目で訴えた。

「時間がありません! 彼があの人を抑えている間に、ここから脱出しましょう。あなたの奥さんも連れて行って上げて下さい」

 彼女の気迫に押されたのか、男性は体を強張らせると小さく頷いた。その後、何とか立ち上がると女性の遺体に駆け寄る。

「理恵……」

 女性を見つめながら小さくそう呟くと、男性は女性の腕を肩に回し支えるように抱き起こした。

 ユナも女性の反対側の腕を自分の肩に回して支える。そのまま二人は女性を運びながら部屋から去っていった。

 その様子を見届けた後、視線を壁の向こう側へと向ける。土埃が収まってきた後、フードの男がゆっくりと姿を表した。

「やれやれ、フードがボロボロだ……新しいのを用意しなくては……」

 男はフードに付着した砂埃を払いながら、武器を携えて出てきた。

「やはりダメだったか……」

 俺は男の姿を凝視しながらそう呟いた。一撃で倒せる相手ではないとは思っていたが、服装が乱れているだけで、奴の体にはダメージが残っていないようだった。

 俺は自分の拳を見つめる。全力で能力を放ったつもりだったが、あいつの腹部を殴った時に少し違和感を感じていた。

 体を殴ったというよりは、特別な硬い何かを殴ったような……。考え込んでいると、フードの男が話しかけてきた。

「戦闘中に考え事とは、随分と余裕だな」

 俺は意識を男に集中させる。全力の攻撃が効かなかったとなると、何か策を講じなければならない。考えを悟られないために話しを続けた。

「別に、余裕なんてないさ。あんたと戦うだけで精一杯なんでな。それに、あんたの方こそ余裕があるように見えるが?」

「俺は強いからな。お前に負けるつもりはないし、外にいる連中もお前より強いとは思えない。つまり、俺のこれは強者の余裕だ」

 男は腕を広げて見せると、おどけたように言った。俺は尚も思考を巡らせながら、会話を続ける。

「あんたが強いのは分かった。けど、もしさっきのあれがあんたの全力なら、あんたは俺のスピードには敵わないってことだろう?」

「確かにお前は速い。だが、気づかないとでも思っているのか? お前は全力で能力を使っているせいで、折角回復してもらったESを早くも大幅に消費しているぞ? いつまでそのスピートを保てるかな?」

 俺はESを感知できないせいで、自分のESの消費量を感覚でしか計ることができない。

 ユナの説明だとESの許容値を超えた能力を使用した場合、以前のような激しい痛みと疲労が生じてしまい、それ以上は動けなくなる。

 つまり、俺がしなければならないことは、この男を限られた時間で素早く倒すしか方法がなかった。

 首元の汗を拭い、言葉を返す。

「それはあんただって同じだろう? 俺と違って回復してないんだ。さっきから能力を使いっぱなしだし、何より武器系と格闘系の能力を使い続けるのは厳しいんじゃないか?」

「言っただろう? 俺はお前と違って強いんだ。そんな心配は必要ない」

 男は不敵な笑みを浮かべながら武器を構える。ここで俺はある結論に至った。

 しかし、それを確かめるには賭けに出るしかない。俺はあるひとつの狙いを定めると、体勢を立て直した。

 刹那、相対する二人の体が同時に動き出す。男は電流を放ちながら光の刃を振り回し、俺はそれを予測して攻撃を左に回避しながら、相手の懐に飛び込もうとする。

 しかし、男は光の量を調節すると、今度は刀身を小太刀の長さに変えて反撃を試みた。

 咄嗟に後方へと下がり、相手との距離を取る。

 通常、刀剣はリーチの長さが一定なので、間合いを把握していれば対処がしやすい。刀身が長ければ脇が甘くなり、刀身が短いと接近戦には強いが、リーチの長い武器には対処できない。

 それぞれの剣には一長一短があるのだが、こいつの武器は瞬時に間合いを変えられるので、隙が少なく攻めきれなかった。

「どうした? スピードが下がってきているぞ? もうばてたのか?」

 こちらを挑発するように男が言った。俺は息を整えながら声をだす。

「あんたの方は、未だに余裕そうだな? やせ我慢しているのか?」

「何度も言わせるな。俺が……強いからだぁっ!」

 男が素早く俺との間合いを詰めた。男のいきなりの加速に判断が遅れる。

「しまっ!?」

 俺の驚いた顔を見て男は笑みを浮かべた。

「終わりだぁ!!」

 電流を最大限放射させ、男は光剣を振り下ろした。 

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