第15話

 ニ○三七年四月二日午後十一時、俺達はユナの作戦通り、犯人の待ち合わせ場所からほど近い、道一本隔てた真向かいの五階建てビルと、その隣の六階建てビルに二手に別れて潜伏している。

 セキュリティ上、今俺がいるこの六階建てのオフィスビルは夜九時には閉鎖され、無理やり入ろうものなら警報装置が即座に反応し、警備会社から警備員が駆け付けてくるのだが……ユナが予め事情を説明しこのビルを貸し切ったらしい。

 第七部隊は同様に、もう片方の取引相手が来るはずの、ここからほど遠い別の待ち合わせ場所を監視するため、その近くのビルに潜伏している。

 何故、二手に別れた部隊をさらに同じ部隊内で二組に分けたかというと、第二人種同士が一箇所に集まっているとESの反応が強まり、敵に感知されやすくなるかららしい。

 それを避けるため、さほどESの感知に影響のない二人一組で編成することになり、元々ESの値が高いユナと俺は別々に分けられ、鎌瀬と兼先がそれぞれのペアになったというわけだ。

 俺の隣にいる兼先が、今俺達がいる五階の廊下の窓枠から顔だけを覗かせ、取引が行われる人気のない四階建てビルを双眼鏡でしばらく観察していが、かれこれ二時間は何事も無く経過していた。

 さすがに暇になったのか、兼先はあくびをしながら時折俺と雑談を交わしていた。

「しかしよぉ、ちょっと早く来すぎたんじゃないか? 何も約束の三時間前に来なくてもいいだろ?」

「仕方ないだろ? このビルは九時には閉鎖されるんだ。それなのに俺達がノコノコとこのビルに入っていったら一般の人に不審に思われるし、異変に気づいた犯人に逃げられるかもしれないってユナが言っていただろ」

 呆れた俺の返答に対し兼先は不満顔を向けながら続けて言った。

「でもよぉ、せめてもう少し寝させてくれても良かったんじゃないか? 犯人も空気を読んで、日中とかに取引して欲しいぜ。さっきから眠くてたまらねぇよ」

「お前、そんなこと言いながらよく眠っていたじゃないか。集合場所にも最後に来ただろ?」

 今夜のために戦闘準備と休息を取っておくようにユナから全員に指示があったのだが、集合時間になっても兼先が現れなかったので、結局新人である俺が男子寮にある兼先の部屋まで呼びに行く羽目になった。

「いやいや、俺は元々朝型なんだよ。あれだけの睡眠時間じゃ寝足りねぇって」

 兼先がおどけたように話していると、ユナから手渡された昨日貰ったものと同じタイプの無線機から通信が入った。

「二人共、そちらの様子はどう? 何か変わったことはあった?」

 ユナからこうして十五分おきに連絡が入るのだが、隣同士のビルでは見える角度に大差はないので、そっちに異変がなければ、こちらも何も変わっていないのは明白だろう。恐らく、ユナも暇でたまらないのかもしれない。

 しかも、ユナのペアはあの鎌瀬だ。トラブルがないようにユナがチーム分けをしてくれたのだが、会話が続かないのは容易に想像がつく。

「さっきと何も変わらねぇよ。本当に来るのか? 取引相手ですら現れないぞ?」

 兼先が不満気にユナに愚痴をこぼした。ユナはもう何度目になるか分からない同じ返答を繰り返す。

「だから何度も言っているでしょ? 過去の被害者のメールと死亡推定時刻から算出された結果、取引場所と待ち合わせ時間が一致していたって。少なくとも犯人は約束を守るタイプだわ。兼先君みたいに寝坊していたのでなければね」

「うっ、そう言われると面目ねぇ」

 ちなみに、最後の一言はさっきまでは言われていない。しつこく質問する兼先に苛ついたのか、もしくはユナは案外根に持つタイプなのかもしれない。

 あまり怒らせないようにしようと思った矢先に、ユナの声が真剣なものに変わる。

「待って、今ビルの入り口前にいる男の人、例の取引相手に似ていない?」

「ん~どれどれ? おっ、あいつか? 確かに似ている気がするな」

 兼先が双眼鏡を覗きながら取引場所のビルの入口付近を見て言った。俺は双眼鏡を持っていないので窓から覗きこむ。すると、確かに落ち着きのない一人の男性が、辺を警戒しながら見渡していた。

 男の雰囲気が、事前確認で知らされていた男性の顔写真と一致しているように思える。その男は誰も見ていないと思ったのか、そのままビル内部に入っていった。

「間違いないわね。岸川きしかわ康雄やすお三十五歳、彼が今回の取引相手よ」

 無線でユナが確証を得たように自信げに話してきた。それと同時に、ユナは第七部隊に連絡を入れる。

「波風さん、こっちは間もなく取引が開始されるわ。そっちはどう?」

 ユナの質問に応えるため、ナナの声が無線を通して聞こえてくる。

「う~ん、こっちはまだ……あっ待って、それっぽい人が来たかもしれない」

「わかったわ。そっちの状況に変化があり次第すぐに連絡して。合流するから」

 そう言うと、今度は全員に確認を取るようにユナが言った。

「みんな、いい? 最終確認よ。今回の第一目的はあくまで、ターゲットをマーキングすること。取引が始まり次第、本部の補助型に連絡、ターゲットに近づいてESを感知、その後補助型と意識を同化させてマーキングを成功させること。捕獲出来ればベストだけど、もし戦闘になったら、一人は必ずマーキングに徹して!」

「了解!」

 みんなの生きのいい声が無線を通して一斉に聞こえてきた。すかさず、俺も再度ユナに確認を取る。

「ユナ、もし犯人が逃げた場合は、俺が尾行すればいいんだな?」

「ええ、その時はよろしく頼むわね。もし犯人が第七部隊の方に現れたら、速見君は私達より先に今第七部隊がいるビルまで急いで行ってちょうだい」

「わかった」

 短くそう言うと、意識を向かいの建物に集中させる。言葉では言い表せないほどの緊張感が空気中を漂ってきた。もうすぐそこに、世間を揺るがした連続殺人犯が目の前に現れるかもしれない。そして、そいつは凶悪な犯罪者集団の一人で、何人もの第二人種を相手にしているほどの能力の持ち主の可能性がある。

 果たして、俺の能力で尾行などできるのだろうか。いや、それよりももしそいつと戦闘になった時、俺は対処できるのだろうか。一抹の不安が、考えれば考えるほど心の中で大きくなる。

 ついこの間、大学生のカップルの会話から考えた冷酷な犯罪者と対峙した場合の行動観念が、今現実のものとなろうとしていた。

 しかし、ここで思いも寄らない事態が起こった。俺達が監視しているビルの入口にもう一人の人物が現れたのだ。先程の男はスーツ姿だったが、入り口にいる人物は女性であり、私服姿なのか割りとカジュアルな服装をしている。

 すぐさま、兼先がユナに連絡を入れた。

「おい、ユナ! 今女性が入っていったぞ!? あいつがターゲットか?」

「わかっているわ。けど、恐らく違うと思う。犯人はいつも黒いフードを被っているはずよ。あれが犯人の素の姿だったとしても、防犯カメラに残るかもしれないのに不用心過ぎるわ」

「じゃあ、あいつは一体誰なんだ? あのビルも今は使われていないんだろ? 管理人か?」

 取引場所の四階建てビルは、老舗のブランドを扱う和菓子屋の本社だった所で、昔は営業や事務を行うサラリーマンとOLの職場として利用されていた。今は耐震性の問題で止む無く引き払われ、近日中に取り壊しが決まっているらしい。

「待って、今本部に確認しているから…………何ですって!?」

 女性について不審に思っていると無線からユナの驚いた声が聞こえてきた。それを聞いた兼先が質問する。

「どうしたんだよ? 何があった?」

「恐らくあの女性は取引相手の奥さんである岸川きしかわ理恵りえさんじゃないかって言われたわ」

 無線を通して聞こえたユナの返答に兼先は素っ頓狂な声を上げて応えた。

「あの親父、結婚していたのかよ!? 俺にすら彼女がいないのに……いや、それよりも何で奥さんがここにいるんだ?」

「たぶんだけど……パソコンの持ち主は旦那である康雄さんのものだったわ。でも、普段から奥さんもパソコンを使用していて、取引の内容を見てしまったのだと思う。それで、怪しく思ったから旦那さんを止めに来たのではないかしら」

 ユナの推測を裏付けるように、女性は男性と同じ四階の一室に入って行った。それを見た兼先が慌てだす。

「どうするんだ? もしそれが本当なら取引どころじゃないだろ?」

「慌てないで! あのビルに設置しておいた小型カメラの映像を今送るから、それを見て判断しましょう」

 戦闘服の内ポケットに入れていた――現在は消音にしている――アイフォが振動し映像が送られてきたことを示すとそれを確認する。

 薄暗い部屋にはもちろん電気など通ってはおらず、以前置いてあったはずの机や椅子などは既に取り除かれ、物は何一つない状態であった。外から差し込む月の光や街灯によって部屋の四隅がうっすらと見えている。

 そんな中で男性と女性の二人が言い争っているようだった。音量を上げると会話の内容が聞こえてくる。

「もう勝手にお金は使わないって約束したでしょう!?」

「違う! 契約を打ち切るためにここに来たんだ。それよりも何でここにいるんだ? 早くここから出て行ってくれ!」

「何よその言い方! 元はといえば、投資や為替にハマったあなたが悪いんでしょう!」

 女性の方はヒステリーを起こしているようで、冷静な話し合いができそうにない。男性の方は、ひどく焦っている様子だ。

「そうじゃない! メールに書いてあっただろう!? 『必ず一人で来るように』って。あいつらはルールを破ったものには容赦しないんだ! 君がここにいることがバレたら、俺達は殺されてしまう!」

「…………こんばんは」

 男性が息を継ぐ暇もなく一気に語った瞬間、どすの利いた冷たい声が部屋に響いた。

 隠しカメラの映像の端――部屋の入口の扉付近――にフードを被った男が現れる。その男を見た途端に、口喧嘩をしていた男性は口を大きく開けたまま、見る見るうちに青ざめていった。

「ターゲットよ! でも、入り口は見張っていたのに、どうやって!?」

 会話の途中でユナが無線で大きく叫んだ。俺はアイフォの映像から目を離し、ビルの方へと見遣る。

「屋上だ! 扉が開いている!」

 俺は全員に聞こえるように無線を通して伝えた。それを確認したユナが応答する。

「ここに来るまでに能力を使って来たってこと? そんな!? ESの反応は無かったわよ?」

「そんなこと言っている場合じゃねぇだろ! 作戦開始だ!」

 冷静さを取り戻したのか隣にいた兼先が声を上げて口を挟んだ。確かに、もたもたしている暇は無さそうだった。アイフォの映像を垣間見ると女性がフードの男に向かって怒声を浴びせている。

「あなたね! 主人を誑かして家から財産を根こそぎ奪っていた奴は!? 今すぐ私達のお金を返しなさい! もう二度と主人は取引なんてしないわ!」

「…………」

 フードの男は女性の方には見向きもせずにため息を吐くと、首を横に振った。その後、わざとらしく両手のひらを上に向け両肩を上げる仕草をすると、男性に向かって話し出す。

「今宵は余計な客人がいるようだ。『一人で』と指定したはずだが?」

「ち、違うんだ。妻が来ることは俺も知らなかった。気に障ったのなら、謝る。だから、妻は見逃してくれ!」

 取引相手である男性――岸川康雄は首を横に振りながら助けを乞うというよりは、目の前の恐怖に慄いて神に縋っているようで、フードの男から目を片時も離せないでいる。

 その様子を見ていると、ユナから無線で連絡が入った。

「第七部隊に告ぎます。ターゲットが出現したわ。至急こちらに急いで! 鎌瀬君は私と一緒にビルに近づくわよ! 兼先君は戦闘に備えていつでも奇襲できるように、ビルの入り口で待機! 屋上から逃亡した場合は、速見君、頼んだわよ!」

「了解!」

 みんなの返答を合図に、それぞれが行動を開始する。すぐさま、ユナと鎌瀬が隣のビルの階段を駆け下りて、現在犯人のいるビルの入り口に向かって走っていくのが見えた。

「よし、それじゃあ俺も向かうとしますか! アルト! 初任務頑張れよ!」

 隣にいた兼先が勢い良く立ち上がると、俺の肩を軽く叩いて走っていった。

「ああ、お前もなぁ!」

 遠ざかる背中に声をかけたが、兼先はそれに応える代わりに片手を上げただけだった。

 俺はいつでも尾行ができるように、意識を集中させ能力を発動させるギリギリのところで抑えた。といっても、犯人が逃亡するかどうかは、映像を見なければ分からないので、俺は再びアイフォに視線を移す。先程と変わらず女性が喚いているが、フードの男はいつの間にか座り込んでいた男性の方に近づいていた。

「お前は、優良な客人だ。支払いが滞ってはいるが、それを最後まで支払った上で契約を取り消したいと申し出たんだからな」

「そ、それなら、見逃してくれるのか?」

 相も変わらず男性の顔は恐怖で引き攣っているが、その言葉を聞いてわずかな笑みを浮かべている。

「そうだな。あんたと俺は別に長い付き合いってわけではないが、俺達は新規契約者には比較的優しいんだ」

「た、助かったよ。それじゃあ、まとまった金が入ったら知らせるから、それで手を切ってくれ」

 男性は少し安堵したのか、息を整えると何とか立ち上がり、その場を去ろうとした。

「ちょっと待ちなさいよ! またお金を払うつもり!」

 しかし、ここでそのやり取りを聞いていた女性が、癇癪を起こした。慌てて男性が女性に駆け寄る。

「いいじゃないか。これで話がまとまったんだ。最後にもう一度お金を払って終わりにしよう」

 だが、この言葉が余計に女性の逆鱗に触れ、彼女はさらに喚き散らした。

「良くないわよ! だいたい、あなたが詐欺まがいの集団に騙されてお金を取られたのが悪いんでしょう! 何でさらに私達が払わないといけないのよ! こいつらが逆に謝罪してお金を返すのが筋でしょうが! それができないなら、もうあなたとは離婚するわ!」

「ま、待ってくれ! どうか、落ち着いて!」

 男性の制止も虚しく、女性の方は怒りを増していき肩に置かれた男性の両の手を振り払うと言った。

「落ち着いているわよ! だいたい、あんたさっきから何よ! 人のことを無視してばっかりで失礼じゃない!」

 女性の怒りの矛先が、男性からフードの男に変わる。男はさっきまで取引相手の男性が座っていた場所から一歩も動かず壁を見つめていたが、ようやく振り向いて言った。

「これは失礼した……だが勘違いをしているようだが、俺が見逃すのは客人と認めた相手だけだ」

 俺がその言葉の意味を理解するのにコンマ数秒かかったが、それは男性の方も同じだったようで、俺とその男性はほぼ同時に叫んでいた。

「よせ、やめろ!!」

 刹那、何が起きたのか分からないくらいの速さで一筋の光が女性の胸部に向かって伸びていた。

「えっ」

 女性自身も自分の身に起こったことを理解できなかったのか、ゆっくりと下の方を見遣る。光が胸部を貫通し背中から伸びていた。光の当たっている箇所からじわじわと血が滲み出ている。

「……いや……いやぁああああ!」

 状況を理解した女性の叫びが部屋中に木霊する。しかし、叫んだのも束の間、光の周りから可視できるほどの稲妻が発光し、女性の全身を覆った。

「あぁああああ!」

 けたたましい雷鳴と女性の叫び声が反響し合い、断末魔が続く。女性の叫び声だけが次第に小さくなると、体から引き抜かれたように光が薄れ、そのまま女性は前に倒れ込んだ。

「くそっ!!」

 俺は、アイフォを握りしめながら、すぐに無線でユナに連絡する。

「ユナ! 奥さんがやられた! 早く回復してやってくれ!」

「今は無理よ! 私が能力を使ったらESの反応で犯人に気付かれるわ! 取引相手に注意が向いている間はESを感知されないから、せめて第七部隊が到着して捕獲とマーキングの準備が整うまで待って!」

 犯人たちがいる部屋の近くまで到着したのか、小声でユナが応答する。

「それじゃあ、手遅れになるだろ! それとも、蘇らせる方法でもあるのか!?」

「いいえ、いくら第二人種といっても人を完全に蘇生させる方法はないわ。もし、女性がすでに亡くなっているなら、どのみちもう無理よ!」

「……っ!」

 俺は歯を食いしばって映像を見続けた。男性が女性に駆け寄って、膝を付いている。

「あぁ……なぜだ……なぜこんなことに……なぜ殺したぁ! 妻は関係ないじゃないかぁ!」

 男性がフードの男の方を向いて、目に涙を浮かべながら睨みつけて言った。

「そうだ。関係ない。取引とは無関係な人間をお前がここに連れてきたんだ。我々の存在を知ったからには消えてもらうしかない」

 男が冷たくそう言い放つ。男性はその一言を聞くと女性の遺体に顔を埋めてうなだれた。

「…………ふぅ」

 その様子を見たフードの男は、呆れたように一息つくと、その場から去ろうとして男性の側を横切った。

 しかし、フードの男が立ち去ろうとドアノブに手を伸ばした瞬間、男性は顔を上げ、怒りの形相で懐からナイフを取り出し、叫びながら男に突っ込んだ。

「うわぁああああ!」

 異様な声に振り向いた瞬間、男の体にナイフが突き刺さる。男性は、我に返ると震える右手を抑えながらナイフから手を離し後退りした。

「ぐっ、クソがぁっ……」

 フードの男は苦しそうに悶えながら扉にもたれかかる。ゆっくりと左手でナイフを持つとそれを引き抜いた。

「あっ、ああ……」

 男性は自分のしてしまったことを後悔しながらも、男をじっと見つめている。

 だが、それは無意味なことだった。何故なら、苦しみ悶えていたはずのフードの男は急に姿勢を正すと高笑いをしだしたのだ。

「くくっ……ハハッ……あははっ! もうダメだ! これ以上は我慢できない!」

 俺も男性もその様子を唖然としながら、じっくり見てしまう。ひとしきり笑った後、男はフードの隙間から露出させた口元を最大限に緩めて言った。

「なぁんてな。こんな、なまくらで俺が死ぬかよ」

「馬鹿な!?」

 男性の代わりに無意識に俺が叫んでいた。いくら肉体的に人より優れた第二人種といっても体は人間の造りに毛の生えた程度のものでしかないはずだ。ナイフで刺されたら個人差はあれ、多少のダメージは受ける。

 しかし、男は痛がるどころか平然としている。傷が浅かったのか? いや、ナイフは確実に刺さっていたはずだ。そうなると、さっきの間に回復魔法を使った可能性がある。だが、男はそんな素振りは一度も見せていなかった。

「あ~あ、せっかく金さえ払えば見逃してやろうと思ったのによぉ。まさか、反抗してくるとは……」

 男はそう言いながら、再度右手の中に光を集めると、瞬時に刃の形を成し、取手付きの剣を握りしめた。刃の周りにもまた稲妻が帯びている。

 ユナの情報通りこいつは武器系の第二人種であることは間違いない。だが、さっきの様子からこいつは格闘系の可能性もあり、魔法系の可能性もあった。

「ひぃいい!」

 先程まで果敢に踏み切っていた男性が、今はもう尻餅をついて恐怖で顔が歪んでいる。

「いいねぇ~。恐怖で怯えた相手を殺す瞬間が、最高に楽しいんだ。ほらほら、もっと楽しませてくれよぉ」

 男が武器をちらつかせながら、ゆっくりと男性との距離を縮めていく。

 居た堪れなくなった俺は、再びユナに連絡した。

「ユナ! まだなのか!」

「待って! 第七部隊の到着までもう少し時間が掛かるわ!」

 すぐに返答があったがこれ以上待っている余裕は無かった。

 男性が壁に追いやられ、男との距離が一メートルもなくなると、フードの男が口を開く。

「こういう時って、確か命乞いやら、辞世を述べるんだったよなぁ。俺が聞いといてやるよ。何か言い残したことはあるか?」

「たすけて、たすけて!」

 男性はパニックに陥り、同じ事を繰り返しているだけだった。その様子を見たフードの男は、痺れを切らしたように言った。

「オラァ! 同じ事ばかりじゃなく何とか言えよ!」

 手に持っていた武器で男性の足を傷つける。部屋中に男性の痛刻な叫びが響いた。

 これ以上は無理だ! そう思った俺は繋げたままの無線でユナに告げた。

「ユナ! 俺は部屋に突入する!」

「ダメよ! もう少しだけ待って!」

「言ったはずだ! もし、目の前で誰かに危険が及ぶなら俺は止めに入るって!」

「ちょっと、速見君!?」

 俺は無線をそこで切り、今いる五階の窓の一つを全開に開けた。窓枠に足をかけ、力を込めて真上に飛び跳ねる。一度体をひねると六階を通り越し、ビルの屋上に着地した。

 そして再び犯人のいるビルを見下ろす。部屋の位置は分かっている。あとは、昨日と同じ要領で建物に向かって飛ぶだけだ。

 一度深呼吸をして目を閉じる。頭の中で師匠のことを思い描いた。

「あなたにとっての大切なものを守るために使いなさい」

 この言葉を反芻させて目を開けると、後方へ下がる。格子状のタイルを踏み締め一挙に加速し、屋上の縁に足をかけ、男性がいる四階の部屋を目掛けて力の限り飛び去った。

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