第14話
さっきまでの雰囲気が打って変わり、女性陣と兼先が返事をする。
「おはよう! ユナ!」
「おはようございます。ユナさん」
「今朝も元気そうだな、ユナ」
「よっ、ユナ!」
俺もユナの方へと向き直る。昨日と何ら変わりない様子だったが、もう随分と合っていなかったような懐かしい気分になった。ひょっとすると、少しは面識のある人物が現れたことで安心したのかもしれない。
そんな俺の心境を察したのかは知らないが、ユナは俺の方を見て話しかけた。
「速見君もおはよう。ちゃんとここに来られたみたいね。偉い、偉い」
頷きながら子供をあやすような言い方で話す。昨日までなら何かしら言い返しただろうが、今はユナの存在が心の拠り所になっていたので、スルーすることにした。
「あぁ、兼先に教えてもらったんだ」
「兼先君が?」
ユナが驚いたような声で話した後、兼先の方を見た。
「おうよ。一人ぼっちで寂しそうにしていたからな。先輩として、放っておけなかった」
「別に俺は寂しくはなかったけどな」
「照れるなよ、アルト。俺にはお前の助けを呼ぶ声が聞こえたぜ? 『一人にしないで!』って声がなぁ」
わざとらしい甲高い声を出して俺のモノマネをしてみせる兼先。正直、全然似ていない上に気持ち悪いからやめて欲しいのだが……ユナがそれに合わすように言った。
「まぁ、確かに速見君は幸薄そうな顔をしているものね。声をかけたくなる気持ちもわかるわ」
「おい、お前らなぁ」
このやり取りで鎌瀬以外のみんなから笑いがこぼれた。ひとしきり笑った後、思い出したかのようにユナが言う。
「さあ、みんな席について。時間が迫っているんだから。ほら、速見君も」
ユナに促され、近場の席に座ろうとしたが、兼先が隣に座るように言ったので、第七部隊の隣の右中央列に座った。それと同時に隣にいた兼先に小声で話す。
「この人数で始めるのか?」
「まぁ、見ていなって」
兼先が短くそう告げていると、ユナは教卓の前に立つ。一度咳払いをして、声を張った。
「全部隊に連絡! 緊急会議を始めます!」
そう言うと会議室の全ての窓に突然シャッターが降りて、部屋が暗闇に包まれる。視界が慣れてきたところで、教卓の横に置かれたプロジェクターのようなものからモニター型のホログラム映像が六つ映しだされた。
青白い光を放つモニターから複数人の声が聞こえ出す。俺達のいる座席側からは、顔が見えない仕組みのようだ。
「何だ、ユナ? こっちも今忙しいんだが……なるべく手短にしてくれ」
「こちら第一部隊、何かあったの?」
「第四部隊、いつでも話せるっす!」
「第五部隊、応答確認」
優しい声色の女性もいるようだが、残りは男性の声がした。状況から察するに、各部隊の隊長と今まさにコンタクトをとっていることになる。隣にいた兼先が小声で話した。
「こうやって、外部にいる連中と情報を交換して各部隊に伝達するんだ。これなら、わざわざ本部にいなくても連絡できるからな」
兼先の説明に相槌を打つ間もなく、ユナがモニターに向かって話す。
「第六部隊と通信ができないみたいだけど……」
「どうせ、任務中で手が放せないんだろ? それより、早く要件を言ってくれ。俺も任務に集中したい」
威厳のある声の男性が急かすように言った。ユナもそれに応えるように割り切って話しだす。
「みんなも知っての通り、ここ最近世間を騒がせている連続殺人事件の犯人の足取りが掴めたの。それで、大規模な捕獲作戦を実行したいから各部隊の力を貸して欲しいのだけど……」
「それは構わないけれど……いつ実行するつもりなの?」
モニター越しの女性が、ユナに質問した。少し困ったような顔をしてユナが応える。
「それが、急なんだけど……今日の夜、十一時なの」
それを聞いた途端、モニター内の人達がざわめき始める。
「冗談だろ? 今からそっちに戻っても間に合わねぇぞ?」
「私達は急げば何とか間に合いそうだけど……みんな疲労しきっているし、ある程度休ませてあげたいわね」
「そう……第四、第五部隊はどう?」
「う~ん、俺達は【SCCO】支部からの要請があって今都外にいるんすよ。ちょっと、間に合いそうにないっすね」
「我々も同様だ」
それぞれが各々の事情で本部に戻れない状態にあるようだ。ひと通り話しを聞いた後、またもや威厳のある声の男性が口を開く。
「そもそも、今回の犯人を捕まえるのに、少し時間が掛かり過ぎていないか? それに、何故そこまで人数にこだわる? お前たちの実力なら申し分ないだろ」
そう聞かれてユナは少しの間沈黙した後、意を決したように言った。
「相手の能力が初めて目にするタイプだから取り逃がしたとか、これ以上被害を出したくないから人員を増やすって言うのもあるけど、説得力がないわよね。……みんなには伏せておきたかったんだけど、今回の事件は【
その名をユナが口にした途端、モニターの人たちのみならず、会議室のメンバーもどよめき出す。心なしか鎌瀬でさえ背中が少しひきつるように動いた。俺は隣で動揺を隠せないでいた兼先に小声で質問する。
「何だよ? 【血塗られた反逆者】って?」
俺に話しかけられて我に返った兼先は、顔をこちらに向けると言った。
「あぁ、俺達が普段捕まえているのは、所詮能力を使いこなせていない言わば素人みたいな連中だが、奴ら……【ブラッディ・レベル】はそこらの第二人種とは違い、人を殺すことに重点を置いた能力の使い方をしている狂った集団だ」
「暴力団やマフィアみたいな感じか?」
「そりゃあ、一般的に例えるならそんな感じだが、そいつらが可愛いく見えるレベルだぜ? 普通の人間は、ある程度理性があるからな。感情が爆発しない限り、殺人なんて犯さねぇ。だが、こいつらは違う。殺人そのものを楽しんでいる。能力のない人間が、肝試しで奴らの組織に入ったことがあるそうだが、三日と持たず精神崩壊するか、遺体となって発見されるんだそうだ。あいつらは常人には耐えられないことを平気でやるんだよ」
兼先が真剣な顔持ちで話しているが、噂に聞いた話には必ずと言っていいほど尾鰭が付くことが多い。いまいちピンと来なかった俺は口を開いた。
「そんなヤバイ連中なら何で今まで放置していたんだ? 総力を上げてでも捕まえるべきだろ?」
「簡単に言うなよ。奴らはあらゆる情報網や技術を駆使して、密かにそして速やかに行動するんだ。見つけたとしても、尻尾を切られて逃げられるか不意を突かれて殺される。実際、俺達の仲間だって何度も衝突しているが、生きて帰れた奴なんてほんの一握りくらいだ。【SCCO】内でも奴らを見つけたら、交戦せずにまず逃げるか、援護が来るまで隠れて待機命令が下るくらいだぞ?」
そこまで話すとユナが手を叩いて注目を集めた。静まり返ったところで彼女は話し出す。
「みんな、いい? ことの重大さがわかったでしょ? 今回の犯人を必ず捕まえて、奴らの根城を暴くこと。それが私達の目的になるわ。奴らの本拠地を攻めるのはその後よ」
全員が未だ動揺を隠せない中、話を聞いていたモニター越しの威厳のある声の男性が反論する。
「けど、どうする気だ? 俺達はさっきも言ったが、そっちに戻るのには時間がかかる。今本部にいる連中で取り押さえるしかない。しかも、ブラッディ・レベルが関わっているなら、怪我人どころじゃ済まされねぇだろ?」
「そうね。本当は、みんなの力を借りたかったんだけど、今ある戦力で挑むしかない。でも、今回は尾行を主にするから各隊のみんなはそれぞれの任務を優先してちょうだい。それと、第五部隊は、第六部隊と勤務地が近かったはずよね? 任務が終わり次第応援に向かってくれる?」
「了解した」
重く低い声の男性が短くそう応えた。その返事を聞いた後、ユナが続ける。
「他のみんなは任務を終え次第、できるだけ本部に急いで戻ってきて。今回の作戦には参加しなくてもいいけど、敵の本部を攻めるときには全員で攻めるつもりだから準備を整えておいて」
「了解!」
モニター内の人たちが声を揃えて言った。その後、ユナが一息ついて言う。
「では、これにて会議を終了します。解散!」
その一言の後、モニターが一斉に消えた。窓に降りていたシャッターも上がり、部屋が明るくなる。完全に部屋が元の明るさに戻ったところで、続けてユナが話した。
「……というわけで、みんな悪いけど、ここにいるメンバーで捕獲作戦を実行するわよ」
「それはわかったけど、作戦はどうするの?」
少し不安そうな顔をしたナナがユナに質問する。ユナはまたしても困った顔をして言った。
「それが、いい忘れていたんだけど……今回のターゲットは、二人いるのよ」
「どういうことだよ? 犯人は一人じゃなかったのか?」
隣にいた兼先が口を挟んだ。ユナは兼先の方を向いて話し出す。
「確かに犯人は一人だけど、今回の取引相手が二人いるのよ。どちらかが、ダミーの可能性もあるけど、調べたところ両方とも組織に対して借金を抱えていたから、今夜襲われる可能性が高いわ。だから、第二部隊と第七部隊で別々の場所を見張ってもらうことになるわね」
ここで、俺は疑問に思ったことをぶつけてみた。いや、気づけば自然と口を開いていたといった方が正しい。
「夜十一時っていう指定があったなら、待ち合わせ時間の早い方をマークしていればいいんじゃないのか?」
ユナは俺の方を見やったが、首を横に振りながら応えた。
「正確に言うと、取引相手に送られたメールには夜十一時から十二時の間って書かれていたらしいの。どちらが先に取引するかわからないわ」
「でしたら、送られてきたメールを解析して発信元を辿るのはどうでしょう? 犯人の居場所がつかめると思いますわ」
涼香が手を上げて提案する。しかし、この手の組織だと恐らくそれは通用しないだろう。
「今、補助型に一応解析をお願いしているけれど、特定は難しいでしょうね。あの組織は、そういうミスはしないから。それに下手に相手を刺激して取引が中止になったら元も子もないし」
ユナが俺の推測を肯定するように言った。もしかすると、これまでも似たようなことがあったのかもしれない。兼先の言ったように一筋縄ではいかない連中のようだ。
「質問なのだが、本当にブラッディ・レベルが絡んでいるのか? 思い過ごしということもあるだろう?」
今度はクリスが質問する。しかし、即座にユナがそれを否定した。
「残念だけど、それはないわ。理由は三つ。一つはここまで、用意周到に計画された犯行がたった一人でできるとは思えない。二つ目はそれが可能な組織はこの国には数えるほどしかいない。三つ目は、政府関係者の情報によれば、彼らは最近資金集めをしているようだし、ターゲットになった被害者との辻褄が合うということよ」
ユナの言葉で今から相対するのが巨大な犯罪組織だと再認識した。部屋の雰囲気もどんよりとしているように感じられる。
この空気を変えたのは、意外にも鎌瀬だった。
「相手が誰であろうと、関係ない。俺は目の前の敵を潰すだけだ」
「そうね。潰すのはともかく、私達の目的は第二人種の犯罪を止めること。いずれにせよ、この先ブラッディ・レベルとの抗争は避けられないわ。だから……みんなお願い、私に協力して」
ユナが俺達に向かって頭を下げる。皆戸惑いの表情を浮かべていたが、兼先が明るく振る舞って言った。
「まぁ、いいじゃねぇか! ここで奴らを止めれば、国内にいる敵勢力の殆どを壊滅させた事になる。その後は、仕事が楽になるってもんよ!」
兼先のこの言葉に他のみんなも同調した。その様子を見ていたユナがもう一度頭を下げる。
「みんな……ありがとう!」
さっきまでのどんよりした空気が、いつの間にか朗らかなものに変わっていた。
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