第13話

 兼先とともに音声認識のエレベーターを使用して三階に上がる。扉の先にあったのは、地下室と同じ秘密基地のような景色……ではなく、ごく普通の学校でも目にする教室がいくつかと、通路の奥に目的の会議室が一部屋あるだけだった。

 自動扉の横に教室の番号と名前が表示されているプレートがある。例えば、エレベーターを降りて一番近くの教室には、三◯一号室・ES応用演習室、隣の三◯二号室は、能力開発研究室など、どうやらその教室で行われている内容を部屋番号と一緒に分りやすいように表示しているらしい。

 無論、会議室も例外ではなく、第三会議室・第二人種対策考案室と掲げられていた。

 この会議室の扉や他の教室の扉は地下室のドアと比べて、自動ドアという点は同じだがICチップを読み取る電子ロックの装置はついていない。

 俺の前にいた兼先が扉の前に立つと扉が開く。彼は中に入ると同時に勢い良く挨拶をした。

「ちぃーす!」

 兼先の後ろに続いてひっそりと部屋へと入る。いくつかの長机が二列に並べられており、脚の部分がローラーになっている肘掛け椅子が三つずつ並んでいる。見た所、四十二名は入れそうな広さだ。部屋の先には教卓があり、プロジェクターのようなものがその横に数個置いてある。

 兼先の声で左側の中央の列に横並びで座っていた複数人の女性がこちらに振り向いて応えた。

「ちぃーす!」

「おはようございます。兼先さん」

「久方振りだな。兼先」

 軽めの挨拶をした金髪の女性や丁寧な物言いの青髪の女性、古風だが品を感じさせる灰色の髪の女性がそれぞれに話す。皆同じ紺色のジャケットとスカート、赤色のネクタイ、所謂スクールブレザーを着ていた。

 その三人に返事をされた兼先は飛びつく勢いでその女性陣に駆け寄った。

「久しぶりー! 会いたかったよ! ナナちゃん、涼香すずかちゃん、クリスちゃん!」

「そういうのはいいから!」

 すかさず、通路側にいたポニーテールの金髪の女性が兼先をいなすように、顎に掌底をくらわせた。幾分悶絶していた兼先は顎をさすりながら、再び情けない声で話しかけた。

「イタタ……。会っていきなりそれはないよ~。ナナちゃ~ん」

「会っていきなり抱きつこうとするほうが悪いよ」

 ナナと呼ばれた女性は手慣れているのか、兼先にジト目を向けながらあしらった。兼先の方もこの応対に気にする素振りもなく続ける。

「でもさぁ、俺達所属する部隊が違うからなかなか会えないじゃん? こうして久しぶりに出会えた奇跡に敬意を評して抱擁を……」

「次やったらセクハラで訴えるよ?」

「すみませんでした!」

 わざとらしく全力で土下座をかます兼先。その様子を唖然と見ていた俺に気づいたのか、ナナと呼ばれた彼女と目があった。

「あれ? 見かけない顔だけど……もしかして、新人さん?」

「あっ、えっと、俺は……」

 琥珀色の瞳と笑顔を向けられ、言葉に詰まる。簡単に説明すればいいんだろうが、こういう時に愛想よくできないのが俺の悪いところだ。

「あぁ、紹介するよ。こいつは、速見アルト。今度から第二部隊に配属される新人だ。仲良くしてやってくれ」

 助け舟を出すかのように俺を親指で指さしながら、兼先が代わりに応えた。それを聞いた途端、ナナと呼ばれた女性が膨れっ面に変わる。

「えぇ~! また第二部隊ぃ~! 私達の所なんてまだ三人しかいないのに~!」

「まあまあ。規定では第一部隊から人数が補充されるようになっているし、俺らの所も四人しかいなかった訳だからさ」

 彼女を宥めるように兼先が喋った。彼女はそれを聞いても納得していないようだったが、すぐに笑顔を向けると俺に向かって話した。

「まぁいいや。あたしは波風なみかぜナナ! よろしくね、アルト!」

 やはりと言うべきか、ここの連中は兼先も話していたように馴れ馴れしい連中が多いようだ。

 ここにいたら初対面の人との距離感が余計掴めなくなる気がする。

 俺も短く「よろしく」とだけ返すと、ナナに釣られて他の二人も自己紹介した。

柳田やなぎだ涼香すずかです。アルトさん、よろしくお願い致します」

 涼香と名乗った青髪のロングヘアーの女性がご丁寧にも立ち上がって頭を下げる。頃合いを見て、灰色の髪をアップにした女性も名乗った。

「クリスティーナ=レオデグランス・グインネヴィアだ。クリスと呼んでくれ」

 クリスと名乗った女性は他の二人と違って、和ノ國よりさらに離れた西側に位置する島国の人達特有の細く整った顔立ちをしていた。立ち振舞は堂々としていたが、柳田と名乗った女性とは違った品の良さを感じさせる。

「ちなみに、彼女たちは第七部隊だ。リーダーはナナちゃんが務めている」

 補足するように兼先が話す。ナナの方を見ると笑顔で手を振っていた。

「ということは、波風さんは強いのか?」

 兼先とは違い自然と【さん】付けで呼んでしまったが、女性相手だったため――ユナのような変人ならともかく――馴れ馴れしく呼び捨てにはできなかった。

「ナナでいいよ? みんなそう呼んでいるし。それと、あたしはあんまり強くないかなぁ。部隊長なんかやらされているけど、第七部隊だからね。あっでも、あたし以外の二人は強いよ? 仲間として充分すぎるくらい頼もしいから」

「そんな、ナナだって充分強いじゃないですか。それにリーダーとしてよくやっていると思いますよ?」

「あぁ、ナナの明るさには任務中に私もよく励まされているからな」

「二人とも……ありがとう!」

 謙遜するナナを励ます涼香とクリスに対し、目を少し潤ませながらナナが二人に抱きついた。その様子を見ていた兼先が「友情って素晴らしい」などと言いながら頷いていたが、俺の方を向くと言った。

「ついでに言うと、別に部隊の番号が小さいほど強いってわけじゃない。俺達は第二部隊だが、実力は他の部隊とそう変わらないはずだ」

「そうか。ところで、他の部隊のメンバーはいないのか?」

 辺を見渡すと第七部隊の女性三人と俺と兼先しか来ていない。放送が流れてから数分しか経っていないとはいえ、緊急の連絡に対して集まりが悪い気がする。

「あぁ、それは多分……」

 兼先が何か言いかけた途端、俺の後ろから厳つい声がした。

「どけ、邪魔だ」

 言いながらそいつは俺の体を突き飛ばす。バランスを崩しそうになったが、何とか踏みとどまった。

 普通なら、突き飛ばされたことに文句を言うのだろうが、ここにいる間は余計なもめごとは起こしたくない。それに、扉の近くにいた俺にも非はあった。

「あぁ、悪い」

 謝りながら男の方を見る。ワイン色の赤い乱れ髪、目つきは鋭く眼光は赤く光っているようだ。素性を知らないものが見たら、堅気のものじゃないと思うほど強面の顔をしている。

 服装は兼先とさほど変わらぬ黒色で統一されていたが、半袖のカッターシャツから露出した腕の肉付きが男らしさをアピールしていた。

 背丈や年齢は俺とそれほど変わらないように思える。しかし、この男からにじみ出る威圧感が存在そのものを大きく見せているようだった。

 男は俺の謝罪の言葉など聞く耳を持たない様子で、一度もこちらを見ること無く右前列の座席に重低音を立てて荒々しく座った。

「ちょっと、鎌瀬かませ! 今の態度は何なの!」

 この状況を見ていたナナが、鎌瀬と呼ばれたその男に声を荒らげた。すぐさま、そいつが反応する。

「黙れ! 成果も上げられないような雑魚は引っ込んでいろ!」

「なんですってぇ~!」

 場の空気が険悪になる。ナナは立ち上がって鎌瀬に突っかかろうとした。

「ストップ、ストップ! ナナちゃん落ち着いて!」

 咄嗟に兼先がナナを羽交い絞めにする。彼の腕の中でナナが必死にもがいた。

「離してよ、兼先! 今日という今日は許さないんだから!」

「悪かった! 鎌瀬に代わって俺が謝るから! これは第二部隊の責任だから、俺達に預けてくれ!」

「落ち着いて下さい、ナナ!」

「そうだぞ、鎌瀬の痴れ言など放おっておけ」

 第七部隊の二人に諭され、ようやく落ち着いたナナは兼先の腕を解くと、不機嫌そうにしながら鎌瀬と同じように乱暴に座った。その様子を見て、一息ついた兼先は鎌瀬の方に向かって言った。

「相変わらずだな、鎌瀬。お前はもうちょっと仲間と仲良くやろうって気持ちがないのか?」

「貴様の方こそ相変わらずだな、兼先。女に媚び諂う暇があるなら、もっと自分を鍛えたらどうだ? 実際、第二部隊で一番足を引っ張っているのは貴様だぞ」

「お前みたいに毎日トレーニングをすることだけが、ここで強くなるための秘訣じゃないからな。部隊同士で連携して任務に当たる場合に、互いの事を知っていた方がやりやすいだろ?」

 それを聞いた鎌瀬は見下すように鼻で笑った。

「そんなことをしても雑魚が群がった所で、何の意味もない。俺なら一人で充分だ」

「そう言って、この間連続殺人犯を取り逃がしたじゃねぇか」

「あれは補助型の感知が遅れたせいだ。そうでなければ、俺の武器で今頃とっくに捕獲している」

「お前がそう思っても、ユナはそうは思っていないみたいだぜ? だから、アルトが呼ばれたんだろうからな」

 言いながら兼先は俺の方を親指で指した。鎌瀬が初めてこちらの方をちらりと向く。

「誰だ? あの弱そうな奴は?」

「新しく俺達の部隊に配属された新人だよ。ちなみに、あいつは格闘系だ」

 その言葉に鎌瀬より早く第七部隊の三人が反応する。

「えぇ~嘘ぉ! 本当に!?」

「信じられません!」

「まさか、実在していたとは……」

 三人がまるで伝説上の生き物でも見たかのように驚き、一斉にこちらを向いた。やはり、格闘系というのは、相当珍しいタイプらしい。しかし、鎌瀬自身は何も動じてはいないようだった。

「ふん、どうせ場数も踏んでいない大した奴ではないだろ。そんな足手まといが部隊に入ったところで、何も変わりはしない」

「ところがどっこい、こいつは能力の使い方もわきまえているし、【ES】も65レベルもあるんだぜ?」

「ろくじゅうごぉ!」

 兼先と同じような反応をナナが見せた。他の二人も驚嘆の声を上げている。兼先はその反応を見てまるで自分が褒められたかのように自慢げに胸を張った。

「分かっただろ、鎌瀬? こいつがそこら辺の第二人種とはわけが違うってことが」

「だとしても、実戦で使えるかは別だ。それを判断するのは貴様じゃない」

 依然として鎌瀬は高圧的な態度を崩さない。それを見た兼先が呆れたように言った。

「頑固だなぁ、お前は。まぁ、それならそれでいいけどよぉ。取り敢えず、同じ第二部隊の仲間が増えたんだ、よろしくしてやってくれ。……アルト、お前も鎌瀬をよろしく頼むぞ!」

「あっ、ああ……」

 ここで俺はようやく話すことができた。鎌瀬のような奴がいることを予想はしていたが、同じ部隊に所属しているとなると、正直なところやりにくさはある。学生生活ではこういうタイプは敬遠していた。変に絡まれても面倒なだけだし、能力を使って対処しても悪い噂が広まるだけでメリットが一つもない。鎌瀬自身も他者との関わりを避けているようだった。

 先行きが不安に思えたところで、会議室の扉から見知った人物が入ってくる。

「みんな、おはよう! 全員揃っている? 早速会議を始めるわよ!」

 朱色の髪を今日も大きめの水色のリボンで軽くまとめた少女――俺を【SCCO】に呼んだ張本人――ユナが元気よく挨拶をした。


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