第9話

 ルームキーを使用して部屋に入る。本部と同様に読み取り装置にカード型の鍵を翳すとランプが赤色から黄緑色へと変わり機械音とともに扉が開いた。


 部屋の中は暗く、一見先が見通せないと思われた。しかし、一歩足を踏み入れた途端にセンサーが反応したのか部屋の明かりがぱっとつく。突然の光に目眩く心地がして思わず片手で視界を覆った。


 次第に目が慣れてきた頃、よくよく辺を見渡すとその光景に思わず息を呑む。

 床一面にはベージュのカーペットが敷き詰められおり、広大な寝室にはメーキングされたベッドの上に茶色の掛け布団、その隣には小さなタンスがありエミの話にあった内線の電話が置いてある。


 壁には扇型の電灯とテレビが直列され、天井には黒い円錐台のカバーがついた電球がぶら下がっていた。

 ベッドと向かい合うように二人は優に座れる藍色のソファーが置かれ、ベランダへと続く窓辺には木造の丸椅子と丸テーブルが置かれている。


 寝室だけでも一流ホテルの内装を思わせるが、この部屋には備え付けのキッチンやトイレ、バスルームがあり、その全てがセンサーで電源がつくようになっていた。


 例えば、キッチンは調理をする際に――実際に料理はしていないが、音声案内が説明をしていた――最適な温度を自動で検知してその食材にあった火力がIHのヒーターによって出力される。


 トイレはありきたりだったが、中に入ると電気がついて蓋が開き、用を足した後自動で流れてまた蓋が閉まるという具合だ。


 バスルームに関しては風呂場の扉が手動であったこと以外は最先端の技術が用いられている。

 時間を指定するとその時間ピッタリにお風呂が沸いた。これだけ聞くと現代では当たり前のように思えるかもしれないが、驚いたのは一分後に四十二度の熱さを指定すると、それに準じた量のお湯がジャグジーから放出され、一瞬で浴槽が満たされたことにある。


 水量センサーや水圧センサーで高度な熱感知を行えるまでにはまだ時間がかかり、ガスでも最低十分以上は設定しなければならないというが、さすがは第二人種用の施設といったところか。また、シャワーも当然の如くセンサーで体温を感知して適度なお湯が出てきた。


 ひと通り試した後、改めてこれほど第二人種の技術とやらは発達しているのかと考えさせられる。

 自分の住んでいたアパートと比べると雲泥の差があった。これほど環境が整っているなら、ここを自分の本拠地にしてしまう人が多いと聞くのも納得がいった。


 早速、自分の服を脱ぎバスルームにある洗濯機に投入する。これも投入された服の量や汚れ具合によって自動で水量が調節され、水と同時に洗剤が出てくる仕組みのようだ。そのまま洗濯と乾燥時間が表示されたのを確認した後、ゆっくりと湯船に浸かった。


 シャワーも浴びてお風呂から出た後、洗濯機の音も止まる。服を取り出そうとした途端、天井の換気口から温風が吹き込んできだ。一瞬のことに少し驚いたがそのまま風に身を任す。体や髪が調度良い具合に乾いてくると自然と風も収まった。


 その後、洗濯機の中からすっかり乾いたパンツを取り出して穿く。同じように制服――さすがにほつれや破れは直っていなかったが――も取り出したが、エミに戦闘服を着るように言われていたのを思い出し、寝室に会ったクローゼットにしまっておこうと考えた。


 ソファーの横側にあるクローゼットの前に立つとやはり扉が自動で開く。複数のハンガーとともにそれは掛けてあった。

 自分の制服を掛けた後、目的のものを取り出す。しかし、手にとった途端そのデザインに呆れ返った。


 全体が黒色を基調としており、首元から腹部までまっすぐファスナーが付いている。足元から首筋まで全体を覆うその服はまるで全身タイツのようであった。一言で表すならダサい。とにかくダサい。これ以上の語彙が自分にないのが憎まれるが、言葉にできないほどダサかった。


 だが、万が一ということもある。自分に似合うかもしれないと僅かな期待を込めて、念の為にソファーの隣にあった全身鏡を前にしてその服を着てみることにした。

 しかし、直後にその淡い期待は崩壊する。鏡の前に立った自分の姿を見て後悔することになるとは思わなかった。


 伸びきった黒髪は地味な風貌を変に目立たせている。前髪は切れ長の目に掛かるほどで、かき上げなければ耳も碌に見えそうにない。いつもは若干跳ねている後ろ髪の癖毛は風呂あがりで垂れていたが、卵型に近い線の細い顔が歳相応には思えない落ち着いた印象を与える男――つまるところ俺自身――が映っていた。


 この顔つきにこの服装だと最早お察しレベルであろう。これがもう少し体格が良くて高身長で会ったならば、フォローしようがあったかもしれないが、生憎無い物ねだりをしても現実は変わらない。


 盛大なため息を吐くと傍にあったベッドに寝転がる。今日は一段と疲れていたのもあり、柔らかなベッドがさっき迄の緊張の糸を解していくようで自然と瞼を閉じていた。

 

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