第7話

 光学迷彩とやらが完全に解除された車から降りて建物を見上げると、そこには何の変哲もない学校が立っていた。


「本部ってまさかこの建物じゃないよな?」

「いいえ、この建物よ?」


 彼女は淡白にそう告げる。この変なやり取りを今日で何回続けるんだ?


 本部というからてっきり何処か市街地にある巨大なビルを想像していたが、この学校は大学のように広々とした場所で本校らしき建物の隣に学生寮を思わせる建物があること以外は至って普通の建物だった。


「この学校にもさっきの車みたいに特別な仕掛けがしてあるのか?」


「人工知能やその他の機能のこと? まぁ、大体はそうね。例えば、正門では防犯カメラで登録された車や人が入って来る場合に自動で門が開く仕様になっているし、内部ではエレベーターや関係者のみ立ち入ることを許された部屋に音声認識が採用されているわ。それと、IDカードを掲示しなければ入れないところもあるから勝手にうろつかないようにね」


 そういうと、俺達は学校らしき建物の入口に辿り着く。彼女が先導して自動ドアをくぐり抜けると、高級ホテルのエントランスホールのような広々とした空間が現れた。

 

 スーツを着た大人たちが忙しなく行き交い、アイフォで連絡をとりあうものや巨大な液晶パネルに映しだされた画面をタッチしながら何かの処理を行なっている人もいた。


 正面の壁には、大部分を埋め尽くすほどの大きなロゴマークがあり、黒円の盤面からはみ出すくらいの大きさで、その中央部分に金色の横文字でアルファベットのSCCOと書かれている。


 呆気に取られていると、前を歩いていた彼女に話しかけられた。


「驚いた? こういった技術はすべて第二人種による功績が大きいの」


「第二人種のおかげって、俺達の能力は戦闘用のものじゃないのか?」


 少なくとも俺や彼女の能力はこれらの技術とは何ら関わりがあるようには思えないが、彼女は首を振るとその理由わけを話し出した。


「それは違うわ。第二人種の能力すべてが戦闘に特化した【攻撃型アタックタイプ】というわけではないの。知能指数が著しく上がって、分析や技術面での能力が発達した所謂【補助型サポートタイプ】の第二人種もいるのよ?」


「攻撃型と補助型か……じゃあここにある技術は補助型の奴らが開発したのか?」


「ええ。それだけじゃなく、世の中に溢れた技術も第二人種の発案が元で成り立っているのよ?」


「そうなのか? けど、ここにある技術は世間とは比べられないほど発達しているだろ?」


 空間にモニター化されたホログラフィック映像が現れ、手の動きで操作している人もいた。


「それはまぁ、普通の人間の技術では真似できないものがあるからね。そもそも第二人種の存在を公にできないところがあるから、人類が科学的に説明できるところまでに技術開発が追いついたら少しずつ公開していくつもりよ。さっきの車と同様にね」


「第二人種って存在を知られたらまずいのか? 犯罪が起きているならすでにある程度バレてるだろ?」


 実際、過去に俺の能力を目の当たりにした人も複数人存在する。地元では有名な話かと思っていた。


「多くはネット上で規制されるか、証拠となる映像を消してきたのよ。世界中に存在する私達のような組織がね。それにもし噂が広まったとしても、今朝の速見君のように超能力なんて子供が考えたような話を信じる人もいなかったし、それこそ最初に批判していた政治家のように合成映像だとか手品だって決めつける人がいたからね」


 彼女の行動を思い返した。事後処理というのはこの事だったのかと気づく。


「じゃあ、さっきの俺が能力を使ったのも?」


「当然、証拠となる映像は消去したわ。その証拠にほら」


 彼女はポケットからアイフォを取り出すとニュース番組を見せてきた。先程の引っ手繰り犯が逮捕されたことが放送されていたが、俺については何も取り上げられていなかった。


「写真を取られたりしていたが、それも消したのか?」


「はっきりとした映像が取られている場合だけね。まぁ信じない人が殆どだし、今日は都合よくエイプリルフールだったから特に騒がれないと思うわ」


 彼女はそう言うと、気軽に日常的な事を呟ける和ノ国でも代表的なSNSソーシャルネットワークサービスを提示した。ピントが合わず少しぼけた写真で、俺がバイクを片手で止めた所や彼女が俺の痛みを治した所を写したようだが、信じている人はいないようだった。


 アイフォを覗きながら確認していると彼女がさらに説明を加える。


「それから第二人種の存在を公にできない理由だけど、国中が第二人種に対する恐怖でパニックにならないようにするためよ。それに、第二人種の中にもその能力を隠してひっそりと暮らしていきたいって人もいるから。もし、その存在が明らかになれば今まで気づき上げてきた生活すべてが台無しになる可能性があるわ。それについては速見君も分かっているでしょうけど」


 確かにそうだ。今にして思えば、俺を見る村の人達や孤児院のみんなの冷たい視線は恐怖や軽蔑を含んだものだった。彼らに対して何かをしたわけではないが、能力を見られた以上周りと打ち解けることや隠し立ても不可能だった。


「つまり、あんたらは俺達のような第二人種を保護している組織ってことか」


 これまでの行動や彼女の第二人種に対する知識量を考えると納得がいった。


「ご明察の通りよ。能力がうまく扱えない人や暴走しそうな人を隔離して落ち着くまで管理するの。強制ではないから危険でないと判断された場合に限るけど本人が望めばいつでも故郷に戻れるわ。まあ多くの場合、故郷にいい思い出がなくてそのままここに留まる人が多いけれどね」


「成程な。じゃあここで働いている人はみんな第二人種の関係者ってことか」


「そうなるわね。このエントランスホールにいるのは主に各省庁の政府関係者が多いけれど、別の階にはちゃんと第二人種がいるわよ? 案内するから付いてきて」


 彼女は再び歩み出すと、正面に設置されたガラス張りの二台のエレベーターの内の一つに乗り込む。音声認識で地下一階を指定するとエレベーターが動き出した。


「上の階に行くんじゃないのか?」


「上階は主にミーティングや第二人種の能力に目覚めて間もない人に講義を行うためにあるの。学校の見た目にしてあるのはそのためよ。速見君に今から見てもらうは私達の主な仕事についてね」


「主な仕事?」


 そう質問する前に、エレベーターが到着し扉が開く。そこから降りると、さっきまでとは違った別世界が広がっていた。


 まず目に付いたのは、映画館のような巨大なスクリーンに防犯カメラのものと思われる映像が複数に渡って並べられていた。その中の一つ一つに第二人種と思われる人物の映像が映し出されている。普通に社会に溶け込んでいるものもいれば、能力を使って犯罪まがいのことをしているものもいた。


 その後すぐにこの部屋は二段構造になっていることに気づく。俺が立っている二階から見下ろす形で、一階にはパソコンの画面に集中しながら指示を出す、オペレーターが複数人存在していた。男性もいるようだが女性の割合が多く、部屋中に彼女らの声が響いていた。


「ここでは日々第二人種の行動を監視しているの。その人物が危険かどうか判断するためにね」


 いつの間にか隣に来ていた今朝の彼女が少し張りのある声で喋った。


「こんなのプライベートも何もないじゃないか」


「市民の安全を守るためよ。それにここに映っている人の多くは政府から危険と判断された人たちなの」


 そこで俺ははたと気づいた。彼女に俺の経歴を調べられていたということに。


「俺はあんたらに危険な人物として見られていたってことか?」


 そもそもさっきの説明で物足りない部分を感じていた。能力を制御できない人を保護するのが目的なら俺には必要のないことだったと。師匠から使い方を教わっていた俺がこいつらに保護目的で捕まる理由は何処にもないからだ。


「違うわ。速見君の事を調べたのは確かだけど、主な理由はそれではないの」


「じゃあ、何のためって言うんだ? 政府やあんたらが人を勝手に決められた尺度で測って第二人種が悪い奴と決めつけているんだろ? でなければこんな違法なことはしてないはずだ」


 俺は自分でも信じられないほど熱くなっていた。彼女の話を聞いていたからか、子供の頃の記憶を思い出していたからかは分からないが、大人達の都合で理不尽な思いをしたのが許せなかったのかもしれない。


「決めつけてなんかいないわ。確かにそういう人達が世間や政府の中にいるかも知れないけれど、少なくとも私たちは目的のために動いているもの」


「何の目的だよ? こんなことが許されるほどの高尚なものなのか?」


「あなたの言い分も分かるわ。けど、速見君も言っていたようにこのまま放置していたら、第二人種に対する偏見や第二人種による犯罪行為が何時まで経っても消えることはないの。だからこそ、私達はその一環として第二人種の対策を練る必要性があるのよ」


「その対策の結果がこれだって言うのか? 仮に第二人種を取り締まっても根本の解決にはならないだろ? 人も第二人種もお互いが譲歩する必要があるんじゃないのか?」


 毅然とした態度で話す彼女に対して俺は反論した。しかし、彼女は言われ慣れているのかかぶりを振って続けた。


「確かに一般人からの偏見はなくならないかもしれない。けど、それを理由に罪もない人間に危害を加えるのは間違っているわ。あなたが引っ手繰り犯に断言したようにね。私達が普通の人と何も変わらないと判断されるためには、口だけではなく行動で示さないと。だからこそ私達は活動を続けるの。人に迷惑を掛けるのではなく、多くの人を助けるためにね」


 彼女の言い分も理解できた。しかし、その理屈だと人間のエゴによって第二人種が苦しんでいることも事実だ。どうすれば解決するか何てそれこそ第二人種だけの問題ではないと思う。


「それで第二人種以外の人間が納得すると思うのか?」


「別に私はそうは思わないわ。社会で生きている以上何かしらの上下関係ができるのは仕方ないもの。けれど私はそうやって見下す人を可哀想としか思わない。そうすることでしか、自分を高みに置けないのだから。それでも私たちはそういう人たちとは関係なく、自分のやるべきことを信じて行動するだけよ。結果は後から付いて来るわ。今は先が見えなくてもね」


 自分が何を思って生きているかなんて考えたことは無かった。それこそ師匠に言われた大切なもののことですら俺には分かっていない。ただ何となくの人生を生きて漠然とした毎日を過ごしているだけだ。


 けれど、彼女は違う。自分自身の信じるものが根本にあり、やり方に疑問はあるが信念を貫いているようだった。俺には不思議と隣にいる彼女が眩しく見えた。


「……あんたの言い分は分かった。突っかかって悪かったな。」


「別にいいわよ。褒められるような事ではないのは確かだし。でも、これだけは分かって。私達も速見君と同じように第二人種も普通の人間も隔て無く守りたいんだって」


「あぁ、でもならどうして俺を監視していたんだ? 危険じゃないのは分かっていたんだろ?」


 そこだけはどうしても腑に落ちなかった。能力を悪用した覚えはないし、もしこの能力を使う事自体が悪いというのなら、引っ手繰り犯を捕まえる時に強要されることなどなかったはずだ。


「そうね。ここで立ち話するのも何だし、場所を変えましょうか」


 彼女はエレベーターを降りて右側にある通路を歩き出す。所々部屋があり、その全てに彼女の話しにあったIDカードを読み取る電子ロックがドアノブの辺に設置されていた。


 後に続くと彼女は一番奥にある部屋の扉の前で立ち止まり、ここに来る前警察に見せていたと思われる手帳を取り出すと装置に翳す。そして、電子ロックの電灯が赤から黄緑色に変わり解錠された事を示すと、扉が自動で開いた。


「さぁ、中に入って適当な所で寛いで」


 彼女に言われ中に進む。意外にも内部は広くなく、正面に本や資料が並んだ茶色い木製の棚が一つと一人用の机と椅子、恐らく客を応接するためのガラス製の机を挟んで二人掛けの黒いソファーが向かい合うように二つと、何の飾りもない壁面にワンルームくらいの小さな部屋のようだった。


 言われるがまま互いに向い合ってソファーに腰を掛けると彼女が切り出した。


「さっき言いかけたけど、私達は第二人種を保護することだけが仕事じゃないの」


「まさかっ!?」


 今更、引っ掛かりが解けたように気付いた。こうして第二人種を監視し動向を探るのは、危険だと判断された奴らだと彼女は言った。そして車から降りるとき、第二人種の犯罪についての話の途中だった。これらのことから考えられることと言えば一つしかない。


「あんたらは第二人種専用の警察機関ってことなのか?」


「その通りよ。私達は第二人種犯罪対策組織【 SCCOエスシーシーオー】の一員ってわけ。主な仕事はその名の通り第二人種の能力によって起きた事件の犯罪を捜査することが目的なの」


「つまり俺を監視していたのは、能力が暴走する危険がないことや保護された第二人種と違って能力を制御する訓練を既に終えていることを確認するため。そしてその理由は何かの捜査に協力させるためってことか?」


 俺の推察を肯定するように彼女は頷き笑顔を浮かべると言った。


「ええ、その通りよ。そのために速見君の事を調べあげ、あなたの能力を貸してもらおうと思ったの」


「でも、よく俺が第二人種だって分かったな?」


 引っ手繰り犯を捕まえるまでは子供の時以来この能力を使った覚えはない。彼女の言い分では、俺が第二人種だと分かった上で俺のことを調べたようだった。


「師匠に教わらなかったの? 第二人種には一般の人と違ってその人特有の波動というか、漫画で言う【気】みたいなものがあるの。通常第二人種はこの精神力【ESイーエス】を消費して能力を使っているわ。第二人種同士だと相手のESを察知して戦う前に勝敗が分かる場合もあるみたい。恐らくだけどウイルスによって活性化され、第二人種が元々保有していた特別な能力の源はこのESと呼ばれるものなのかもしれないわね」


「けどおかしくないか? あんたも第二人種なんだろ? 俺はあんたのいうESってやつは何も感じないぞ?」


「ESを感じ取るのにもコツがいるのよ。意識を集中させることが第一条件だし。まぁ、うまく使えれば遠くからでも敵の位置を把握できたり、ESの強さが自分より高い相手を感知したら、戦闘を避けたりもできるからESを感じとれて損はないわね」


 彼女に言われたとおり目を閉じて意識を集中させてみる。しかし、いつもと何も変わらないようだった。


「ダメだ。うまくできない」


「まぁ、最初は誰でもそんなものよ。でも、このESのお陰で速見君が第二人種だと分かったってわけ。さっき話した補助型の第二人種は分析のプロだからこのESを感知することに長けているわ」


 そういえば簡単な説明を受けてはいたが、第二人種についての詳しい情報は俺にとって初耳なことばかりだ。師匠にも能力の制御の仕方を教わっていただけで、第二人種のことは一言も聞かされていなかったはずだ。


「もしかしたら、師匠も第二人種だったのかもしれないな。俺の中にあるESを感じ取っていたのかもしれない」


 決して確信があったわけではないが俺の発言を聞いた彼女はゆっくりと首を振ると言った。


「そう考えれば、納得はいくけど、残念ながら能力に目覚める前の第二人種からはESを殆ど感じ取ることはできないの。イメージとしては封印されていた能力がウイルスによって術式を解かれ、初めて表に出てくるものだから」


「そうか。なら、益々師匠が何者なのか分からなくなるな……」


「取り敢えず今は、立花師匠のことは置いておいて速見君に第二人種の能力について説明するわね」


 言うが早いか、彼女は指をパチンと鳴らす。すると、先程エントランスホールでも見たホログラム映像が目の前に現れた。思わず息を呑むが、彼女は俺に構わずに続けた。 


「まず、先程ESについて説明したけど第二人種はこのESを消費して能力を具現化しているの。そのため、このES……つまりは、気力が続く限り何度でも能力を使用することができるわ。ここまではいい?」


 目の前の立体映像が彼女の説明に従って変化していた。映像の中では人型の模型がその体内にある光の塊を消費してエネルギーを放つ様子が映し出されている。


「あぁ、何となくだが能力を使った後、軽く気疲れを起こしたからな。感覚的には分かっていたつもりだ」


「そう。なら話は早いわ。ESを消費することはメリットだけじゃない。精神を消耗するため、使い続けると本人の体に負担がかかるの。最悪の場合、能力を使いすぎて一生寝たきりになることだってあるわ。だから第二人種同士が戦う場合、短期決戦に持ち込むことが多いの。なるべく能力の使用を避けるためにね」


 彼女の説明を受けて引っ手繰り犯を追い詰めた時のことを思い出した。急に体に力が入らなくなったのも、納得がいく。


「俺がさっき倒れたのもESを消費しすぎたからってわけか」


 確認の意図があったわけではなくほぼ独り言のつもりだったが、彼女は俺の発言を拾うと首を振って答えた。 


「それもあるけど、速見君の場合少し違うわ。それは、速見君と私達の能力のタイプが異なるからよ」


 彼女の意外な発言に耳を疑った。第二人種のことを少しでも理解を深めたかった俺は慌てて立体映像から彼女の方へと目線を移すと話した。


「どういうことだ? あんたの説明だと俺は攻撃型ってやつに分類されるんだろ? 同じじゃないのか?」


 戦闘に優れている攻撃型と敵を分析することや技術の開発に長けた補助型にわかれているものだと思っていたが、認識が違ったのだろうか。少し混乱していると彼女が補足するように言った。


「攻撃型にも種類があるの。戦闘にあまり関与しない補助型と違って攻撃型は分類しておかないと対応の仕方が変わってくるからね。それで、その種類についてだけど主に三種類あるわ」


 ここでまた、ホログラム映像が変化した。剣を持った人型の模型が目の前に現れる。


「一つは、所有者がイメージした最も扱いやすい武器を現実化する能力。第二人種として目覚めると同時に武器が発現して、体の一部のように扱うことができるタイプよ。これらの第二人種は【武器系ウェポナー】と呼ばれているわ」


「武器系……」


 映像ではもう一体の模型が現れ、発光と同時に手の中に剣が収められていた。もう一体の模型と争う形で剣を激しくぶつけあっている。その映像が終わるとすぐに切り替わり、今度は何も所有していない模型が現れた。


「二つ目は、武器を所有しない代わりに、己のESをそのまま魔力に変えて魔法を使って戦うタイプ【魔法系マジックラー】と呼ばれるものよ。このタイプは攻撃魔法以外にも回復魔法を使用したり味方のステータスを上昇させる補助魔法を使用したりするものもいるわ」


「……ってことは、あんたはこの魔法系の第二人種ってことか?」


「そういうことよ。ただ私は攻撃魔法があまり得意じゃないの。私のこの能力【高潔な慈悲ノーブル・マーシー】は、人の傷を癒す回復魔法を主としているからね」


 俺は引っ手繰り犯に傷つけられた時、彼女が回復してくれたのを思い出した。


「あの呪文みたいなもので魔法が使えるようになるのか?」


「正確には発動条件の一部ね。魔法系の第二人種は能力を使う時、頭でイメージしたものを再現するの。ただし、持ち主の適正や魔力の大きさに比例するから実際に再現できる範囲は限られるわ。そして、その魔法に合わせて決められた言語がインスピレーションみたいに湧くの。後は、その言語を覚えておくだけでいつでも魔法を使えるようになるって仕組みよ」


 目の前の立体映像も手から炎を出したかと思えば、もう一体の倒れていた模型に触れ光を放ち、触れられた側の模型が元気に体を動かすようになる様子が映し出される。


「ここまで聞いた限りだと俺の能力はどちらにも含まれていないな。三つ目のタイプってことか?」


「そうよ。三つ目のタイプ……それは、自身の肉体を強化して圧倒的なパワーやスピードを得ることが可能とされる【格闘系ファイター】と呼ばれるタイプよ。これが速見君の能力に該当するものね」


「それでこの格闘系が他の二つと違う理由は何だ?」


「格闘系は他の二種類と違って自身の筋力を武器としているの。通常人間は七十パーセントの力しか出せていないのだけど、格闘系は百パーセント以上の力を引き出して戦うわ。だから他の第二人種と違って単純なパワーやスピードは桁違いに優れているのよ」


 ここでホログラム映像がまたもや切り替わり、今度もまた何も所有していない模型が現れる。同じく武器系や魔法系の模型が現れ攻撃の動作に入ったが、格闘系の模型が瞬時にアッパーカットや回し蹴りを食らわせていた。


「それだと格闘系が一番有利なんじゃないか? この映像みたいに敵に能力を使わせる前に叩き潰せるだろ?」


「格闘系のスピードが物凄く早くて、相手の反射神経が鈍いなら可能かもね。でも、防がれたらその作戦は意味が無いし、第一格闘系には致命的な欠点があるの」


「何だよ? その致命的な欠点って?」


「いい? 他の攻撃型の第二人種はESを消費するだけで肉体的な疲労は最小限で済むわ。けれど、格闘系は違う。能力を使うだけで常時、筋肉をフル稼働させていることになる。つまり、体への負担が精神と肉体の両方にかかるのよ。ここまで言えばわかると思うけど、他の第二人種と違って消費が激しいから、持久戦に持ち込まれるだけで力尽きてしまうわ」


 俺はもう一度引っ手繰り犯を捉えた時に体が全く動かなくなり、さらには体に酷い疲労感と苦痛が走ったのを思い出す。ホログラム映像の模型も一定時間動いた後、膝をついて立ち上がれなくなっていた。


「あの痛みは格闘系特有の症状だったってわけか」


「そうよ。だから速見君は本来、無闇矢鱈に能力を使えないってことを覚えておいたほうがいいわ」


 これについては、よくよく考えさせられることだった。出来ればあの痛みはもう味わいたくもない。


「それだけ聞くとあまりいい能力ではない気がするが……」


「そんなことないわよ。実を言うと格闘系は発現率が少ないからデータがあまり採れていないの。未知の領域に足を踏み入れている状態だから、他の第二人種と違って能力の成長の可能性が高いと言われているし、他の攻撃型にも弱点があるからお互い様だわ」


「他のタイプの弱点はどう違うんだ?」


 格闘系の弱点は消耗が激しいことだとすると、他の二つのタイプは目立った欠点はない気がする。


「例えば、魔法系は主に遠距離攻撃を得意としているから、一度懐に入られたら反撃の仕様がほぼないわ。対して武器系は近接武器が殆どだから遠距離から攻撃されたら防御一辺倒になってしまうの」


「武器系の弱点は格闘系にも言えることじゃないのか?」


「格闘系は身体能力が優れているから、武器系と違って体はタフだし回避率も高いわ。そういった意味ではさっき速見君が言ったとおり攻撃の合間を掻い潜り、武器を使わせる前に至近距離に持ち込んで相手に攻撃することも可能ね」


 長い説明を受けて漸く腑に落ちた俺は頷きながら答えた。


「成程な、要は肉体面だけなら格闘系が一番秀でているってことか」


「まぁ、一対一で考えた場合だけどね。他のタイプも補助魔法で仲間に身体を強化されていたとしたらこの限りではないし……さてと、取り敢えずここまでのことを知っておけば殆どの第二人種には対抗できるからちゃんと覚えて置いてね」


 ここで、彼女の説明が終わったからか、ホログラム映像が途切れた。それを見計らって彼女は切り出す。


「それで、これらを踏まえた上で速見君に手伝って欲しい捜査の内容だけど……」


 彼女が何かを言いかけた途端、部屋の自動扉が機械音とともに開くと、聞き覚えのある声が部屋全体に響いた。

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