第5話

「な、何でここに?」

「言ったでしょ? 後から追いかけるって」


 確かに先程そのような事を言っていた気がする。


「それじゃあ、事後処理ってやつが終わったのか?」

「そうね。まぁ、思ったより被害が少なかったのと、途中で犯人を追い詰めた私の作戦のおかげってところかしら」


 少し前の記憶を手繰ると、途中でエミからの急な指示が入ったのを思い出した。


「行き止まりまでこいつを追い詰めたのはあんたの作戦だったのか」


 俺は倒れている犯人を横目で見ながら彼女に尋ねた。すると彼女は誇らしげに話しはじめた。


「迅速な対応はできる人間の勤めみたいなものですからね。自分の要件をこなしつつ、常に周囲に気を配るのは上に立つものに常に求められることよ」


「つまりあの時点で犯人への対策を講じていたってことか。こっちの状況がよく理解できたな?」


 この僅かな時間でそれだけのことをやり遂げた彼女の凄さを改めて感じながら、その方法に疑問を抱いたので聞いてみた。


「初音さんにここ周辺のマップデータと犯人の軌跡をモニタリングさせて、そのデータを随時転送してもらっていたのよ。だから私もここに来られたってわけ。それと速見君と犯人のやり取りも無線を通して聞いていたわ。それで犯人の性格を分析して一つの道を塞げばどの方向に逃げるのかを予想した。それで最も可能性がある場所を選んだのよ」


「そんなことできるものなのか?」


「できるわよ。私たちならね。まぁ、犯人が逃げることを第一に考えていたっていうのもあるけど、もし最初から速見君を相手にして真っ向から突っ込んでくるような人だったらこの作戦は失敗していたわね。でもその時はあなたなら対処できると踏んでいたけど」


 さっきの情景が思い浮かぶ。危うく死にかけるところだった。


「結局、その作戦では捕まえられなかったけどな」


 少しばかりの皮肉を込めて言った。しかし、彼女はそれを流し平然と口にする。


「あら、それは現場にいた速見君の過失でしょ? 追い込んだ時に犯人が取る行動を予想しなかったのが悪いんじゃない。この人はストレスを貯めこんで一気に爆発させるタイプだったみたいだし」


 彼女は倒れている犯人を見ながら言った。今はもう気絶していて起き上がる気配がない。


(そんなこと予想できる奴はあんたくらいだよ)


 だいたい、この能力を使ったら体が動かなくなるなんてこと今までになかった。能力を使える状態なら刃物を持った相手でも負けるつもりもない。しかし、そんなことを考えながら今は動けない状態なのを思い出す。


「そもそも、速見君があんな所で通信を切らなければ、とっくに私も最短ルートで追いかけて…」

「なぁ」


 彼女の言い分はまだありそうだったが、疲れが溜まっている今の状態をどうにかしたかったので、気が進まないが話を遮って彼女に頼むことにした。


「何? どうかしたの?」

「いや、その、手を借りるようで悪いが、体が動かないからタクシーでも呼んで欲しい。それとできれば取り返した鞄をあの女性に届けて欲しいんだが」


 自分の要件を済ませた俺は一刻も早く家に帰って休みたかった。こいつと関わるのも今日で終わりにしたいくらいだが、明日からのことはひとまず寝てから考えよう。


「あぁ、それは無理ね。この後私の要件を聞いてもらうし。それに、今救急車と警察がやってきているからこのままじゃ速見君は事情聴取を受けることになるわよ?」


 遠くの方でサイレンが聞こえてきた。エミに頼んでおいたのが駆けつけてきているのだろう。正直もう懲り懲りだが、動けない状態なら仕方がない。


「あんたの要件を聞けば取り敢えず休ませてもらえるのか?」


 彼女は肯定するかのように頷く。確かに警察を動かせる彼女に頼めば面倒なことはしなくて済むはずだ。しかしここで、ふとここに至る前の彼女の言動を思い出した。


「いや、ちょっと待て。そう言えば、俺の能力のことは知られてもいいように事後処理は済ませたんだろ? なら俺はもう関係ないはずだ。家に返してくれ」


「ダメよ。気が変わったの。もう関わらないなんて言ったけれど、やっぱりあなたは私にとって必要な人だわ。だから私についてくるって約束してくれない限り要求は聞けない。けどそのかわり、速見君が約束してくれるなら、あなたを今すぐ回復させてあげてもいいけど?」


「回復だって?」


「えぇ、そうよ。今すぐあなたを元気にしてあげる。RPGロールプレイングゲームの回復魔法を使うみたいにね」


(こいつは何を言っているんだ? また今朝みたいに俺をからかっているのか?)


 要求を否定されたことはさておき、それでも早めに話を切り上げて休みたかった俺は適当に会話を合わせることにした。


「もしそれが可能なら是非そうして貰いたいものだな」


「わかったわ。あっ、でも回復したからといって逃げないでよね。まぁ、速見君は恩を受けておきながらそれを無にするような人でなしではないとは思うけど。でなければ、私に言われたからといって、見ず知らずの人を助けるなんてことはしないと思うし」


「ぐっ」


 退路を塞ぐように念を押される。短く溜め息をついた後、仕方なく彼女の言う通りにすることにした。


「……わかった。もうどっちでもいいから早くしてくれ」

「じゃあ、交渉成立ってことで」


 そういうと彼女は目を閉じて俺の方に近寄ると、しゃがんで俺の体に触れるかのように右手を前にかざした。


「何の真似だ?」

「話しかけないで、集中できない」


 真剣な表情で言われ、訳も分からず黙っていると、彼女は意を決したように目を開けて、耳慣れない言葉を唱え始めた。


Sanatioサナティオ tersusテルサス!」


 瞬間彼女の手が輝きだしその光が強くなると、やがて俺の体を包み込むように渦を巻いた。わずか数秒の発光のあと輝きが収まる。すると、彼女は微笑んで俺に告げた。


「はい、もう動いても大丈夫よ」


 目の前で起きたことに頭の整理がつかなかったが、取り敢えず体を動かしてみると、さっきまでの疲れや痛みが嘘のように消えていた。


「……ほんとに痛みが無くなっている」

「だから、言ったでしょ? 回復させるって。さぁ、これで用は済んだし行きましょうか」


 彼女は立ち上がりながらそう言うと俺に手を差し伸べた。俺がその手を握って同様に立ち上がったのを確認すると彼女は来た道を戻ろうとした。


「ちょっと待て。こいつをほっとく気か? あと今の能力はいったい?」


 未だに気絶している犯人を指さしながら、伝えると彼女は振り向いていった。


「事後処理は済ませたって言ったでしょ? 後は全部警察に任せていいわ。それとこの能力については後で教えるから私に付いてきて」


「だとしても鞄はどうするんだよ? あの人に返さないと行けないだろ?」


「うーん、そうね。それだけはここにおいて置く訳にもいかないし、先にあの女性に会いに行きましょうか。そろそろ野次馬も来る頃だし」


 周りを見渡すといつの間にか一般人が集まってきていた。何事が起きたのかと思い、アイフォでこちらを撮影している人も何人かいる。見られても平気だとは言われたが、実際には不安でしかなかった。


 彼女は気にする様子もなく先を歩いて行く。


 俺は置いていかれないよう無事に取り返した鞄を抱え直すとその背中を追いかけた。

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