第13話

 オレンジ色の火が燃える焚き木を囲む二人の女性とオーク+腕輪。

 人間と魔物が一緒の食卓に付いているという思わず目を疑う光景だが、まぎれもない事実だった。

 木の容器に盛られた料理に手をつけることなく、フローラとミリアはある一点を見つめており、驚きと呆れが入り混じった複雑そうな表情を浮かべている。

 視線の先にはオークが一匹。号泣しながら皿の上の料理を口の中へ運んでいる。

 そう、そのオークとは僕のことだ。

 久しぶりのまともな食事に歓喜の涙を流しながら、フローラの作った料理を胃の中に掻きこんでいる。


「美味い! 美味いよフローラ!! これなら僕いくらでも食べられる――おかわり!!」


 料理自体はシンプルで大きな肉の一切れに野菜と茸を添えられただけだけど、ソースとドレッシングが良い。似てるので例えるならデミグラスソースと玉ねぎ風味のドレッシングかな? 僕の好みにジャストフィットしてる。控え目にいって最高!


「そ、そうか、それなら良かった。褒められるのは悪い気はしないが、少々大袈裟すぎはしないか?」


 料理のおかわりを貰いガツガツと食べる僕をドン引きした目で凝視するフローラ。ミリアは食事の手を止めて見学モードに入っている。


「グスッ、だって、エクスがオークの固有スキル【悪食】を覚えるためだとかで、そこらへんに生えてる毒草や毒茸、鉱石なんかを食べさせるんだもん。しかも、覚えたら今度は魔石や魔物のドロップアイテム、冒険者の人たちが残していったものを食わされて。僕は……僕は…もう――うぅぅ!」


 僕は吐き捨てるように愚痴をこぼしむせび泣く。さすがに気の毒と思ったのかフローラは同情の視線を向けさらなるおかわりを容器によそってくれた。


「安心しろ。貴殿が食べると思って多めに作っておいた。好きなだけ食うがいい」


 絶妙な焼き加減で火が通された大きな肉の塊に山盛りの野菜と茸、三人分にしては量が多いんじゃないかと思ってたけど、これ全部僕が食べる用に余分に作っていたのか。

 美人な上に気も利くおまけに超絶強いときた、欠点らしいところは今のところ見当たらないけどもう結婚とかしてるのかな。してないんだったらお嫁さんに来て欲しいよ。ま、口には出さないけどね。


「ブハハハハハ! オークがハイエルフに餌付けされてやがる。ちなみにその肉の正体はオークから取れるドロップアイテムだぜ。トンに共食いをさせるとか中々にエグイことをするじゃねぇか」


 えっ、そうなの?

 思わず手を止めてフォークに刺さった肉を見下ろしそれからフローラの方を見る。すると、しまったそういえばそうだった、とばつの悪そうな顔で目を逸らされてしまった。


「ふーん、別に美味しければ僕は気にしないから大丈夫だよ。というかオークじゃないし」


 本当に気にしてないことが分かったためか、エクスは「チッ、つまんねぇ反応だぜ」と呟き黙ってしまう。僕はその後しっかり全ての料理を完食させてもらった。大満足な気分だったけど、これから先もまた【悪食】のために食い物とは言えないものを食べると思ったらかなり気が重い。


「トン、訊ねてもいいだろうか。これから先のことだ。貴殿はどうするつもりなのだ?」


 焚き木の火にあたりながらフローラが訊ねてきた。僕は少し考えて答えを返す。


「とりあえず目標は元の姿に戻ることかな。でも、その目標を達成するのは不可能ってレベルの難関が立ちふさがってるのが現状なんだ。この死者の迷宮をクリアする――伝説のドラゴンを倒せばいいって話だけどさ。いくらなんでも無理難題すぎるだろってね」

「それは……不可能だ。トンの言う伝説のドラゴンが私の想像している竜と一緒ならば無理難題どころじゃない。私は諦めて別の方法を探るべきだと進言する」


 気の毒そうな表情を浮かべるフローラに対し、何故か笑顔のミリア。


「ミリア、お兄ちゃんと……エクスが一緒なら倒せると思う!」


 まさかそんなことを言われるとは思わなくて、僕は目をパチクリと瞬きを数回繰り返してしまう。


「ははは、ありがとうミリア。お世辞でも嬉しいよ」

「ハッ、さすがの俺様もその冗談は笑えねぇ。もう少しギャグセンスを磨くんだな、ガキ」


 おいコラ、不良品(エクス)。本気で信じてそうなミリアに何てことを言うんだ。とツッコミを入れようとして止めた。

 そりゃ僕だって自分でも無理だと思ってたし、心のどこかで野垂れ死ぬか魔物に殺されるかのどっちかだろうなって考えていたさ。たぶん元の身体にも戻れないんだろうな、一生オークのまま過ごすんだろうな……って。

 でも、ミリアにそう言われたら不思議と出来る頑張れる気がするんだよ。

 

「フッ、もしも貴殿が竜を倒しこの死者の迷宮の封印を解いたら何でも望みを一つ叶えてやってもいいぞ」

「えっ! 何でも!?」


 思わず大きい声を上げてしまった。そして、フローラの方を見て口には出せない妄想を浮かべ、僕はゴクリと喉を鳴らす。


「あ? 端(はな)から叶える気がねぇだろうがくだらねぇ。なら、トンが伝説のドラゴンを倒し迷宮の封印を解いたら結婚しろよ。ハッ、オークと結婚したハイエルフとか一生もの大恥だぜ」

「フフフ、いいだろう。結婚でも何でもしてやろうではないか」

「そこまで言ったからには誓えよ?」

「我が真の名に誓う。トンが始祖竜○○を倒しこの死者の迷宮の封印を解いたとき、彼の者が望むならば生涯の伴侶として付き従いこの身を好きにすることを許す。――これでいいか?」 


 嘘……本当に? もしそうだとしたら僕すっごい頑張っちゃうよ? もう伝説のドラゴンなんかワンパンで倒せるぐらいに強くなってやる。フ。フフ、グフフフ! フローラと結婚したらあんなことやこんなことを……いや、当然お互いの了承を取ってやるよ? 無理やりは駄目ゼッタイ!


「ブハッ! 本当に誓いやがった! しかも、真名でだ! もう撤回も出来ねぇから達成したら結婚だぜ。良かったな、トン」

「エクス、お前……さいっ――こうにイカしてるよっ! 控え目に言って神! テンション上がってキターーーーーーー!!」 


 僕の脳内はリオのサンバカーニバル状態。皆、自分をさらけ出してフィーバーしてる姿を想像してほしい。


「どうしてそんな喜べる。普通に考えて無理だと分かるだろうに……」

「お兄ちゃん、すごく喜んでるね」


 呆れた目で見下ろすフローラと純粋な瞳で見上げるミリア。僕はひとしきり喜んだあと我に返り、ゴホンと咳払いをする。


「う、ううん、えーとお見苦しいところを見せてしまいごめんなさい」

「全くだ。貴殿が私をどういった目的で見ているかよーく分かった。今後は相応の態度で接しさせてもらう」

「えっ、いや、ははは……それは心にくるので勘弁してください」


 フローラに凍てつくような軽蔑の眼差しで見られ、僕は誠心誠意の土下座で謝った。


「――おい女、一つ聞きたいことがある。トンに足りないところがあるとしらそれは何だ?」


 何の脈絡もなくいきなりエクスがそんなことを言い出した。僕は何言ってんだこいつはという目で自分の左腕にある腕輪を見下ろす。フローラはやや呆れた口調で返事をする。


「訊ねる側の態度ではないな……とエクスに言っても仕方ないことか。――ふむ、足りないところだと?」


 チラッと僕の方を見るフローラ。まじまじと観察されてちょっと照れる。


「全部だ。心、技、体の全てにおいて不足している。むしろ逆に聞きたい。どこに褒めるべきところがあるのだと」


 うっ! 自覚しているとはいえこう改めて指摘されると自分が駄目人間だって言われているみたいで辛いや。まぁそれは中学時代からずっとだったけど。

 僕には小さい頃から一緒に居た幼馴染がいる。頭もよく運動も出来て性格は……良いのかな? 人をあまり寄せ付けないというか関わらないタイプだったから分かんない。

 大体小学校の高学年に上がるぐらいまでは常に一緒に居たかな。放課後も遊んでたし、家が隣同士だから親同士の交流もあったしね。でも、気づいたときには疎遠になってた。会話すらしなくなって遠くから眺めるだけ。原因は分からない。たぶん些細なすれ違いから顔を合わせなくなったからだと思う。

 最後に話したのっていつだっけ? 思い出した。僕が死んだ日の前日だ。久しぶりに会った母親たちの会話が弾んでそれでご飯を食べに行って、ただお互い気まずくて一言二言しか会話しなかったけど。

 

「戦闘技術は拙く槍の腕前は素人同然、オークの肉体だからかまだマシだが少し腕に自信のある冒険者と同程度だぞ。これでかの竜を倒そうとしてるのだ。――ったく、呆れてものも言えん」


 やれやれと嘆息するフローラ。エクスは少し悩んだあと元の質問に付け加えるように、「あーなら……その中でも最重要かつ一番と付け加えたらどこだ?」と訊ねた。


 あっ、それは僕も聞きたい。

 フローラが言うことなら正しいだろうし、何から手を付けたらいいのか分かんなかったから。

 やっぱり槍の腕前かな? 技を鍛えれば魔物と戦ったとき生き残る確率とか上がるもんね。


「――心だ。これはあくまで私の考えだ。技や体が最も重要だと答える者もいるだろう。だが、心が未熟な者はいくら鍛えようが生き残れないし、巡りあわせにより運よく生存してもその先は碌なことにはならない。当人よりも周囲の人間に被害が及ぶ。トンの場合はその何と言えばいいか……それ以前の問題なんだと思う」

「あん? 分からねぇな。もっと具体的に言えよ」

「トンは心構えが普通すぎる。考え方は一般的な思考のそれだ。この難攻不落の迷宮に挑む者の精神ではない」


 え? 本当に? そりゃあ最初のうちは戸惑いや恐怖で足がすくんで魔物たち相手に苦戦してたけど、今では普通に倒せるようになったし戦闘も慣れてきたと自覚しているんだけどな。一体何がいけないだろ? フローラの言ってることが抽象的すぎて納得できそうにないや。


「俺様にはそこまで悪いようには思えねぇがな。トンは最初はボロクソにやられてたがスライムやゴブリン、ハウンドの雑魚魔物を倒せるぐらいには成長した。こう言っちゃなんだが悪人よりは善人よりの普通の男だ。何がいけねぇ?」


 エクスの問いにフローラは深く考え込む。一秒、二秒、三秒と時間が経過し、十秒ほど経ったころ独り言を呟くときのように僕たちに語っていく。 


「そうだな……エクスの言う通り悪くはないと思う。――だが、良くもない。中途半端と表すべきか……私の勘が告げているのだ。この者は生き残ることは出来ない、これまでに迷宮で散った冒険者と同じように強力な魔物を相手にして死ぬ、とな。私が思うに貴殿には確固たる信念がない。こうなりたいという欲望がない。絶対に叶えてやるとする夢がない。――それでは駄目なのだ。たとえ絶望的な状況で逃げることも出来ず助けが来ないとしても、己よりも遥かに強い相手だろうと決して目を逸らさずに歯向かう何かを持つ者だけが死の運命から逃れられる可能性を秘める。そんな気がするのだ私は……すまん忘れてくれ」

「ううん、フローラの言っていることは正しいと僕も思う」


 不思議と心にストンと入ってきて納得することが出来た。

 焚き木の火に向かって話すフローラの横顔は、僕なんかじゃ想像がつかないほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうと察せられるほど、苦悩と後悔と寂しさが入り混じっていたからだ。

 きっといくつもの別れを経験してきたのだろう。親しい者そうでない者の死を看取ってきたはずだ。フローラはそれらを乗り越えて今ここにいる。やはり僕の目は正しかった。

 

「チッ、これから先何かの役に立つかと思って聞いたが結局はトン次第ってことか」

「うーん、僕が頑張るしかないのは分かったけど……信念とか欲望とか夢とかいきなり言われても困る。つい最近まで普通の高校生だったし、魔物とは無縁の生活を送ってたんだから」

 

 と言い切った後にフローラはん?と疑問の表情を浮かべ僕の方を見る。


「貴殿の言う高校生とは何だ? それに魔物とは無縁の生活などこの迷宮に居る限りあり得ないだろう?」


 スゥー、どうしよう。別に取り決めしていたわけじゃないけど異世界から転生したことは内緒にしておこうって思ってたのに、つい口を滑らせちゃった。

 でも、フローラとミリアなら話しても変に言いふらしたりはしないだろうから大丈夫だと思う。ただ、信じてもらえるかは別問題なんだよね。せっかく仲良くなったのにこれで頭のおかしい人を見るような目で僕が見られたくない。

 何て答えようか僕が悩んでいるとエクスがあっさりと答えてしまった。


「ああ、トンはこの世界とは全く異なる世界から転生した人間の男なんだよ。そこじゃあ人間しかいねぇし、魔物もいねぇ、スキルも魔法も戦技すらねぇ。神の存在も遠い過去のものとして語り継がれてやがる。そうだな全く違う文明が栄えていると思え」

「何? そうか、どうりで……」


 どこか納得した様子のフローラと瞳を輝かせて話を聞きたそうにしているミリアに、僕は何だか拍子抜けだなといった感じでホッと胸をなでおろす。

 

「あれ? 全然驚いてないね。てっきりもっと驚かれるか不審な目で見られると思ったのに」


 たぶん僕だったらめちゃくちゃ驚くと思うな。だって、異世界だもん。現に僕がこのオークの肉体で転生したときは目ん玉飛び出るかってぐらいに取り乱してパニックになったからね。


「フフフ、これでもかなり驚いている。だが、変身魔法や呪いにもかかってないのに普通の人間がオークにはならん。ましてやあの老婆と関わりがあり、古代の遺物(アーティファクト)を装備しているのだ。今さら異世界がどうのと言われてもな」

「へぇー、そういうものなのかな」


 自分では分からないけどどうやら僕はすっごい珍しいみたい。地球生まれの日本育ちだと漫画やアニメ、小説なんかでザラにあるからな。魔物が意思を持って普通に喋るやつが。


「ねぇねぇねぇ! お兄ちゃんっ!! ミリア、異世界のこと知りたい!」


 我慢が出来なかったのか話の途中でミリアが身を乗り出して大きな声を出した。それに続くようにフローラも興味深そうに追従する。


「私も聞きたい。一生に一度あるか分からない機会だからな」

 

 うっ、こう注目されると緊張するんだよね昔から。うーん、一体何から話せばいいのか、上手く話せるか不安だ……。


「了解。えーっと、ふたりは何から聞きたい?」


 その後、僕の地球についての説明はミリアが寝落ちするまでの長い時間続いたのだった。 

 

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