第12話

「フン、どうしたその程度で音を上げるのか。オークのくせに、もう少し腰を振ったらどうだ?」


 若干いつもよりも高い声色と興奮し頬を僅かに赤く染めたフローラを前にして、僕は身体から湯気が出るくらいの熱量で腰を前へ突き出す。


「はぁ…はぁ…そんなこと言われてもこれが限界だって」


 それを聞いたフローラは問題のある生徒を叱るときの教師のように問い詰める。


「ほう、限界だと? では確かめてみるとする――かっ!」


 フローラが高速で右手を振るうと、バチンッ! と僕の腰の辺りで叩きつけたような物凄い炸裂音が鳴った。


「ブヒィッ!」


 思わず僕は大きな声で悲鳴を上げてしまう。すると気をよくしたのか一回、二回、三回と同じように右手を動かすフローラ。


「痛っ! 待ってっ! ブヒィィィッ!!」


 バチン! ペチン! バチンッ! ある意味心地よい音が三連続で周囲に響き渡る。


「フフフ、嘘はよくないな。全然動けるではないか……そらっ、もう一度だ!」


 フローラはこれまでよりも大きく振りかぶり右手に持つロープを僕に叩きつける。


 ――バチンッ!!


 今まで一番大きく良い音が僕のふくよかなボディで聞こえ、たまらず持っていた槍を落としその痛みでダウンし地面に転がってしまった。


「ひ、ひどいよフローラ。もう無理。一歩も動けない。ギブアップ」

「何を腑抜けたことを抜かしている! 立て! 立つんだ!! まだ休憩の時間ではないぞ、トン!」


 フローラは仁王立ちをして憤然とした様子で見下ろしてくる。ヒリヒリと痛い腰をさすりつつ、僕は仰向けに大の字で寝ていたらとあることに気づいてしまった。

 両腕を立派な胸の下で組んでいるため激しい主張をする二つのメロン。

 きっと僕の頬はだらしなく緩んでいることだろう。

 その小さな幸運にありがとうございますと感謝していたら、やっぱりというかバレてしまった。


「どうやらまだまだ余裕のようだ。次は手加減などはせず本気でもいいな?」


 は、ははは、ヤバイ。フローラ激おこだよ。激おこプンプン丸だって。

 青筋を浮かべてニッコリと微笑んでいるあたりマジと書いて本気だ。

 絶賛ピンチ中だというのにたゆんたゆんと揺れる胸を見てる僕ってもしかして結構スケベだったり?

 でも、仕方ないじゃないか。そこにおっぱいがあったら君も見るだろう? それが絶世の美女のだったらなおさらだ。


「いい加減に……その不躾な目をやめろっ! この豚野郎(オーク)がっ!!」


 ゾクリと背筋に悪寒を感じた僕は、オークとは思えないほどの俊敏な動きでその場から飛び起きて、間一髪フローラの繰り出す一撃を避けることが出来た。


「ブヒィッ!? ちょっ、今の本気だったでしょっ!」 

「私が本気なら今頃貴様は粉々に砕け散っている!!」


 ロープを叩きつけただけで地面が陥没してるしあながち嘘じゃないかも。チラッと視線を戻すと背後にゴゴゴゴゴと漫画の吹き出しみたいに携えているフローラと目が合う。

 うん、怒っててもフローラは美人だ。――って、そんなことを考えてる場合じゃない! 

 

「だから危ないって! あと数センチ右だったら当たってたよっ!」

「避けるなっ!」


 いや、避けるって。避けなかったら死ぬじゃん僕。ゲームだったら、フローラは冷静さを失っている、と表示されてるよ。

 何とかして誤解を解かないと……まぁ、誤解じゃないんだけどもこのままじゃ僕は――っと。今、頬をチッって掠めたって! 皮膚が焦げた臭いがする!

 どうにかしてこの状況を打破する方法と思って、


「エクスっ、傍観してないで助けてくれ!」


 助けを求めたものの返ってきた返事は「知るか馬鹿。くだらねぇ自分で何とかしろ」だった。分かっていたけどかなりムカつく。こいつに頼った僕が悪い。となればもう一人、天使のように可愛い少女に止めてもらうとしよう。


「フローラ! ミリアが見てるけどいいのっ!!」 

 

 ピタッと止まったフローラは、ゆっくりどこかカクついた動きでミリアのいる方を振り向く。

 そこには気まずそうな顔を浮かべるミリアの姿があった。

 悲しげに目を伏せそっと顔を逸らすのを見て、フローラは慌てて持っていたロープを放り捨てる。


「こ、これは違うのだミリア! 決して虐めていたとかそういうのではなく――」

「ブハハハハ! そうか? 俺様には嬉々としてトンにロープを叩きつけてたように見えたがな」

「黙れ貴様! デタラメを言うなら壊してしまうぞ!!」


 僕、ではなくエクスに向かって鬼のような形相で睨みつけるフローラに、ミリアは消え入るようなか細い声で呟く。


「その……ロープをお兄ちゃんに叩きつけているときのフローラの顔がいつもと違う。どこか嬉しそうだった、よ?」

「そ、そんな……」


 フローラは見ているこっちが可哀そうになるぐらい落ち込んでいた。

 今、僕が慰めても逆効果にしかならない。だから、さりげなく右手で握る槍でロープを遠ざけながらフローラが回復するのを黙って待つ。


「普段は規律を重んじて冷静に行動するハイエルフ様も一皮むけばこんなもんか。所詮は人族。皆等しく動物ってことだ」

「お前は何を言ってるんだよ、エクス」

「うるせぇよ豚(トン)にはいつまで経っても理解出来ねぇことだよ馬鹿」


 こいつ今絶対トンと書いて豚と呼びやがった。

 誰が豚だと言い返したいけど事実だから何も言えない。ああ、早く元の人間の身体に戻りたいな。あとどれぐらい掛かるのか想像もつかないけどね。そもそも生きていられるのかも分かんないし。


「もうフローラはおかしくなっちゃうからロープを使っちゃ駄目」

「あ、ああ、分かった。ミリアの言う通りにする」


 それについては同感。そういうSMの店にいる女王様みたいだったもん。僕をロープで叩きつけるときの目がヤバかった。戦い方を教えてくれているはずなのに途中から目的が変わっていた気がするし、人は見かけによらないってこのことを言うんだろうな。


「ほっ、良かった」

「――くっ、なぜ私がこのような目に遭わなければならないのだ。元を言えば貴様がっ!」


 若干半泣きの状態でフローラは僕を厳密に言えばエクスを睨みつける。そして、腰に差してあった剣を抜いて幽鬼のようにゆったりと動き構えた。


「待ったっ! 剣を抜いてどうしたのフローラ。剣を使うと僕の血が飛び散って万が一のことを考えたら嫌だからロープを使用すると言ったのはフローラの方でしょ!」


 そう、どうして今まで剣じゃなくロープを使っていたのかというと、僕のオークボディに流れる特別な血が原因だった。

 一滴でも体内に摂取してしまえば魅了&発情状態になってしまう。実力差を考えればそんなことありえない。ただ、それは実戦ならの話。殺しなしの模擬戦では僅かでも可能性がある。

 だから最初の取り決めでロープを使って僕の相手をするってフローラ自身が言っていたはずなんだけど……どうやら吹っ切れたみたい。


「そうだ。だが、もうどうでもいい。この身体の奥底から湧き上がる感情を貴様にぶつけることさえできればな!」

「それってやつあた――」

「死ねぇっ、オーク!」


 反応できるかできないかギリギリの速さで繰り出されたフローラによる剣の突きを、僕は寸でのところで身を逸らし避けることに成功する。


「フ、フフ、フロッ、フフローラッ!?」


 フローラはそんな僕のリアクションなど目に入ってないかのような反応で、上段からおもっきり剣を振り下ろしてきた。


「私の名前はフローラだっ!」

 

 槍の柄でフローラの剣を受け止めれたのはいいものの、あまりの強力な一撃で僕は地面に片膝をついて押し込まれてしまった。

 この細い身体のどこにこんな力があるんだと、ツッコミたくなるぐらいの膂力に歯を食いしばり耐えながらミリアのいる方を振り向く。


「ミリア――っ」


 すっかり笑顔で観戦モードに入ってるミリア。僕は助けてくれる者がいないと悟り絶望の表情を浮かべる。


「フローラ、一旦落ち着こう。ほら怒りで手が滑って怪我したらどうするの僕が」

「そんときはスライスして豚のステーキか生姜焼きにすればいいだろ。油が乗って美味そうじゃねぇか」

「うるさいよっお前は!」


 僕もそう思う。自分で言うのもなんだけどオークの肉って柔らかそうだし、もしかしたらこの世界では高級な肉として販売されてたりして。

 ――っと、そんな馬鹿なことを考えている場合じゃなかった。

 刻一刻と迫る刃に僕は顔を引きつらせながらこの状況を打開する手を考える。

 

「そんな話をしている余裕があるのか。死にたくなかったら飯の時間まで耐えて見せろ」


 それってやっぱり僕がおかずになるってこと? 皿の上に乗せらせた豚の生姜焼きを脳裏に思い浮かべつい涎が零れ落ちる。ああ、そういえばしばらくお肉を食べてないな。


 ――ぐぅぅぅぅ!


 あ、お腹が鳴っちゃった。仕方ないよね。異世界に転生してから食べたものと言えば薬草や茸とかあと食料とはいえない石や鉄、革、毛皮とかだもん。

 そりゃ僕の胃袋だって文句を言うよ。肉を食わせろって! 久しぶりにお母さんが作った豚の生姜焼きが食べたいです僕は。


「ハッ、お前に良い事を教えてやる。一部の魔物はドロップアイテムとして人間が食べても大丈夫な肉を落とす。前に何でオークが狙われるか話したよな。もう一つ理由があるが……ここまで言えばもう分かるだろ?」

「あー、それはつまりそういうことだよね。オークは死んだら肉をドロップする……マジで?」

「ああ、マジだ。ブハハハハッ!」


 あああああああああああああああああああああ危ないっ!!

 剣を引いたフローラがすぐさま左から右へと一閃してきた。ギリッギリで槍の防御が間に合ったからいいけど、あとちょっとで本当にスライスにされるところだったよ。

 こんなことを言うのもあれだけどもう少しフローラは空気を読んでほしい。


「……冗談や戯れはここまでにしよう。私もミリアもいつまでもここに居るわけにはいかない。力を同程度まで抑えてやるからせめて一太刀ぐらいは入れてみせろ」


 剣を中段に構えたフローラは真剣な顔を浮かべている。怒りに身を任せた姿じゃない。本来のハイエルフの凄腕戦士としての立ち振る舞いに、僕も本気で戦うときのように腰を落とし槍の切っ先を向ける。


「先手は譲ってやる。かかってくるがいい」

 

 そうは言われても素人の僕から見ても今のフローラには隙が全く見当たらない。襲い掛かったらカウンターでやられそうで迂闊に踏み込むことが出来なかった。

 

「おい、何をビビってやがる。実力の差を考えれば負けて当然。一太刀を与えるのはおろか戦いにすらならねぇはずだ。だからお前の好きなようにやってみろ、トン」


 そっか、エクスの言う通りだ。せっかく戦い方の手ほどきをしてくれるのに中途半端なことをしたら失礼だし勿体ないよね。胸を借りるつもりで戦おう。まずはおもいっきり力を込めた槍の突きだ。


「気合の入った良い一撃だが迂闊すぎる」


 てっきり避けるか槍を力任せに弾かれるか思っていた。しかし、フローラの行動はそのどちらでもなく、剣の側面を利用してまるで風になびく草花のように僕の槍を受け流し、反対に僕の喉元に刃を添える。


「う、嘘。触れた感触が無かった!? どうなってるの!」

「一つの事を極めればこういうことも出来るということだ。――格上相手に何も考えず攻撃をするな。常に二手、三手先を考えて行動をしろ」


 仕切り直しだとフローラは後ろに下がり、今度は剣を下段に構え静かな眼差しで僕を見据えてくる。

 さっきみたいに隙がないわけじゃない。むしろ逆で隙だらけのように思えた。


 攻撃してくる気配がない。これって打ち込んでこいってことだよね? ――カウンターでやられるのは避けたいし、間合いの外から様子見をしよう。


「馬鹿者。たとえ様子見であろうと漠然とした気力のない一撃を放つんじゃない」


 それなりに力を入れたはずなのにフローラは槍の突きをいとも簡単に弾き返してしまう。僕は驚いてフローラの身体を腕を凝視する。


「観察し考えろ。今ある手札で自分は何が出来るかを。思いつかなかったときは相手がやられて嫌なことをしてみるがいい」

 

 今ある手札――魔法は駄目、槍というか戦闘技術には雲泥の差がある。じゃあフローラが嫌がることは…………あった! けど、いいのかなこれ。うーん、自分で言ってることだし大丈夫かな。

 というわけで僕は自分の利き腕じゃない左腕に槍をブスリと刺した。

 訝しげな顔で僕を見つめるフローラだったが、すぐにその意図に気づくと苦悶の表情を浮かべ「――ぐっ」とうめき声を上げる。


「痛っ、でも、フローラが嫌がることって考えたらこれかなって……」


 言葉にはしなかったけどフローラが僕の血を飲んで乱れる姿もちょっと見たいな~って思ってたんだ、ぐへへへ! あれ? 僕、こんなスケベで正直な奴だったっけかな? まぁいっか、今は目の前のことに集中だ。


「……いいだろう。貴様がその気なら私も守りに回らず攻めさせてもらおうか」


 そう言うとフローラは構えを解いた。剣を右手に持ち自然体で僕を睨みつける。そして、ゆったりとした動作で一歩前へ踏み出し急加速する。

 静から動、0から100と、一気に最高速へなったと錯覚するぐらいの速さで接近してきたフローラに僕は面を食らう。

 

「ブヒッ!?」


 斬り下ろすのでも斬り上げるのでもなく、フローラは最速で突きを繰り出してきた。


 ――ギィン!


 間一髪、僕は右足を一歩後ろに上半身を捻り、槍の柄を剣の先端に当てることに成功する。


「フッ、どうやら目は悪くないようだな」

「一応、高校一年のときの視力検査は2.0です。ねぇ、一瞬フローラが消えたように見えたけどあれってスキル? それとも魔法?」

「そのどちらでもない。身体の予備動作をなくせば貴様もあれぐらいは出来るようになる」


 いやいやいや、無理でしょ。たぶん普通の人は一生を費やしても不可能だと思う。

 薄々感づいていたけどフローラってアリスたちよりも強いよねきっと。

 動きが洗練されすぎているというか……そう、完成されていると言った方が正しい気がする。

 

「へぇ~、ちなみにフローラってどれくらい強いの?」

「……現段階で私よりも強いと断言できるのは数えるほどしかいないだろう。――さて、おしゃべりはここまでだ」


 先ほどと同じように急接近してきたフローラが上下左右から縦横無尽に斬りかかってくるのを、僕はほぼ勘だけで腕を振り回し槍で防いでいる。


 ごめん、訂正。全然防げてないや。みねうちで何度もやられてるもん。物理耐性(小)のスキルがなければ今頃は全身痣だらけで大変なことになってるだろうな。


「――何をやっているっ! 私に攻められっぱなしではないか!」

「そん……なこと言われて……も、フローラの動きが速すぎてもうわけがわからないって!」


 自分でも情けない顔をしてるだろうなと自覚できるぐらい僕は追い込まれてる。

 だって、左からだと思ったら右だったり、上段からの振り下ろしだと思ったら三段突きで、気づいたときにはどこかしら打たれているし。

 何よりフローラの圧がヤバい。ビリビリと肌を刺すような違和感と圧倒的な力、これに殺意が混じったらきっと僕は戦わずして降参してしまうだろう。

 

「思考を放棄するな! 考えるのを止めた時点で死ぬと思え! どうすれば勝てるか、負けないためには何をすればいいのか、絶望的な状況下でも僅かな生存への道を探れ」


 大きく上段に構えたフローラの振り下ろしの一撃を躱すことに成功するも、僕は体制を崩し後ろへたたらを踏み倒れてしまった。

 

「貴様の武器は何だ?」

「えっ? や、槍だけど……」

「そうだ。武器の特性として槍は間合いは広く長いが内側に入られると弱いことが挙げられる。ましては貴様は素人だ。死にたくなければ槍の利点を活かし相手の間合いの外からの突きを繰り出すんだな」

 

 槍を支えに立ち上がり、僕はフローラが持つ剣と自分の槍を見比べて、頭の中でおおよその間合いを宙に描いてみる。

 

「でも、僕みたいな素人の槍が当たるとは思えないんだけど……」

 

 現にフローラには上手く逸らされ弾き返されてしまっている。避けることも容易いと思う。今まではゴブリンとかの知能が低い魔物だったから通用していただけなんだと、僕はこの手ほどきで否応なく思い知らされてしまった。


「だろうな。だから一度だけではなく二度、三度と連続で相手を突け。一撃で仕留めるのではなくまずは相手の体制を崩し、それからじわじわと追い詰めるんだ」

 

 フローラは剣を両手で握り正眼の構えでジリジリと僕の間合いへと近づいてくる。


「反撃はしない。私を間合いの内側に入れさせるな」

 

 うーん、そんなめちゃくちゃ物騒な気配を漂わせて言われても説得力がないというか。僕のオークとしての本能が今すぐここから逃げろって伝えてきてるんだよね。フー、まぁ嫌だけど覚悟を決めてやるしかない。


「――行くよっ!」


 僕の間合いにフローラが足を踏み入れたのと同時に槍で突く。言いつけ通りに一度だけではなく何度も、仕留めようとせず体制を崩すことを専念する。

 だけど、その全てを苦も無く回避するフローラにもはや笑うしかない。


「遅い! 動きに無駄がありすぎる! もっと腰を落とし脇を締めろ! 槍を振る腕が大振りすぎるもっと小さくていい!」


 ブヒィー! いっぺんにそんなこと言われても困る。頭がパンクしそうだよもうっ。でも、ちょっと分かったような気がする。たぶんこうだ!


「いいぞ、最初のときよりはだいぶ良くなっている。――腕だけの力で槍を振るな。もっと全身の力を使うことを心掛けるんだ」

「ブヒィ……ブヒィ…ブヒィ……う、うん、分かったよ。でも、もう…限界……」


 荒い息で返事をする僕。およそ五十は超えるだろう突きの繰り返しに疲労の色は隠せない。

 槍を突く動きに陰りが見え始めるとフローラは「ここまでだな」と呟き、剣をすくい上げるように上へ振る。ちょうど腕が伸びきったタイミングだったため槍は驚くほど簡単に僕の手から離れ、遠くの地面へ突き刺さった。

  

「今教えたことを意識して素振りをしろ。槍は専門じゃないためこれ以上は教えられないが、槍の突きは基本にして奥義と言っていいだろう。毎日欠かさず行えばそれなりのものが身に付くはずだ」


 これから毎日素振りをするとして、何回やればいいんだろう。100回? 1000回? 空いてる時間を全部費やすぐらいしないとフローラの言うレベルまで到達できないだろうなきっと。


「フッ、素振りは1万回だ。必ずそのつど修正をするようにしろ。エクスの力を借りれば駄目なところもすぐに見つけられるだろう」


 えっ? それって素振りだけで一日が終わらない? それにエクスの力を借りる……ま、背に腹は代えられないとして、素振りをする度に小言をネチネチと呟かれるんだろうな。あーあ、今からでも憂鬱だ。


「フローラ、お兄ちゃん、エクス、ご飯にしようよミリアお腹減っちゃった!」


 うぅぅ、疲れた心を癒すのはやっぱり可愛い子のとびきりの笑顔だよね。ああ……僕の天使(エンジェル)。


「おい、気持ち悪い顔をすんじゃねぇよ。吐き気するだろ、トン」

「ミリアに手を出そうとした瞬間、貴様を木っ端微塵に斬り刻んでやるぞ」


 エクス、うるさい。フローラ、さすがにそれは酷いんじゃない? そこまで節操なしじゃないって。僕泣きそうなんだけど、グスン。


「大丈夫、僕の性癖は普通だから」


 ねっとりとした目でフローラを見ていたら「私をそんな目で見るな汚らわしい」と軽蔑の眼差しで見つめられた。

 仕方ないじゃん僕だって男の子なんだし、それにフローラは自分の容姿と身体を自覚してほしい。

 

「……? ねぇ何の話をしてるの?」


 僕とフローラはお互いに顔を見合わせたあと、


「ううん、何でもないよ。それよりも早くご飯にしよう。僕すっごくお腹減っちゃったから」

「ミリアにはまだ早い。さぁ食事だ。準備を手伝ってくれないか」


 誤魔化すように食事の準備へと移った。

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