第11話
死者の迷宮第五階層アルメリアの街にある冒険者ギルド。
ギルドの職員や受付嬢の座るカウンターから少し離れたところに一枚の巨大な板がある。
そこには、冒険者に依頼するための紙がいくつも貼られており、内容は魔物の討伐から薬草の採取、護衛、雑用など様々だ。
この依頼を受けるためにはまずギルドで冒険者登録をしないといけない。
登録費用の500ガルドを払って冒険者になった新人には、本人の情報が記載されたギルドカードと武器と防具に回復アイテム加えた冒険初心者セットが配布される。
ただし、ギルドカードを紛失した場合は再発行料金として3万ガルド。支給された初心者セットもブロンズからシルバーになった際に返却を迫られる。
冒険者は自身のランクに見合った依頼を見繕い、カウンターにて受付嬢にその依頼を受けたいと申し出るのが、基本的な一連の流れとなっている。
昼下がりの閑散とした冒険者ギルド内、二名の新人冒険者たちが依頼書の前で眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
彼らはまだ冒険者登録をしてから一月経っておらず、ギルドランクもブロンズ5。
依頼はソロなら+3まで、四人組のパーティーなら+5まで適正ランクの上のものが受けられる。
よって、新人冒険者たちはブロンズ2までの依頼なら受領可能なのだが、いかんせんブロンズランクの依頼は報酬が安い。
さらに内容も街の中での雑用がメインとなっているためあまり人気は無かった。
「あーあ、やっぱりろくなのねぇな。どれもこれも貰える報酬が少ない割に合わない依頼しか残ってねぇぞ、マック」
「当然だろ。ブロンズランクの依頼に夢を見るなっての。ゼロス、お前が寝坊しなければまだマシな依頼が受けられたんだがな」
初心者セットを身に着けた金髪の男に、同じく茶髪の男が呆れた様子で不満をこぼす。
「悪かったって。仕方ないだろ昨日は可愛い子と一夜を共にしたんだからよ」
すまんすまんと軽い感じで謝るゼロス。ハァとため息を付きマックは一枚の依頼書を指さした。
「何が可愛い子とだ、どうせ娼館の女だろうが。――たくっ、ほらいつもの仕事だ」
ゼロスはその依頼書を見て嫌そうに顔を歪める。
「えーまた下水漁りかよ! 服が臭くなるからやめようってこの前決めただろ。なぁ違うのにしようぜ」
「お前が朝にきちんと起きてギルドにくればその選択肢があったんだよ馬鹿」
額に青筋を浮かびさせて右拳を見せつけるマックに、ゼロスは顔を引きつらせて話題を逸らすことで殴られることを回避する。
「あはははは、そうだ! そういえばあの依頼ってどうなったんだ? オーク一匹探すだけで50万ガルドなんだろ。まだ見つかってねぇなら俺らで探そうぜ」
「ああ、あれか。正確には特殊個体のオークの目撃情報で10万、有益な情報提供で50万ガルドだ。俺もその後どうなったのか知らん」
ゼロスとマックはカウンターまで移動をして受付嬢に声をかける。
「なぁ、カレン。俺たちの話は聞いてたんだろ? その依頼はどうなったんだ。見つかって終わりか?」
「ゼロス、お前な……すみませんカレンさん。下水掃除の依頼をお願いします」
カレンは苦笑しつつも両手は動かし依頼の手続きをする。
「ゼロスさん、残念ながら未だにオークは見つかってません。依頼も継続中です。マックさん、下水掃除の依頼を受理しました」
マックはそれを聞いて喜び、自分たちにもチャンスはあるんじゃないかと相棒に提案をする。
「おい、マック! オークを見つけるだけで10万ガルドだ! 俺たちも探しに行こう!」
だが、マックの返事はNOだった。
「その依頼が貼られて何日経っていると思ってるんだ。ブロンズやシルバー、ゴールド以上がこれだけ探して見つからないんだぞ。どうせもう誰かに討伐されたか魔物同士の争いに巻き込まれて死んでる、諦めろ」
一変して一気にテンションがただ下がりするゼロス。
「だよなー。そんな上手くはいかねぇか。マック、俺たちも二人組の奴らと組んでシルバーの討伐依頼を受けようぜ。このままじゃいつまで経ってもブロンズのままだ」
「駄目だ。ゼロス、最初に決めただろうが。ふたりでシルバーになってから仲間を探す。そもそもブロンズの俺たちと組んでくれるのは同じブロンズの奴らだけだ。信頼関係を築けてない相手なんだ、ぞせめて実力がある者たちと俺は組みたい」
厳しい顔で腕を組み理由を告げるマックに、それを後押しするようにカレンも意見を述べる。
「ゼロスさん、私もマックさんの意見に同意します。新人冒険者の死亡する理由の一つに突発的に組んだパーティーで討伐の依頼を受けやられてしまうことが意外と多いんですよ。だから新人の内は我慢して実力をつける。回り道に思えるかもしれませんが死んだらそこで終わりなんですから、ね?」
心配の表情を浮かべる美人の受付嬢にそこまで言われ、ゼロスもその意見をはねのけるほど馬鹿ではなかった。
「ああ、分かった。カレンの言う通りだ。シルバーに上がるまでは地道に頑張るとするぜ」
――カラン。
ギルドの入り口の扉が開くときになる鐘の音が響き渡った。
元より静かだったギルド内は無音となり、どこか異様な雰囲気に包まれる。
談笑していた三人もそれを感じ取ったのか、それぞれ顔を見合わせて疑問に抱く。
最初に気づいたのは受付嬢のカレンだった。
位置的に誰が入って来たのかを真正面で見ることができるため、その何者かの顔が目に入った瞬間、息を呑んでゴクリと喉を鳴らす。
「カレンさん、どうかしましたか?」
その態度を不審に思ったマックが訝しげに訊ねた。しかし、カレンは返事をせずに黙っている。
「「?」」
たまらずゼロスが再度カレンにどうしたんだと聞く。
「おい、カレン! 急にどうしたんだよっ! 大丈夫か?」
「ま、待て……ゼロス、後ろだ」
異変に気付いたマックが青ざめた顔でゼロスの服を引っ張る。
「あぁ? 何だよマックまで。一体後ろがどうしたんだ――っ!」
後ろを振り向いたゼロスは言葉を失う。
そこに居たのは背筋が凍るほど無表情な金髪の美女だった。
正確には、ゼロスたちの会話が聞こえてしまったため憎きオークに受けた屈辱を思い出し、感情を失っている最中の冒険者パーティー【光の戦乙女】所属のアリスだ。
「すまない。用が済んだのならどいてもらえないだろうか」
本人は普通に喋りかけたつもりだったのだろう。しかし、当人たちはそうは受け取らなかったらしく、ビクッと身体を反応させて身構える。
先日のグランたちの一件も尾を引いているのもあるかもしれない。
アリスは内心ため息を付きながら今度は優しく声を掛ける。
「私は受付に用がある。そこをどいてくれないか」
ようやく自分たちが何か粗相をしたのではないと理解したゼロスとマックは、「あ、ああ」と震え声で呟き足早と立ち去って行った。
残ったアリスはそのままカウンターの前まで進み、受付嬢のカレンをじっと見つめる。
「何度もすまない。私が依頼した件なのだがあれから進捗はあっただろうか?」
表面上はごく普通のこと。顔つきも声の感じも穏やかでなんてことないはず。なのだが、その場で対峙している者にしか分からない空気がある。
恐ろしくて逃げ出しそうになりながらも受付嬢のプライドで、カレンは普段と同じようにニコリと微笑み答える。
「いえ、現在までギルドへ寄せられた報告はゼロ件です」
それを聞いたアリスの動きがピタリと止まる。
「本当にゼロなのか? 目撃情報すらもないと?」
明らかに怒っているというのに、アリスの表情も声の様子も普通なのが逆に恐ろしい。
カレンは絞り出すように「は、はい」と返事をする。
「……………………そうか」
たっぷりと間をおいてから呟くアリス。その背後から彼女の仲間――レナが声をかける。
「アリス、タイムリミットじゃ。わしらはギルド総本部へ行かなければならん」
アリスたち【光の戦乙女】は冒険者ギルドの総本部から例のオークに負けた件について呼び出しを受けている。
当初ギルドからの通達をアリスたちは無視をしていた。
そんな暇があったならオークの捜索をする。事実、アリスたちは寝る間を惜しんでまで血眼になって迷宮内を駆けずり回っていた。
しかし、そこまでしたにも関わらずオークに関する情報は一つもなく、そのうち報酬に目を眩んで嘘の報告や情報を話す冒険者が出てくる始末。
三日も経つ頃には我先にと迷宮に潜っていたギルドの冒険者も諦め、いつもの日常へと戻っていった。
そして、アリスがオークに負けたという噂は人から人へと伝わっていき、ついにはギルド総本部のある都市にまで届いてしまう。
問題は、冒険者ギルドが認めたパーティーのリーダーがオークという雑魚魔物に負けた事実が市民の耳にまで広まってしまったことだ。
徐々に広がる不信の芽はギルド本部も無視できないほど大きくしまい、面目を保つためにアリスと【光の戦乙女】を呼びつける。
召喚に応じなければ冒険者としての資格を一時的に停止する、と言われればさすがのアリスたちも無視は出来なかった。
「まだ、あと少しだけ……」
「駄目じゃ。これ以上は引き延ばせん」
きっぱりと断言するレナ。アリスは悔しそうに歯を食いしばったあと「……分かった」と頷いた。
もう用はないとばかりに踵を返して歩き冒険者ギルドを後にするアリスに、レナは受付嬢に軽く頭を下げ謝罪をする。
「すまなかったの。アリスが迷惑をかけた」
それだけを言うとレナは冒険者ギルドを出ていきアリスの後を追う。
残されたカレンはホッと息を吐いてアリスとレナが出ていった扉を見つめ、それから手元にあったオークの似顔絵が描かれた一枚の依頼書を手に取り、今だ見つからない理由を深く考え込む。
「こんなに探しても見つからないということはもう誰かに討伐されてしまったか、それとも今もどこかに隠れていたりして……」
「――待て。待つのじゃアリス」
レナはアルメリアの街の北門のある方角へ歩くアリスを呼び止めた。
「何だ?」
振り返ることなく返事をするアリスに、レナは少し強い口調で問い詰める。
「どこへ行くつもりじゃ? アンジェリカたちが待っているのは南門だろうが」
ピタッと動きを止め振り向いたアリスは、さも当然のごとく「気が変わった」と呟いた。
「お主はさっきわしにギルド総本部へ一緒に行くと言わなかったか?」
「ああ、だから気が変わったと言ったのだ。ギルド総本部へは三人で行ってくれ。私は他に用事があるとでも伝えてくれればいい」
それを聞いたレナは頭が痛いとばかりに顔を顰める。
「たわけ。そんな言い訳が利くと思っておるのか。お主を呼び出しているのにそれだと意味がないじゃろ」
「それは嫌味か? ギルドの呼び出しの相手は【光の戦乙女】だったはずだぞ。私個人を指定してはいなかった」
しばし無言で見つめ合い、アリスが口を開く。
「すまない。気が立っていたのだ、許してくれ」
「苛立つのも分かる。じゃが呼び出しに応じなければギルドは本当に資格を停止するだろうて。これから先のことを考えたら今は従うべきじゃ」
「それは……そう。しかし、いや…………だがっ!」
それ以上は言うなと避難するようなレナの眼差しに、アリスはぐっと言葉をこらえ――肩を落とした。
「私の新たなスキルが訴えるのだ。あの憎きオークが近くにいると。この衝動に身を任せれたらどれだけいいかっ!」
「アリス……」
最後まで言い切ることはせずにただ黙って見守るレナ。目を閉じ深呼吸をして意識を切り替えたアリスは行き先を変更し南門の方へ歩き出す。
「わがままを言って悪かった。皆が待ってる。行こう、レナ」
先ほどまでの危うさとは打って変わっていつものアリスがそこにはいた。
落ち着きを取り戻したと言えば聞こえはいいが、レナにはその逆に思えてならなかった。
冷静さ保っているように見えて実は狂ってるとしたら?
あの気高くも優しい【光の戦乙女】の頼れるリーダーだったアリスに戻るのだろうか。
レナは嫌な想像を思い浮かべてしまい頭を左右に振る。
「やめよう、今はアリスのサポートを全力ですることがわしの役目じゃ」
願わくばアリスの未来が少しでも良いものになるようにと、そう思いながらレナはアリスの後を追うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます