第9話
最初、トンを見たとき俺様は何も感じなかったな。
至って平凡な男だと思った。すぐ魔物辺りに殺されて死ぬだろうなとも。
せっかく目覚めたってのに今度はいつまで封印されねぇといけねぇんだ俺様は、と落胆してた。実際、トンに戦いの才能はねぇしな。
ただ、あの生命の女神の失態でトンがオークになったと知れただけでも目覚めた価値はあったと思う。
生命の女神ってのは神の中でも上から数えた方が早いぐらい序列が高い。
そんな神がミスって人間だった男をオークにするとかどんだけ確率が低いんだって話だ。
トンも運が良いのか悪いのか分からねぇよな。
不運な事故で死んだと思ったら異世界に転移してて、たまたま生命の女神の目に留まり転生したと思ったらオークだったとか、前世でどれだけの善行と悪行を積んだらそうなるんだって思ったぜ。
魔物に転生してしかもオークとか、さすがの俺様も思わず同情するぐらいだ。
ま、俺様は大爆笑。あのクソババアでさえ瞳に涙を浮かべ腹を押さえて笑ってたからな。
ある意味トンはとんでもない偉業を成し遂げたってわけか、ブハハハハ!
と、そんなこともあって俺様も少しだけ協力してやるかっていう気持ちになったわけだが。
トンの魔物との初戦闘を見て、邂逅時に思ったことは正しかったと思ったぜ。
俺様が協力するしない前に死ぬだろうなと。
そのあまりの無様っぷりに怒りよりも先に呆れがきたからな。
子供でも倒せるとまで言われてる雑魚魔物の代名詞であるスライムに苦戦し、敵の人数が多いとはいえゴブリンなんかに逃げ惑い、ハウンド相手には危うく死にかけるという。
ただ、さすがのあいつも何回か接敵すれば、相手がどう行動するのかを理解し倒せるようになった。
それから傷一つ受けることなく倒せるようになるまでは意外と早かったか?
ハッ、最低限の学習能力はあるようで安心したぜ。
ま、本来ならオークがスライム・ゴブリン・ハウンド程度に手こずるなんてありえねぇんだがな。
トンも魔物相手なら第十階層までなら問題なく進めるだろ。だが、おそらくそこまでだ。
今のままじゃ間違いなく第十階層にいる門番は倒せねぇ。いや、まてよそれどころか第五階層を突破できるかも怪しいかもな。
確か死者の迷宮第五階層には人間たちが住む街があったはずだ。
いくら雑魚魔物たちを倒せるようになったとはいえ所詮はオーク。
分類的に言えばオークも雑魚には変わりはねぇ。それに対魔物と対人との戦闘はかなり違う。おそらく、じわじわと追い詰められて遠くから弓矢で殺されるか、大勢で囲まれて殺されるかのどっちかだろうな。
やっぱりというか予想通りトンは人間たちに遭遇し死にかけた。
人間たちのオークに対するヘイトはヤバいぐらい高いからな。
地の果てまで追いかけて殺すと意気込む人間たちと、何が何でも逃げ延びてやるっていうトンの執念の逃走劇は見ものだったぜ。
ようやくというかそこで初めて俺様の力を貸してやった。
弱点である火の魔法、それも上級に位置する強力な魔法だったが、問題なく無効化してやったぜ。
あの女どもの間抜け顔はクソ笑えたな。まさかオークが防ぐとは思わなかったんだろ。
ブハハハハハハハハハハハハハッ!!
まさかあの状況でトンが生き残るとは思わなかったぜ。
自分よりも圧倒的な実力差のある人間からの逃走だ。運だけじゃ絶対に逃げられはしねぇ。咄嗟の気転も利くようだし、このまま生き残り進化することがあるとしたら少しは認めてやってもいいかもな。
さてと、危機的状況からの脱出で安堵しているトンに残酷な真実ってのを教えてやるか。
こいつのことだから泣き叫びそうだ、ブハハハハッ!
とはいえ、これからどう行動を取るべきかだな。
実力のある人間を撃退したトンに追手がかかることは確実。おそらく第一層から第十層までしらみつぶしに大捜索が行われるだろう。
なら…あの場所しかねぇか。人間たちによるオーク狩りが始まる前に早く移動をしねぇとな。
やっぱりあったか。死者の迷宮と呼ばれる以前に訪れた馬鹿共の遺産。
あるのは必要ないからといって置いていったゴミだがトンには貴重だろ。
いや、待てよ……そういえばオークには固有スキルの【悪食】があったな。
現状、トンは雑魚の中の雑魚。ちょっと強い相手に遭遇しただけでアウト、終わりだ。
負けてもいい。みっともなく逃走してもいい。醜く生き残りさえすれば次がある。
しかし、今のトンにはそれすら出来ねぇ。生存率を上げるためにもここは自身の強化でもしてもらうとするか。
トンが偶然見つけた横穴からとんでもねぇもんを発見しやがった。
時間凍結された大量の魔物。その数は百や二百じゃねぇ何千単位だ。超古代文明の遺産で魔法を維持しているようだが問題はそっちじゃねぇな。
一体誰がこんな真似を……まぁいい、俺様は使えるもんは使う主義だ。
幸いここは長年放置されているみたいだし、トンの進化の糧になってもらおうじゃねぇか。だが、何かかなり重大な事を見落としているような気がするんだよな。
クソッ、モヤモヤするぜ。俺様はこういうのはハッキリしておかねぇと気がすまねぇんだ。
しまったっ!! 俺様としたことがこのヤバい奴の存在をすっかり忘れてたぜ。
コイツ相手に戦う選択肢はあり得ねぇ。敵意はおろかこちらから攻撃や反撃ですらそれは死を意味する。
となると必然的に逃げるしかねぇんだが、運が悪いことにここは地面にポッカリと空いた大穴の中だ。
今のトンじゃ飛び上がって大穴を抜け出すのは無理だろうな。
あとはコイツがやって来たときに空いた横穴だが……駄目だ距離が遠すぎる。
辿り着く前にぶん殴られてミンチになっちまうだろう。
フンッ、生意気にもトンに何か考えがあるみてぇだ。
この事態を招いたのは俺様の落ち度だからな。借りを作らねぇようにも乗ってやろうじゃねぇか。
結論から言うとトンの作戦は失敗した。
攻撃を武器で弾いて横穴までの距離を詰めたのはいいが、最後で油断しやがった。
何とか俺様の防御が間に合ったのと【物理耐性(小)】のスキルのおかげで即死だけは免れたものの、全身ボロボロで早急に治療しなければやべぇ。
クソッたれ! どうやらトンのやつはここまでのようだ。
実力はともかく、退屈しない面白れぇ奴と出会えたと思ったんだがな。
よほど運命に愛されてなければここから生き残るのは不可能だろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます